「東国三社巡り」に行ってきた(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

急に思い立ち、行くことになった「東国三社巡り」。
朝5時半に起きすぐ出ようとすると、ふんどし息子がパソコンを開いて、今日どのルートで行くか、食事はどこにするか読んでおけと言う。

行き当たりばったりをよしとしているわたしに反して、ふんどし息子は夕べ遅くまで下調べをしたらしい。
「今の時代、ナビはあるしスマホもあるんだから、そんなことは現地に行くまでの間にやって、渋滞に合わないように少しでも早く出発すればいいんじゃないの?」と主張するわたしに対して、ふんどし息子は「高速料金もルートによって違うし、現地でスマホの調子が悪くなることもあるじゃないかっ。」と反論する。

「ちっ、メンドクサイ」(態度悪し)と思いつつ、パソコンを斜め読みするわたし。
結局、鎌倉を6時40分頃出発し、首都高から東関東自動車道に入って潮来ICで下り、鹿島神宮へ到着したのは8時50分ごろだった。

鹿島神宮は、大きな木の鳥居が迎えてくれた。
震災の際、国産の花崗岩の鳥居としては日本一を誇る大鳥居が倒壊してしまった後、境内の森から伐採した樹齢500年から600年の杉の巨木を4本使って再建されたという。

まだ9時前だというのに、境内に観客用のシートが並べられ陣太鼓が用意され、屋台も出ている。
誘導のおじさん達もたくさんいて、何やら落ち着かない様子。

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何事かと思っていたら、どうやら横綱稀勢の里の奉納土俵入りが行われるという。

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土俵入りは3時からだというのに、もう席は埋まり始めている。
「そっかあ、そういうにぎにぎしい日に呼んでいただいたのね」と、いつものように自分に都合よく解釈するわたし。

昔、天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)が降臨された時、武甕槌神(タケミカヅチノカミ):鹿島大神)と経津主大神(フツヌシノオオカミ):香取大神)が先発して豊葦原国(とよあしはらのくに)を平定した故事に由来し、旅に出る事、門出などの意味を持つ言葉として「鹿島立ち」という言葉があるという。

だからここ鹿島神宮は、願掛けの場所ではなく、人生の転換力をもたらし、邪魔するものをはねのけ進むパワーを授けてくれる神社と言われているのだそう。

これは一昨年鍼灸治療院を開業したばかりのふんどし息子にも、是非「鹿島立ち」をしてもらわなければっ。

楼門をくぐるとすぐ右手に、拝殿・本殿がある。
社殿は通常南向きが多いというが、鹿島神宮は北向きになっている。
まずは本殿にお参りさせて頂く。

拝殿を過ぎて奥参道は、両脇に堂々とした杉木立がそびえ立つ深い鎮守の杜になっている。
いつもは静寂に包まれているのだろう。
入口に「鹿島七不思議」の札があり、そこを通り抜け奥宮へと向かった。

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大鳥居の場所から一直線に延びている奥宮までの参道は、伊勢神宮の森を彷彿とさせる。
本殿は武甕槌神(タケミカヅチノカミ)」の「和魂」(にぎみたま、穏やかな魂) 、奥宮は「荒魂」(あらみたま、荒ぶる魂) が祀られているという。

木立の中に鎮座している本殿の前で、心を込めてお礼の文言を言挙げた。

それはそうと。

「東日本大震災の復興に向けて」という鹿島神社発行のリーフレットに、以下の文章が書かれているという。

『平成23年3月11日の東日本大震災。
国津神の神社である鹿島神宮には地震の予兆がありました。
3月4日、鹿島神宮から東に2キロの高天原の海岸に、52頭の鯨(カズハゴンドウ)が打ち上げられたのです。
住民は海に返そうとしましたが、22頭は打ち上げられたまま亡くなりました。
その一週間後に、この地震です。
わたしたち神主の考えでは、海の底の綿津見神(海を守る神)が使いとして、鯨を送ったと考えています。』

『東日本大地震で鹿島神宮の大鳥居や石灯籠62基が倒れました。そして120キロもある屋根の上の千木も、外れて落ちました。
そして地震からちょうど一ヶ月した4月11日、鹿島の海岸に長さ1メートル30cm、幅20cmの諏訪大明神と書かれたお札がたどり着きました。
調べると、岩手県陸前高田市の気仙町今泉の諏訪神社のお札でした。』

『神主たちは「親潮に乗って流れていた国津神(建御名方神)のお札を、綿津見神(海を守る神)が今までの諍いなどを忘れて、助け合うように鹿島の天津神(武甕槌神)に送り届けたのだろう。」と噂しました。』

『神主の見立てでは「地震を抑える神である私も、二千年に一度といえるこの大災害を抑えることはできなかった。ナマズに問いただしたところ、この地震を起こしたのナマズではなく龍であったとのこと。
千木により神々と連絡していたが、いまは神々とも連絡できない。諏訪に戻りこの大地震の様子を神々に伝えて欲しい。」と伝言しました。
そしてお札は、元宮である諏訪大社に戻されました。』

なんだかスゴイ話だ。
震災の一ヶ月ちょうど後に、諏訪大明神と書かれたお札がたどり着くなんて。

そして暴れたのは、ナマズじゃなくて龍だったんですね。

大地震の二日前は鹿島神宮の大祭が行われていたんだそう。
地震がお祭りの後だったのは御神慮だと地元では言われていたんだとか。
さらに奇跡的に「国宝」や「重要文化財」の損傷はまぬがれたらしい。

いやはや、なんともはや。
ご神意の凄まじさよ。

凄いぞ、日本の神様!!

つづく




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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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