有鹿(あるか)神社に行ってきた(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

奥宮のある勝坂遺跡に向かったわたし達。
奥宮は本宮から北に6キロメートル程離れている相模原市の磯辺にあるとのことで、またしてもナビちゃんのお世話になる。
ナビちゃん、ありがとね。

そういえばわたし、遺跡っていったことがない氣がする。
いや、小学校の時、登呂遺跡にいったのか・・?
でもほとんど記憶にない。
ちょっとワクワクしながら車を走らせる。

暫くすると、整備されていない駐車場発見。
何台か車が停まっている。
木道を歩いていくと、薄暗い山道に出たので、ゆっくり歩いていくと突然目の前が開けた。

うわ、広い。
想像以上に広くて氣持ちがいい。
背の低い草の間に道が作られているので、そこをぶらぶら歩いていく。

勝坂遺跡
『勝坂遺跡は日本における縄文時代中期(約5000年前頃)を代表する大集落跡で、中部地方・関東地方の「標識遺跡」になっている。
 遺跡からは多くの土器や打製石斧が発掘され、縄文時代にすでに農耕が開始されていた可能性も考えられている。
装飾的な文様や顔面把手(顔を表現した取っ手)などの特徴を持つ土器には「勝坂式土器」と名づけられ、関東の多くの遺跡にて同様の土器も発見されている。』

勝坂遺跡は大正15年に発掘・調査が行われ、縄文時代の生活跡が広範囲で見つかったらしい。
平成21年度に「大自然の中の縄文時代」を体感できる遺跡公園として整備されたとのこと。

暫く歩くと、土葺きと笹葺きの竪穴住居2棟が復元されている広場に出た。

                         IMG_2663_convert_20140514215631.jpg

おおー、これは入ってみなければ。
幸い辺りに人影はない。
「あのおばさん、いい年してすっごく嬉しそう。」なんて陰口をきかれる心配もないので、竪穴住居の枝で作った階段を嬉々として下りていく。

竪穴住居の中は、薄暗く、ひんやりと涼しい。
真ん中に炉が切ってあり、焚火の匂いがする。
うおー、なんか居心地がいいじゃないですかぁ。

確かに謳い文句の通りに縄文時代を体感できる。
なんでもここは日本における縄文時代中期(約5000年前頃)を代表する大集落跡だったらしい。
遠い昔、ここで生きていた人たちがいたかと思うと不思議な氣がする。

・・・はっ、いかんいかん。
そういえばわたし達は有賀神社の奥宮にお参りに来たんだった。
すっかり忘れていた。

『勝坂には、「有鹿谷」という樹木の茂る谷がある。その奥には、「有鹿泉」があり、こんこんと清水が湧き出している。 これが、有鹿信仰の源である。この水が鳩川に流れ落ち、海老名耕地をうるおす用水となっている。そのかたわらには、石の鳥居があり、 その正面に古い石祠(明治十九年建立)と新しい石祠(昭和四十年建立)が建てられている。これが「奥宮」である。』

遺跡公園の地図があったので有賀神社の奥宮の場所をチェックする。
道があったので下りてみると「有鹿谷」という名にふさわしい樹木に覆われた鳥居があった。
祀られている有鹿比女命(ありかひめのみこと)は、水の女神といわれているだけあって、辺りは湿地になっている。
また、この奥宮の近く には、四世紀頃の祭祀遺構もあるらしい。

お参りをし、磐笛を奏上。

かなり足元の悪い中、木道に沿って歩いていくと趣のある谷戸があった。
ふと前を見ると、道がない。
あれ?いったいどこで間違えたんだ?

十数メートル先で地元の方が農作業に来ているらしく、数人の老若男女がこちらに不審げな眼差しを送ってくる。
いや、、あの、その・・、決して怪しいものではないんですよ。
心の中で言い訳をしながら道なき道を通ってやっと駐車場に辿り着きました。

帰りに藤沢の「へっころ谷」で二日酔いでヘロヘロの体を労わるためのほうとうを食べながら、長かった今日を振り返ったのでした。
               IMG_2665_convert_20140514215723.jpg

あー、面白かった!

つづく

スポンサーサイト

comment

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR