今年は靈氣(レイキ)をやってみた(5)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

日本靈氣会の道場に通うことにしたわたし。

いったいどんなことをやるんだろう?
好奇心いっぱいのわたしは、道場に行ってみた。

道場に入る前に靈氣の祖、臼井 甕男(うすい みかお)氏、臼井氏が靈氣療法(レイキ)のすべての内容を教える資格である「師範(「神秘伝」ともいう)」を与えた20人のうちの一人の林忠次郎氏、林氏から師範の伝授を受けた最後の1人である山口千代子氏、同じく林氏から伝授を受け靈氣が世界に広まるきっかけを作ったといわれるハワイ在住日系人の高田ハワヨ氏の写真にご挨拶をする。

雰囲気は柔道や剣道の道場とほとんど同じ。
床一面に柔道用の畳が敷き詰められ、凛とした空気が流れている。
名札がずらっと並んでおり、自分の札をひっくり返す。

正面に神棚があり、礼拝してから皆で輪になり呼吸を整え瞑想をして、いよいよ勉強会が始まる。。

白系の動きやすい服装で来るようにとのことで、柔道着のようなものを着ている方もいる。
なんだかとっても凛々しい。

が、見方を変えると謎の白装束集団のように見えなくもない。
それに神棚になじみのない今の若い人達にとっては「もしやアヤシイ宗教施設なのでは?」とビビる人もいるかも。
正直、わたしも初日はちょっと腰が引けていた。

まあ、宗教団体によるいろいろなトラップが張り巡らされているといわれている昨今、アヤシイと思ったら警戒するくらいじゃないと氣がついたら周りは皆特定の宗教に入っている人ばかり、なんてことになりかねないもんね。

でも考えてみたら、現代ではいかにも「アヤシイのでは?」と思わせられるところの方が却って安心かもしれぬ。
「宗教なんて考えたこともありません。」という雰囲氣で洗剤やサプリを売っていたり、社会悪を訴えているところが実はバックに宗教団体が付いていたり。
政教分離を謳っているはずの政治の世界だって、蓋を開けてみると、宗教団体が入り乱れ、くんずほぐれつの闘いをしているとも聞く。

それはともかく。

初伝の10級から始まり、奥伝、秘伝、皆伝とあり、もちろんわたしは10級。
まずはどんなことをやるのか様子を見る。

まず靈氣体操から。
二人一組になり自分自身から大きく氣を出して相手を包みこむ。
その後相手の手を取り氣を送ると、あーら不思議。
相手はごろ~んと倒れちゃうじゃないですかあ!

そ、そんなこと、ホントに靈氣でできるんですか?
中には回転レシーブのごとくあっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロしている人も。

うーむ、そんなことがこのわたしにできるとは思えないが、ここまで来て後には引けぬ。
取りあえずやってみよう。

まず組んだ方と正座して向き合う。
目をつぶって力を抜いていると、しばらくして手首を持たれる。
どうやら氣を送ってきている様子。

すると、あらら、體がなんとなーく傾きたくなり、ごろんと倒れたと思うと、起き上がりこぼしのようにまた元に戻る。
今度は反対に傾きごろんと。

「これはもしやさっきの皆さんの様子を刷り込まれたわたしの脳が、空氣を読んで傾くようにしちゃってるのでは?」と疑いつつ、なにやらこっぱずかしい氣持ちでごろんごろんしているわたし。

今度はわたしが相手を氣で包む番。
一生懸命イメージするが、なかなかうまく行かない。

妄想力は人一倍ある方なのだが。
妄想では靈氣は発動しないとみた。

次は靈氣送り。
やはり氣で相手を包み、腕を相手の體にかざして倒すというもの。

やってもらうと、今度ははっきり氣を感じたような氣が。
ふわっと引っ張られるように床に倒れる。

うーむ、これは何じゃ?
例えて言うなら、静電気のような、というか、居眠りをした時に床に倒れ込みたくなるような、というか。

わたしも見よう見まねでやってみる。
氣で自分を包んだ後、相手も包み込み腕を大きく相手に向けてかざしてみる・・が、相手は微動だもしない。

ふんぬっ!
力を入れたところで倒れる訳ではないとわかりつつも、つい腕に力が入るわたし。

相手が目を瞑っているのをいいことに、鼻の穴をふくらませて何度もやり直してみる。
が、相手の方はなかなか倒れてくれない。

そりゃそうですよね・・。
うん、そりゃそうだ。

そんなに簡単にできるわけないと思いつつもできないとがっかりするこの氣持ち、何なんでしょうね。

そんなこんなしているうちにマキオカが忙しくなり、ご無沙汰するようになってしまいました。

それはそうと。

Nさんは日本靈氣会で「靈氣道」というものを作った。
靈氣を用いて自己の精神を鍛錬し、不動の境地に至り、心身合致の術を得るものだという。

日本には茶道、 華道、 書道 、 柔道、 剣道 と、たくさんの「道」がある。
「道」の付くものは、手段が異なるだけで人間性を高めるという目的は同じであり、高い精神性をもって人としての道を追究するという。
人としての修行を目的とし、努力を重ねればその分野での技を磨くことができ、それには終わりがないという「道」。

技術だけではなく、その考え方や人としての生き方まで及ぶという「道」の考え方は、確かに靈氣にぴったりであり、日本人の精神性にもマッチしているのではないだろうか。

キャンプシーズンが過ぎ、再び日本靈氣会に通い出したわたし。
最近ではその氣になって買い込んだ白い柔道着もすっかり板についてきた。(それもどうかと思うが)
そしてたまにではあるが靈氣体操や靈氣送りもうまくできるようになってきた。
電磁波過敏症に似た症状はどうなったかというと、以前のような「ビリッとした痛み」はなくなった。
その理由は・・正直分からない。
「氣」の状態は日によっても違うし、体調によっても違う。

「不動の境地」に至らないまでも、ふわふわしたオモシロ好きのわたしのようなタイプには「自己の精神を鍛錬」は必要かもしれぬ。

もちろん「高い精神性」は望むべくもない。
が、わたしの中では「修行」と「オモシロ」は同義なのだからして「靈氣道」を面白がりながら修行するというのはわたしにあっているような氣がする。

Nさんのところに現れたという臼井甕男(うすいみかお)氏の霊体が仰った「靈氣によって日本の『人』を作りたい」という志に、ほんのちょっぴりでいいからあやかりたいと思うわたしなのでした。

(何回も言うようですが、自己責任でお願いしますよ!)

つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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