子孫の(うみのこの) 弥栄継ぎに(いやさかつぎに) 栄えしめ給へと。

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

最近、わたしは小さな虹の光の中で目が覚める。
娘が母の日にくれた、スワロフスキーで作った手作りのサンキャッチャーのお陰だ。

                           IMG_2829_convert_20170619143155.jpg


サンキャッチャーとは、太陽の光を部屋にたくさん運びこむアクセサリー。
欧米ではこの「Sun Catcher」を窓辺に吊り下げる習慣があり、「レインボーメーカーRainbow Maker」とも呼ばれ、光のインテリアとしても人気があるんだそう。
風水的にも部屋に太陽のエネルギーの光を与えて、邪氣を払うという。
娘の愛のパワーで、我が家の邪氣は雲散霧消するに違いない。

わたしのブログには頻繁にふんどし息子が登場するが、上に5歳離れた姉がいて、4歳と1歳の男の子の子育て真っ最中だ。

その孫達が可愛いのなんのって。

4歳の孫は性格も優しく穏やかで、幼稚園では人気者でお友達もいっぱいいるんだそう。
登園するとお友達が数人(女子多し)が駆け寄ってくるんだとか。
幼稚園と習い事のバレー教室では「王子」と呼ばれているらしい。

・・・おかしい。
うちの娘と息子は、揃って幼稚園が大嫌いだった。
集団生活が苦痛で、登園時間になるとテーブルの脚にしがみついて、泣いて嫌がった。
幼稚園から帰ってから遊ぶ相手を見つけるのに苦労するような子ども達だったのに。

小・中学校でも「親しいといえる友達をいかに作るか」「グループ分けでいかにしてあぶれることなく立ち回るか」等、人間関係で落ち込んだり悩んでいる姿をしばしば見かけた。

最終的には「一人で大丈夫だと腹をくくれば、学校で怖いものなんてなくなるっ!」というわたしの無茶苦茶な理論を押し付けられ、悪戦苦闘しながら不安定だった時期を乗り切ったのだが。

同じ血が流れているはずなのに、この違いは何だ?

1歳9か月になる下の子は、早くもオムツが取れそうだという。
上の子に比べると、きかん坊になる氣配が濃厚だが、いつも機嫌がいい。
「ママ。」「ママ?」「ママー!」「マンマーーーっ!!」と、全ての言語を「ママ」一語で押し通し、それでもコミュニケーションを成り立たせる凄腕の幼児。

そんな娘と孫達と、わたしはしばしば遊びに出かける。

先日一緒に行ったのは、横浜の三ツ沢にある「なんじゃもんじゃカフェ」。
人氣があるため、外で30分ほど待ったが、ぐずることもなくちゃんと大人しく待っている。
流石だ、我が孫達よ。

ツリーハウスがカフェになっていて、まるで宮崎駿の世界。

                 IMG_2601_convert_20170619143353.jpg


 IMG_2599_convert_20170619143335.jpg

                           IMG_2621_convert_20170619143501.jpg

カフェの中はロフトがあり、レトロな雰囲氣のテーブル席が2つ、風通しのよいテラス席が3つあって横浜の中心街が見渡せる。

IMG_2616_convert_20170619143429.jpg

風が木を揺らしていく音が聞こえ、時間がゆっくり流れていく。
うっとりと景色を眺める孫。

総じて鑑みるに、孫達はいつも機嫌よく満たされている感じがする。
わたしの娘と息子は、わたし達夫婦の仕事の関係で常に手元には置いていたが、生活が不規則で、なかなか子どもの生活のサイクルに寄り添ってあげることができなかった。

待遇のいい企業で働いていた娘に、専業主婦になったらどうかと提案したのも、その悔いがあったからだった。
娘は学生時代に演劇を始め、大学時代にやはり演劇に没頭しているムスコ(娘の夫)と知り合って結婚し、子どもを授かった。
経済的には不安があったようだが、結局仕事を辞め、子育てと家事に専念した。
幸せそうな孫達を見ていると、娘達の選択は間違っていなかったと思う。

娘夫婦は孫達をコンサートに連れて行ったり、舞台に連れて行ったりして、小さいうちに出来るだけたくさんの「よいもの」に触れさせようとし、自分達も一緒に楽しんでいる。

そして美しいものを見たり聴いたりした思い出は、嬉しかったり楽しかったりした感情の記憶とともに、柔らかい孫の感性の中にしっかりと刻み付けられているようだ。

そんな孫達を「おー、よちよち」と猫可愛がりするのはとっても楽しい。
責任のないべたべたの可愛がり方ができるのはジジババの特権だ。

対して、いい大人になっている娘や息子に、未だに小言を言ってしまうわたし。
つい親として「このままではイカン!なんとかせねばっ」と、考えてしまうのだ。
こういう所が、親が「ウザイ」「うるさい」「メンドクサイ」と言われる所以だと、自覚する今日この頃。

だが娘が躾のために孫を叱っていると「そんなにうるさく言わなくてもいいのにねえ。よちよち。」と、婆バカ丸出しで甘やかしてしまうのは、いかんともしがたい。
しいて言えば、親戚の家の可愛い子犬を可愛がるのと、自分の家で飼っているワンコに対する態度の差か。

自分の家のワンコは、トイレの躾はしなければならないし、嫌がってもお風呂に入れなきゃならないし、叱ってでも吠え癖や噛み癖をなくさなきゃならない。
お金だってたくさんかかるし、死ぬまで面倒をみる覚悟が必要だ。
かかわり方が全く違うのだから、対する態度が全く違っても仕方がないのだ。
そして猫可愛がりしてくれる存在があるっていうのも、いいものなんだよ。

許せ、娘よ。

可愛い孫達よ。
世界は佳きもの、美しいもので溢れている。
存分にその中に身を浸して、味わい尽くして欲しい。

でも長い人生、順風満帆ばかりはあり得ない。
恐ろしいほど理不尽な目に遭ったり、目を背けたくなるほど醜いものが目に入ったりすることもあるかもしれないけれど、「人間万事塞翁が馬」。

人間も世界も状況も、常に変わるものだから大丈夫。
心配しないで人生を思い切り楽しんだらいいよ。

孫達のことを考えていると、日月神示の『子孫(うみのこ)の弥栄(いやさか)継ぎに栄えしめ給えと畏(かしこ)み畏みも白す』という祝詞の文言が頭に浮かぶ。

日月神示だけではない。
古来より神社で唱えられる多くの祝詞で、必ず子孫繁栄祈願の句が述べられるのは、子孫繁栄が往古から代々の祖先等を経て継承されてきた先人の最大の眼目であったからだ。

孫ができて初めて、先人達の氣持ちが本当に分かったような氣がする。
この世での役割が終わって肉体が滅び、あちらの世界に行ったとしても、我が愛する子孫達に手を差し伸べ、身を挺して守りたいと。

今の日本の状況を見ていると「どうかこの国が我々の子孫(うみのこ)にとってよき世界になりますように」と祈らずにはいられない。

つづく
スポンサーサイト

comment

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR