神代文字の話(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

「米寿の母と「第二回冥途の土産旅行」に行ってきた」の追加情報です。
なんと3月14日の南海日日新聞にも、母の奄美の冥途の土産旅行が掲載されました。

今回はカラー写真で、しかもふんどし息子もしっかり写っています。
・・・わたし、息子の法螺貝を首からぶら下げてる変なおばさんになっていますが。

                           IMG_2506_convert_20170318205130.jpg


南海日日新聞は、奄美諸島の主要新聞。
こちらでいう朝日、読売のような新聞らしい。

お陰で、先日の奄美新聞に続き、母にいい冥途の土産ができました。(まだ当分先だと思いますが)

それはともかく。

皆さんは神代文字はご存知でしょうか?

「中国から漢字が伝えられるまで日本には文字がなかった」と、日本人の大多数はそう信じ込んでいる。
わたし達は義務教育の小・中学校はいうまでもなく、高等教育の場でも繰り返しそう教えられてきたから。

「実は日本には漢字以前に神代文字というものがあった」という話を初めて聞いた時は、わたしもたまげました。

その頃は、すでに「今わたし達が学校で教えられている漢字は、元の意味から大きく外れている」という、いわゆる陰謀論の洗礼は受けていた。

漢字の話

とはいっても、その頃は「基本、学校は間違ったことを教えないところ」と思い込んでいたわけで。
だから初めてこの話を聞いた時は、正直「それって、ホントに?」という疑いのマナザシを向けていた。

が、伊勢神宮をはじめ日本各地の神社に「神代文字」と呼ばれる古い文字で書かれたお守りや札や奉納文、神璽が伝わっていることや、全国各地に神代文字と思われている文字が刻まれている巨石が残っていることなど、いろいろ調べていくと、どう考えても「神代文字はある」という説に合理性を感じてしまう。

しかも神代文字否定派の論拠となるのが「昭和初期に神宮文庫の責任者であったエライ某博士がそう判断したから」とか「『古語拾遺』(齋部廣成)、『筥崎宮記』(大江匡房)で、日本には固有の文字が存在しない、と書かれているから」といった程度もの。

その程度の根拠で、大事な歴史の流れの定説を作っちゃっていいんですかね?
そしてそれを全国民に垂れ流し続けちゃっていいんですかね?

「神代文字否定論」を読んでいくとあまりに不自然で、「何か圧力でもあって、そう言い張っているだけなんじゃ?」とか「もしや自分の国に誇りを持たせないようにしているのか?」「いやいや、秘さねばならない理由があったのでは?」などと、ついついあらぬ陰謀を妄想してしまう。

近世の学会が、何故あれほどにかたくなにヒステリックに神代文字の存在を否定するのか。
そして何の異論も持たないように、全国民に信じ込ませようとするのか。
「その方が一部の人たちにとって都合がいいからなのか?」と勘繰りたくなる。


Wikiによると
『神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)とは、漢字伝来以前に古代日本で使用されたと紹介された多様な文字、文字様のものの総称である。江戸時代からその真贋について議論の対象となっており、偽作と主張されているものが多い。』
『鎌倉時代のころから朝廷の学者によって研究されたほか、江戸時代にも多くの学者に研究されたが、近代以降は、現存する神代文字は古代文字ではなく、漢字渡来以前の日本に固有の文字はなかったとする説が一般的である。』とある。

偽作と主張されているものが多い?
漢字渡来以前の日本に固有の文字はなかったとする説が一般的である?

申し訳ないけど、わたし、最近Wikiは読みはするけど、あんまり信じないことにしているの。
あれって、簡単に歴史や人物に対する見方を変えてしまえるから。
100の真実に1つのウソを入れても、一部の人以外、氣が付かない。

ある意味、オソロシイことだよね?

それはそうと。

神代文字というのは、現在わかっているだけでもホツマ文字、カタカムナ文字、ヲシテ文字、アヒル文字の他にも、伊予文字、節墨文字、豊国文字、アイヌ文字などの四十数種類の文字あるんだそう。

『ひらがなも、カタカナも、もともと神代文字があったからこそ生まれた文化なのだと考えた方が、明らかに歴史を合理的に説明できるのです。
そして日本に、漢字渡来以前に、すでに高度な文化文明が栄えていた事実も、これによって裏付けることができます。
神代文字は、縄文時代の土器や、弥生時代の石版や、銅鏡、銅矛にも、たくさん見出すことができます。
いまは、それらが「意味不明のただの模様」として扱われていますが、実は、それが神代文字である可能性が高いのです。』(ねずさんのひとりごと「神代文字の時代」)

『「神代文字」が後世の偽作であるとするためには、その作成の動機が何であったか説明できなくてはならない。今日のようにマス・メディアが存在しない時代に、人騒がせを目的として歴史を偽造しても意味がないはずである。第一、誰にも読めない書物など作っても何の効果もありはしない。』(「異端から学ぶ古代史」沢田洋太郎・著)

『まったく文字を使ったことも、読んだこともない人々が、ある日、漢字が入ってきたからといって、即座に漢字を読み書きでき、漢字をつかえるようなるのだろうか。いくら日本民族が遺伝子構造から見ても優秀な頭脳を持ち、文化の取り入れに長けた民族だとしても、それまで全く文字をしらない者がいきなり文字を使えるようになるはずはない。』(「神字日文考」吉田信啓・著)

ふむ、確かに日本は、世界に類を見ない、とてつもなく古い歴史を持った国。
漢字が伝わったのは、仏教伝来と同じく、西暦552年のことであったといわれているが、「上代の人々には文字がなく、人々は口伝で歴史を伝えた」という話は、むしろあまりに荒唐無稽で不自然なのではないか。

太古、日本の神々は外来の宗教と外来の文字を嫌われたので、神前への奉納文は神々の好まれる神代文字で書かれるのが憤例だったという。

伊勢神宮の神宮文庫に収められている奉納文 伊勢神宮に現存する奉納文は、これまで確認されたものだけで99点あり、神宮文庫に「かみのみたから」として大切に保管されてきたんだそう。

さらにいえば、古史古伝に使用されている神代文字で世界中の古代遺跡にある古代文字が読める、という話もある。

超古代ミステリー5:世界の謎の碑文は神代文字で読めるのだ!つまり日本語だった!

井口博士は言う。

『高橋良典氏の研究によって分かってきたことは、日本の古事記や日本書紀の神話の時期にあたる記述、そしてそれに対応するかのように、我が国に残されてきた数々の神代文字の年代が見事に符合するということである。
言い換えれば、古事記日本書紀の神話は神話ではなく実話だった、ということである。
古事記日本書紀以前のずっと昔の日本人(=クル族)の記憶は、神話という形で遺された。そして、そのそれぞれの神話の時代に対応する年代にそれぞれの「神代文字」が存在したのである。』

おおー、壮大なロマン溢れる話じゃないですかあ!!

わたしは夢想する。

かつて歴史の中で、わが国にも焚書坑儒のようなものがあったのではないか。
その嵐をかいくぐって、現代に細々と伝わってきたのが神代文字なのではないか。

そしてこの混沌とした現代にこそ、古代の霊力の宿る神代文字が必要とされているのではないか、と。


つづく


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