南の国の誕生日。115年ぶりの雪、そして虹。(6)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

思いもかけず皆さんに58歳のお誕生日をお祝いして頂き、天にも昇る氣持ちで幸せな夜を過ごしたわたし。

翌日は田中一村記念美術館や地元の美味しいランチを戴けるお店に連れて行って頂いたりと、初奄美を満喫したのでした。

途中Oさんは、道端のサトウキビ畑で作業しているおじさんに話しかけ、収穫中のサトウキビをもらって齧らせてくれました。
子どもの頃から憧れていたサトウキビ丸齧り。

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サトウキビは想像していたより固く、竹の中に砂糖を染み込ませた感じ。
これ、下手に齧ったら歯が欠けちゃうよ・・。

あー、やだやだ。
年を取るって、感想もババ臭いものになっちゃうのね。

最終日は、いよいよ鶴先生ご夫妻の出会いのきっかけとなったという今井権現に伺う。
早朝、海の禊場に向かい、Oさんとふんどし息子が海に入っていく。
やはりここでもふんどし禊は必須らしい。

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わたしは鶴先生と、裸足で海に入り波の花をすくい7回降り掛け、口を漱ぐ。

雑談の中、先生のお宅にあった茅葺屋根の神棚が我が家と同じものであり、さらに両方とも伊勢神宮で神棚をお受けした足で出雲大社に参拝し、帰宅したタイミングで到着したものであるということが判り、驚く。

こんな話も、ふんどし禊が終わるのを待っているまったりとした時間がなければ出なかったことで。
うーむ、ふんどし禊、侮れず。

今井権現に行くには、龍郷町安木屋場のソテツ群落を見ながら灯台に向かう。
灯台の手前には今井権現への参道口があり、尾根のような山道を行くと、赤い鳥居が鎮座し、東シナ海が見える。

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おお、なにか聖地のような雰囲氣。
早速皆で掃除を始める。

Oさんは慣れた手つきで綺麗に掃き清める。
鳥居から石段を見上げると、鬱蒼とした木々に囲まれて、空氣が違うのが分かる。

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参拝の前にふんどし息子が法螺貝を奏上し、登り始める。
153段の石段を登り切ったところに、簡素ではあるが立派な社殿があり、正面に「今井大権現」の社額がかけられている。

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奄美には平家の落人伝説があるといい、壇ノ浦の戦いで敗れた平家の落人達が一部奄美へ逃れたという伝承が残る。
ここには龍郷町戸口に城を構えたとされる平行盛に仕え、今井崎の見張り番を務めていた今井権太夫が祀られているという。

確かに水軍に長けていた平家ならば、奄美に来ることぐらいはお手の物だったかもしれない。

「大奄美史」は言う。
『「国史によれば壇の浦の戦いに、安徳天皇は八歳の時二位の尼に抱かれて海に入り、そのまま崩御され、平氏の一族郎党またほとんど戦死したとなっている。
しかるに薩南硫黄島の旧記三所大権現鎮座本記によれば、天皇は諸臣とともに薩摩の硫黄島に遁れ給い、ここで聖寿を完うせられたことになっている。」
との書き出しで、壇の浦以降の顛末を詳細に記述して、最後は
「島々から献納する糧米によってあじけなき世を永らえ給うたが、寛元元年(1242年)五月五日の夜、六十六歳歳を以ってはかなくも崩御あそばされた」とあります。』

平家物語では、二位尼(平時子)に抱き上げられた安徳天皇は「尼ぜ、わたしをどこへ連れて行こうとするのか」と問いかけられ、二位尼は「波の下にも都がございます」と慰め、安徳天皇を抱いたまま壇ノ浦の急流に身を投じたという。
安徳天皇は、歴代最年少の数え年8歳(満6歳4か月)で崩御したと伝えられている。

おおー、もしかしたら安徳天皇も南の島にいらっしゃった?
そうだったらいいな、と思う。

この神社は現在の「今井権現」という名前になる以前から永く信仰の対象であり、古くから奄美に存在するユタ神様の民間信仰との深い結びつきがあるようだ。 

御本殿の奥にあるいくつかの石碑や信仰の対象となっている場所をお掃除して回りつつ、平家の落人伝説をお話し頂き、奄美の歴史に心を馳せるわたし。
御本殿で鶴先生がアマミ舞を奉納し、わたし達は法螺貝、磐笛を奏上させて頂く。

この地をお参りさせて頂いている不思議を思う。

先程、今井権現について調べていたら、あの「天下泰平」のブログに行きついた。

イエスも訪れていた奄美大島

泰平さんと言えば、わたしが3・11の後に「日月神示」について調べていて行き着いたブログの作者であり(『天下泰平』以前に書かれていたブログです。正直、抹香臭いじいさんが書いていると思っていた)今のような活動をされる前に直接お会いする機会があり、いろいろご親切に教えて頂いた方。
(今やスピ界では知る人ぞ知る存在となり、お忙しくご活躍されているので、わたしのことなんぞお忘れだと思いますが)

「奄美大島の中でも最も大切な聖地の1つである「今井権現」という神社」
えええ、そうだったの?
し、知らなかった・・。

「この奄美大島には、イエス・キリストが滞在していたという伝承が残っています」
・・・そうなの?

「色々な意味で「運命の出逢い」を体感する人が続出してくる」
うん、確かに『「運命の出逢い」を体感』していますな。

なんだかよく分からないけれど、オモシロの神様はわたしの予想の遥か斜め上に向かわせようとしていらっしゃるようだ。
頑張って落伍しないようについていきたいと思う。

それはともかく。

その後、桃源郷のような果樹園でタンカン採りをしたり、とっても美味しい鶏飯をご馳走になったりと、奄美を最後まで堪能させて頂いたのでした。

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思いもかけず、まるで神様からのプレゼントのように実現した奄美、加計呂麻の旅。
本当に楽しかった。

嵐のような暴風と115年ぶりの南の島の雪。
一日に4回も観ることができた虹。
そして真心のこもったお祝いをして頂いた58歳のお誕生日。

それから何よりも、鶴先生ご夫妻をはじめとしたたくさんの方々との出会い。
わたしの人生にこんなたくさんの素晴らしい出会いがあるとは思わなかった。

皆様、そして奄美の島々の神様方。
本当にありがとうございました。

一生忘れません。

つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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