松の内に思う

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日でいよいよ松の内も終わり。

我が家は今年も2日は皇居に一般参賀に行ってきました。

それにしても今年の一般参賀はスゴイ人だった。

                 2014皇居

去年あたりから規制が厳しくなり、かなり早い段階で警察官が群衆を誘導していました。

早めに皇居に着き、孫へのお年玉として絵本を丸善で買い、午後1時30分の回のお出ましに行こうと思っていたのが、ボディチェックと荷物のチェックが終わっていたにもかかわらず、途中で止められ最後の回(午後2時20分)になってしまいました。

何だか日本人の意識が目に見えて変わってきていると思うのは気のせい?
でもお蔭でわたしのチャチなカメラでもお姿を撮ることができるくらい、近くで拝見させて頂けました。

80歳になった天皇陛下は「本年が国民一人一人にとり、安らかな、穏やかなものであることを心より願います」とご挨拶されました。

                   天皇ご夫妻
 
皇太子ご夫妻

皇后さまや皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と、ネット上そのお可愛らしいお姿からもてはやされているという佳子さまもいらして、ホント、国旗を振る手にもつい力が入る。

                   佳子さま


和服姿、外国からの方も多くて、にぎにぎしい感じ。

わたし達もこの日には無理をしてでも和服で行くと決めているの。
じゃないと着物を着る機会が全くなくなってしまうから。

我が息子は、去年までふんどし、着物だけだったのが、今年はさらにバージョンアップしてトンビコート(金田一 耕助や絶望先生が着てるヤツ)まで羽織る始末。

トンビコート


あー、なんだかどんどん斜め上の方向に行っている気が・・。

その後実家に行き、親戚一同といつものように酒盛りとなりました。

それはともかく。

年末に見ていた「ビートたけしの超常現象(秘)Xファイル 2時間SP」の番組中、水木しげるさんの御親戚の武良信行氏という方がUFOを呼び、それに応えるように大編隊タイプUFOが現れたのは面白かったな。
その後それについて触れるマスコミはいなかったから「あんなの信じたと知られたら、馬鹿だと思われちゃう」という風潮なんでしょうね。

まあ、あれがホントはどうかはわからないけど、ネットで飛び交っている「アセンション」やら「チャネリング」やら「次元上昇」(老眼気味なので小さい字だと面倒臭くて読めない)とかの文章。

もし本当にそういうことがあるのならば、身贔屓だけど我が子孫達にも生き残ってもらいたいと思う。

わたし?
わたしはもう十分に楽しませて頂きました。
それに既に生殖能力もないと思われる。
なので、子や孫には何とかして生き残ってもらい、頑張って頂きたいの。

こういう発想って、歳のせいか?

神道の祝詞にも「子孫の弥継々に。家門高く広く弥栄に立栄しめ給へと」(出雲大社日拝詞)や「子孫(うみのこ)の弥栄(いやさかえ)を計(はか)るべきことを 誓い奉(まつ)る 」(越中一宮 高瀬神社誓いの詞)とかの文言があるところを見ると、いつの時代にも共通の感情らしい。

思い出すのは3・11の際、津波で亡くなったおばあさんの話。

『“それでも生きる”< NHKクローズアップ現代から>

被災地で暮らす人たちの、1年を迎えるにあたっての心の変化を、アンケートを通じて、見ると言うもので、二組の家族がクローズアップされていた。

大船渡で暮らしていた母親と娘、祖父母の話。

震災当日、母は仕事で家にいなかった。
津波警報を聞いた祖父母は、娘を連れて、車で避難しようとした。
娘は、ダウン症の上に、目が見えない。地震でパニックになったのか、なかなか車に乗ろうとしない。
祖母が苦労して、ようやく娘を車に乗せた。
運転席の祖父が、さぁ、出発と思った時、ドアを閉めた祖母が叫んだ。

「行きなさい。後ろを見るな。行きなさい。助かってよかった。がんばって生きろ」

波が来て、祖母は「バンザイ! バンザイ!」と言いながら、流されていった。
祖父はアクセルを踏んで、間一髪、波から逃れた。』

この話をネット上で読み、泣きました。

私は、ドアを閉めて「バンザイ!」と送りだせるだろうか。
死ぬ直前、誰かを祝福できるだろうか。

人はそうあれかし。
わたしも、そういう心構えで生きていきたい。

そう強烈に思いました。

が。

この出来事について調べていたら、知恵袋にこんな記事が。

『たいへん心ない下衆の勘繰りな質問をします。
NHKの3.11ドキュメントでダウン症の孫娘を津波から助けるために車に押し込んだおばあさんが、そこで
「生きろ、生きろ、ばんざい、ばんざい」
そう叫びながら流されていったという感動的な話がありました。
人並みに心打たれましたけれども、心打たれながらも同時に本当なのだろうか、という疑問も浮かんでいました。』

それに対する答えの一つ。

『本当は…
「待ってけろ、ばぁさんまだ(乗ってない)」って叫んで、バンザイじゃなくて、両手で「戻ってぇ」と手招いていたのかもな。
あまりの壮絶な体験に、あれはバンザイだ、と記憶が書き換えられ のかも?』

・・・・・。

そういえばわたしも「車に乗れないくらい人がいっぱいだったらともかく、じいさんと孫だけなら何で乗らなかったんだろ。」とチラッと思わなくもなかった。

でも感動し過ぎて忘れていた・・。

むう。

いいのっ!
真実なんていつの時代も分からないものなのっ!

とにかく今わたしが「死ぬ直前まで誰かを祝福できる心構えで生きていきたい。」と思っているのは確かなんだから。

「子孫の弥継々に。家門高く広く弥栄に立栄しめ給へ」という祝詞を小さく呟いてみるわたしなのでした。



つづく



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