母、奇跡の復活!(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ご無沙汰しております。
ここのところ怒涛の忙しさで、なかなかブログを書く余裕がありませんでした。

先月の末、ふんどし息子とマキオカに向かい、中央自動車道の勝沼インターを下りた車中でのこと。
携帯が鳴り、運転中のわたしに代わり息子が出た。

「あ、おばちゃん。・・うん、うん。・・えぇっ!!」

何やら不穏な空氣。
姉は母と一緒に京都に旅行中のはず。

なんだ?
どうしたっていうんだ?

車を停め電話を替わると、いつもは明るい姉の、珍しく沈痛な声が聞こえてきた。

「今朝4時半頃、お母さんが咳をして(母は持病の喘息がある)トイレに行ったなあ、と思っていたら『ゴン!』っていうスゴイ音がしたので、扉に何かに当たったのかと思って寝てたの。
だけどトイレを流す音がしないので、心配になって見に行ったらお母さんが廊下に倒れていて、意識がなかったからフロントに電話して救急搬送してもらい、今京都の病院に入院しているの。」

ええぇぇ!!!
一体なんだってまた旅行中にそんなことに?

会社の経営に携わっている姉はいつまでも京都にいられないとのことで、急遽わたしが京都に向かうことになったのでした。

それはそうと。

いや、こんな時になんですが、京都って意外にお安く行けるんですな。

深夜バス料金、横浜→京都3500円。
「とにかく安いとこ!」と言って見つけたバックパッカー用の宿、一泊2500円。

「あんたってヤツはそんな時にまでケチって・・。」と、蔑みと憐みの眼差しを送ってきたあなた。

何を仰いますやら。
いつまで滞在しなければならないか分からないこんな時にこそ、節約です!

観光旅行じゃないのだからして、少しぐらい窮屈だろうが、つらかろうが、削れるところは削らねばっ。
こんな時こそお金って大事。

「あぁ、もう一泊したらまた15000円かかる・・。」なんて心配ごとがさらに増えたら、血圧が上がっちゃうもんね。

何とかたどり着いた京都の救急病院には母の変わり果てた姿が。
外傷はないのだが、視点がどうにも定まらない。
会話は成立するのだが、今の自分の状況が把握できていない様子。
そして少しでも動くと氣持ち悪くなってしまうらしい。

どういう状態で転んだか、本人の記憶が抜け落ちているので全く分からないが、事故の状況と怪我の様子から相当強く頭から転んだのは間違いない。

その後、主治医の先生からMRIの画像を見せて頂きながら説明を受ける。

「ここから耳にかけて頭蓋骨が骨折しています。脳挫傷ですね。」
三半規管がやられてしまっているため、眩暈や氣持ち悪さが続いているとのこと。

確かにMRIの画像には頭頂部近くから耳まで骨折したと思われる筋がくっきりとついている。
しかもその筋の斜め前には10年近く前に患った硬膜下血腫の手術した痕まで見える。

母については以前にブログに書きました。

猛母がマキオカにやってきた

「口八丁手八丁」の、正に「猛母」と呼ぶにふさわしい母が、今は病院のベッドに横たわって、ぼんやりしている。
二回りぐらい小さくなったように見える母。

母は毎年この時期、伏見稲荷にお参りをする為に姉と京都に行く。
稲荷信仰を始めたのは今から60年近く前だという。

病弱だった姉が1歳の時疫痢にかかり、隔離病棟に入院し、明日をも知れぬ命だったことがあった。
不本意な結婚生活に苦しんでいた母は「この子が死んだら、わたしも海に入って死のう。もし助かったら結婚生活を続けよう。」と覚悟をしたのだそう。

その夜、母は不思議な夢を見た。

階段から大きくて立派な武士が、ズシンズシンと下りてきたと思うと小さな可愛らしいお小姓になり、「自分の世話をして欲しい。」と頼んできた。
「うちは今貧乏で、あなたの世話などできない。」と断ると「今にきっとよくなるから。」と言ってきかない。

母は「そんなこと言って、お前はキツネなんじゃないか?わたしを騙そうとしているんじゃないか?」と聞くと「そんなことはない。」と言って、一生懸命頼んでくる。
騙されたら困ると思った母は、後ろを向き、股の間からお小姓を覗きこんだ。

するとそこには小さな可愛い狐がちょこんと座っている。
「やっぱりお前はキツネなんじゃないか。」と言うと「そうじゃない。よくなるようにするからお願いだから面倒を見てくれ。」と懇願してくる。

母は仕方なく子狐の首をひょいと持ち上げ、「ここに入っていなさい。」とミカン箱にポンと入れた。
すると、なんと金の稲穂がザーッっと見渡す限り広がる光景が目の前に飛び込んできた。

この夢を見た翌日、病室でいつものように医者の回診を待っていると、検査をした先生が首をひねっている。
「おかしい。昨日までたくさんあった疫痢菌が全くいなくなっている。」

さらには熱も下がり、危篤状態だった姉が一日にしてすっかり治ってしまっていた、という日本昔話のような本当の話。

か弱かった姉も今では貫禄が付き、手広く事業をしている。
その姉の商売繁盛の祈願も兼ねての京都旅行が、とんでもないことになってしまった。

以前のブログにも書いたが、母は40年以上前、九死に一生を得ている。
知人の結婚式に出席するために東名自動車道を走行中に後部座席で事故に遭い、頭でリアガラスを割って投げ出され、テレビに死亡と出た。
お医者様に「生きても後遺症が残る」と言われながら無事生還したというツワモノ。

が、よく考えてみればあれも4月だった。

それからも4月になるといろいろなことが起こり、母は「4月は怖い。」とよく言っていた。
そして、今回も4月・・。

どういう因縁話なのか、わたしにはわからない。
もしかしたら今回こそ本当に母の命は危うかったのかもしれない、と思う。

最近本人から聞いたところによると、この頃祖母が母の枕元に3日間現れたという。
「どうしてこういう事になったのか。」と聞こうとすると、祖母はすうっと消えてしまったらしい。

母は「亡くなっても子を想う氣持ちっていうのはスゴイもんだね。」などと呑氣に言っているが、わたしは「もしやばーさん、お迎えに来たのでは?」と疑っている。

それはともかく。

こうして母のこと、ブログに書けるようになって、ほんと、よかったっす!!


つづく

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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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