古事記古古道 体感ツアーに行ってきた(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

いや、びっくりしました。

昨日ある方の『上一ノ宮大粟神社の口伝として「大宜都比売は国の危急の時に「黄金の狐」を呼び危機を救う・・・」という文章を引用させて頂き「な、なんだかわからないけど、コワいじゃないですかぁっ。その続き、ちゃんと文章にしてください!」なんて書いたら、その数時間後ご本人からコメントを戴きました。

『あはは、ごめんなさいね途中までしか書かなくて(笑)
要は
http://goutara.blogspot.jp/2014/07/blog-post.html
こうゆう事を書きたかったのですよ。』

あ、ありがとうございますっ。

でも。
自慢じゃないけどわたしのブログは読者がとっても少ない。
コメントだって数えるほど。
なのに何でわたしが書いたこと、分かったんだろう。

口伝や予言よりむしろそっちの方がコワかった・・・。

それはともかく。

今回、車の運転はわたしが全てすることにしました。

何故か。
もちろんわたしの方が運転に慣れているからなんですが、レンタカーの保険をケチったため、もしもの時を考えるとふんどし息子に運転を任せるのはできるだけ避けたい。

という訳で、老体に鞭打ちふんどし息子にナビを任せて旅を続けました。

ふんどし息子が言うには、迂回路の途中、行きたい神社がいくつかあるので、寄りながら剣山に向かいたいとのこと。
しばらく車を走らせると石井町に入る。
ここには諏訪神社の元宮といわれる多祁御奈刀弥(タケミナトミ)神社があります。

「諏訪神社の元宮?、我国最古の神社の一つに数えられる諏訪大社の本宮が徳島にあるわけないじゃん。」と鼻でせせら笑ったあなた。
まあ、だまされたと思って最後まで読んでみてください。

ろくな知識もなく口下手なわたしが説明すると、どんな話もインチキ臭くなるらしい。
ふんどし息子も、わたしが初めてこの話を聴いて「こ、これは一緒に興奮を分かち合いたいっ。」と鼻の穴をふくらませて話した時、うさん臭そうな顔をしてこう言った。
「また何か変な話を仕込んできて。またトンデモ話なんじゃないの?」

むう。
キャラクターのせいか、日頃の行いのせいか、真面目に取り合ってくれない。

単なる町おこしではない貴重な話を、わたしのせいでトンデモ話と勘違いされてもなんなので、お時間のある方は以下の映像を見てください。

オキタ神社講義1
オキタ神社講義2

ここでお話されているオキタリュウイチさんは、そんじょそこらのイケメンのお兄さんじゃありません。
実はすっごいお方。

★オキタリュウイチ
1976年 徳島県生まれ 早稲田大学人間科学科中退。
美しいクリエイティブ手法と数字を追うマーケティング手法を巧みに融合させ、行動経済学に類した独自の行動心理学を用い、様々な企業のブランド化、事業再生に従事。多様なプロジェクトを成功に導く。
また、メディア戦略にも長けており、プロジェクトをメディアで話題にさせ、サーバーダウンする状態にまでさせる事は日常茶飯事。
1999年「キレる17歳」が消える仕組み「ヘブンズパスポート」を開発、15万人を参加させムーブメントを作る。
2006年からスタートさせた老舗米屋のブランディングでは、倒産寸前の状態からインターネットで毎年15億円売り続けるまで成長させる。
2008年、菅直人氏より招聘され、民主党政権交代のブランディングとメディア戦略を担当。翌年、政権交代を実現させる。
2008年より自殺者増加の問題解決のため「生きテク」を開発。生きテクを使って自殺を止めたとの報告が2万件を突破。

ふんどし息子も、オキタさんのお話を直に聴く機会を持ってから、この話を真剣に考えるようになったらしい。

失礼と言えば失礼な話ですが。
母を信じずして誰を信じるというのか!

・・ま、仕方がないですな。
我が身の徳のなさにうなだれるわたし。

それはそうと。

多祁御奈刀弥神社は驚くほど簡素な佇まいだった。

                            IMG_3066_convert_20141002144131.jpg


扁額には「式内郷社 多祁御奈刀弥神社」とあり、「諏訪本宮」の文字が見える。

IMG_3064_convert_20141002144041.jpg

御祭神は、諏訪大社と同じ「建御名方神」。

社伝では「信濃諏訪郡南方刀美神社」は宝亀10年(779年)当社より分祀された」とある。

                              IMG_3065_convert_20141002144203.jpg

多祁御奈刀弥神社の住所は石井町浦庄の諏訪。
また建御名方神の「名方」は、本居宣長「古事記伝」によると、 阿波の名方郡名方郷に由来するとあるそう。
石井町は、古く、名方郡が別れ名東・名西郡になったらしい。

「古事記」に書かれる大国主神の息子の名、建御名方神は、阿波の地名そのものだった。

昔この「多祁御奈刀弥神社」が、「諏訪大明神」と呼ばれていたとの話も妙に説得力を帯びる。

うーむ。
なんだかスゴイ。
この小さな神社から日本の歴史の奥深さが伝わって来る・・ような氣がする。

そして、このワクワク感は阿波の旅の間中ずっと、わたしの中で暴れまくるのでした。

つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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