松代大本営跡に行ってきた

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

「岩戸神社」を後にして向かった先は「松代大本営跡」。

「松代大本営跡」は、太平洋戦争末期、当時の大日本帝国の国家中枢機能移転のために長野市松代地区などの山中に掘られた地下坑道跡です。

「太平洋戦争の末期、大日本帝国は国家の中枢機能を移転させるために、山中に地下坑道を掘った。
当時のお金で約2億円の巨費を投じて、9ヶ月間で掘られた地下坑道は10キロあまりという大規模なもので、象山、舞鶴山、皆神山の三ヶ所に及んでいる。
1945年8月15日の敗戦により、進捗度75%の段階で、工事は中止された。」

そもそも何故松代なのか。

「選定理由は以下のとおりである。
1.本州の陸地の最も幅の広いところにあり、近くに飛行場(長野飛行場)がある。
2.固い岩盤で掘削に適し、10t爆弾にも耐える。
3.山に囲まれていて、地下工事をするのに十分な面積を持ち、広い平野がある。
4.長野県は労働力が豊か。(実際は徴兵や満蒙開拓で労働力は豊かではなかったので、学徒勤労動員や国民学校児童まで狩り出された。末期には朝鮮半島の朝鮮人を動員した)
5.長野県の人は心が純朴で秘密が守られる。
6.信州は神州に通じ、品格もある。」

「信州は神州に通ずる」って・・。
すっごい理由だけど信じてしまいたくなる言霊の力があるね、うん。

「当初、皇居と大本営は皆神山の地下に移転される予定であった。
だが、皆神山の地盤が脆く、舞鶴山地下壕に皇居と大本営を移転する計画に変更を余儀なくされ、皆神山の地下壕は備蓄庫になり、皇居と大本営は舞鶴山地下壕に変更された。」

もしできていたら何だか凄いことになった気が。
皆神山の地下にある皇居。
凄過ぎる。

熊野出速雄神社の紋章として古く言い伝えられているのは菊の紋章だというし。
そこに何か関係があっても不思議じゃないよね。

象山神社でお参りしてから、気持ちのいい田舎道を歩いて「松代大本営跡」に向かうと10分ほどで「地下坑道跡入り口」の看板が見えてきました。
                    松代大本営
               
何故かハングルで書かれた一際大きな石柱がある。
入場は無料で受付でヘルメットも貸してくれる。
総延長6km弱のうち500mが一般公開されていて、洞窟探検をするような気持ちで入って行くと。

こ、これはマジで地下都市ができるのでは?と思わせるようなスケールの大きさ。
これを9か月で作ったってスゴイ。
そりゃ大変だったよ。

左右に賽の目状に掘られた巨大な地下道を歩いていると自分がアリになったような錯覚に陥る。

暫く歩いていると、年配の集団が係りの人に説明を受けていた。
一緒に聞いていると、朝鮮人の労働者がいかに酷い待遇を受けていたか、という話をしている。

WIKIによると
「(松代大本営建設作業は)勤労奉仕隊は無料だったが、朝鮮人労務者は賃金をもらっていた。
当時飯場で賄いをしていた人からの証言では地下壕掘削のために働いていた朝鮮人労働者には1日に白米7合、壕外での資材運搬で働く朝鮮人労働者には白米3合が配給、他にそれぞれ麦やトウモロコシなどが配られるという破格の待遇であった。
朝鮮人労務者は体が丈夫なせいかあまり風邪を引かず、規則正しく礼儀正しかったといわれる。
家族ぐるみで働きに来ている者もおり、子弟は日本人と一緒に学校に通った。
松代住民と朝鮮人との仲は比較的良く、朝鮮人が農業を手伝ったり、西条地区の強制立ち退きも手伝った。
また朝鮮人名で預金通帳をつくることができなかったため、松代住民が代わりに名前を貸したという。
また日本人と朝鮮人の恋愛結婚もあった。
朝鮮人労務者の食事事情は(密殺した)牛肉を食べるなど、国内での炭鉱や土木工事などに徴用された朝鮮人労務者と比較して待遇面では悪くはなかったようで、日本人よりも良好だった。
終戦後、朝鮮半島出身の帰国希望者には列車、帰還船を用意し、一人当たり250円の帰国支度金が支払われ1945年の秋にはほとんど富山港から帰国させることができた。」
とある。
なんとなく伊集院静が小説の中に描く戦前の日本人と朝鮮人との付き合い方を彷彿とさせる。

が、いろいろなサイトを見ているとこんな書き込みも。

「「大本営」ってのは、天皇直属の戦争のための総司令部のことで、当時は東京にあったんだけど、何度も東京を攻撃されたりして雲行きが怪しくなって来たから、政府は国民を見捨てて、天皇と自分たちだけが安全な場所に逃げ隠れるための計画を立てたのだ。
朝鮮人の労働者たちは、栄養失調になるような粗末でわずかな食べ物しか与えられず、逃げ出そうとした者は、軍警察から公開処刑のようなリンチを受け、足の骨を折られ、そのまま食べ物も与えられずに、殺されたという。」

どうなってるんだ、一体。

「政府は国民を見捨てて、天皇と自分たちだけが安全な場所に逃げ隠れるための計画を立てたのだ。」って・・。
何言ってんの?
戦争中、国家の中枢が機能するように残そうとするのは当然のこと。
それをこういう言い方で貶めるって、いかがなものか。

物の見方は角度によって違うものだし、真相(そんなものがあれば、だけど)はもちろんわかる訳ないけど、わたし個人は松代の純朴で品格のあるお国柄からして、WIKIに書いてあることはとても納得がいった。
それにしても見学に来た人に加害者意識だけを植えつけてどうしようっていうんだろう。
ホント、自虐史観もいい加減にして貰いたい。

それはともかく。

延々と続く地下壕を歩いていると、だんだん人気もまばらになり、心細くなってくる。
とにかく見学のできる所まで行こうと早歩きで進むと、やっと鉄格子が見えてきた。

気が付くと周りには誰もいない。
顔を見合わせるわたしと息子。

どちらからともなく元来た方へ歩き出す。
だんだん小走りになり、最後の方は親子で駆けっこになる。
ちょっと必死な顔をして、鼻の穴はふくらみ目には恐怖の色が宿っていたかも。

いや、正直ちょっと怖かったっす。

内部の写真を撮るなんてとんでもありません。
背中がザワザワするっていうか、寒気がするっていうか。

あ、言っておきますが、わたし霊感とか全然ないの。
とにかく外に出た時、ホッとしてトイレに行きたくなったわたし。

この後ふぐり玉蔵さんお勧めの「虫歌の湯」でいろんなものを落としてきました。  

             虫歌の湯

あー、面白かった。

つづく



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No title

マキおかんさん、こんにちは。

読んでいて二年前を思い出しますた。

あの鉄格子の付近は確かに長居はできませんね。
走ってきて正解でしょう。
でも親子駆けっこ楽しそうです(笑)。

「虫歌の湯」いいところですよね。
露天風呂最高ですたね。気持ち良かったなあ~。

Re: No title

マティックスさん、こんにちは。

やっぱり行かれてましたか。
それも2年前に。
そして走ってきて正解だったんですね。
あー、良かった。

長野は面白いところがたくさんありますね。
また不思議探検したいと思います。

かけっこ

おはよーございます。

長野の不思議を満喫してきたんですねー
松代大本営跡のガイドさん、、在日の方でしょうか。。
旅行のウキウキ気分台無しになっちゃいますよね。
やなかんじ

鉄格子のとこには何がいたんだろー
ひゃー
でも親子で我先にと走ってる姿が目に浮かんでおもしろかったです。

Re: かけっこ

幸さん、こんばんわ
長野は素敵な所が多いですね。
今度はどこに行こうか検討中です。
この頃、今まで気が付かなかったこの国の歪みや矛盾が目に付いてしまいます。
そういうことだったのか、って感じで。

鉄格子の先は遠くまで岩に囲まれた地下坑道が続いていたんだけど、何か視線のようなものを感じました。
あー、鈍感でよかった。
そういえば玉蔵さんも「あそこはあんまりいい感じがしない」と言っていたなぁ。
君子危うきに近寄らず、ですね。
(とか言って近づいちゃったけど(笑))
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気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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