伊勢、京都、出雲に行ってきた!(25 )

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

鄙びた雰囲気の御井神社を後に、わたし達は八重垣神社に向かいます。
早く行って息子の恋愛成就の為にお参りしなければ。

が、息子は己の恋路の険しさが分かっているかのように「トイレに行きたくなった。」と言い出した。

ちっ、仕方がない。
先を急いでいるのでスルーしようとした「荒神谷遺跡公園」がすぐ近くにあるから、そこでトイレを借りるとするか。

せっかくだからと荒神谷遺跡にも行ってみた。

荒神谷遺跡
『昭和58年に広域農道の建設の調査で、一片の土器が見つかった。
それは古墳時代の須恵器で、それをきっかけに発掘調査が始まった。
そこからそれほど離れていない山の斜面から385本の銅剣が出土。そして7mしか離れていない場所で銅鐸(6個)と銅矛(16本)が出土した。
その当時調査に関わった人からの話では、銅剣が見つかった場所は明らかに土が盛られていた形跡があったとのことである。
今まで日本で発見された銅剣の総数より、ここ一箇所で発見された銅剣の数の方がはるかに多い。』

『斐川町の荒神谷遺跡から358本の銅剣が発見されたことは、全国の人を驚かせました。なぜなら、それまで全国から出土した銅剣の総数約300本を、一ヶ所からの出土でありながら、はるかに上回ったからです。
 しかし、358本という銅剣の数は何かを意味するものでしょうか。

この点につき、興味深い指摘があります。古い記録に載っている神社数が399社なので、358本は埋められたときの出雲の神社数ではないかというのです。

しかも、銅剣は四列に並べられ、一列目は34本、二列目は111本、三列目は120本、四列目は93本ですが、一列目は意宇郡の神社数に、2列目は島根・秋鹿・楯縫三郡の113社に、3列目は出雲郡の120社に、4列目は神門・飯石・仁多・大原四郡の97社に、それぞれ応じているのではないかというのです。

なぜ埋められたかについて、「土中保管説」(次にお祭りをする時まで地中に保管しておく)や「土中隠匿説」(緊急事態が起こったので急いで隠した)などがありますが、そうであるなら、ばらばらの数で四列にする必要はあまりないようですね。
こうした考え方から、出雲のそれぞれの神社を中心とした集落に銅剣が配られていて、荒神谷でお祭りをするときに、地区ごとに持ち寄り四列のまとまりにしたとして、358本という数は、意味を持つものだとされるのです。』

ホント、古代の浪漫満載ですな。
いや、思ったよりスゴイところでした。

発掘現場がきれいに保存され、見学できるようになっているのですが、なんだか空気感が違う。

荒神谷遺跡

古代の祭祀が行われていたからか、小雨降る中誰もいなかったからなのか、真昼間というのに空気が重い。
長居は無用とわたしのセンサーがハザードランプを点滅させている。

しかも今日は出雲大社の早朝参拝に始まり、「稲佐の浜」「命主社」「真名井の清水」「御井神社」「三井戸」「実巽(じっそん)神社」と息つく間もなく駆けずり回り、時間がない。
行き当たりばったりに行動しているにしても、今日は旅行の最終日。
万が一、奮発した「サンライズ出雲」に乗り遅れたら大変。

とにかく先を急がねば、と走り出すわたし達。

途中お昼を食べたりしていたら、結局八重垣神社に着いたのは3時過ぎ。
それでも駐車場は車で一杯だった。
さすが恋愛成就の大神として知られるパワースポット、人気があるんですね。

八重垣神社
『社伝によれば、素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した後、「八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造る其の八重垣を」と詠んで櫛稲田姫との住居を構えたという須賀(現在の雲南市大東町須賀)の地(須我神社)に創建され、後に、青幡佐久佐日古命が祀られる佐久佐神社の境内に遷座したという。佐久佐神社という名前は延喜式神名帳に記載されているが、式内・佐久佐神社は当社の他、同市大草町の六所神社も論社となっている。元慶2年(878年)に正五位上の神階を授かった。佐草氏が神職として奉仕し、近世には八重垣大明神と称された。』

え?
ホントは佐久佐神社っていうの?
八重垣神社っていうのは近世になってからのものなんですね。

「石神国子」っていう、固いけどスバラシイ親がつけてくれた名前を、芸能界デビューする際、わかりやすく親しみやすい芸名に変えた「石原さとみ」みたいな?(違うか)

ってことは『ヤマタノオロチを退治するときスサノヲノミコトがクシナダヒメを佐草の里の大杉(奥の院)を中心に八重垣を造って隠しました。』とか『「鏡の池」はクシナダヒメが、に勧められ、この社でヤマタノオロチから身を隠している間、鏡代わりに姿を映したと伝えられる』なんていうのも、伝説以前の問題なの?

ふーん。
・・まぁ、いいや。

そんなこと言ってたらつまんないし。
伝説を信じる人達が集まっていれば、物事ってそういう方向に動くようになるのは本当だと思うし。
ネットには八重垣神社の恋占いがいかに当たるか、という話が満載。

うん、あたしゃ信じることにするよ。

だってせっかくここまで来たんだから、クシナダヒメが、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の難を避けるために、ここに避難したと思った方が楽しい。

八岐大蛇に怯えながらも、逞しいスサノヲノミコトに恋をし、儚げなその身を隠す美しいクシナダヒメ。
 
そして大蛇を退治したスサノヲノミコトが、ここで日本最古の和歌といわれる「八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造る其の八重垣を」という喜びの歌を詠ったと思ったほうが格段にオモシロイ。

恋に身を焦がすスサノヲノミコトのクシナダヒメを見つめる目は、高貴な光を湛えつつ欲望に燃えていたかも。

あ、そうそう、古事記では櫛名田比売(くしなだひめ)、日本書紀では奇稲田姫(くしいなだひめ)と表記されているらしい。

それはともかく。

ここは着物を着た「縁結び娘」が、無料でガイドしてくれるという。
集合場所に行ってみると「なんちゃって着物」を着た、娘というには薹が立った感じの方が(失礼)元気に案内してくれた。

本殿をお参りして夫婦杉」と呼ばれる2本の大杉「連理の椿」や、素盞鳴尊が稲田姫を大蛇からかくまった場所といわれる八重垣を造った大杉の跡などを案内してくれる。

社務所で売られている薄い半紙を買ってから、いよいよ社殿後方の「奥の院」に向かう。

ここ八重垣神社の一番のウリは「鏡の池」と呼ばれる神池でできる良縁占い。
「半紙のの中央に、小銭を乗せて池に浮かべると、お告げの文字が浮かびます。
紙が遠くの方へ流れていけば、遠くの人と縁があり、早く沈めば、早く縁づくといわれています。このため、軽い1円玉を使うのを避けて、10円もしくは100円で占いを行うといいかもしれません。
また、紙の上をイモリが横切って泳いでいくと、大変な吉縁に恵まれるそうです。」
と「縁結び娘」が説明してくれる。

むう。
1円なんか沈められてもやだもんね。
できたら重い硬貨(500円玉とか)の方がいいに決まってる。
それをさりげなく商売を感じさせずに結びつけるとは。
やりおる。

それにしても、ここはたくさんの女子が半紙を手に、真剣な表情でしゃがんでいる。。
池はどろどろの半紙が底に溜まり、人々の欲望や情念と溶け合って、もはや糊状になっている。

まず息子が半紙を浮かべ10円玉を載せてみる。 

                       八重垣神社

半紙は水の上に浮かび、なかなか沈まない。
こりゃやっぱりダメか、と思いきや。
しばらくしてあっという間に沈んでいった。
ちょっと歳を取ってから激しい恋に落ちる予感。

次はわたしの番。
やはり半紙に10円玉を載せる。

いい歳をしてと思われると恥ずかしいので「馬鹿馬鹿しい」という顔をしながら、結構真剣に見入ってしまう。
もはや沈むのが早かろうが遅かろうが関係ないのに、何ででしょうね。

ふと見ると、「縁結び娘」が言っていたイモリがどこからともなく出てきた。

おっ、スゴイぞ、スゴイ。
残念ながら紙の上は横切らなかったけど、すぐそばには来てくれた。
そして半紙はあっという間に沈んでいった。

こりゃすごい良縁が期待できそう!

縁は男女の縁のみにあらず。
仕事にしても、友人にしても全ての森羅万象は縁にて繋がっているのだからして、これは吉兆ですな。

ありがたし!

ちょっと悔しそうな息子を尻目に、一人悦に入るわたしなのでした。

つづく


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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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