キャンプ場の作り方(38)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

最初に主人の異変に気が付いたのは2000年6月くらいでした。
それから5か月たたないうちに主人は天国に旅立ってしまいました。
長女は高1、長男は小5でした。

嵐のような半年でした。

家族も友人もマキオカは止めるだろうと思っていたようです。
でもわたしは不安はあったものの、できたら続けたいと思っていました。

主人とわたしの夢のキャンプ場です。
主人が大好きで、亡くなる一週間前にも病院を抜け出して泊まりに来たところです。

やはり絶対に続ける。
翌春には心が決まっていました。
協力者として熊男の息子(わたしの甥)が手伝ってくれることになりました。

ただ基本的には私一人でやれる体制を作らなければなりません。

そこでわたしは知恵を絞りました。

その頃朝食サービスは、こちらからサイトに食事をお持ちしていました。
それをセンターハウスにお客様にいらして頂くというスタイルに変更することに。
早速センターハウスの改装に取り掛かりました。
今まで家族が生活していた一階のスペースは、食堂に変身しました。
これは雨天時対策にもなりとてもよかったと思います。
また、備品の貸し出しもこちらからお持ちしていましたが、取りに来ていただくことにしました。

しかしティピィの設営、トレーラーハウスのセッティングはまだ一人では無理でしたし、今まで主人の担当だった力仕事、機械・電気関係、草刈等もわたしが人にお願いするなりしてやらなければならなくなりました。

その中でも特に頭が痛かったのは水の管理です。
飲み水は熊男の家からその都度運んでいましたが、生活用水はクロパイを上流から這わせて一旦タンクに落とし、まかなっていました。
ところが大雨が降ったりすると水が濁ったり、ひどい時はクロパイが濁流に流されて絡まって使い物にならなくなってしまうのでした。
主人がいた時はその都度上流に見に行き、一人では無理な時は私も行って何とか補修していました。

取水をしているところは、沢沿いにけもの道を通って20分ほどのところ。
水が止まる度に草藪をかきわけ行かなければなりません。
そしてやっとたどり着いても、いったん水が止まってしまうとなかなか水が通ってくれない、さらに取水口に砂が入り込まないように工夫しなければならないのでした。

いざという時、管理ができるんだろうか。

でもそんな心配をしている場合ではありません。
とにかくやらねば。
心配しているだけでは何も始まらない。

自宅に帰れば日常の生活があります。
主人と二人でやっていた学習塾の立て直し、子ども達の学校問題、実家の火事、親族間のトラブル、その結果の引っ越し。
まさにこれでもか、という程の出来事の連続でした。

今その頃のことはあまり細かく覚えていません。
ただすくみそうになる足を無理やり前に出している、不安過ぎて感覚が麻痺してしまっている、そんな感じかもしれません。

とにかく目の前の現実とがむしゃらに格闘していた気がします。

ただ主人は亡くなるとき、自分が亡くなった後のことに対し、全然不安そうな様子がありませんでした。
きっと怖いもの知らずの妻が何とか自分で切り開いていくだろう、と思っているかのようにわたしに任せ切ったように見えました。
だからわたしは主人が思った通り「怖いもの知らずで何とか自分で切り開いていく」自分を作る必要があったのかもしれません。
そしてそのお蔭であのジェットコースターのような日々をかいくぐってこれたのかも。

ほんと、人生塞翁が馬。

今年11月、主人の13回忌を終えました。
そこには妊婦になった娘と、鍼灸師になった息子もいました。

わたしもすっかり逞しいおばさんに。

あんなに身も細るほど大変だったと思ったけど、あにはからんや、以前にも増して脂肪でつやつやしているわたしなのでした。

つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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