母と「第一回冥途の土産旅行」に行ってきた(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

12時10分発のJAL659便は予定時間を15分ほど遅れて出発した。
無事機上の人となった老婆二人。

母は奄美で美味しいものが食べたいと言う。
料理が得意でキリタンポが十八番の母は、テレビでやっていた奄美名物の鶏飯の汁の味見をしてみたいらしい。
・・・「鶏肉がキライだから食べられない。食べて。」と少しだけ突いた二人分の鶏飯を前に呆然とする己の姿が目に浮かぶ。
まだ小麦粉の塊が胸の辺りに残っている氣がするわたしは思わず「うぷっ。」となる。

どちらかというと行き当たりばったりが多い(というかほとんど全部)わたしだが、今回の旅行は、いつになく綿密に計画している。
なんせ疲れやすく足腰の弱った年寄りが一緒だから、初日から最終日までレンタカーを予約しているし、図書館で旅行マップも借りてきている。(あくまでも買わずに借りるというところがイジマシイ)
ガラケーしか持っていないので、その場でスマホで調べることもできないので、手帳に宿の住所と電話番号もしっかりメモしてきたし。

JAL659便は奄美に14時35分着の予定だったが遅延して、奄美に着いたのは15時近くになってしまった。
母は久しぶりの遠出に疲れたのか、少し無口になっている。

到着ロビーに向かっていると電話が鳴った。
1月の奄美行でお世話になったOさんからだった。

Oさんはアマミ舞の創始者花柳 鶴寿賀先生(以下鶴先生とお呼びします)と去年ご結婚された方。
ふんどし息子と一緒にふんどし禊をしてくださったり、奄美のいろいろな場所ををご案内して頂いたり、お酒をご馳走になったりと大変お世話になった。
だから今日はOさんのお宅の近くに宿を取り、宿に着いたらご挨拶に伺わせて頂こうと思い、ご連絡しておいたのだった。

電話に出ると、なんとOさんは鶴先生と一緒に空港にお迎えに来て下さっているという。
手荷物受け取り場から出口の外を見ると、お二人のにこにこと微笑まれている姿が目に飛び込んできた。

驚きのあまりワタワタするわたし。
ターンテーブルから荷物を取るのももどかしく、お二人の方に駆け寄った。

実は母が奄美に来たいと言い出した要因の一つにお二人の存在があった。

最初に鶴先生を拝見した時、「昔の母に面差しが似ている」と思った。
そしてそんな印象を前回来た時、鶴先生にもお伝えしたのだった。

わたしから見て、鶴先生と母にはいくつかの共通点がある。

二人とも「日本舞踊」をしているところ。
(鶴先生は日本中に、母は町内会にお弟子さんがいる、というスゴイ違いはありますが)
二人とも年の離れた人と結婚しているところ。
(鶴先生は10歳年下のOさんと大変円満なご結婚をされていて、母は20歳年上の父と大変不仲な結婚をしていた、というスゴイ違いはありますが)
さらに二人とも料理好きで世話好きで多くの人に慕われているところや、神事に大変ご縁が深そうだ、というところも「似ている」と感じた一因かもしれない。

そんな話を母にしたところ「一度お会いしてみたい」と言い出したのだった。

JAL659便の遅れもあり、Oさんと鶴先生は40分以上空港で待たれたに違いない。
なのにそんな素振りは微塵も感じさせず、お二人は嬉しそうなお顔で迎えてくださった。

レンタカーは一日キャンセルをし、お二人のお車でばしゃ山村というリゾートホテルのレストランに連れて行って頂いた。
先程まで疲れからか無口になりよろよろと歩いていた母は、急にシャンとした様子になり「娘があまりに奄美の自慢をするものですから来たくなってしまいました。」という言葉を皮切りに、怒涛のごとく喋り始めた。

                                 IMG_1195_convert_20160325214643.jpg


この症状はひ孫のお宮参り以来2年振り。
こうなった母は誰も止められない。
止めたらかえって怪我をする。

まあ、声は大きいわ、よく喋るわ、泣くわ笑うわ。
ついこの間、「あんまり先は長くないかもしれない。」と思わせたことなんて微塵も感じさせない饒舌さ。

さぞかしお二人とも驚かれたに違いない。
が、そこはお優しい鶴先生とOさんのこと。
にこにことどこまで続くか分からない母の話を聞いて下さる菩薩のようなお二人。

ありがたや。
母は長年お付き合いした人にも話さないような体験談や人生経験を、息つく間もなく話している。

鶴先生は母のために「皆で少しずつ戴きましょう。」と言って、鶏飯を頼んで下さった。
案の定「やっぱりあんまり食べられないわ。」と言って残した母。

ああ、ホントにありがたや・・・。

その後一泊目に宿泊する「なべき屋」に送って頂き、夕食後お二人が来て下さることになった。
早めの夕食を戴くが、ここはそれでなくてもお食事の量が多い。
自分の分を食べるだけでも精一杯なのに、案の定、母のあまり好きではないお料理は皆わたしのテーブルの前に並べられることとなった。

それはそうと。

わたしは時々思うのだが、若い女性にとって「痩せている」ことが自慢になるように、母に限らずお年寄りと話をしていると「少食であること」が、どこか誇らしげに聞こえるのはわたしの氣のせいだろうか?
やんごとなき方々がどちらかというと「少食」なイメージがあるように、「少食」は上品であるという思い込みがあるからなのか?
それとも戦後の食糧難の時代を生きた人間にとっては、「少食」であることは「いいこと」という刷り込みがあるからなのか?

わたしは美味しく食べ、楽しく飲み、大声で笑う年寄りになりたいと思っている。
ラピュタに出てくるドーラのような。(とはいってもドーラは50歳でわたしより年下。「だてに女を50年もやってないよ」って言ってるもんね。)

それはともかく。

8時過ぎにお二人はわたし達のコテージに来て下さった。
Oさんと一緒にお酒を飲ませて頂いたが、母の勢いは止まらず、いや、寝酒のウィスキーを飲んでさらに加速し、母の奄美の初めての夜は更けていったのだった。

                       IMG_1216_convert_20160325214543.jpg


つづく
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