キャンプ場の作り方(25)


こんにちは。今日も楽しいマキオカです。


長かった猿男との戦いも終わりました。


わたしは今も畑を耕している猿男の横を通り過ぎます。

もちろんわたし達は一切口をききません。

でもね。

ほんとは、わたし、猿男の事、嫌いじゃないかもしれない。

いや、ちょっぴり好きかもしれない、とも思う。


きれいごとを言うな、と思う方もいらっしゃるかと思います。

わたしは単に、誰かを嫌っている自分が嫌で、そう思い込もうとしているだけなのかもしれない。

もしかしたら、人を嫌ったり、憎んだりすることに、膨大なエネルギーを使うことに疲れた体と脳が、「てっ、らっちもねぇ(ばからしい)。やめとけし。ばかくせぇ。」とかいって、すり替えを試みているのかも、と。

でも。

そう、その気持ちは、譬えて言うなら、口うるさい舅や、意地悪な隣の爺さんが亡くなった後、懐かしく思い出されるのに似ている。

同じ時代に戦場で戦った、いけ好かない戦友のような、と申しましょうか。

昔嫌いだったクサヤの臭いが結構癖になるような。(あれ?違うか)

ともかく。

いい歳をした、赤の他人が、あんな風に気持ちをぶつけ合えることって人生に何度あるんでしょうか?

この歳になると、人に嫌われたくない、あわよくば好かれたい、と思っている自分が嫌というほど目につくもんです。

そんな気持ちを吹っ飛ばすほどの感情をぶつける経験は人生においてある意味、貴重なのではないか、と。

あの嵐のように昂ぶった感情が、今こんな風に変わっていくことを、当時想像もしませんでした。

だって、今になって思い出すのは、猿男とのトマト畑のにらみ合いや、仁王立ちや「口あんぐり」だったりする。

ぷぷぷっ。


時間は偉大です。

悲しかったことも、苦しかったことも、時間がすべて洗い流し、研磨し、あらゆることを溶け込ませ、必要だったと認められる存在にしてくれる。


ま、現実の猿男は、ブードゥー教の祭司のような表情で(どんなじゃ)わたしと目も合わせようとしないんですけど。

そしてわたしも、一瞥くれて能面顔で通り過ぎるだけなんですけど。


わたしがこんなこと書いてるなんて、夢にも思うまい。

そして、もし、猿男がこの文章を読んだら、発疹ができて体中掻き毟って悶絶するに違いない、と想像すると、そんな猿男をちょっと見てみたい気もしてくるのです。

※ここで追加情報

何故、猿男があんなに移植を渋ったか、ということですが、わたしなりに考えてみました。

1,「研究」という名目を付け、申告すると、市町村から、活性化を名目として、予算が下りる場合があります。まぁ、そういった大人の事情から。

2,猿男はすっごい面倒臭がり屋で、嫌なことは後に回してしまうタイプ。中学生の夏休みの宿題は泣きながら九月一日の朝までやっていた。

3,実は葡萄棚の下に、信玄の隠し金塊が埋まっているのを猿男は先祖からの言い伝えで知っていた。

わたしとしては、なんといっても 3 希望!


つづく

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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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