蛇之倉山プチ修行ツアーに行ってきた(6)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

蛇之倉山の奥の院の登拝を無事終え下山したわたし達。
時間が押していたので、朝食を食堂で食べる時間がないのではないか、とのお山の方の配慮でお弁当を作って下さっていた。

帰る支度を済ませ表に出ると、仙人が「お弁当を食堂で食べていきなさい。その方がゆっくり食べられるでしょう。」と言って下さる。
時間も何とかなりそうだったらしく、お弁当を食堂で頂くことに。

混ぜご飯と梅のおむすび、おかずがぎっしり入ったお弁当を戴く。
お茶やおかず、漬物ををテーブルに出して下さり、おかわりも勧めてくださる。
そして仙人自ら味噌汁を配って下さった。

仙人の楽しいお話を聞きながら、美味しいおむすびを頬張る。

なんという細かい心遣い。
・・そしてこのおむすび、なんでこんなに美味しいんだ?

わたしのリアル仙人を見る目は奥の院の登拝前と後では全く違うものになっている。
やっぱり無私で物事を成し遂げた人は突き抜けている。
ましてや生き死にを賭けて取り組んだ人は。

そんな感慨を胸に、わたしは帰路に着いたのでした。

それはともかく。

今回のプチ修行ツアー、わたしにとっては全然プチじゃなかった。
激震でした。

さらに衝撃だったのは、若い方々がとても真面目に修行や人生に取り組んでいること。
わたしのようないい加減なおばさんから見れば痛々しいほど。

わたしの年でさえ「スピ系の変わり者おばさん」と見られることに抵抗がある(そうか?)というのに、若い身空ではさぞかし現代社会は生きにくかろうと思う。
そしてわたしのように「だからどうした?面白いからいいんだもーん。」と開き直れるほど図々しくなっていればまだしも、彼らはとても繊細そうで肩を抱いてあげたくなる。

いや、迷惑ならしませんが。
それにわたしだって最初から図々しいおばさんだったわけじゃないですよ。
・・たぶん。

帰りのバスの中で聞くともなく聞いていると、若い女の子が「水行の時、右の草鞋が流されてしまいましたが、何か意味があるのですか?」と先達であり会社の社長であるNさんに質問していた。

いや、あんた。意味って・・。
あのお借りした古くなってぼろぼろの草鞋は足の指をギュッと縮めないとわたしのだって流されそうだったよ。
そんなことを言い出したら、歩く時、頭で「えっと、今右出したから今度左。あ、躓いたから何か意味が?」などと考えながら歩くのと一緒なのではないか。
短氣なわたしなんかは「下手の考え休むに似たり!そんなこと言ってる間にとっとと歩けっ。」と一喝してしまいたくなる。

が、Nさんは質問に一つ一つ丁寧に答えてあげていた。

なるほど。
Nさんの存在があってこそ、彼らにとってここはとても大切な場所になっているのだろう。

昔の村社会では、宗教や信仰がしっかり確立していて、何かあった時や心配事があった時、きちんと受け入れて答えてくれるシステムができていた。
現代は集合体は個としてバラバラにされ、宗教じみたものは全て一緒くたに切り離されてしまっている。

「何かが違う」と本能的に察知しても受け皿がなく、漂流せざるを得ない若者たち。
東京にも、そんな彼らの心の拠り所として機能している場所がある。

それを知ることができてなんだかホッとした。

「ゴンブトなおじさん、おばさんになると人生楽になるよ。それまで頑張れ!」と健氣な若者達にエールを送るわたしなのでした。


つづく



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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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