伊勢、京都、出雲に行ってきた!(20)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

足早に猪目洞窟を後にしたわたし達。
沢山のカーブとトンネルを通り過ぎると、美しい日本海が広がり海のパノラマを見ることができる。

標識を探しながら進んでいくと、緑の山あいから朱色に輝く神社が見えてきた。
日本海の青と松林の緑を背景に「朱の神殿」は鮮やかさを際立たせ、その姿はさながら竜宮城のよう。
日御碕神社は海辺の町の中に場違いに思えるほどの華やかな佇まいで迎えてくれた。

日御碕神社
『出雲国風土記』に「美佐伎社」と記される古社。
出雲にあって、伊勢神宮と並ぶ神格を与えられた、全国でも天照大御神と素戔嗚尊を祀っている唯一の社。
神社は下の宮「日沈宮(ひしずみのみや)」と上の宮「神の宮」という上下二社からなり、両本社を総称して『日御碕神社』と呼びます。
「日沈宮」は【伊勢大神宮は日の本の昼の守り、出雲の日御碕清江の浜に日沈宮を建て日の本の夜を守らん】 (伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守る」) との神勅により祀ったのが始まりと言われています。』

日の本の夜を守らん!

そうですか。
この日本海に面した地で日本の夜を守って下さっていたんですね。
ありがとうございます。

実はいつものように下調べをしないで行ったので、「日沈宮」「神の宮」上下二社からなっていたのを知らなかったわたし。
やけにたくさんの御社があると思っていたらこういうことだったんですね。

丹塗り(にぬり)の鮮やかな色彩を放っている楼門をくぐると、正面に「日沈宮」。
右手階段の上に、「神の宮」が鎮座している。

日御碕神社 楼門
                    

「日沈宮」の拝殿で「国家安泰」「国民の守護」を祈念する。
ふと気が付くと息子がいない。

息子を探しながら楼門の方に戻り、何気なく上を見上げると、空から何かが降ってきた。
ひらっひらっと左右にスウィングしながら、白い物体が落ちてきたと思うと、楼門の右手の門客人神社の階段の正面にすっと留まった。

訝しんで見てみると、白い20センチ程の一枚の鳥の羽。
周りに参拝客はいるが、誰も気がついていない。
辺りを見回してもそれらしき鳥はいない。

不思議な気持ちになり、丁度近くに来た息子を引っ張って行き、その羽を見せた。

何だろう?
これは何か意味が?

はっ、いかん、いかん。
こんな風に意味ありげに考えてしまうから、子供たちに「全くこれだからスピ系のおばさんは。」と言われちゃうんだよ。

気を取り直して、再び周囲に目をやる。
朱の社殿が鮮やかに映え、荘厳な雰囲気を漂わせている。

  日御碕神社 日沈宮
                         

息子が「上の方にある神社にも行こう。」と言うが、朝から韓竈神社、鰐淵寺、猪目洞窟と駆けずり回った上に、ここまで運転しているわたしはもうへとへと。
上下二社からなっているのを知らないわたしは、階段を上るのも億劫なので「もう拝殿をお参りしたからいいや。一人で行って来て。」と言うと、息子は一人で階段を駆け上がって行った。

手持無沙汰にぼんやりと息子を待つ。
が、待てど暮らせど帰ってこない。

ぬう。
母に対する気遣いのない奴め。

イラッとしながら、他にやることもないので上の方にある神社(「神の宮」)に行ってみる。
(今にして思えば、ホント、行っておいて良かった・・)


小さな摂社・荒魂神社、を回っていると、やっと息子と遭遇。
「そんなに気遣いがないと、彼女ができても嫌われるよ。」と嫌味を言いながら、さっきの門客人神社に戻ってみると、さっきの白い羽根がない。
周りを見回しても、どこにもないので。狐につままれたような気持ちになる。
息子に「さっきここに羽、あったよね。」と聞くと「確かにあった。」との返事。

あー、ボケてたんじゃなくてよかった。
それにしてもさっきの羽は一体なんだったんだろう。

社務所の横から外に出ると、穏やかな漁村の風景が広がっている。
海に向かって歩いていくと、港があり「日沈宮」元地である経島(ふみしま)がある。
経島はその形状が「経典」を積み重ねたように見えるためその名が付いたと伝えられている。

『昔、日沈の宮はアメノフキネノミコトが経島にいた時、アマテラスオオミカミが降臨し、「吾はこれ日ノ神なり。此処に鎮りて天下の人民を恵まん。汝速かに吾を祀れ」との勅命を受け経島と言う島に鎮座しました。
スサノヲノミコトが根の国(黄泉国)より熊成の峰に上り、「私の神魂はこの柏葉が止まった所に住もう」と、柏葉をなげると風に舞い今の日御碕神社の背後の「隠ヶ丘」に止まったため神魂の鎮まるところとして日御碕神社の神の宮に祀られました』

島には鳥居があり、岩伝いに渡って行けそうに見える。
岩場でうろうろしていたら、そばにいた漁師の方に注意された。

どうやら経島は日御碕神社の神域として神職以外の一般の立入りは禁止されていて、年に一度の例祭の時のみ、宮司だけがその島に舟で渡ることができるらしい。

そ、それは失礼致しました。

間もなく日が沈む時間が迫っている。
港から日御碕灯台に行く細い道があり、地元の車が通って行ったので、同じように急な坂を上ってみると。

おおー。
雄大な日本海に海を染めながら水平線に沈んで行く太陽は神々しさが漂う。
天と地と海が織り成す壮大なパノラマはまさに神ご降臨といった雰囲気に満ちている。

日御碕神社 夕日

もし「世界が破滅する最期の景色」と言われても納得してしまうような見事な夕日。
怖いような美しさ、というものがある、と実感。

日が沈んだ後、日御碕灯台に急ぐ。

この世のものとは思えないくらいの崇高な美しさ。
観光客が皆呆然と景色を見つめている。

日御碕灯台 夕日

「御来光の道」があるという。
千葉・九十九里浜付近にある「玉前神社」と出雲の「日御碕神社」を結ぶ 線を引くと、いわゆる聖地・パワースポットがそのライン上に浮かび上がるというのも、あながち嘘ではないのではないか、と思えてくる。

多分この景色をわたしは一生覚えているだろう。
人の身である卑小な自分が、とてつもなく神聖で崇高な自然を前にした時の震えるような畏れと共に。

・・・
それにしてもあの羽は?



つづく


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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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