伊勢、京都、出雲に行ってきた!(18)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ちょっと疲れてしまい、「伊勢、京都、出雲に行ってきた!」をお休みしていましたが、早く書かないとボケ気味の昨今、何があったか忘れてしまう。

もう誰も読んでくれなかろうが、ランキングが下がろうが、どうでもいい。
何はともあれ、とにかく終わらせてしまわなければっ、と決意も新たに、とっとと書いていきたいと思います。
(嘘です。ランキングなんて口に出せないレベルのブログです。「拍手」だっていいとこ1つか2つです。すみません、見栄張りましたっ。)

実際に行ってみたら、パンフレットの書き込み通り「高所恐怖症及び、極度の肥満体型は参拝不可能」だった韓竈神社(からかまじんじゃ)から無事下山したわたし達。

せっかくだから、と近くにある鰐淵寺(がくえんじ)に行ってみることにしました。

韓竈神社を出てゆっくりと鰐淵寺を目指します。
だんだん道は狭くなり、天気が良いのに鬱蒼とした山は薄暗く、辺りは人っ子一人いない。

第一駐車場について案内看板を見ると結構歩かなければならない様子。
もう少し先まで車で行こうとすると、例のごとく融通の利かないふんどし息子が「ここに車を置くって決まってるんだから歩いて行こう。」と言い張る。

ここで言い争っても面倒なので、仕方なく車を置いて歩き出す。

が。
これが意外に遠い。
渓流沿いを延々と歩く。
しかも車で行けそうなので、余計に遠く感じる。

ちっ、こいつの言うことを聞くといつもこんなだ、と舌打ちしたい気持ち。
でも口に出すと面倒な言い合いになりそうなので、我慢して黙々と歩く。

鰐淵寺川に沿って進むとやっと仁王門が見えてくる。
わたし達を歓迎するかのように、光のお出迎え。

                鰐淵寺 仁王門


鰐淵寺
『伝承では推古天皇2年(594年)、信濃の智春上人が当地の浮浪の滝に祈って推古天皇の眼疾が平癒したことから、同天皇の勅願寺として建立されたという。
寺号の鰐淵寺は、智春上人が浮浪の滝のほとりで修行を行っている際に誤って滝壺に落とした仏器を、鰐がその鰓(えら)に引っ掛けて奉げたとの言い伝えから生じた。
ここで言う「鰐」はワニザメを指すと言われる。』

なんていい子なんだ、ワニザメ。

入山料500円を納め、階段を長い上る。
本来ケチなわたしにとって「入山料500円はちとお高い」と言いたいところだけど、階段を上りきるとそんな気持ちは吹っ飛んだ。

綺麗に掃き清められた広い境内は、静寂に包まれている。

正面の根本堂に参拝。
右手の釈迦堂に山伏の姿をした方がいた。
さすが修験の地。

根本堂の左には常行堂と摩陀羅神社が時間を超越したかのように佇んでいる。

鰐淵寺 常行堂

ここで磐笛奏上。
山々に法螺貝の音が響く。

ここをこんな風に維持するのはさぞ大変だろう、とマキオカの草むしりに奮闘する自分と重ねあわせ(いや、一緒にしちゃ失礼だろ)500円の入山料さえ申し訳なく思う。
わたし達と山伏風のヒトしかいないってことは、今日の午後は1500円にしかならない・・などと下世話なことを考えてしまうわたし。

階段から外れて急な裏坂を下りるとまるで「天空の城ラピュタ」の屋上庭園のような空間が広がる。
なんて気持ちの良い場所・・。
さらに下りていくと、昔街道だったと思わせる山道に出た。

そこから、寺号の由来の「浮浪の滝」と「蔵王堂」へ向かう。

『鰐淵寺の所在する島根県や隣の鳥取県は修験道・蔵王信仰の盛んな土地であり、当寺も浮浪の滝を中心とした修験行場として発展したものと思われる。
浮浪の滝は鰐淵寺の入口から渓流を500メートルほどさかのぼった地点にある。水量は少なく、滝壺の奥には蔵王堂が建つ。』
とある。

鰐淵寺の名が付いたとされる伝説の舞台「浮浪の滝」は、弁慶が滝に打たれ修行したという話でも有名らしい。

『弁慶は仁平元年(1151)3月3日、松江市郊外に生まれ、18才で当寺に入り、3年間修行した後、やがて比叡山に登り、牛若丸に出会ったと伝えられています。』

え、弁慶って桃の節句がお誕生日だったんですね。

『壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした後再び鰐淵寺に身を寄せ、この際多くの伝説・遺品を残した。
特に、弁慶が大山寺から一夜で釣鐘を運んだとの伝説は広く世に知られ、その際に持ち帰ったとされる寿永2年の銘のある銅鐘は国の重要文化財に指定されている』

大山寺って、在の鳥取県大山町の山中にある寺で、この鰐淵寺まで約101kmあるらしい。
山道を釣鐘を担いで、一夜にして持ち帰ったって、どんだけ力持ちで健脚なんだ、弁慶。

弁慶っていうのは、元々格下の僧侶の名前に使われることが多かったから、どこにでも弁慶っていたらしい。
それが、源義経と一緒に活躍したのが名前が弁慶って聞いたら、どこの寺でも「ウチにいたよ、弁慶!」って言い出した。だから、本当の出身というのは謎」っていう話もある。

それはともかく。

案内板には徒歩7分とあったので、甘く見ていたわたし達。
川を石づてに渡り、崩れそうな山道やぬかるんだ地面、中世には僧兵を囲っていたという、城跡の一部のような古びた石垣を抜けると、やっと「蔵王堂」が現れた。
体感的には20分くらい歩いた感じ。
あー、疲れた。

でも。
切り立った岩肌の岩窟に作られた「蔵王堂」は、神秘的な空気に包まれ、心が清浄になっていくのがわかる。
鬱蒼とした木々に囲まれ森厳さをたたえる山には野鳥の声が響き、かつて弁慶も打たれただろう滝は、現在は水滴が時々滴り落ちるのみ。
鰐淵寺の名前の由来にもなった浮浪滝は修験者の守護神”蔵王権現”の聖地とされたらしい。
来れてよかった、と心から思う。

感に堪えないように見上げていた息子が「蔵王堂を見てくる。」と言い出した。

見てくるって、あんた。
頭上18メートルの所にある蔵王堂へ上る岩肌は藻がびっしりと付き、見るからに滑りそう。
あまり掴まるところもなく、かなり危険な様子。
真下には滝壺と思しき深そうな水たまりがある。
息子はわたしに鞄を持たせ、自分は磐笛を持ちどんどん上って行く。

                 鰐淵寺 れい


ちょっ、危ないじゃないかっ。
ったく。
・・・
そして何より、わたしも近くに行ってみたいっ!

そう思ったわたしは、よせばいいのに鞄をたすき掛けに肩にひっかけ、恐る恐る上ってみた。
岩肌に這いつくばって奮闘する。
が、急な岩場には掴まる草や根もなく、鞄を抱えたわたしには無理だということが判明。

息子は無事登り終え、蔵王堂の間近で磐笛奏上。
わたしは這いつくばったまましばらく頑張っていたが、ついに諦めそろそろと下りることにした。

が、途中で藻に足を取られ、気が付くと滑り台のように転げ落ちてしまった。
お尻がまるでお漏らしをしてしまったかのような悲惨な状況になってしまった。

うぅ・・。
目の前が真っ暗になるわたし。

そのわたしの神経を逆撫でするように、息子が「磐笛を奏上でき、無事下りて来れて良かった。」などと誇らしげに言う。

そりゃ、さぞかし気持ち良かったでしょうよ。
あんたは磐笛だけ持って上ってんだからさ。

こっちはおばさんの上に、鞄やカメラを全部持たされてんだからねっ。
手が塞がってて転んでこの有様だよっ。
労わりのコトバはないのか、え?

心の中でなじるが、それよりどうやってレンタカーに乗ったらいいかで頭が一杯になる。
もし車を汚したら、せっかく安く値切ったのが無駄になっちゃうじゃないですかぁ!!

来た道をびっしょり濡れたお尻を気にしながら早足で歩く。

受付にご住職と思われる方がいてお茶を淹れて下さった。
が、お漏らし状態のわたしには、もはやご住職の親切が仇となっている。

思い切って事情をお話しし、ビニールか何かないか伺ってみると、プチプチのビニールを下さった。

天の助けとはこのこと。
ありがたし!!

心から御礼を言って、濡れたお尻を隠しながら再び駐車場に向け歩き出したわたし達なのでした。



つづく、
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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