3・11と日月神示

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

あの日から3年。

震災で亡くなられた方々の御冥福をお祈り申し上げますと共に
被災された皆様に心から御見舞い申し上げます。


今日は3月11日。
日本中があの日のことを振り返り、それぞれ祈ったり怒ったりしながら、その人なりの弔いをしている。

今振り返ると、わたしの人生もあの日を境に大きく変わったと思う。

テレビに映し出される信じられない映像の数々。
ありえない事態に血の氣が引き、言葉が出てこない。

ちょうどネットをやり出したころだったので、日常が戻った頃、自分なりにいろいろ調べてみた。

「人工地震」という言葉をきっかけに、いろいろな事実がするすると、まるで毛糸玉がほぐれるように出てきて、わたしが今まで当たり前と思っていた世界が、足元から音を立てて崩れ落ちていくのを感じ、呆然と立ち尽くしていた・・。

が。
人間慣れってオソロシイ。

暫くすると「んで?そんならわたしはどうすれば?」とヤケクソ氣味に立ち直るオンナの修復力の速さ。

この調子だと、目の前に宇宙人が現れて5~6時間はビックリ仰天していても、すぐ「んで?そんならわたしはどうすれば?」と言ってしまいそうな氣がしてコワい。

それはともかく。

その頃に出会ったのが「日月神示」だった。

日月神示(ひつきしんじ、ひつくしんじ)
『神典研究家で画家でもあった岡本天明に「国常立尊」(別名、国之常立神)と呼ばれている高級神霊より自動書記によって降ろされたとされる神示』

知っている人にはあまりにも有名らしいが、わたしはこの頃まで全く知らなかった。
第一人者といわれる中矢伸一さんの講演会に行き、日月神示の完訳本を手に入れ読んでみたが、恐ろしい内容に反して、「日本の神様」らしい大らかでユーモアさえ感じられる温かい語り口に魅了された。

原文は、一から十、百、千、万といった漢数字と、かな、記号のようなものが混じった特異な文体で構成されていて、『地震の巻』のようにすべて抽象的な絵だけで書記されたものもあり「何故このような訳に?」と首を傾げることもしばしば。

ぱっと見た限りでは、くねくねとした筆文字で綴られている原文は、素人目には全くと言っていいほど読むことはできず、書記した天明自身も当初はほとんど読むことが出来なかったというのも頷ける。
仲間の神典研究家や霊能者の協力などで少しずつ解読が進んだというが、その苦労たるや、さぞや、と偲ばれる。

麻賀多神社の社務所で天明が最初に自動書記で書かされた原文は下のようなものであったと言われている。

「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」  
これは次の通りに読めると言われている。

「富士は晴れたり日本晴れ 神の国のまことの神の力を現す世となれる」

わたしはこの文章が大好き。
富士山を眺めると自然にこの言葉が出てきてしまう。

日月神示はいう。

「仏もキリストも何もかもハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるから ミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ 今一苦労あるが この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ この世始まって二度とない苦労である」

身魂磨きに関連して「正しい食生活について」語っている。

「食物節してこそ、ささげてこそ、運ひらけるのぢゃ。病治るのぢゃ。食物、今の半分で足りると申してあらうが。
遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。
運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。そんなこと位で、病治ったり、運開ける位なら、人民はこんなに苦しまんと申すが、それが理窟と申すもの。理窟悪と申してあるもの。
低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。」(冬の巻捕帖)

「四ツ足を食ってはならん、共喰となるぞ、草木から動物生まれると申してあろう、臣民の食物は五穀野菜の類であるぞ。」(碧玉の巻第八帖)

そして繰り返し「よく噛め。」と諭している。

神示の中で、この教えは宗教でもなく教えでもなく「三千世界の大道」だと語っている。
だから物の見方が既成宗教とは相入れず、それらを否定している記述も随所に見られる。

『例えば既成宗教では有名な教えのひとつとされる「右の頬を打たれたら、左の頬も出しなさい」と言う教えについてでは日月神示を書記させたこの神霊は次のように述べられている。

「右の頬をうたれたら左の頬を出せよ、それが無抵抗で平和の元ぢゃと申しているが、その心根をよく洗って見つめよ、それは無抵抗ではないぞ、打たれるようなものを心の中にもっているから打たれるのぞ。
マコトに居れば相手が手をふり上げても打つことは出来ん、よくききわけてくだされよ。
笑って来る赤子の無邪氣は打たれんであろうが、これが無抵抗ぞ。
世界一家天下太平ぢゃ、左の頬を出すおろかさをやめて下されよ」(極め之巻第十五帖)

「そなたは無抵抗主義が平和の基だと申して、右の頬を打たれたら左の頬をさし出して御座るなれど、それは真の無抵抗ではないぞ。
よく聞きなされ、打たれるようなものをそなたがもってゐるからこそ、打たれる結果となるのぢゃ。
まことに磨けたら、まことに相手を愛してゐたならば、打たれるような雰囲氣は生れないのであるぞ。
頬をうたれて下さるなよ。生れ赤児見よと知らしてあろうが。」(月光の巻第五十三帖)』

深く納得。
理屈では立ちいかない道理。

また云う。

「逆立ちして歩くこと、なかなか上手になりたれど、そんなこと長う続かんぞ。あたま下で手で歩くのは苦しかろうがな。上にいては足も苦しかろうがな。上下逆さまと申してあるが、これでよく分かるであろう。

足はやはり下の方が氣楽ぞ。あたま上でないと逆さに見えて、苦しくて逆さまばかりうつるぞ。この道理わかりたか。岩戸開くとは元の姿に戻すことぞ。神の姿に返すことぞ。」 (下つ巻・第十三帖)

まるで今の世の中を見ているかの如く、言い当てる。
辛辣に、温かく。

そして最も印象的に残る言葉の1つに「神一厘の仕組み」がある。

『「世界一度にキの国(=日本)にかかりて来るから、一時は潰れたように、もうかなわんと言うところまでになるから、神はこの世におらんと臣民申すところまで、むごいことになるから、外国が勝ちたように見える時が来たら、神の世近づいたのぞ。

メリカ(=アメリカ)、キリス(=イギリス)は更なり、ドイツもイタリーもオロシア(=ロシア)も、外国はみな一つになりて神の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ。
神の国八つ裂きと申してあることいよいよ近づいたぞ。八つの国一つになりて神の国に攻めて来るぞ。」
(日月神示 下つ巻 第14帖)

「外国から攻めて来て、日本の国丸つぶれというところで、元の神の神力出して世を立てるから、臣民の心も同じぞ、江戸も昔のようになるぞ。」(上つ巻 第21帖)
「日本真ん中、ボタン1つで世界動くぞ」(マツリの巻 第14帖)』

日月神示の記述では、日本が世界中から攻められて、ほぼ国が滅ぶというところまで追いやられた時、神一厘の仕組みが発動され、真の天の岩戸が開くと読み取れるという。

願わくば「神一厘の仕組み」が発動された後の世をこの目で見てみたい。
その為にはまず身魂を磨いて大峠を越えなければならない。
相当難しそうだけど。

むう。
一番ハードルが低い「よく噛む」ということすら疎かにしてしまいがちなわたし。

いかん、いかん。
今日から心を入れ替えねば。
そしてこれから迎えるかもしれない大峠に備えなければ。

岡本天明に予期しない自動書記現象が起こったという麻賀多神社の社務所も取り壊されてしまうという。

時代は変わる。
そして世界は動いている。

「次の世がミロクの世、天も晴れるぞ、地も輝くぞ、天地一となってマコトの天となりなりマコトの地となりなり。
三千世界一度に開く光の御代ぞ楽しけれ、あな爽け、あなすがすがし、あな面白や。」
( んめの巻(梅の巻?運命の巻?)第十七帖)


つづく







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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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