「ブーフーウー」を思う

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

わたしの一番古いテレビの記憶は「ブーフーウー」。
楽しみだったなあ。

あの、ネジを回して場面が変わってお人形が動き出すところ。
不思議で、子供心に「いったいどうなっているんだろう。」と思っていた。

今にして思えば、すごく愛嬌のあるオオカミとのやりとりも楽しかった。

「いつかもう一度見れたらな、でも絶対無理だよね。」なんて思っていたら、あらすごい。
ネットでは昔の映像が見れちゃうんですよね。



検索して出てきた「ブーフーウー」は懐かしくてたまらなかったけれど、あれ?
なんか思ったほど感激しない。
想像していたより、色褪せて見えるのはなぜ?

初恋のヒトから30年振りで連絡があって、「いやーん、不倫になっちゃたらどうしよう。」なんてドキドキして会ってみたら、覇気のない趣味の悪いおじさんになっていたカレに宗教の勧誘をされ「会わなきゃよかった・・。これならうちのダンナの方がなんぼかマシ。今日の夕飯何にしようかな。で、ここの支払いは割り勘?」なんて想像と現実のギャップの激しさに打ちひしがれたり。

そんな感じ?

「ブーフーウー」は1960(昭和35)年から1967(昭和42)年までの約6年半もの間、NHKの人気こども教育番組『おかあさんといっしょで15分間の「人形劇のコーナー」として、放送されました。
ぬいぐるみ人形劇の元祖ですね。
わたしは3歳くらいから9歳くらいまでお世話になったと思われる。
うちは父が新し物好きだったので、比較的早くからテレビっ子(今は死語)になっていました。

「皆さん!こんにちは!ブーフーウーの時間です。さあ~番組を始めましょう!」と「さとみさん」が、まずは一言。
そして、かばんの中から「ブー」と「フー」と「ウー」の3匹の子豚の人形を取り出して、3匹子豚の小さなお家の前にセッティングし、「じゃあ、ネジを回して…」と、いきなり壁にあるゼンマイのネジの様なハンドルを「さとみさん」が回し、「ペロちゃん」がネジの上にあるボタンを押すと、「ブー」、「フー」、「ウー」の3匹の子豚に生命が吹き込まれます。
「さとみさん、ペロちゃん、こんにちは~!」と、着ぐるみの人形に変わり、動き出して『ブーフーウー』の楽しい世界の物語が始まりました。
着ぐるみと小さな人形の使い方が絶妙で、本当に小さな人形の世界に入り込んだ気ががしたものです。

調べてみると、声優さんはすっごいメンバー。
ブツブツ屋の「ブー」(声・「ドラえもん」の「大山のぶ代」)、次男でフ~フ~フ~のくたびれ屋の「フー」(声・「パーマン」の「三輪かつえ」)、末っ子でウ~ウ~ウ~の頑張り屋の「ウー」(声・『徹子の部屋』の「黒柳徹子」)って・・。
テレビ創成期のゴージャスさよ。

で、3匹とからむ乱暴な「おおかみさん」(声・「永山一夫」)の着ぐるみ人形の中に入って熱演していたは、今は亡き、名俳優の「高橋悦史」さんだったそうです。
知らなかった!
下積み時代、そんなことなさっていたんですね。

「ブーフーウー」でおおかみさんの声を担当していた”永山一夫”さんは、北朝鮮へ向けて新潟港から帰って行き、亡くなられたそうです。
知らなかった・・。
現実世界の厳しさよ。

「おおかみさん」が登場する時に流れる歌の題名は「おおかみさん悲哀の歌」。
「誰も俺の事を解かっちゃくれない~…」みたいな歌を歌いながら、のたうちまわりながら「おおかみさん」が登場して来るのが面白かったけど、今そういう情報を知ってから見ると、また違った悲哀が感じられる。

大人になって、世間のあれやこれやを知ってから、過去を振り返るのもしみじみと味わい深いものだけど、何も知らずに、懐かしい飴玉を口で転がすように記憶をさぐりながら、時々そっと味わうのもよかったのかも知れない、と遠くを見てしまうわたしなのでした。
いや、老眼のせいなんですけどね。


つづく

スポンサーサイト

comment

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR