古事記古古道 体感ツアーに行ってきた(8)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

いつもは週に一回書けばいい方なのに、ここのところ鬼のようにブログを書いているわたし。
何故か。
「どうせ暇で仕方がないからだろ。」とお思いのあなた。

ちっがーーーう!

わたしだって、それなりに忙しい日々を送っています。
でも早いとこ書いておかないと、忘れちゃうの!
「記憶が霞のかなたに行ってしまう前に書いておかなければっ。」という切羽詰まったというか、哀しい切迫感に煽り立てられて、暇を見つけては書いているだけなの!

年を取るって、ホント、大変。

それはともかく。

次に向かったのは、王子神社(おうじじんじゃ)

「王子神社」
『主祭神 天津日子根命
祭神である天照大神の第三皇子・天津日子根命(アマツヒコネ)は太古より統治の根子神(土着神)として奉斎され社殿裏は命の御陵と伝承されている。神社名の「王子」は、天照大神の皇子(王子)に由来する尊称と伝えられる。』

一見ただの小さな村の神社のように見えるが、凄い巨木がある。

IMG_3135_convert_20141008135905.jpg

面白いのは、正面の鳥居には「王子神社」と書かれているが、本殿右側の鳥居には「玉子神社」と書かれているところ。

                               IMG_3134_convert_20141008135844.jpg

Mさんは「阿波の延喜式内社として和田都美豊玉比売神社があるが、それがここではないか。
だから「王」ではなく豊玉比売の「玉」になっているのではないか、と仰る。

先程調べていたら、ここは「心願成就の猫神さん」としても有名らしい。

「阿波の猫騒動」
『昔、那賀郡加茂村(現阿南市)の庄屋の娘・お松は身に覚えのない罪で捕らえられ、処刑されることになった。
お松は、自分に罪をかぶせた人に報復するようにと愛猫のお玉に言い聞かせ亡くなった。
お玉はお松に罪をかぶせた人々を祟ったため、長谷川奉行がこれを鎮めるべくお松とお玉の霊を祭った。
これがいつしか「心願成就の猫神さん」として捉えられるようになった。』

ちょっとお松、罪のない猫に変なこと頼むの止めなさいよね。
お玉、祟り神になっちゃったじゃないの。

素直なお玉、不憫なり。

・・って、この猫の名前がお玉。
もしかしたらこの猫の名前を彫った可能性も?

豊玉比売の「玉」と愛猫のお玉の「玉」。
あまりにかけ離れている二つの「玉」ですが、真相は闇の中、ですな。

感慨を胸に(なんのだ?)Mさんの指示に従い車を走らせると、ある工場に着いた。
社長さんを紹介して頂く。

こちらの社長さんも「阿波古事記研究会」の方だということで、お忙しい中お時間を割いて下さり、いろいろレクチャーして頂いた。
あの有名な 八俣(やまた )の 大蛇(おろち )は古代吉野川と考えると、ちょうどオロチの尻尾にあたる場所に剣山があるという。
「古事記」には、「高志の 八俣(やまた )の 大蛇(おろち ) 」と書かれ、高志(たかし) と書かれている。
 「高志」は徳島県板野郡上板町にあった古地名であるといい、この地名は国府の観音寺木簡の出土によって古くからあった事を知ることができるらしい。

古事記の原本を片手に、パソコンの画面を駆使しながら、熱のこもったお話をして下さるご様子は「こ、ここにも異能の志士が・・。」と阿波のパワー溢れるおじ様率の高さに感動するわたし。

こちらで作られている芋焼酎「高志のを呂智」を戴く。

綺麗な青い瓶に入った鳴門金時で作られた焼酎。

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これ、大きさといい、お土産にピッタリなのでは?と何本か購入させて頂くことに。

差し上げた皆さんに喜んでいただきました。
皆さんも、是非!
(いや、戴いたから言ってるワケじゃないですよ。ホントですってば)

それにしても。

Mさんや、こちらの社長さんを見ていると、かつて宣教師を論破した日本の庶民の話を思い出す。

『日本の各地でザビエルは布教するのですが、出会った日本人が彼に決まって尋ねた事がある。
それは、「そんなにありがたい教えが、なぜ今まで日本にこなかったのか」ということだった。
そして、「そのありがたい教えを聞かなかったわれわれの祖先は、今、どこでどうしているのか」ということだった。
つまり、自分たちは洗礼を受けて救われるかもしれないけれども、洗礼を受けず死んでしまったご先祖はどうなるのか、やっぱり地獄に落ちているのか・・・・・当時の日本人はザビエルにこういう質問を投げかけた。

元来、キリスト教においては、洗礼を受けてない人は皆地獄ですから、ザビエルもそう答えた。
すると日本人が追求する。
「あなたの信じている神様というのは、ずいぶん無慈悲だし、無能ではないのか。
全能の神というのであれば、私のご先祖様ぐらい救ってくれてもいいではないか」

ザビエルは困ってしまい、本国への手紙に次のように書いた。
「日本人は文化水準が高く、よほど立派な宣教師でないと、日本の布教は苦労するであろう」と。
当時の中国にも、韓国にも、インドシナにもこうしたキリスト教の急所(?)を突くような人間はいなかった。
ザビエルは、1549年に日本に来て、2年後の1551年に帰国するが、日本を去った後、イエズス会の同僚との往復書簡の中で「もう精根尽き果てた。自分の限界を試された。」と正直に告白している。』

キリスト教の宣教師が神について説明したら、「ああ、そいつは大日如来様のことだろう。マリア様ってのは観音様にちがいない」って即答した日本人は、きっとMさん達のような人々だったんだろうと思う。

いいなぁ、阿波。
古事記について語りながら、個性的な面々と侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論を戦わせ飲むお酒は、さぞかし美味しいに違いない。

古事記の本を片手に、美味しい海の幸を肴にして焼酎を戴く。

か、かっこいいじゃないですかぁ!

いつかボケる前に、一回でいいからまぜて頂きたいと心から願うわたしなのでした。


つづく


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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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