古事記古古道 体感ツアーに行ってきた(12)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

「天岩戸立岩神社」を後に、山道を一挙に下り里に入ると、もう夕闇が背後に迫っている。

細い道を何回か曲がり、寂れた道路のわきに車を停める。
薄暗い竹林を抜けたところに石段があり、阿波の青石で築いた素朴な階段を上っていくと、小さな祠が祀られている。

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その後ろに、巨石が斜めにそそり立っている。

                       IMG_3171_convert_20141016224011.jpg


実はここも「立岩神社」と言う。
先程訪れた神山町の「立岩神社」は女性を意味する陰石で、ここ多家良町の「立岩神社」は男性を意味する陽石であるといわれているらしい。

祭神は「天津麻羅」といわれ、正面にある巨大な陽石の根元には、2つの玉石もあり、まさに男根。

「天津麻羅」
『天津麻羅(あまつまら)は、日本神話に登場する鍛冶の神である。
古事記にのみ登場し、日本書紀には登場しない。
古事記では岩戸隠れの段に登場する。』

この「天津麻羅」は面白いことに「神」「命」などの神号はつけられていないし、古事記の中では何をしたのかは書かれていないらしい。
「マラ」という音の持つ男根のイメージや、この巨石の形状から、性的なものを連想してしまうが、「天津麻羅」は鍛冶を司る神であり、 立岩神社の陽石は、ちょうど、たたら跡の方向を向く形で立っているんだそう。

この巨石を見ながらMさんが、いろいろお話して下さる。

Mさんが「阿波古代史」に関わるようになったきっかけが、ここ多家良町の「立岩神社」だという。
それまであまり「阿波古代史」に関心のなかったMさんは、この巨大な陽石を見て突然「阿波が古事記の舞台である」ことを確信し、以来20年もの長きに渡って活動をするようになったとのこと。

うん、見えるよ、見える。
わたしにははっきり見えますとも。

「天津麻羅」の神様が、陽石の上から見下ろしている姿が。
そこにのこのこ現れるMさん。

「ふむ、なかなか見どころのありそうな男じゃわい。どれ、いっちょ乗っかってみるかの。」
身軽に衣を翻し、Mさんの肩に飛び乗る「天津麻羅」の神様。

Mさん「あれ?何か肩が重い氣が・・。いや、そんなことよりも。
こ、この巨石はなんじゃぁ!古事記の舞台は阿波にあり!!」
何かが取りついたように(いや、取りついているんですが)阿波の古代史に取り組むMさん。

「ふっふっふ。やはりわしが見込んだだけのことはあるわい。
どれ、お礼に少し元氣にしてやるかの。」

もはやMさんを誰にも止めることはできない・・。

こうしてMさんは「天津麻羅」のミコトモチになりました。
(ミコトモチとは、与えられたミコト(使命)を謹んで奉じること・奉じている人・その遂行に従事している人のこと)

なんちゃって。

Mさん、ごめんなさい。
悪氣はないです。
ホント、一切ないんですぅぅ!!

でも。
こうでも考えなきゃ、あのすんごいパワーの源の説明がつかないんだもんね。
やっぱ「天津麻羅」の神様が・・。

Mさんの背後にいらっしゃるに違いない「天津麻羅」の神様にそっとお辞儀をし、帰路についたわたし達なのでした。

つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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