母が冥途に行きかけた(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

脱水症状で入院した途端、オムツをはかされ拘束具を付けられ、ただ昏々と眠り続ける母の姿を見て、「とにかくできるだけ早く退院させなければ」と、強く心に決めたわたし。

入院して3日目、まだ母は眠り続けている。
声をかけてもうっすらと目を開けようとするが、また深い淵に引きずられるように眠ってしまう。
不安になり足に刺激を与えると、痛がるそぶりを見せたので少し安心する。
ふんどし息子が足をマッサージしてあげると、やっと表情が変化した。
こんな状態でも薬を使っていないと言うのだろうか?

「これはできるだけ早く主治医に話をしなければ」と思い、ベッドの上の主治医の名前が書いてあるはずのプレートを見る。
・・ない。
どこの病院にもある担当医のプレートが白紙のままだ。
「入院して3日も経つのに」と訝しく思い、周囲のお年寄りのプレートを見ても、誰一人主治医の名前が書かれていない。
何故だ?

看護師に「主治医の先生とお話ししたいんですが」と言うと「先生は土、日はいらっしゃいません。」という返事。
できるだけ早くお話させて頂きたい旨、伝えておく。

入院4日目、夕方5時に主治医と話ができると連絡が入る。
昼頃行ってみると、やっと母は意識を取り戻し、会話ができる状態になっていた。
ただ入院前と違い、目に力がない。
話をしていても、入院直後からの記憶がぼんやりしている。
そして未だにオムツをはかされたままだ。

食事が運ばれてきた。
何だ?これは。

お粥とデザートのゼリー以外は正体不明だ。
緑のゲル状の物や得体のしれない糊状の物体が、プラスチックのプレートにのっている。

看護師が「あまり食欲がないみたいなんですよ」と言うが、そりゃそうだろう。
見た目だけでなく、食べ物の匂いすらしない。
「じゃあ、あなたが食べてみてください」と言いたくなるような代物だ。

「これは消化力がない母だけのメニューなのか?」と思い、周囲を見回すと、ほかのお年寄りもお粥がご飯に変わっているだけで、同じものを不味そうにつついている。
病院食に期待なんかする人はいないだろうが、それにしてもあまりに酷い。
食べ物を食べさせて元氣にしようという意思は、一切感じられない。
というより、元氣にさせないための嫌がらせか?と、勘繰りたくなる。

でも、仕方がない。
食べ物を口から食べられないと、退院はおぼつかないだろう。

看護師に「この緑のものは何なんですか?」と尋ねると「分かりません」という返事。
分からないものを食べさせているんだ・・。
「栄養士に聞いて来ますね」という言葉もなく、そのままになった。

まあ、患者が何を食べるのかなんて興味も関心もないのだろう。
(ちなみに夕食時に行ったら、また同じもの(緑のゲル状料理)が出ていた。母に言わせると、毎食近く出ていたとか。どうやらここの得意料理(?)らしい。そしてしょっちゅう出ているメニューなのに、看護師はそれが何か知らない。)

「とにかく食べさせなければ」とスプーンを口に運んだが、母は「不味いから食べたくない」と言って横を向いた。
うん、見るからに不味そうだし、得体の知れない物を無理に食べさせられるのは、拷問や苦行に近いよね。
わたしだって味見すらしたくない不気味なものなんだから。
「とにかく食べないと退院できないよ」と言い含め、何とか少しだけ食べさせた。

母に「主治医の先生はどんな人?」と尋ねると「今まで一度も来ていないし、会っていない」という驚きの返事が。

一体どういうこと?
単純に母は眠っていたから知らないだけなのか?
そうだとしても、入院して4日も経つのだから、本人の意識状態を見るためにも患者が起きているときに来て、話くらいはするだろう。

一旦実家に行き、蜂蜜、調味料を持ち込み、娘の作ってくれたうどんを母に食べさせると「美味しい」と言って、完食した。
植物が水を吸うように、見る間に元氣になっていく母。
やはり人間、食べ物を食べないとダメなのだ。

この病院は救急指定もされている社会的に認知された立派な病院だ。
案内には「横浜市の民間病院の中でも1・2を争う急性期病院です。救急車を断らないことをモットーに、救急を要する患者さまの診療を24時間体制で行っています。」「安心と思いやりの医療」「良質で信頼される医療」との謳い文句が書いていある。
だが、現実とのこのギャップは何だろう。

この後、根性と氣力で立ち直った母の口から聞いたこの病院の現実の姿は、さらに驚くべきものだった。

つづく
スポンサーサイト

母が冥途に行きかけた(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

脱水症状で入院した母に、拘束具を付けるって、どういうこと?
わたしのイメージだと拘束具って、せん妄症状で徘徊してしまうとか、暴力を振るってしまうような人にするものだと思っていた。

母はボケ症状もなく、身の回りのことはすべて自分でやっていたし、孫や娘の分まで料理を作り、振舞うような日常生活を送っていた。
その母に何故拘束具?

翌朝、病室に入ると、オムツをはかされ、点滴されている腕は手袋状の抑制具を装着され、ベッドに固定された母の姿が目に飛び込んできた。
あまりの変わりように我が目を疑う。

「お母さん、具合はどう?」と話しかけても、うっすら目を開けるだけで何の反応もない。

母は神経質で、いつもは横になっていても誰かが部屋に入っただけですぐ起きてしまう。
その母が、頬を触っても体を揺すっても、ぼんやりと薄目を開けるだけですぐまた眠ってしまう。

看護師の方にお話を伺うと、夜騒いだため身体拘束をしたとのこと。
薬の使用について聞いてみると「薬は使っていない」と言う。

そんな筈はないだろう。
いくら衰弱して体が疲れていようが、普通に眠っているのとは明らかに違う。

後から、看護師が言っていた「夜騒いだ」というのは、「トイレに行きたい」と言った母が「オムツでしろ」と言われ、「冗談じゃない」と怒ったことを指していたと分かった。

だが、騒ぐのは当たり前だ。
多少ふらつくとはいえ、何不自由なく日常生活を行っていた人間が、突然「オムツの中で用を足せ」と言われれば「ふざけるな」と言うに決まっている。
ましてやプライドの高い母のこと、言いたいことを言ってしまったがために、拘束具を付けられ薬を飲まされてしまったに違いない。

翌日も病院に行くと、母は昨日と同じように、話しかけようが体を触ろうが、ただひたすら眠っている。
一昨年、旅先で脳挫傷を患った時と同じ表情だ。

あの時は転倒して脳を強打したという納得できる理由があった。
だが、今回はわけが違う。
つい一昨日まで、ここに来るまで、身の回りに氣を遣い、理路整然と理屈を言い、見事に一人暮らしをしていた母だったのに。

ここに入院させていてはダメだ。
このままでは本当のボケ老人になってしまう。

言い方は悪いが、ここは老人栽培施設だ。
この病院はまるで生産農家のように、植物が窒素やカリウム・リンなどをはじめ色々な栄養を液肥で注入するかのごとく、老人を点滴につなぎ、効率的に収穫できるよう、命を長らえさせている。
老人たちは水耕栽培されているカイワレ大根のように、ただひたすらお金を生み出している。

老人たちは、皆一様にボンヤリと空を見つめている。
テレビを見るわけでもなく、おしゃべりするわけでもなく、笑い合うわけでもなく。
その表情からは意思を感じ取ることができない。

いや、植物に意思があっては困るのだ。

医療施設の抱える現実。
人手不足や医療裁判や理不尽な患者やその家族。
そういった現代社会が抱える底知れない闇が、この狭い病室にも深い影を落としていた。

つづく

母が冥途に行きかけた(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ここのところ、病院に行かなくなって久しい。
以前は行っていた定期検診も止めたし、降圧剤も自己責任で飲むのを止めたから、薬をもらいに行く必要もなくなった。

人間いつかは必ずあの世へ行くのだから、それでいいと心に決めている。
そんなわたしの決意が正しいと思える出来事があった。

わたしは毎週金曜日、横浜の実家に行っている。
87歳になった母の様子を見るためでもあるし、実家の2階のアパートに住む娘や孫の顔を見るためでもある。

4月に入った月曜日、母に電話をすると「風邪をひいたようで食欲がない」と言う。
すぐ娘に電話をして「お粥を持って行ってあげて欲しい」と伝えた。
娘が様子を見に行くと「大丈夫。お粥もいらない。」と言っていたとのこと。
心配になって、その後も何回か電話をしていたが、徐々に声に元氣がなくなっていく。
その週の金曜日に、ホームドクターのところで9時に血液検査の予約をしてあるというので、早目に行ってお話を伺うことにした。

いつもより早く家を出て医院に行くと、すでに来ているはずの母の姿がない。
受付に聞くと、朝、診察をするとすぐに点滴をするようドクターに指示され、処置室にいると言う。
しばらく待合室で待っていると「もう一本点滴を打つから、しばらく時間がかかります」と言われる。

やっと昼前に処置室から出てきた母を見て、唖然とした。
頬がげっそりとこけ、体は二回りも小さくなっている。

たった1週間で、人間こんなに痩せちゃうものなのか?

ホームドクターの先生からお話を聞くために、母と一緒に診察室に入る。
母は足元がおぼつかず、呂律が回らなくなっている。

想像をはるかに超えた衰弱っぷり。
・・これは入院と言われるな。

案の定、ドクターは「脱水症状が酷いので、午後から入院しましょう。」と仰った。
「わかりました。で、どこの病院でしょうか?」
「K病院です。」

K病院!?
K病院と言えば、この辺りでは「あそこに行けば死んでしまう」ということで有名。

「あのー、あそこ以外で入院できるところはないんでしょうか?K病院はあまりいい噂をきかないんですが。」
「大丈夫ですよ。あそこは救急指定もされていますし、今は設備もいいんです。ともかく急な入院なので、K病院以外は引き受け先がありません。」

そこまで言われたら抗う手立ては、ない。
まあ、衰弱しているだけで手術をするワケではないし、回復するまでの数日だったら大丈夫だろう。

まさかこんな状況になっているとは知らず、娘や孫とお花見の約束をしてお弁当まで用意して来ていたので、実家に一旦帰り、入院の支度をして、姉に母をK病院に連れて行ってもらうことにした。

夕方、K病院に顔を出すと、母はベッドに横になってはいたが、点滴のお陰かだいぶ元氣になっていて、普通に会話もできたので、ホッと胸を撫で下ろした。
確かにK病院は以前よりすっかりきれいに大きくなっていて、近代的な設備も整っているようだ。

その夜、姪から電話が入った。
「病院にお見舞いに行ったら『おばあさんに拘束具を付ける可能性があるので、この書類にサインをお願いします』と言われてサインしちゃったけど、大丈夫かな」

拘束具!?


つづく

ビジネス運をあげる神社巡りに行ってきた

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

最近、エスパー・小林という霊能者の本を数冊読む機会があった。
エスパー○○というとエスパー伊東(今年引退したらしいですが)を思い浮かべる向きも多いと思うが、さにあらず。
その世界では有名な方で、除霊・予知・特異気功等を得意としているらしい。

で、その本の中に書いてあった「ビジネスに効くパワースポット」に心惹かれたわたし。
何しろわたしもふんどし息子も自営業者。

溺れる者は藁をも掴む。
ふんどし息子が「母の日にどこか行きたいところ、ない?」と聞いてきたので「あるっ!」と、元氣よく答えたのだった。

母の日の13日、早速新宿に向かう。
先ずは腹ごしらえから。
久し振りに新宿駅から徒歩10分ほどの「甲斐の国」に到着。

ここのオーナーは山梨市牧丘町にあるマキオカネイチャークラブと同じ集落の出身。
若いのに料理の腕は抜群で、ウニの明太子のクリームパスタ、ブイヤベースパスタを戴き、デザートは手作りの信玄プリンを堪能しました。

IMG_2682_convert_20170516125032.jpg

                      IMG_2680_convert_20170516125013.jpg

いやー、美味しかった!
もちろんふんどし息子のおごりだから美味しく感じられたわけじゃないですよ。
お値段もリーズナブルだし、ホント、おススメです!
(もし行かれる場合は事前にお問い合わせください。10月まではランチ営業のみとのことです)

その後、ふんどし息子の提案で、レンタサイクルを使う。
これがとってもよかった。

「複数あるサイクルポートの“どこでも”借りて返せる便利な自転車の共同利用(シェア)」というもので、最初の30分は150円、それ以降は100円で電動自転車を借りることができるなんて、すっごくお得で便利。

「甲斐の国」の近くにもサイクルポート(要は無人の貸し出し所ですな)があったので、そこで借りる。

まずはエスパー・小林イチオシの淀橋市場内にあるという市場稲荷神社へ。
電動自転車なので、ものの15分ほどで到着。

淀橋市場は、青果物供給拠点として大きな拠点であり、まるで工場。
その市場の正門から入って、すぐ右の奥に位置する市場稲荷神社は、小さいながらも手入れが行き届き、しっかりと地に足が付いた感じの神社だった。
小林氏によれば「低迷期には最適」とのこと。

                     IMG_2683_convert_20170516125109.jpg

お参りを済ませ、次に向かったのは成子天神社(なるこてんじんじゃ)。
境内に高層の分譲マンション・賃貸マンションが建ち、神社施設を囲んでいる。
現代風ではあるが、神社の趣をそこなうことなく、氣持ちのよい空間になっている。

               IMG_2687_convert_20170516125138.jpg

驚いたのは神社境内にある富士塚。
高さは約12メートルで大正9年(1920年)に作られたもので、新宿区内では最大規模らしい。

IMG_2688_convert_20170516125203.jpg

鉄の扉が開いていたので、山頂まで登ってみる。
新宿にこんな場所があったとは。

IMG_2689_convert_20170516125229.jpg

意外にもご神氣に溢れている(ような氣がする)。
(今調べていたら、普段は非公開で正月7日間のみ参拝・登攀できると書いてありました。一応行かれる方は確認してから行ってくださいね)

とはいえボヤボヤしていられない。
いかにレンタサイクル代が安いと言えど、できるだけ安く済ませたいのがケチなおばさんの業。

次は歌舞伎町の稲荷鬼王神社へと自転車を走らせる。

それにしても、都内をレンタサイクルで走るのは本当に快適。
坂があってもアシストしてくれてとっても楽ちん。
渋滞も関係ないし、脇道を通ることもでき、駐車場の心配をすることもない。

15分ほどで着いた稲荷鬼王神社は全国唯一の鬼の福授けの社として信仰を集めているとのこと。

                     IMG_2690_convert_20170516125305.jpg

「大久保村の氏神であった稲荷神と、熊野から勧請されていた鬼王権現を合祀し、稲荷鬼王神社となった。熊野の鬼王権現は現存していないため、『鬼王』の名を持つ日本唯一の神社となっている」んだそう。

『鬼王』をお守りする狛犬の口が嘴のようで可愛らしい。
                           IMG_2691_convert_20170516125322.jpg

恵比須様にもお参りして西向天神社へ向かう。

20分ほど幹線道路沿いを走り、脇道にそれると、意外なほど閑静な住宅街だ。
富士塚の前に公園があり、子どもの歓声が聞こえる。
そこが西向天神社の境内だった。

社殿が西を向いているため西向天神と呼ばれたというが、きっと子ども好きの神様がおわすのだろう。
大木もしっかり手入れされ、和やかな雰囲氣だ。
                 IMG_2694_convert_20170516125349.jpg

ここにいると「東京の暮らしもそう悪くないかも」と思えてくる。

レンタサイクルを返却するのに、ちょうどキリのいい時間まであと20分。
さあ、新宿駅方面に戻ろう。

都合のいいことに、駅近くの花園神社のそばに、レンタサイクルを返却できるサイクルポートがある。
ふんどし息子が颯爽と自転車を走らせる後ろを、負けてはならじと必死に走るおばさんライダー。

新宿ゴールデン街の近くにあったサイクルポートに自転車を返却する。
450円でいろいろなところに連れて行ってくれた自転車たち、ありがとう!

次の目的地、花園神社はすぐ間近にあった。
「花園神社」は、古来より新宿の総鎮守として新宿の発展を見守ってきた神社。
だから新宿で商売をしている会社からの信仰がとても篤いらしい。

朱塗りの鮮やかな社殿は善男善女で賑わっている。
参道にはたくさんの古物商らしき人がお店を広げているので、冷やかしながら歩くのも楽しい。

                               IMG_2697_convert_20170516125419.jpg

そこから最終目的地である伊勢丹の屋上にあるという朝日稲荷まで歩く。
ここはエスパー・小林イチオシの「金運が上がるパワースポット」(!)なんだとか。

お上りさんのわたし達。
迷いながら、やっとのことで伊勢丹に着き、エレベーターで屋上へ。

芝生が広がり木々が植樹され、意外なほど氣持ちがいい。

                    IMG_2701_convert_20170516125502.jpg

片隅に朝日稲荷神社が鎮座されていた。
氣品のある社は風格が漂う。
                           IMG_2700_convert_20170516125537.jpg

無事お参りを済ませると、達成感がハンパない。

さあ、最後の総仕上げ。
今日はこの流れでふんどし息子のお財布を買うことになっている。

エスパー・小林によると以下の条件がいいんだとか。
★二つ折りより長財布
★色は黒か茶
★できたらチャック付き

運のいいことに、催事場で紳士物のバーゲンをやっている。
まるで神様が「ここで買うんやで」(何故か関西弁)と仰ってくださっているかのよう。
奮発して条件にぴったり合ったブランド物を購入。

そして財布を購入したらすぐお札を20枚ほど入れておくんだそう。
財布に「この状態が普通なんだよ」と記憶させるわけですな。

さあ、完璧だっ!!
これで我々には金運がばっちりついたハズ。

何しろふんどし息子の財布具合がわたしの老後の鍵になる。
これで我が老後は安泰だ。

「なにやってんの?」と笑わば笑え。
人間、素直が一番。
そして面白いのが一番。

あー、楽しかった!

つづく

マキオカの連休

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ご無沙汰しております。
皆様、連休はどのように過ごされたでしょうか?

わたしは素敵な殿方とデート、なんてことはあるワケもなく、ずっとマキオカでメンテナンスと草むしりに時間を費やしておりました。
とほほ。

とはいえ、お天氣に恵まれ、いらしてくださったお客様の笑い声と歓声に包まれる日々。
まったくもってありがたいお仕事を戴いたと感謝しております。

                      IMG_2663_convert_20170510114705.jpg


それはそうと。

このブログでも時々取り上げている、わたしの崇敬する大嶽山那賀都神社のHPが新しくなりました。
とっても分かりやすく、素敵なHPです。

実はネットで大嶽山那賀都神社のことを検索していたら「HPから想像すると、あまり大したことない神社」と書いてあるサイトがあり、むっとしたわたしが宮司の日原先生に新しいHPを作るよう進言した、という経緯があります。
今、検索して出てくる大嶽山那賀都神社のHPは、信者さんの会社の方がご好意で作って下さったもので、アドレスもその会社のものとのこと。

そんなワケで「せっかく新しくなったこのHPをなんとしても検索の上位にせねばっ。」という謎の使命感に突き動かされているわたし。
是非ぽちっと一回、いや、何度でもご協力をお願いしますっ!!

大嶽山那賀都神社

それはともかく。

この連休でうれしかったことの一つに、去年新しくした入口の看板の下に植えた芝桜が見事に咲いていたことがある。

                         IMG_2664_convert_20170510114403.jpg

IMG_2658_convert_20170510115200.jpg

おお、鮮やかなピンクの芝桜が、青空に映えますな。

これは親戚の家にあった芝桜をもらってきて植えたもの。
(我ながら「もらってきた」というところがいじましい)
来年に向け、せっせと大量の芝桜をいろいろなところに植えまくりました。(タダだし)

来年のマキオカ、期待できますぞ。

そしてさらにもう一つ。
もう設置して20年近くなり、ボロボロになったバスケットゴール。
バスケットボードもひびが入りネットも朽ち果てていたので、処分を考えながらも、時々中高校生が遊んでいるのを見て「うーむ、どうしたものか。」と思っていた。

先日のマキオカサポートメンバーズクラブに参加してくれた兄夫婦が、見かねて今回ネットを持ってきて取り付けてくれました!
(とはいえボードのひび割れは直っていませんが。)

IMG_2673_convert_20170510114547.jpg

                     IMG_2674_convert_20170510114603.jpg



まあ、こんな感じで周囲の方の愛とアワレミのおかげで年年歳歳進歩しているマキオカネイチャークラブ。

これからも何卒よろしくお願いいたします!

・・あ、おまけにもう一回ぽちっとお願いします。

大嶽山那賀都神社

つづく
プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR