大嶽山那賀都神社は隠された日本の要(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

Hさんは『熊本の地震の二晩明けた16日早朝、何かできることはないのかと思った瞬間に降りてきたのが「三富村に行かなければいけない」というものだった』と仰った。

熊本に最大震度7が2回も立て続けに起こったこの地震。
もし川内原発が罹災していたらと思うと、本当に恐ろしい。

あの地震に、何故か大嶽山那賀都神社が関わっているということか。

印象的だったのは「小石を入れたザルを揺らしていくといくつかの大きい石が残ります。大嶽山那賀都神社はその残った大きい石の一つだと思います。」というMさんの言葉。

秘境といえるほど山奥にあり、今は地元にもあまり知られていないこの大嶽山那賀都神社が、実は日本の数ある神社の中の大事な要の一つだったとしたら。

訪う者を包み込み、清く浄化してくれるようなこの地の氣を思う時、わたしはその可能性を信じられるのだ。
そして、そこで働く日原先生を始め関係者の方々の無私の奉仕の様子を思い出すと、Hさんに降りてきた「ここには邪はない。(ここは)てっぺんだ。」という言葉がしっくりと胸に納まってしまうのだ。

大嶽山那賀都神社は甲府盆地から秩父へ向かう雁坂道の途中、山深い渓谷の断崖に鎮座している。
Mさんによると「地形を見ると、渓谷を洗う川の流れが社殿のある岩山のところで湾曲している。この地形は熊野や吉野で訪ねたことのある風水地形だ。
水に囲まれた岩山の頂点に気が溜まり、龍穴となる。山奥深く目立たない土地にも関わらず、役行者が修行の地として見出したのはこの地形だからだろう。」とのこと。

名のある山の頂上にあるわけでもなく、参拝客の多さを誇るわけでもない。
だが大嶽山那賀都神社はその清浄さにおいて「隠された日本の要」というに相応しい神社だと確信する。

無事Hさん、Mさんを日原先生にご紹介することができ、奥様のご厚意で昼食をご一緒させて頂いた。
お二人ともとても喜んでくださった。

人のご縁の不思議を思う。

9年ほど前のあの日、国道に掛けられたプレートを目にし、この地に来させて頂いた。
もしやこの日に繋がることを神様はご存じだったのか。

パソコンが苦手なわたしがSNSで発信し、Mさんを始めいろいろな方と知り合った意味、今ここで生きている意味についても考えさせられた。

いやいや、それはうがち過ぎというものかもしれない。

が、ここ最近「なんと大変な時代に生まれたことか」とため息をつくことも多々あったわたしが「日本は絶対大丈夫!」と心から思えることができた。

今回の件で、個々に何があっても神はかりだと信じられるようになったから。
全て神様の御手の内であるならば、何を悩もうか。



つづく


※おまけ

以下はHさんのブログです。

そらみつみそら

拝読させて頂いた際、氣になった文を載せさせて頂きました。

『つい先日、4月21日に聞こえてきたことです。
「4と4に来ている。
地層はいくつかずらすことにしている。
今まで支えてきたものの破壊。
完治は無理。
ボトムズアップ。
人間世界への理解が進む。
富士山は暴力的にはならない。」

今年1月7日
「地震、ついに起こるべきときに。
まずは4の4。
運良き方向に向かっている。
生まれ変わる姿になる。」

上の言葉を受けて4月4日をある程度気にしていましたが、最初の地震が起きたのは4月14日でした。
未来からみて、また宇宙的な観点からみたときにこの時期が重要な転換点だったと肯定的に捉えることができるでしょうか。』

 
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