伊勢、京都、出雲に行ってきた!(22)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

出雲大社に早朝参拝に行ったわたし達。
本殿に参拝し、まだ時間があるのでふらふらと右手の道に出てみる。

すると橋の向こうに何やら由緒正しい雰囲気の門が。
恐る恐る入ってみると御三社(荒神社、天穂日命社、稲荷社)がある。

                 北島国造館 社

大木が立ち並び地面は苔むし、湿った空気が漂っている。
ここがどういう所か分からないが、とにかく参拝させて頂く。

社を抜けると、滝や橋のある立派な日本庭園がある。
さっきまでいた出雲大社の境内とは明らかに違う雰囲気。
橋の向こうにある天満宮は、どこか人を寄せ付けないような威厳を放っている。

小さな橋を渡り、滝の前に鎮座する天満宮に向かい、磐笛を奏上させて頂く。
この橋を超える時、正に結界を超える感じがしたのは気のせいか?

それにしてもここは一体?
正門には「出雲教」の大きな看板が。 

                北島国造館


出雲教(いずもきょう)
『出雲教(いずもきょう)は、出雲国造・北島家の主宰する神道教団である。
大国主命を主祭神として、天穂日命を教祖、造化三神・天照大神・産土神を併神とする。初代教主は北島脩好であり、以降、北島家の当主が教主を継いでいる。
出雲教は、千家家の主宰する出雲大社教と同様に、民間の出雲信仰を基盤として広がっているが、信者数などその規模は大社教には遠く及ばない。また大社教は教派神道として一派独立していたが、出雲教は神道大教に所属する一教会としての扱いであった。』

わたし達の世代は、聞き覚えのない「〇〇教」というと「何やら怪しい新興宗教なのでは?」と身構えてしまう癖がついているのだが、出雲教は本当に由緒正しい宗派だったんですね。

どうやらここは、出雲国北島国造館という所で、同じ出雲大社の敷地にありながら、独立しているらしい。

『 千家家と北島家は南北朝時代1343年54代国造清孝の後、その子の兄弟で国造家は二分し、以後は同格でした。明治15年北島家76代が出雲教として独立しました。出雲教は神道の宗教集団で出雲大社は神社で、その在り方をわけ、出雲大社をお護りしているそうです。』

要するに、出雲大社の宮司の千家家と北島家は、かつては同じ兄弟から別れ同格だったのが、今は別の管理下にあり、現在の出雲大社は出雲大社教の千家家の独占状態だということらしい。
千家尊福さん、政治力ありそうだもんね。

こういうことって、庶民にはありがちなことだと思うけど、宗教の中でも結構ある話なのね。
長い歴史の中で、お金や名誉や政治力が絡み合って表には見えないいろいろな事があったに違いない、と想像するわたし。

そろそろ朝食の時間が近づいたので帰ろうとすると、向こうから来たおばさんが突然親しげに声をかけてきた。

だ、誰?知り合いなんているはずはないんだけど。

よく見てみると、何と昨日蕎麦屋の「かねや」さんに行く時、道を教えてくれた上品そうなおばさんだった。
母と息子の旅行客が珍しかったので、すぐわたし達と分かったらしい。

あの時の上品そうなおば様は、今は手拭いをほっかむりしてモンペを穿いている。
北島国造館の敷地の銀杏を採りに来たとのこと。

「かねやさんのお蕎麦はどうでした?」と聞かれたので「思ったより量が少なかったのですが、出雲蕎麦はそういうものなんですね。」と答えた。
すると「そんなことないですっ。ホントにかねやさんは量が少ないんですよ。だから私はいつも荒木屋さんから頼むんですけどね。全く何でかねやさんに皆行くんだか。」と昨日の奥歯に物が挟まった口ぶりは何処へやら。かなりはっきり仰る。

昨日「さすが品のいい出雲の旧家の方は言い方もお上品で、悪し様には言わないのね。」と思ったけど、お近づきになるとそうでもないらしいことが判明。

出雲教の背景も何も知らなかったわたしが「ここは出雲教という所なんですね。」と聞いてみると「この辺の人は出雲大社ではなく、ここで結婚式をやります。ここはスゴイ歴史のあるところなんですよ。そしてここの御殿様はホント、立派な方で・・。」と、いろいろ教えて下さる。

御殿様!
この時代にあって、この言葉が日常に生きていたとは。

ちょっと感動。
ちなみに千家も北島も両家とも明治期に男爵の家柄になったらしいが、それどころか、どちらも先祖をたどっていくと、天穂日命(あめのほひのみこと)という、天照大御神のお子さんにいきつくらしい。
神話の時代から家系が続いてるんだから、正しく「御殿様」と呼ばれるにふさわしい家系なんですね。

出雲にはそういった家系が他にも残っているらしい。
凄いぞ、出雲。

それはともかく。

出雲大社は威風堂々とした佇まいで「おおやしろ」と呼ぶにふさわしく、大きく立派で全国の神々が集まる神社。
が、小規模ながら静かで凛とした北島国造館にいると、出雲におわす神々の息遣いまで感じられそうで、時間が千年単位で巻き戻され、出雲が太古から神の地であることが実感できる。

眩暈にも似た不思議な感覚に囚われながら、朝食に間に合うようにおば様に別れを告げたわたし達なのでした。

つづく





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