古事記古古道 体感ツアーに行ってきた(10)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

「古事記古古道 体感ツアーに行ってきた」もう早や10回を迎えてしまいました。
それなのに、時間でいうとまだ旅行2日目の午後。
いったいいつになったら終わらせることができるのやら。

先の見えない様相を呈してまいりましたが、お暇な方、どうぞお付き合い下さいませ。

さて、Mさんのご案内で橋を渡り、車を停める。
正面には高越山。

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古事記に伊邪奈美命(いざなみのみこと)は「出雲国と伯伎国(ははぎのくに)との堺の比婆山に葬りき」と書かれている。
Mさんによると、その比婆山にあたるのは高越山であると読み解くことができるらしい。

『須佐之男命は,父のイザナギの大神に命じられた国を治めず泣き叫んだ。
イザナギの大神に「何故,国を治めずに泣くのか?」とたずねられると「母の国、根の堅州国に行きたいから泣く」と須佐之男命は答える。』

「母の国とは,須佐之男命の母イザナミが暮らし葬られた地。
つまり舞中島周辺であり、埋葬地の高越山である。」と仰る。

では「根の堅州国」とはどこか?

川を眺めると、ここ岩津を境に、下流は砂でできた洲があり、上流は川の中に岩盤でできた島が点在する。

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Mさんは「堅州とは、岩盤でできた島のことであり、岩津上流が「母国 根の堅州国」である。」と断言された。

「根の堅州国」は、大国主命が兄達に追われて、須佐之男命のいる根堅州国に向かう場面にも書かれている場所。

ふーむ。
ここでスサノオがねえ。
大国主命もねえ。

母恋し、と泣きわめく元祖マザコン男のスサノオ、兄ちゃん達に虐められてしょんぼりする元祖いじめられっ子大国主命に、ふんどし息子の姿が重なる。

なにやら感慨深い。

その後、石井町の「曽我氏神社」に向かう。
ここは「曽我氏神社古墳群」といい、古墳時代前期の円墳と方墳があるという。

円墳は全長14mで、墳丘中央には、結晶片岩で作られた2基の竪穴式石槨があり。石室内から銅鏡・鉄剣・刀子・石釧・勾玉・管玉・ガラス小玉などが出土しているらしい。

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「曽我氏神社」
『御祭神は彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)と木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
曽我十郎祐成(そがじゅうろうすけなり)、五郎時致(ごろうときむね)の曽我兄弟を合祀となっている。』

何故ここに曽我兄弟が?
江戸時代の国学者、永井精古も「曽我兄弟(そがきょうだい)を祀るいわれはない」旨の発言をしているらしい。

同じ曽我でも蘇我氏の方じゃないか、という説もある。

「祀るいわれはないって言われてもねえ・・。」と、凛々しく鉢巻を付け、顔を見合わせる曽我兄弟の困った顔が浮かぶ。

草をかき分け、古墳の頂上まで行ってみるが、ただやぶ蚊に刺されるのみ。

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そそくさと撤収する。

そして、いよいよ高天原のある山間部へ。

ところが以前来た台風によって、いまだ道は寸断され、通行止めが続いている。
レンタカーを借りても、無駄なお金は使いたくないと保険をケチっているわたし。
運転は慎重にならざるを得ない。

辺りは夕方が近くになり暗くなりかけて、対向車は全くいない。
しかも近づいている台風のせいか、雲行きも怪しい。

道が荒れている上に、大雨のせいで道に大きな亀裂が走っている。
もし、車に傷を付けちゃったら相当な出費は明らか。

ダメ、絶対!

ふんどし息子を車から降ろし、道に飛び出している雑草を折ってもらい、亀裂を避けるべく誘導してもらう。
人生で未だかつてないほど慎重に車を進めるわたし。
人間、お金が絡むとなんでもできるようになるのね。

途中「天石戸別神社」の看板を通り、蛇行運転しながらも、なんとか目的地に着く。

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時間もないし道も荒れているので、「天石戸別神社」は行かず、奥宮といわれる「手力男神の塚」に直接連れてきてくださったらしい。

山道を下っていくと。
ありました、「手力男神の塚」。

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天手力男は「古事記」の「天の石屋戸」で、天照大御神が天の石屋戸に引きこもってしまった時、その石屋戸を引き開けた神様。

その「天手力男神」が、三つの大きな石に守られるように祀られている。

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古事記には『手力男神は佐那之縣に坐せり』と結ばれており、佐那の県(あがた)に祀られていることになっている。
「天石戸別神社」があるのは佐那河内(さなごうち)村。
この村が昔の町村合併によって現在の名前になる前が佐那という名前であり、さらに佐那の縣(あがた)との記録も残っているらしい。

ところどころに残る古事記の記述との一致。
その点と線を結んでいく先にあるものは、歴史の真実なのだろうか。

つづく

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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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