伊勢、京都、出雲に行ってきた!(26 )

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

機嫌よく八重垣神社を後にしたわたし達。
もう時間は4時20分を回って、小雨も降ってきた。

ところが息子は「絶対に黄泉比良坂(よもつひらさか)に行きたい。」と言い張る。
どうせアニメか何かの影響に違いないだろうけど、そんなことを言ってまた言い争いになっても面倒なので、急いで向かうことにする。

「黄泉比良坂」は「揖夜神社(いやじんじゃ)」のそばにあるらしい。
どちらも名前だけで既に迫力があるというか、ちとコワい。

町内の旧道沿いのさびれた商店街を抜け、何とか5時前に到着。
揖屋神社は町の少し東に外れた所に杉の大木に囲まれ、実に荘厳に鎮座していた。

階段を上って行くと、外から見るよりもはるかに大きな境内は静けさに包まれ、少し恐ろしいくらい。

               揖夜神社

もう日暮れが間近なせいか、人っ子一人いない・・と思いきや、社務所に男性がお一人座っていた。

揖夜神社(いやじんじゃ)
『意宇六社の一社で 熊野大社とともにもっとも古い神社の一つとされている。
当社の創建時期などは不明となっているが、かつて、黄泉比良坂(よもつひらさか:黄泉の国への入り口)がこの付近とされており、当社社名にもみられる「いや」という響きには、死のイメージがあると指摘するものもいる。
ただ、具体的なことは、ほとんど分かっておらず、式内社にある揖屋神社に比定される。
「出雲国の伊賦夜坂(いふやさか)」ともいわれ、このあたりを指したと言われている。
大和朝廷は伊布夜社を「黄泉国」への入り口と位置付けていたようだ。』

イザナギノミコトは死んでしまったイザナミノミコトに会いたくて、黄泉の国に行くが、変わり果てた姿におののき走って逃げ帰る。
追っ手が来る中やっとの思いで脱出し、ちびきの岩で封印をしたという、その場所が「黄泉比良坂」とのこと。

この話は古代の神話として、知らない人はいないくらい有名な話。
確かに黄泉の国とのつながりが深いここは「死」のイメージがつきまとう。

さらに日本書紀は「斉明天皇の時代、犬が死人の手を言屋社(いうやのやしろ)に置いた。天皇崩御の前兆だ」と記している。
この犬が死人の腕を置いた言屋社こそがこの揖夜神社であるとされている。

数々の怖い神話にビビるわたし。

が、ここの凛とした空気はそんなイメージを全く受け付けない。
静かで厳かで、引き締まったような気が横溢と流れている。

どう見ても社格が高く気品がある。
由緒書のよると、平安朝以前より広く知られていた古社で古より朝廷の崇敬が篤かったとのこと。

まるで噂に惑わされて、高貴な方を貶めていた気分。
何だか申し訳ない・・。

とにかく時間もないことだし、参拝させて頂き、周辺を歩く。

本殿の向かい辺りを見回すと、見慣れないものが目に飛び込んできた。
いくつかの社があり、その中に極めて多数の幣が地面に突き立てられ、その四方を竹と注連縄とで囲むようにしているものがある。

本殿側とは明らかに空気が違う。
鬱蒼とした木々の中、何やら恐ろしげな雰囲気は、むしろこちらの方から感じるのは気のせい?

近寄るのも躊躇われ、社務所にいた年配の男性に声をかけてみる。
お話してみるとこの方は崇敬会に方のようで、いろいろ聞かせて下さった。

本殿の前のたくさんの社は、近隣の集落が作ったもので、まだ農村が貧しかった時代、これほどの社を造れるほど、この辺は豊かだった、とのお話。
ということは、幣が地面に突き立てられているのもこの辺りの風習なんですかね。

どちらにしても、もう暗くなりかけている。
御礼を言い、何かに追われるように揖夜神社を後にする。

いよいよ息子が行きたがっていた黄泉比良坂に向かう。
あの世とこの世の境にある「イザナギ、イザナミ最後の通い路」黄泉比良坂は、揖夜神社から直線距離で700m位らしい。

途中間抜けな感じの看板が国道沿いにある。

                    黄泉比良坂 看板
「黄泉の国への入り口」って・・。
まるでローカルな遊園地の標識のようなお安く楽しい雰囲気。

道を進んでいくと、小さな駐車場があり、横には沼のような淀んだ池がある。
石版があり、以下の文面が。

黄泉の國の醜女達に追われ
ここに逃れてきたイザナギ命は
桃の実を投げつけ退散させた
最後にイザナミ命自ら追いきたり
大岩をもちて塞ぎ
生の國と死の國の境となせり
千引の大岩なり
これより西二百米に道祖神あり
追谷坂と呼ぶ急坂を下れば
揖屋村谷に通ず
又東四百米に峠あり
夜見路超えとて
中意東馬場に通ずる古道あり
ここの神を
塞坐黄泉戸大神なり

むう。
何やら気のせいか冷気まで漂ってくる感じ。

車を降りて近くに行ってみると、石柱が2本、まるで鳥居のように立っていた。
2本の石柱には細いしめ縄が結ばれ、結界を示している。
石柱の先には、石組みの台座の上に石碑が鎮座している。

さらに、裏山の茂みの陰に2つの大きな石が置かれている。
ひっそりと、こちらをうかがっているような表情で、物言わぬが故にかえって恐ろしい。
今ここで写真をとったら8割の確率で心霊写真が撮れると思う。

小雨の中、もうすでに暗くなりかけている山道を恐る恐る進む。
すると「黄泉比良坂 徒歩3分」という小さな標識を発見。

息子が「登ってみよう。」という。

え?
無理無理、絶対無理。

「あの世との境界線」とか「黄泉國の入り口」とか、そんな話はどうでもいい。
そんなことより、変態や殺人犯が潜んでいても不思議じゃない禍々しい暗闇が大きな口を開けている。
何が哀しくてはるばるこんな所まで来て、そんな山道を登って行かなきゃならんのじゃ。

「そんなに行きたきゃ一人で行け。」というと、それも嫌だと言い張る。
優しいわたしは、たいがいのことはお付き合いするんだけど(逆らうとかえって面倒なので)こればっかりは無理。
それでもしつこく追いすがる息子に「フザケンナ。」と言い残し、一人でとっとと駐車場に帰ってきた。

ったく、冗談じゃないよ。
それでなくても禍々しい所を、夕暮れ時のそぼ降る雨の中、携帯の灯り頼りに真っ暗な山道を歩けるかっつうの!
自分ひとりじゃコワいからといって、人を巻き込むのは止めて欲しい。

そこにちょうどタイミングよく一台の車が駐車場に入ってきた。
中年の男性が何故か一人で見学に来たらしい。

こちらに気付き、一瞬ビクッとなったのが分かる。
このヒトもちょっとびびっている様子。

暫くすると息子が青い顔で戻ってきた。
聞くと、コワくて目的の道祖神の所まで行けなかったらしい。

そりゃそうだ。
いくらなんでもあそこはヤバすぎる。
わたしのハザードランプはとうに点滅を過ぎて焦げ臭い煙が出てる。
後から来たオジサンも、わたし達が車のエンジンをかけると慌てて戻ってきた。

一目散に駐車場を後にする。

この後不機嫌になった息子と言い合いになり、長かった旅の最後の最後というのに大変なことになっていくのでした。


つづく
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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