熊男とジェイソン

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

このブログにたびたび登場している熊男。
わたしが人生であった人たちの中で、一二を争ういい人です。

わたしはマキオカで熊男とお付き合いをするようになって、驚かされたことがあります。

マキオカにはわたしがジェイソンと呼んでいる方がいます。

初対面で名前もわからなかったとき、物陰からこちらをじっと見ていて、この人がチェンソー持って遊びに来たら、怖いだろうなー、と思って、そう呼ばせてもらってます。(もちろん本人には内緒)
たぶん、町でこの人とすれ違ったら、みんな目をそらしたり、遠回りするんじゃないか、と思われる方です。

ジェイソンは器用で仕事も丁寧なのですが、時として激高したり、一切反応しなくなったりするらしく定職にはつけないようです。

そんなジェイソンに、熊男は草刈りや、畑の作業をなど、集落や自分の仕事を頼みます。
ジェイソンの機嫌や体調を見ながら、仕事の量や内容を変えているようです。
そして、仕事が終わると必ず「ありがとなぁ。よくやってくれたなぁ。ま、こっちこうし。」と言って熊男手作りのほうとうや煮物をご馳走してねぎらいます。
すると、普段は誰に対しても、無表情のジェイソンがちょっと嬉しそうに表情を緩めるのです。

熊男はいいます。
「わしはあいつが可愛いんだ。あいつがにこっと笑うと、わしも嬉しくなる。」

六十代で、親もいず、兄弟も寄り付かないジェイソンのことを「可愛い。」と言ってあげるのは、たぶん今世界中で熊男だけです。
ジェイソンは町に住んでいたら、ご近所とも、誰とも付き合わず、周りに敵意を向け暮らしていくのではないか。
警察や、福祉と称する冷たい行政の中で、ただ迷惑がられて息を殺して生きていくのではないか。


わたしは二人を見て、かつての日本の村々の福祉の姿に思いを馳せるのです。
人々の結びつきが今よりもっと強く、気持ちが通じ合っていた頃。
村の人々は助け合い、さらに世話役や寺がきめ細かいサポートをしていたのではないでしょうか。

精神が病むと、すぐ医者に行き薬を処方してもらうなんていう選択肢がなかった時代。
ある意味、幸せな時代だったのではないか、と思う。


わたしは主人が亡くなって精神的につらかった時代、心療内科に行ったことがあります。
たぶん一昔前なら、行かなかったと思います。何故ならわたしが子供の頃、精神科はほんとに特殊な場所、というイメージがあった。

でも、今の時代は違います。
苦しくて、うつの症状があったら、誰でも行って構わない。
だって、苦しいなら、楽になれる薬があるから。

で、わたしも行きました。
診察室で、症状と今までのいきさつを話しました。
そしたら、ぽっちゃり太った若いお医者様が言いました。
「そうですか。大変でしたね。僕はあなたの事が心配です。」

なんか、むかっ。
「若造。お前に何がわかる。」

とりあえず一番軽い薬をもらって、その日は帰りました。
好奇心の人一倍強いわたしは、ちょっと楽しみにしていました。
「薬で気持ちが楽になるって、どんななんだろ。」
(ま、こんなことを思っている時点で、薬を飲む資格はない気もするが。)

夜になって、処方箋に書いてある通り、就寝前に一錠その薬を飲んでみる。
ちょっと、頭に血が上った感じがして、トイレに行きました。
座っていると、腕の皮膚に違和感が。
まるで肌の下に虫がいて這い回っているような、奇妙な感触。

こ、これが一番弱い薬?
楽になるどころか、これ、なんかに浸食されちゃう感じがする。
頭の中でハザードランプが点滅しています。


それ以来、心療内科には一切足を踏み入れていません。
症状や人によるとも思いますが、わたしの場合、薬は合いませんでした。
わたしは、楽をして苦しさを乗り越えようとしちゃ駄目なんじゃないか、と思いました。

のた打ち回って、泣き喚いて、引きこもって、やっと人に話せるようになった頃、また泣いて・・。
というような、人生の修羅場を時間をかけてかいくぐって、やっと人として一人前になれるのではないか。
でも。
土砂降りの雨の中、崖っぷちをたったひとりで歩いていくのは、あまりにも心細い。
そんな絶望的と思えるとき、人生の酸いも甘いも乗り越えた、信頼できる先達がいたら、どんなに安心だろう。

わたしの意見が暴論だというのはわかっています。本当に医療によって救われる方がたくさんいることも。

でも、わたしのように、昔であれば薬を飲むなんていう選択肢をしない人間まで、安易に薬に頼ろうとさせてしまう状況があるのではないか。


現代よりもっと病や死が身近だったころ、もっと闇の色が濃かったころ、そういった困難を乗り越えたり、生かしていく社会としてのノウハウや仕組みが、村社会においてできていたのではないか、と思えるのです。
そして、本当にサポートの必要な人たちもスポイルせず、自分も役に立っている、という自信やプライドを持てるようにケアしていく理想の福祉の形があったにちがいない、と熊男とジェイソンをみていると思えてくるのでした。


つづく

あ、熊男を見てると、「グーニーズ」のフラッテリー家のスロースと仲良くなったチャンクも思い出すけどね。





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まとめ【熊男とジェイソン】

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。このブログにたびたび登場している熊男。わたしが人生であった人

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