伊勢、京都、出雲に行ってきた!(27 )

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

「絶対に黄泉比良坂(よもつひらさか)に行きたい。」と言い張っていたにもかかわらず、あまりの禍々しさに断念せざるを得なくなり、不機嫌になった息子を乗せ、出雲方面に車を走らせる。

とにかく18時55分の寝台特急「サンライズ出雲」に乗るためには、遅くとも18時半位には出雲駅に着かなければ。
しかもその前にガソリンを満タンにしてレンタカーを返さなきゃならない。

でももう既に17時20分。
ナビで見ると出雲市まで意外に遠い・・。

そんなことを考えながら運転していると、隣で息子がぶつぶつと文句を言っている。

「何で一緒に行ってくれなかったんだ。」
「ボクは本当に行きたかったのに。」
「この機会を逃したらもう行ける機会はない。」

初めの内こそ「仕方がないでしょ。」とか「そんなに行きたかったら、一人で行けばよかったじゃん。」とか「また来ればいいでしょ。」とか言っていたが、いつまでも不満そうにぶつぶつ言っているのを聞いている内にだんだん腹が立ってきた。

ホントに腹が立つと無口になるわたし。

今日一日あっちこっち駆けずり回りクタクタになっている上に、今も小雨の中、急いで運転しているこっちの気も知らずにいつまでもグダグダと・・。

そんなわたしのサインに気付かないのか、気付いても一回出てしまった文句のスパイラルは止めようがないのか、更に文句を言い募る。
ダメ出しをするように「ねえ、聞いてんの?」と話しかける鈍感な息子。

「うるさいっ!いい加減にしろっ!!」
突然怒鳴ったわたしの様子を見て、やっと「こりゃマズい。」と気が付いたらしく、息子も沈黙する。

車内に流れる不穏な沈黙。

普段はなんだかんだ言いながら、まったくもって子供に甘く温厚な(いや、ホントに)わたし。
このわたしがこういう怒り方をするって、あまりない。(年に2~3回。あれ?結構ある?)
よっぽどヒドイ時ですよ。

感情を爆発させながらも、一方頭の片隅で冷静に「親としてここは怒っとかなきゃならん」って感じる時は、しっかり怒らなきゃいけないと思う。
成人した人間に、関係性を慮らず嫌なことを言えるって、親くらいだもんね。

他人だったら「こんなこと言ったら後が面倒。」とか「付き合いづらくなる。」とか考えて、言いたいことがあっても飲みこんじゃうもんだけど。
ある意味大人になって真正面から耳に痛いことを言ってもらえるって有難いことだ、と心の底から思えるようになったのは結構歳を取ってから。
だから子供に嫌われようとも、どしどし嫌なことを言っていく所存。

それはともかく。
お互い口を利かぬまま、真っ直ぐ前を見て黙りこくる親子。

まったく長い旅行の最終日の、最後の最後にこんな険悪な雰囲気になるとは。
いったいどういうこと?

暫くして沈黙に耐えられなくなったのか、息子がボソッと「悪かったよ。」と言い出した。
わかりゃいいんだ、わかりゃ。

車内の空気が途端に柔らかくなる。
和解成立。
それにしても、これは黄泉比良坂の禍々の呪いなのか?

とにかくこんな終わり方はイヤだ、ということで意見が一致。
どこかで口直しならぬ厄払いをしよう、ということになる。

それにしても時間がない。
でもでも、どうしたら?

タブレットで調べていた息子が「須佐神社は厄除けの神様らしいよ。」と言い出した。
ナビで見てみたら出雲市から30分くらいらしい。
到着予定時刻は18時05分。

いや、無理でしょう。
リスクが大きすぎる。
途中何があるかわからないし。

と、普通は大人の判断をするところですが。

あの親子喧嘩がどうしても「黄泉比良坂の禍々」のせいのような気がしているおバカな親子は、何と須佐神社に行くことにしてしまうのでした。

暮れなずむ道をレンタカーでかっとばすわたし。
もう辺りの景色なんかを楽しむ余裕なんかあるはずもない。

山また山の、そのまた奥にある聖域といわれる奥出雲までの道のりは一方通行あり、トンネルありの寂しく険しい道。
でもそんなことは言ってられない。
目を血走らせて、何かに憑りつかれたようにハンドルにしがみつく。

今にして思えば、何故そこまでして?と肩を叩いてあげたくなる感じ。
我ながらアホですな。

そぼ降る雨の中、須佐神社に着いたのは、18時過ぎ。
駐車場に車を入れると同時に駆けだすわたし達。
辺りは既に暗闇に包まれている。

とにかく本殿に参拝させて頂く。

                 須佐神社

須佐神社
『「出雲国風土記」に、須佐之男命が各地を開拓した後に当地に来て最後の開拓をし、「この国は良い国だから、自分の名前は岩木ではなく土地につけよう」と言って「須佐」と命名し、自らの御魂を鎮めたとの記述がある。
全国に数多くある須佐之男命(すさのおのみこと)ゆかりの神社の中で、唯一御魂を祭る由緒正しい古社。』

どうやらスピリチュアルカウンセラーの江原さんが「最強のパワースポット」として紹介したのと、今年に入ってからは遷宮効果で更に参拝者が増えているらしいが、こんな時間に来ている参拝客はわたし達だけ。
一度一人旅でここに来たことのある息子が「ここだけは。」と本殿の裏にある樹齢が1300年を超えるとも言われている杉の木に連れて行ってくれた。

『須佐神社の神域の中で、とりわけ強烈なパワースポットになっているのが本殿の裏手側にある樹齢1300年を超えるこの御神木の周りだと言われています。
この大杉は幹の周囲が6メートル、根の回り9メートル、樹高約21メートルの大木です。
また、このご神木は昔、加賀藩から帆柱にと、金八百両で所望があった時、須佐国造がこれをことわったと伝えられています。 』

このご神木の周りに大きなパワーが流れていると言われているらしく人気が高いらしいが、この時のわたしはパワーなんか二の次。
取りあえず手だけ合わせて、脱兎のごとく駐車場に駆け戻り、あっという間にエンジンを掛け出発する。

後はとにかく出雲駅に一刻でも早く着くよう祈るのみ。
真っ暗い道をひたすら走る。

もう無駄口を利いている暇はない。
でも不思議なもので、行きはあれほど遠く感じた道が帰りは意外に近く感じる。
須佐神社のお蔭か、心なしか気持ちもすっきりし、車の流れも順調。

そしてなんとか出雲市に18時20分過ぎに到着。
ガソリンを入れ、レンタカーを返し(あまりに長距離を走ったので嫌な顔されました)出雲市駅に着いたのが18時35分。
慌ててお弁当を買いに走るも、当然売り切れている。
仕方なくたこ焼きと、売れ残ったコンビニ弁当を買う。

ふー・・。
ありがとうございます。
何とか無事帰れそうです。

今調べたら出雲市から25キロの道のりで、バスだと40分かかるらしい。
何だってこんな無茶な旅を最後の最後までしなきゃならなかったんじゃ。

でも須佐神社に参拝すると、「魔を断ち切る」という神佑があるとか。
してみると行かなければならない場所だったのではあるまいか。

須佐神社は「特別な神秘の力」があると言われているらしい。
思い返してみれば境内は凛とした気が漂っていて、髪を振り乱して走りながらも、心も洗われるような清々しさを感じたような気がする。
神様がおられる気配が漂っていたけど、あんな時間に駆け込んできた必死な面持ちの親子を、どのようなお気持ちでご覧になっておられたのだろうか。

そう想像すると申し訳なく恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。

いまだに古式ゆかしい格式を保っておられるという須佐神社。
今度は居住まいを正し、ゆったりとした気持ちで、きちんと御神気を感じさせて頂けるように伺わせて頂こう、と心に誓うわたしなのでした。


つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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