ゴミのポイ捨てに物申す。

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ここのところテレビを観ていて氣が付いたあれやこれやに噛みつきまくっているわたし。

先日FBでこんな記事を見つけた。

「必ず自分に返ってくる...人の悪口を言わない方がいい6つの理由」
1.ストレスが溜まる
2.脳が鈍くなる
3..自分の場所を失う
4..聞いてる方にも悪影響
5..育児にも影響がでる
6.老ける

・・ぐぬう。
絶対やだ。
特に2番と6番。

うな垂れるわたし。

その記事はいう。
「日頃何気なく使っている言葉が、脳と体に大きく影響しています。例えば、脳は主語を理解できないという性質を持っています。」
「主語が理解できないので、自分が発した言葉全てを自分のこととしてとらえてしまいます。」

ってことは、わたしが前回ルルロロに対して「憎たらしいクソガキ」と書いた言葉や、前々回「主治医が見つかる診療所」の番組に対し「いいコトしてる氣満々で、ウザいことこの上ない」と書いた言葉を、わたしの脳はわたし自身に言ったととらえてしまうってワケで。

(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

そう、マイナスな言葉や悪い言葉は言わない方がいい。

わたしだって「カルマの法則」という言葉くらいは聞いたことがある。
そもそも日本では古来より「因果応報」という言葉で表されておる。

できるだけ言わないようにしますよ。ワルグチ。

でも。
最後にこれだけは言いたいっ!!

道路にゴミを撒き散らかすバカどもに『カルマの法則』発動せよ!!!

・・いや、唐突ですが。

皆さんは道路に落ちているゴミ、近年増えたと思いませんか?

わたしが特に氣になるのは幹線道路の中央分離帯に落ちている凄まじい量のゴミ。
運転をしながらこれが氣になって仕方がない。

ゴミ袋を担いでゴミ拾いをしたい衝動にかられてしまう。
そして「やっぱり〇ブン〇レブンのおでんのゴミが多い」だの「〇ッドブルは販売数の割にポイ捨て率が高い」とか、拾い集めたゴミを分析してみたい氣持ちがむくむく湧いてきちゃうの。

あのゴミの数々を見ていると、なんつーか、怒りと悲しみと諦めがごっちゃになったとっても不愉快な気持ちに襲われるのです。

家の近所や公園に落ちているゴミであれば、拾って持ち帰ることができるけれど、中央分離帯のゴミはただため息をつきながら眺めることしかできない。
そんなにイヤなら見なきゃいいんだけど、つい目が行ってしまうの。

もしかしたらわたしが氣が付いていなかっただけで、こんなたくさんのゴミ、以前から捨てられていたんですか?
これっておばさんになって、ゴミに敏感になっただけですか?

消費社会の縮図のようなゴミの数々に我が国の人心の荒廃を感じてしまうのはわたしだけか?

少し前になりますが、幹線道路を走っている時、前の乗用車の運転手が中央分離帯にコンビニの袋ごとゴミを窓からポイ捨てをした。

んもう、そん時にゃ「おいゴラァ、ちょっと待てやぁ!自分の車の中だけキレイになればいいと思っとるんかぁ!!」と運転手の胸倉をつかんで、そいつの車にその袋のみならずそこら辺のゴミをすべてかき集めて車の中にぎゅうぎゅうに詰め込んでやりたい衝動にかられましたよ。
そんでもって、車の後をつけて自宅を探りだし、ゴミの山を八畳間のリビングに(妄想中)撒き散らしてやりたくなりました。

できないけど。

わたしが小学生の頃、各家庭では朝晩家の前の清掃をするのが常識だったように思う。
天才バカボンのレレレのおじさんに象徴されるように、竹ぼうきを持ち自分の家の間口より広く掃き清め、町内はそれなりに小ざっぱりしていたような氣がする。

そう思ってしまうのは、過去という美化フィルターが掛かっているせいか。

まあ、エラそうに言ってるわたしだって小学生の頃にゴミを持っているのが嫌で、道端にゴミをそっと捨ててしまったこともあった。
あの時捨てたゴミたちは、当時の大人たちが拾ってくれていたのかなあ、とこの年になって思う。

それはともかく。

せっかく読んでくださっている数少ない読者への「.聞いてる方にも悪影響」を全力で阻止するべく、これでワルグチ、いいません。

きっと言いません。

たぶん、言いません。

・・言わないといいなぁ。


つづく



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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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