伊勢、京都、出雲に行ってきた!(5)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

事前リサーチの苦手なわたしは(横着ともいう)、10月2日の式年遷宮の際、内宮に一般人が入れないということを知りませんでした。

初めの計画では、10月2日の昼にバスで京都に向かう予定でしたが、遷宮が2日20時からあると知り、バスや列車をキャンセルして一日延ばしたのでした。
伊勢市内のホテルはどこも満室で、仕方なく二見浦のホテルを何とか予約したのですが。

出発直前、2日は13時から一般の人は内宮に入れないと知り愕然としました。

ま、当たり前と言えば当たり前ですよね。
20年に一度の遷宮に、日本中から人々が集まれば大変なことになってしまう。

「転んでもただで起きない」を座右の銘にしているわたしは、式年遷宮に参加できない代わりに、以前から行きたいと思っていた伊雑宮(いざわのみや)と、伊勢神宮に参詣する者が禊をし斎戒する場所でもあったという二見浦の二見興玉神社に行くことにしました。

伊勢市駅のロッカーに荷物を入れ近鉄志摩線に乗ると、一時間弱で無人駅の上之郷駅に着く。
無人駅って、どうやって切符を回収するのかと思っていたら、降車時は運転士さんがいる一番前だけドアが開きそこで切符を渡すんですね。

田舎の住宅街を少し歩くと伊雑宮に到着。
人がほとんどいず、閑散としている。

                       伊雑宮

ここはネット上でいろいろな事がささやかれている神社。
曰く「伊勢神宮における本来の本宮なのであり、天照大神の魂が祀られている宮だった」とか「古代ユダヤの預言者イザヤの意志を受け継ぐ御宮である」とか「江戸時代に伊雑宮の神職が中心となり伊雑宮を本来の内宮とする偽書が作成された」とか。

面白がりのわたしは、「へー」とか「ほー」とか思うけれど、最終的には「わたしのような下々の者には分かるべくもないので、とにかく日本と日本国民をお守りください。お導き下さい。」と祈念するのみ。

せっかくここまで足を延ばしたのだから、他にもいい神社がないかと息子がタブレットで調べたところ、佐美長神社(さみながじんじゃ)があるという。

上之郷駅は普通列車しか停まらないので一時間に二本しかない。
伊勢市駅の「ボンヴィヴァン」にランチを予約しているから11時半の電車に絶対に乗らなければならない。

田舎道を佐美長神社に向かい歩いていると、広々とした気持ちのいい所に出た。
鳥居があり、向こうは取り入れの終わった田んぼがある。
国の重要無形民俗文化財とされている御田植式が行われる伊雑宮の「御神田(おみた)」らしい。

そこに一組の男女が何やら不思議な動きをしている。
どうやら不思議の国の住人の方のようですね。

面白好きのわたしは、近くに寄って話しかけてみた。
ご夫婦で、裸足で御神田の気を戴いているらしい。
歩いたり、ヨガのような、インド舞踊のような、不思議な動きをしたりしている。

何だかつい一緒にやってみたくなり(何故だ)、わたし達も裸足になり、伊雑宮の森に向かい磐笛を奏上する。

            伊雑宮 御神田

お二人ともとっても喜んで下さった様子。
何かしらんが達成感。
傍から見たら、不審者が4人いるように見えたことでしょう。

不思議の国のご夫婦に別れを告げ、15分ほど歩くと佐美長神社に着く。
民家の間にひっそりと佇む。

佐美長神社


『佐美長神社は、かつて「真名鶴(まなづる)伝承」に登場する伝説にちなんだ神社で、伊雑宮誕生にまつわる「白真名鶴(しろまなづる)」の霊をまつった神社として知られ、別名を「穂落宮(ほおとしみや)」とも呼ばれています。』

『倭姫命が鳥が鳴きやまないので見に行かせると、一株の稲が生えていて根元は1本で穂が千穂にも別れていた穂をくわえて一羽の真名鶴が飛びながら鳴いていました。この鶴は大歳神であったということでお祀りしたのがこの神社であるといわれています。』

ここは江戸以前から「大歳社」と呼ばれ、明治以降は「佐美長神社」と称されているという。

最近知ったんだけど、明治以降に名称を変えた神社が結構あるようだけど、何故?
明治政府の方針である「神仏分離令」や神社合祀の影響とはいえ、名前には深い意味があると思うのに、変えなければならない理由は何?
そこには必ず何かしらの意図があるはず。

それはともかく。
佐美長神社は無人の小さな御宮ですが、とても清らかな場所に感じました。
誰もいないので、心置きなく息子と磐笛を奏上する。
朝日の中、磐笛の音が透明に澄んでいく気がする。

ああ、清浄な時間・・。

帰り道、時間を気にするわたしにまたもや息子が「近くだから磯部神社にもお参りする。」と言いだした。

こ、こいつはぁ、全く。
わたしをいくつだと思ってるんだ。
都合のいい時だけ年寄り扱いする癖に。

11時半の電車に絶対乗らなきゃいけないんだよ。
今もうすでに11時を回っている。
なんでそんなにギリギリまで回って歩かにゃならんのじゃ。
あたしゃもう体力の限界。

当然喧嘩になる。
でも一度思い込んだら頑固な息子。
またしても仕方なくわたしが折れる。

磯部神社は意外なほど立派で広々としていました。

磯部神社 社殿


『この辺りの神社は海の幸をもたらす神への祭祀が中心。南方熊楠は、「磯部大明神は、今も船夫海師に重く崇められる。
鮫を使者とし厚く信じる者、海に溺れんとする、鮫来たり負いて陸に達するといふ。(中略)
神使いの鮫は、長さ四五間、頭細長く、体に斑紋あり。「ゑびす」と名づくる種に限る。(中略)
毎年一定の海路を来るに無数の堅魚、これに随行するを捕らえ、利を得ること莫大なりと云ふ。
古老の漁人の話に、海浜にゑびすの祠多きは、実は此の「ゑびす鮫を齋き祀れるなりと云う」』

『磯部の地は伊雑宮御鎮座の地にして、伊雑神戸の郷として其の関係甚だ密接にして郷内各村々に大小の神社は恰も伊雑宮の摂末社の如く、歴代伊雑宮神人等によって其の氏神産土神として奉祀せられ、造営に当りても伊雑宮竝大歳社(佐美長神社)の古殿を拝領して、其の造修を営んで来たものである。』

とあるだけに、明治末期に創建されたとらしいが、それ以前からの神域であったのだろうと思わせる清々しさがある。

が。
電車の時間を気にしているわたしは、その清々しさをろくに味わう間もなく上之郷駅に小走りに向かう。
わたしのような一般人が「清浄な時間」を過ごし「謙虚な祈り」をするには、時間と心に余裕がないと無理ということが判明。

早足で不機嫌そうに歩くわたしに、息子もつられて無口になる。

上之郷駅にやっとたどり着いたのは11時25分。
何とか予定の電車に乗り込むことができました。

わたしは声を大にして言いたい。

なってはいけない「時間貧乏」、やってはいけない「時間泥棒」。
そして、女性を大事にしよう。
年寄りを労わろう。

ま、ホントに年寄り扱いされると、それはそれで腹が立つんですが。

つづく

スポンサーサイト

comment

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR