南の国の誕生日。115年ぶりの雪、そして虹。(4)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

なんとか来ることができた虹の島、奄美と加計呂麻。

「やっと来れた。」とはいうが、実は全くのノープランなわたし達親子。
いつものように、何も考えず下調べもないまま、直感だけで来てしまった。

しかもこんな南の島くんだりまで、がさばる上に重い法螺貝や磐笛なんかを持って来てからに。
いったい何を考えているんだか。
まったく。

それはそうと。

友人から「奄美は日本の雛型、加計呂麻は奄美の雛型である」という話を聞いた。
加計呂麻はノロやユタの島だという。
ここには間違いなく神がおわすに違いない。

島に着いてしばらくすると、皆が出かける準備をし出した。
どこに行くかも聞かず、そして知らされず、なんとなく再びMさんの車に乗せて頂く。

車外には青い海が広がっている。
これが、加計呂麻。
南の島の景色が延々と続く。

しばらくして、海に面した草原に車が停まった。
皆と一緒に車から降りたふんどし息子に、鶴先生のご主人のOさんが唐突に「ミソギしましょ。」と言って、手拭いを渡してきた。

ミソギシマショって何?
しばらく言葉の意味が頭に入って来ず、顔を見合わせるわたし達。

海に向かう面々。

澄み切った青空が広がり、海はどこまでも青いが、昨日雪が降った余波でか、風は身を切るように冷たい。
ぼんやり手拭いを握りしめる息子に、Oさんが「これから神社に行くから、海に入って禊をするよ。はい、服を脱いで、ふんどし一丁になって。」と嬉しそうに仰った。

え?禊ぐの?

・・ここで?
しかもふんどし姿で?

どうやら4人いる男性のうち、ふんどしを締めている3人が海で禊ぐらしい。
そして、すでにそのメンバーに、ふんどし息子も入っているようだ。
(それにしてもふんどし率高し!)

鶴先生を始め女性達は、裸足になり、波打ち際で足を濡らし、口を漱ぐというやり方で禊を始めた。
わたしも見よう見まねで、白波を手ですくい、頭に降り掛ける。
海の水は思ったより温かい。

離れた草むらで着替えた男たちは、並んで海に入っていく。

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肩まで入ったかと思うと、頭までもぐる。

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うーむ、この寒いのに、ここまでするとは。
なんて男らしいんだ。
かっこいいぞ、ふんどし姿。

めでたく「ふんどし禊同盟」が結成された、記念すべき日となった。

後から息子に聞いたところによると「服を脱いだ時と、海から上がった時が半端なく寒かった。」と、うっすら唇を震わせる。
我が息子ながら、なかなか付き合いがよくって、いいねえ。なかなか見どころがあるよ、うん。
面白がる無責任な母。

皆は山に向かって、どんどん歩いていく。
道々お話を伺うと、ここは鶴先生のご先祖にご縁のある土地で、いろいろな不思議な経緯から、廃れてしまっていた神社を復興したとのこと。

奄美諸島には現在もユタやノロと呼ばれるシャーマンの方々がいらっしゃり、島の人々は何か問題があると相談をしに行くというくらい、神様という存在が身近なところだという。
だが、加計呂麻島は高齢化が進み、古くから大事にされていた神社が、手入れをされず廃れてしまっているところも少なくないらしい。

なんとか山の上まで登り切ると、「高千穂神社」と書かれた鳥居があり、境内に簡素な造りの社が鎮座している。
皆でお掃除をしてからご挨拶をする。

わたしは揺れる飛行機の中で、奄美の神々様に救いを求めたことを思い出し、心からお礼を申し上げた。

そして鶴先生の創設された「アマミ舞」の奉納が始まった。
鶴先生の鳴らす金と銀の鈴に合わせ、皆が舞った後、海老原よしえさんの歌に合わせ、鶴先生が舞う。

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このよしえさんという方もスゴイ方。
よしえさんは長野に移り住んでから、自然と曲が「降りてくる」ようになったらしい。

よしえさんは、40歳になるまでギターはおろか、まったく人前で歌を歌ったことなどなかったのに、その聴こえた曲を再現したりしているうちに、ギター一本を手に、全国にライブやコンサートをするようになったんだそう。

その歌声は、まさに天に届くほどの透明感と力強さに溢れている。

よしえさんの歌声に合わせて舞う鶴先生は,天女のように、凛として美しい。

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鶴先生は言う。
『天と地を感じて、自分の生命を感じて感謝致します。
天にのび、地に伏して舞うとき、アマミ舞はその場の気を体で受け取め、言霊、舞霊を神に捧げます。』
『一人でも多くの方が、このアワの唄を声に出し身体を動かし、宇宙へ地球へご先祖様へ、その一時を祈り、自分が今ここに居る事へ感謝する心を持ち、一緒に唄い舞う、この一瞬をともに致しましょう。 』

ここのところ、わたしは氣付き出している。
わたしが何故、こうした不思議な場に呼んで頂けるのか、ということを。

わたしは歌を清らかに歌い上げることも、輝くような舞いを舞う事なども、できはしない。
ましてや神様のお言葉を伝えたり、人様の身体を癒したりすることなど、望むべくもない。
そういったことは、わたしのすべきことではない。

素晴らしい出来事の場面に居合わせた時、わたしは目を輝かせて、興味深げにその場を脳に焼き付けようとする。
そして面白かったこと、楽しかったこと、驚いたことを楽しみながらブログに書いている。

もしかしたら、綾なるご縁を手繰り寄せ、こうした面白くも不思議な出来事に遭遇できるのは、皆様にお伝えするために呼んで頂いているのかもしれない、と思うようになった。

拙い文ではあるが、ご縁のある方、必要としてる方に、わたしが見聞きした出来事をお届けする必要があるのではないか、と。

もしそうであればとても嬉しいし「何故わたしのような凡庸なものが、この場にいさせて頂けるんだろう。」という、様々な場面での疑問も氷解する。
いやいや、それはあまりにも穿った見方だ、ともう一人のわたしが否定する。

天の理は分かるべくもないが、わたしはそういうお役目を戴けていると思いたい。

そうこう考えているうちにご神事は進み、ふんどし息子が法螺貝を奉納させて頂く場面になった。

おおー、いつになく立派な法螺貝の音。
意味もなくなんとなく持って来たんだけど、意味があったのかもしれぬ。

ん?
ふと息子のカーキ色のパンツに目をやれば、おもらしをしたかのような濃い色のシミができている。

これはもしや禊いだ時にふんどしをしっかり絞らなかったのか?
でも、事情を知らない人はそう思ってくれるわけがない。

きっと「おもらし息子」と思うに違いない。

そんな「おもらし息子」と磐笛を奉納させて頂きながら、奄美と加計呂麻の神様方に心から感謝するわたしなのでした。


つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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