母が冥途に行きかけた(5)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

やっと「母が冥途に行きかけた」を書き終え、ホッとしたわたし。
だが、今朝母に電話をすると「昨日、知り合いの薬剤師の娘さんからK病院について酷い話を聞いた」という。

その薬局を利用している奥さんが「うちの主人は、あの病院に殺されたの」と仰ったんだそう。
その方のご主人は、K病院に緊急搬送され受け入れられたにもかかわらず、ベッドに空きがないと言われ、廊下で寝かされ、そのまま一日経ち、廊下で息を引き取られたのだという。

ふーん、それが「救急車を断らないことをモットーに、年間で約7,000台以上の救急車を迎え、救急を要する患者さまの診療を24時間体制で行っています」という病院の実態か。

そういえば、知人のおじさんがK病院を退院する際「ここでやられたことは一生忘れないからな」と看護師に捨て台詞を吐いたとか(いったい何をされたんだ?)、やる必要のない手術をされ大変な目にあったご近所の女性の話とか、凄まじい噂にことかかない。

なのに、何故か「K病院 口コミ」で検索すると評価3,7。

「患者の訴えを本人が納得いくまで聴いていただける」(え?医者はろくすっぽ診察にも来ないのに?)
「病院自体の管理システムがきちんと出来あがっておりそれが実行されておりその結果もきちんと壁にレポートされていました。安心できます」(この書き方、ホントに患者が書いたのか?)
「食事もそれなりに美味しかったのを覚えています」(絶対ウソ。もし本氣なら味覚障害者)
「外来で待っている時も救急車での搬送も多く、緊急対応にも応えてくれる医療機関だと思います」(引き受けはするけれど、その後の対応がオソロシイ)

ところがGoogle のクチコミになると、様相が一変する。
レビューはかろうじて2,5になってはいるが、「これは本当に一般の方が書いたんだろうな」という口コミの評価はほとんどが1。
かなり実態に近いと思われる。

「急患として運ばれた際、脱気のための応急的な処置と水封ドレーンをつけられ、そのまま入院。穴が塞がるまで様子を見るとのことでした。しかし、夏だと言うのに、病室の空調は最悪で、寝汗をかくほど暑く、ドレーンは大気圧のまま放置で、うまく脱気せず、胸が苦しくなるときもあり(後で知ったのですが、陰圧をかける装置を普通はつけるそうですね)、地獄のようでした」(ここにも地獄出現)
「入院中、点滴が長引きお昼ご飯を遅めに食べてたら、看護助手のオバサンに食器をかたずけられた。半分くらいしか食べてなかったのに自分達の都合で下げられショックでした。二度と入院したくない病院です」(さもありなん)
「事故で行ったら写真とられただけで、会計8万でした。夜間診療高すぎない?」(そりゃ救急搬送断らんわ)
「救急車に運ばれた病院でしたが、他の病院と病名が違い救急隊員が心配する程。なぜか瞳孔開き激痛なのに待たされ、呆れる病院」(救急隊員も知ってるね、きっと)
「他の科はわかりませんが総合内科は最悪でした。病院の受付もやる気無さそうだし態度悪いしもう二度と利用したくありません。あの病院は老人には優しいけど自分のような若者には態度が最悪です。特に若い方は利用しないことをおすすめします。」(いや、老人にも最悪です)

口コミって当てにならないとは思っていたけど、確かにこのご時世、しっかり情報収集しないと騙されちゃう。
世の中トラップだらけだから、重々注意しないと後悔する羽目になる、と学習した。

もちろん外来患者と入院患者の違いもあるだろうし、かかる科や担当のドクターによっても違いはあるだろう。
物事に対し、一方的な見方は危険だということも知っている。
ある人にとっては最悪でも、ある人にとっては素晴らしいところだということだってあるだろう。
どんな病院でもいろいろな評価があるのは当たり前だし、それをいちいち目くじらを立てて取り上げるのもいかがなものか、とも思う。

それにしても、だ。

実際見聞きしたあの病院の出来事は、「医療」というにはあまりにもお粗末で、あきれ返るものだった。
いや、意外に医療の世界では特別なことではないのかも。

わたし達は「現代医学」「先進的な医療技術」というスマートな言葉や外観に惑わされてきたが、その実態は思いの外、いびつで寒々しい荒野のような景色が広がっているのかもしれない。

今回、K病院についてあれこれ書いたが、実は書くべきかどうか迷いがあった。
が、 「救急指定病院で、しかも地域医療支援病院の承認を受けるなど、社会的にデカいツラしてるくせに(言葉悪し)、誰にも何も言われないのをいいことに、あんなヒドいことを日常的にしているとは。許せんっ」という氣持ちが強くなり、書くことにした。
(もちろん社会正義などという高尚なものではなく、「うちの母に何してくれちゃってるの?フザケルナ」という私怨ですな)

本当だったら実名で書きたいくらいです。

でも考えてみれば、自分の健康を人様に頼って維持しようというのも図々しいと言えるのかもしれない。
そりゃ親兄弟でもないのに「誠意に満ちた思いやりのある世話をしてくれ」という方がどうかしている。
赤の他人に自分の体の状態を丸投げしておいて、そんなことを求めるのは虫がよすぎないか。
言い方は悪いが、医療者から見れば、患者は仕事上の1ピースに過ぎないのだから。

だが、「病院に行けば必ず病氣がよくなる」「医療者なんだから、ちゃんとわたしが健康になるよう努めてくれる」という刷り込みは、病院経営者にとって好都合だ。

近頃、わたしは検診にも行かないし、病院にも一切行かない生活を送るようになった。
レントゲンやCT、血液検査もやらなければ、もちろん予防注射もしない。
「もっと自分の体を大事にしなければ」と思う人もいるだろうが、大事にしているからこその選択だ。

如何に医学会がいい加減で、金儲けに身をやつしているかが如実にわかる例は、血圧の基準値の改竄だ。

1970年代以前、「年齢数に90を加えた数字よりも低ければ、血圧は正常」という診断法が主流であり、1987年の高血圧の基準値は180 mmHgだった。
今では老いも若きも血圧の基準値(正常値)は、年齢に関係なく130 mmHgとされる。
血圧は年齢とともに上がるものなのに。

ということは、年取って病院に行けば、日本人は全員薬を飲まされるってことですな。
アホクサ。

何も知らなかったわたしは、主人が亡くなった後、血圧が高めの日が続き「お守り代わりに飲みましょう」と、医者に軽く言われるままに降圧剤を飲み始めたが、後で一生飲み続けなければならないことを知り、愕然とした。
後に、降圧剤は認知症の原因になりうると聞き及び「脳梗塞よりボケ老人になる方がコワいわっ!」と、自己責任で止めた。

以前は毎日血圧を測っていたのだが、今は「血圧が高そうだな」と思っても、血圧計で測ることすらしなくなった。
測ったところでいいことは一つもないから。

わたしは対処法として、玉ねぎをスライスし、しばらくしてから酢醤油で戴く。
さらに息子に教わった、耳と喉にある「血圧を下げるツボ」をぐいぐい押しまくる。
とにかく塩梅よく症状をやり過ごすことに専念する。

とにかく「病院に出来るだけ近寄らない」というのが、わたしの健康法だ。
「自分の身は自分で守らなければならない」という使い古された言葉が、現代ほど必要とされる時代もないのかもしれない。

「わたしにとってわたしは『ただの1ピース』ではなく『全て』なのだから、神様に戴いた命を全うするためにも、最善を尽くそう」と心に誓うわたしなのでした。


つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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