「王仁の道をゆくvol.1〜出口王仁三郎の足跡と縁の地を巡るプチ探訪〜」に行ってきた(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日の午前中、やっと「6/10 麻賀多神社まで歩く 8キロ走破の巡礼に行ってきた」の記事を書き終えたわたし。
なのに午後、さらにその流れで「『王仁の道をゆくvol.1〜出口王仁三郎の足跡と縁の地を巡るプチ探訪〜」に行ってきました。

え?また行ったの?と遊び好きの婆さんをとがめるような目つきをしたあなた。
いいじゃん。
だって面白そうだったんだもん。
この際だからふんどし息子も誘いました。

しかも今回は出口王仁三郎が大正8年に訪れた鎌倉。

『希代のカリスマ 出口王仁三郎が、明治・大正・昭和の時代を駆け抜けたその足跡と、神縁深い霊地を巡るプチ探訪に出かけませんか。
相模国一宮の鶴岡八幡宮の参拝からスタートして、王仁三郎のもとを離れた後も数奇な運命をたどった矢野祐太郎・シン夫妻の旧宅跡、南朝の廷臣 日野俊基を祀る葛原岡神社、鎌倉大仏、甘縄神明宮ほかを、3時間半ほどをかけてゆっくり歩いて巡ります。』
なんて面白そうでしょ?
自転車で行けば、交通費もかからないし。

なんて思っていたらすっごい雨。
嘘・・。
ダメじゃん。交通費、かかっちゃうじゃん。(そこ?)

雨よ、止め、止んでくれ、止むに違いない。
っていうか、お願いします!

なんて祈っていたら、神様が憐れに思召したかどうかはわかりませんが、出かける直前に見事にやみました。
ありがたや。
念ずれば通ず。

早速息子の自転車の後ろにまたがり、二人乗りで鎌倉駅に向かいました。
あ、もちろん自転車の二人乗りは交通違反です。
やっちゃいけません。
わたしもちょこっとだけ二人乗りをしただけです。
ちょこっとだけ。
皆さん、くれぐれも交通費をケチって二人乗りなんかしないでね。

それはともかく。
鎌倉駅に1時半に集合し、14人で出発しました。

まずは鶴岡八幡宮に向かいます。
さすが6月の日曜日。
鎌倉は人であふれています。
                   王仁の道 八幡宮

お参りを済ませ、海臧寺のそばの矢野祐太郎・シン夫妻の旧宅跡に。
ここに王仁三郎は一週間ほど滞在し、いろいろな方と会ったりしていたとのこと。

                       王仁の道 矢野家

矢野シンさんといえば、日月神示が世に出るきっかけを作った人。
日月神示は、殆どが漢数字と神代文字と呼ばれる文字群、記号等で、通常の文字は少ない特殊なもの。
麻賀多神社で始まった自動書記の現象が出ていた時、霊現象を好まなくなっていた天明氏は低級霊だろうと考え、殆ど出るに任せて放っておいたらしい。

『その頃王仁三郎の影の参謀と呼ばれた矢野祐太郎の夫人(矢野シン)が、ある日千駄ヶ谷の友人の会合に出席した折り、突然床の間に進み出て
「八大竜王、しばしこの森に鎮まりましますー」と言ってしまい、その自分の発した言葉に驚き、会合が終わってから暫く辺りを散策する事にした。
 シン女史が 「森はこの辺りにあるだろうか?」 と探してみた所、「鳩の森八幡」を探し当て 「ああ、ここか」 と思い、中に入っていくと、社務所の中にかねてから顔見知りの天明氏が神主姿でいるではないか、シンは驚いて
「天明さん、どうして此処にいなさるの?」と尋ねてみた。
すると天明氏は一通り事情を話した後「いやぁ最近ふでが出てね」と神示を見せると、シン女史は顔色を変え「これは太神様の御真筆ですよ」と答えた。』

この後、シン女史も含めた研究者の方々によって解読されることになったらしい。
ふーむ、何だかすっごく不思議。

さらに調べてみると矢野祐太郎さんったら、凄いヒトじゃないですか。

『矢野祐太郎は、明治14年(1881年)生まれ。
矢野は築地中学、海軍兵学校を卒業後、日本海海戦では旗艦三笠に乗り組んだ海軍の超エリート。
特務任務をおび大使館付き武官として英国へ出張、そこでいよいよスパイとしての本領を発揮したり、世界的な秘密結社の本部に潜入し、そこで日本包囲覆滅計画という重大情報を手に入れたりしている。
更に帰国後、呉に独自の研究所を設立し、艦艇の改装問題に手をつけて、全世界を驚かした櫓式マストを考案したらしい。』

スゴイね。まさに海軍の鬼才。
まるで小説の主人公のよう。
と思ったら、松本清張の絶筆となった『神々の乱心』は、この矢野祐太郎がモデルとされているらしい。

そして大本弾圧、2・26事件の勃発にともなう要注意人物一掃の一環として検挙され、昭和13年に獄死してしまう。(毒殺といわれているらしい)

リアルトンデモの元祖の方は大変な目に遭われていたんですね・・。
冥福をお祈りするトンデモに片足の指の爪の先っぽを突っ込んでいるわたし。

で、このご夫婦、仲が悪く喧嘩が絶えなかったらしい。

なんかこういうエピソードを聞くとホッとするね。
突然、平面的だった小説の中の登場人物が立体的になって、隣のおじさんやおばさんみたいになってくるというか。
「日本家屋は音が外に漏れやすいから、道路から二人の罵り合いなんかも聞こえてきたりなんかして。」なんて想像するとオカシイ。

いろいろお話を伺ってだんだん回復してくる天氣の中、次なる目的地、葛原岡神社に向かうのでした。

その時、まるでわたしたちの行く手を寿ぐように(?)日本地図のような雲が現れました。

王仁の道 雲

四国はうっすらしかないけどね。
北海道もはっきりしないけどね。(それはもはや日本地図のような雲とは言わないのでは?)

そしてこの後、皆さんとっても大変だったんだけどね。

つづく
 
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矢野シンについて

恐れ入ります。矢野シンが矢野祐太郎と喧嘩ばかりしていたとか、矢野シン、岡本天明との接触に関しての情報は何処からの出典になるでしょうか?

Re: 矢野シンについて

ステュクスさま、コメントありがとうございます。

黒川 柚月氏の「岡本天明伝」に載っていたと思います。
黒川氏は直接お話しする機会がありましたが、フィールドワークを中心に研究されている方です。
鎌倉の矢野ご夫妻がお住まいだった場所に案内していただきました。
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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