平和な時代に思う

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日は雪の予報だったのに、朝起きたら雨。
ホッとするより何か残念な気持ち。
ドライバーの方に聞かれたら怒られそうだけど、どこか雪を心待ちにしてしまうわたし。

こんな日は、温かいお部屋で薬草茶でも飲むか。
(いつもお茶ばっかり飲んでるの声あり)
おうちによっては、あんまりお茶を戴かないところもあるらしいけど、確かにうちは何かっちゃあお茶を飲む。
今の時代、放射能の影響を気にする向きもあるけど、「お茶を飲む」という行為は精神と時間のゆとりの証拠。
大切にしなければ、と思う今日この頃。

そう、私の場合、時間は比較的あるの。
お金とは反比例するだけで。
そりゃそうだよね。時間がなければ、こんなにブログ、しょっちゅうアップできるわけもなし。

大丈夫。
もう少し経ったら、マキオカにじゃんじゃんお客様が来て、忙しすぎてブログ書く余裕なんてなくなっちゃうから、今のうちにいっぱい書いているだけなの。

わたし、平和な時代に生まれさせていただいて、ホントよかった。
見せかけの平和かも知れないけど。
もし、『火垂るの墓』の時代にいたら、わたしは節子達のおばさんのようになっていた可能性が、ある。

あの映画を見た方の中には「なんて酷いおばさん!」と憤慨する向きもおありでしょうが、わたしはあのおばさんを責められない。
いや、「責められない」どころじゃない。
わたしだって、あのおばさんのようになる要素がてんこ盛り。
むしろ同じことをしてしまう自信があるっ。(威張っていうことではないですね、はい。)

平和で、食料の溢れている時代に「もっと親切にしてあげればいいのに。」とか「みんなで分け合って、助け合えばいいのに。」なんていうのは想像力の足りない人。

自分の子が飢えている時に、食べ物分けてあげる自信、ありますか?
わたしはやっぱり我が子に贔屓してしまうと思うし、その行為は当然だと思う。

だからよく「震災が起こって、原発がダメになった時の備えとして、食糧をたくさん備蓄しています。近所の人や、友人に分けてあげるために。」なんて言ってる方がいらっしゃいますが、わたしは「けっ。」と思ってしまう。

それは一週間やそこらで救援が来ることを想定するからこそ言えること。
もし本当に震災が首都圏で起こって、原発がやられて放射能が拡散し、政府が機能しなくなった場合、救援物資が行き渡るのにどれほどかかることか。
放射能の影響をあまり受けていない飲み物や、食料を確保するのに、どれほど手間と努力と時間がかかることか。
そんな中で、人様にその貴重なものをお分けできるほどの人間性を発揮できる人が、果たしてどれほどいるというのか。

はなはだ疑問であります。

あ、ごめんね。
これを読んでくださっていて、本気で「皆に分けてあげるんだもんね。」と、たくさん備蓄している方。

これはわたしの思考を基準にして言ってるんだからね。
汚れたおばさんの戯言と思って、その純粋さをゼヒ貫いてください。

そうはいっても、皆が助け合って、この困難な時代を乗り切っていかなければならないのも事実。

わたしも何とかして、自分の中の邪悪な部分をねじ伏せて、死ぬとき「あー、自分が恥ずかしい。もっと周りの方に愛される日々を送るべきだった。」と後悔しないように、修行したいと思います。

つづく




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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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