田舎暮らし考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

マキオカに関わるようになってもう20年以上。
今まで色々なことがあったし、たくさんの人と知り合ってきた。

そうした中で思ったこと。

都会の人は田舎の人に幻想を持ち過ぎじゃないですか?

田舎暮らしの本を読んでみると、田舎はいい人がいっぱい。
農作業をただで教えてくれ(自分の仕事も山ほどあるのに)、留守の時は管理(めんどくさいんじゃ)。
気が向いて立ち寄れば笑顔で漬物や煮物でお茶の接待(そんな暇じゃないっつうの)。
都会の家に帰るときは、畑で作った野菜を山ほど持たせてくれる(野菜だってできるまで肥料代や種代、手間暇かかってるんだよ)。

どう考えたって、そんなにいい顔ばっかりできるわけがない。

それを裏付けるように田舎暮らしをしてそのまま定住できる人はとても少ないらしい。
ただ表に出るのはたまたま上手くいった運がいい人たちだけ。

そりゃそうです。
誰だって挫折した話なんてできるだけしたくないもの。
近所のじじいが土地の境のことで陰口をきいていたとか、プライバシーなんて言葉生まれてこの方聞いたこともないんじゃないかってくらい好奇心の強いばあさんがやたら親切ごかしに家にしょっちゅう上がり込んできた話なんて思い出したくもないでしょう。

大体から土台無理な話。
わたしの見たところ、田舎のご老人たちはとっても気骨がある。一国一城の主の風格というか。
一家言あるんですね。
語らせるとすごい。いつも聞いてくれる人がいない分だけ、一旦聞いてくれる人ができると、とにかく語りたい。
そして依怙地というか、頑固なヒトが多い。

一方、田舎暮らしに憧れるだけでなく実行に移しちゃう人っていうのも、わたし達のように、夢見がちで(モノはいいよう)現実感に乏しくちょっと個性的な人が多いと思われる。
(自分を基準に考えると、ですが。単なるお金持ちは除く)

そんな人たちが一緒に近くに住んでうまく行く訳がないですよね。
じいさん達は都会に憧れる孫にも邪険にされているのに。
都会の人たちは昔気質の姑ともうまくそりが合わないのに。

都会から来た人たちは知らないんです。
田舎に住むっていうことがどういうことなのか、という事を。(わたしも未だにそこまで知っているわけではないが)

県道はともかく集落の道やいつも使っている道路は自分たちでお金を出し合って作り、清掃、草刈は自分たちで日にちを決めてやる。
都会なら区役所に電話すればやってくれるスズメバチの巣の駆除も自分たちで。
年寄りだらけだから、六十代でも「若い衆」なんて言われて、JAの役員や地区の委員会や寺の総代など、仕事はてんこ盛り。自分の畑の仕事も後回しにしなきゃならない、とか。

そこに都会から急にやってきて、我が物顔で道路は走るわ、無農薬で野菜を作ると言っては害虫を量産するわじゃ文句の一つも言いたくなろうというもの。
しかも「わたし達って都会暮らしもエンジョイして、田舎のじいさん達とも仲良くできる、懐の深い豊かなヒトなんだもんね。人生、楽しんでるんだもんね。自然、バンザイ。」
なんて能天気ないいとこ取りなこといわれたら、そりゃむかつくわ。

逆に自分の家の隣にじいさんが引っ越してきて、「よくわかんないからいろいろ手取り足取り教えてください。」とか「ちょっと田舎に帰るから、ゴミ捨てよろしくね。あと、防犯も。」とか「暇だからお茶、飲みに来た。」なんて言われたら、どんだけうざったいことか。

でも都会の人はそれを田舎の人たちに当たり前のように求めるんですよね。

人は期待されると、つい応えたくなる生き物。
求められるとそのように振舞おうとするけど、そんなに長くは続けられません。

そして軋轢が生まれ、せっかく大枚をはたいて求めた田舎暮らしのためのあれこれが水泡と帰す。

むぅ、自戒の意味も込め書いてきましたが、あんまり心が痛むのでこの辺にしておきます。

ほんと、若いって恥ずかしい。
そして分かったような顔をしている今だって、後から思い出すとなんかいろいろあるんだろうなぁ、とうなだれるわたしなのでした。

つづく




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