南の国の誕生日。115年ぶりの雪、そして虹。(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

そもそもわたしが奄美に行くことになったのは、皇居の勤労奉仕団でご一緒させて頂いた、日本舞踊家でアマミ舞創始者、花柳鶴寿賀さんご夫妻との出会いがきっかけでした。

花柳鶴寿賀先生(以降、鶴先生とお呼びします)とは、こんな方。
 『花篝会」「アマミ舞」を主催。幼少より古典バレエと日本舞踊に親しむ。
19歳で沖縄へ渡り、琉球舞踊の大家、島袋光裕師に師事。
人間国宝の花柳寿南海師に師事し、日本舞踊協会大会では大会賞、奨励賞を受賞し、文化庁芸術祭にも参加。
平成8年より自身の父方のルーツである奄美大島の島唄、神唄に舞を導入した「アマミ舞」を創作。各地での奉納舞やワークショップを開催。』

そんなスゴイ方とは露知らず、休憩中やお掃除の合間に、鶴先生ご夫妻とお話させて頂く機会があり、しとやかな中にも可愛らしさの漂う鶴先生に、同性ながら憧れの眼差しを向けていたのでした。

そして菅原文太と竹内力を足して2で割って、さらに西郷隆盛をブレンドしたような、10歳年下のご主人のOさんとのロマンスやら、素晴らしい奄美のお写真などを拝見させて頂き、「奄美、行ってみたい。」という氣持ちがむくむくと湧き上がったわたし。

さらに「今ならふるさと割りというものがあり、条件にあえば旅費が半額になる」という話を聞くにつけ(ここ大事)、すっかり「奄美がわたしを呼んでいるっ!!」と思い込み、「是非、奄美に行きたいですっ!」と、叫んでいたのでした。

ま、「行きたいです。」とは言っても、普通はそれっきりになってしまうもの。
わたしとて、大人のわきまえとして「ちょっと知り合っただけのわたしなんかが、本当に行ったらご迷惑だろうなあ。」とか思わないでもなかった。

でも、それよりも「このチャンスを逃せば、一生行けない氣がする。なんだか知らないけど、とにかく行きたいっ。」という、オモシロ好きの衝動を抑えることができなかったの。
そして何よりも、鶴先生ご夫妻のお人柄に魅かれた、というのも大きな要因だったと思う。

それはともかく。

奄美空港で、Oさんから「もう少ししたら、空港にお客様を送り届けるために、Mさんという人が行きますから、一緒に古仁屋港まで乗せてもらって下さい。それまで珈琲でも飲んで待っていて下さい。」とのありがたいお電話がある。

2階のレストランに行ってメニューを見てみると、珈琲は400円近いのに、黒糖焼酎は280円。
これは、やっぱり黒糖焼酎を飲めってことでしょ。

ふっふっふ。
115年ぶりの雪の空港のレストランで、真昼間から焼酎を飲む母と息子。
ニンマリと笑いながら、ごぼうの唐揚げをつまみに、ちびちびと飲む。

あー、シアワセ。

しばらくするとMさんらしき方が、妙齢の女性と共にレストランに現れた。
16:55発のバニラ便に乗る女性を送るために、わたし達がこれから向かう加計呂麻島から来たらしい。

挨拶もそこそこに、出発ゲートに向かう二人。
わたしもお見送りをするために、後から付いていく。

ん?
二人は目と目をからませ「じゃ、またね。」「うん、待ってる。」と、切なそうに言葉を交わした。

こ、これはまさかの遠恋?
お二人から3メートルほど離れたところで、お二人の甘やかな雰囲気を感知し、氣配を消しつつ後ずさりするわたし。

のこのこお見送りになんか行くんじゃなかった。
とんだお邪魔虫になるところだった・・。
まあ、わたしなんぞは恋するお二人の瞳には、ロビーの自動販売機にしか映らなかったかもしれないが。

その後、恋人との別れを惜しみ終わったMさんの運転で、古仁屋港までひた走る。
聞けば、いろいろな事情で東京の住まいも仕事も捨て、加計呂麻に移り住んだのだそう。
辺りはすっかり暗くなり、南の国に似つかわしくない雪混じりのみぞれが、フロントガラスを打ち付ける。

Mさんは「今日、加計呂麻から奄美に来た時の海上タクシーに、帰りの足も頼んであります。フェリーが止まっても、海上タクシーは台風などのよっぽどひどい時以外は出航するから大丈夫ですよ。」と、仰ったので一安心。

1時間半ほどで古仁屋港に着いたが、辺りはもう夜の気配が漂っている。
コンビニで一休みしている間にMさんが海上タクシーに連絡を取ってくる、と言って出て行った。


しばらくして戻ってきたMさんが「今日は波が高すぎて出航はできないとのことです。」と悄然と仰る。

え?
今晩の宿は加計呂麻にお願いしている。
そして鶴先生ご夫妻や、勤労奉仕団でご一緒した方々と過ごす夜を楽しみにしていたのに。

船着き場まで行ってみると、停泊している船は上下に激しく揺れ、波は恐ろしい程にうねっている。
加計呂麻は海上タクシーで25分ほどの目と鼻の先にあるというが、荒れ狂う闇の中では、全くその影もない。
「よっぽどひどい」事態に呆然とする。

・・でも、ここまで来れただけでも、上出来か。
考えてみれば、大雪の予報だったのに欠航にもならず、肝を冷やしたけれど何とか奄美空港に着陸でき、今目の前に加計呂麻島がある。

しかも当初の予定通り、レンタカーで息子と二人でここに来ていたら、本当に途方に暮れていたに違いない。

Mさんはテキパキと港の近くの宿を探し予約を入れ、宿まで連れていってくれた。
ありがたしっ!

このホテル、昭和の風情があるといえばそうなのだが、とにかく寒い。

Mさんにお願いして、近くの銭湯の「嶽乃湯」に連れて行ってもらう。
雪のせいか、銭湯には番台のおばあちゃん以外、ひとりもいない。

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入ってみると、ここがまあ、なんとも昭和30年代なのだ。

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お釜のようなドライヤー。
体重計だって、昔ながらのハカリ。
真冬なのに扇風機もある。

あー、「おばちゃん、オレンジ牛乳ちょうだいっ!」と叫んでしまいそう。

カラカラと浴場の扉を開けてみる。

                                 IMG_1075_convert_20160202101507.jpg

おお、なんとも昭和チック。
湯船に浸かっていると、男湯に入っているMさんとふんどし息子の楽しそうな会話が聞こえてくる。

他に誰もいないので「あと10分で出るよー!」と、声を掛けてみる。
すると男湯から「分かったー。」との返事が。

いいねえ、この感じ。
ただ、南の島の銭湯のせいか、いくら出し続けてもお湯は出ず、温めのお水しか出ないのには参ったが。
(後から地元の人に聞いたら、そんなことはないらしい。客がわたし達だけだったので、ケチったか?)

銭湯から出たわたし達は、やはり雪で足止めをされているというMさんのお友達がいるという、地元の居酒屋さんへと向かったのでした。

バナナの芯だの、猪汁だの、パパイヤの漬物だの、ソテツの味噌だの。
地元ならではの食材をつまみに、四方山話に花を咲かせる。

115年ぶりの雪がもたらした、不思議な時間。

こうして初めての奄美の夜は、雪の降る音と共に更けていったのでした。


つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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