神代文字の話(4)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今までのわたしの文章を読みながら「まったくこれだから思い込みの強いおばさんは。『皮膚に神代文字を書いただけで不調の症状が消える』なんてこと、あるワケないだろ。バカがっ!」と、せせら笑ったあなた。

先ずは以下の文章をお読みください。

古代文字は存在した①

『日本の古代に文字があったとする状況証拠です。
写真は1991年にイタリア・オーストリア国境付近にあるアルプスの氷河から奇跡的な保存状態で発見されたミイラです。
約5000年前の人体だそうですが、身体の15箇所に刺青がなされており、現代の鍼灸師に見せたところ、胃腸や腰痛といったツボの位置であり、実際レントゲンを撮ってみたところこのアイスマンが腰痛持ちだったことが判明したのです。
この刺青は線で構成された単純な幾何学模様が書かれていたのです。
ところが今現在に千葉県の松戸市で気功療法と鍼灸院をされている片野貴夫さんがこの方法で治療を実施されているのです。
最初は気功や鍼や灸で治療されていたのですが、あるひらめきから古代文字をツボに書くことによって鍼をうつ以上の効果が見られたのです。
研究と実践から古代文字でも治療効果のレベルに雲泥の差がでることも分かってきました。
また、別の古代研究者によると古代の日本人は渡航技術も優れていて、渡航するときには文字を身体に刺青して出ていたとする研究者もいるのです。
古代文字は単に意味を伝える道具だけではなかったと考えるほうが自然なようです。』

片野先生は時々このミイラ(アイスマンと呼ばれているらしい)のことを例に出し、「古代人は文字にエネルギーが集まることを知っていて、それを健康法に役立てていた」「手術などが簡単にできなかった時代、神代文字を使うのが古代日本人の健康法だった」と仰る。

最先端科学の量子物理学が発見した「物質の最小単位は波動(エネルギー)である」という考え方。
実は古代人がすでに看破している。

天津(あまつ)祝詞の初めの部分 「極微実相元源仕界」(ごくびじっそうげんげんしかい)とは、極めて小さいものがすべての実態であり、世界の始まりから病気の原因までがその極微の物質(今でいうソマチッドですな)の仕事である、と。

この世に存在するもの、見えるものすべてには、すべて固有の振動数を発している。
文字も書けば形あるものになるし、言葉も振動するから聞こえる。
古代の人は、この文字や祝詞を使って体を治癒(言霊治癒)していたのではないか。

片野先生は、長年、氣功、氣功治療、太極拳を実践・指導してきた中で、「神代文字は病氣の予防や治療に使えるのだ」ということを確信し、それ以降、神代文字治療の道が始まったらしい。
そして「あわ歌、ひふみ祝詞を唱えながら、頭の中に古代文字を浮かべると不調が解消する」と確信した。

神代文字も神聖幾何学などのシンボルと一緒で、描くとそこにエネルギーが集まるという考え方で、文字を氣功と組み合わせて治療していく片野先生の施術方法は、口で説明してもなかなか伝わるものではないかもしれない。 

                         IMG_2508_convert_20170326144215.jpg


荒唐無稽に思われるこんな治療を編み出した片野先生。
一言でいうと、天才ですな。
いや、マジで。

天才は人に理解されにくい。
頭で考えたいうよりは、閃きと直観でこの治療法を編み出し、さらに進化を続けているようだ。

「文字と言葉と形と数で身体は健康になります。」と言い切る片野先生。
一見「アクの強いおっちゃん」の風貌(失礼)の片野先生だが、知識の深さ、おしみなく与える姿勢、率直さに脱帽する。

そして神代文字の不思議を探求すべく、わたしもふんどし息子と共に、今年から片野先生の教室に通い始めた。

それはそうと。

縄文直系・宇宙エネルギーの叡智である 古代文字。
是非あやかりたいと龍体文字のフトマニ図を、我がふんどし息子の鍼灸治療院の玄関に額装して飾りました。

IMG_2002_convert_20170329091345.jpg


                           IMG_2004_convert_20170323141132.jpg


おお、かっこいい!(自画自賛)
きっとその宇宙エネルギーで、いらっしゃるお客様をよくしてくれるに違いない。

そのうちふんどし息子の治療院でも、「おまじない」として神代文字の治療を取り入れたいらしいので、乞うご期待。
 
みち鍼灸治療院


つづく
スポンサーサイト

神代文字の話(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

筋金入りのふんどし息子の冷え性の症状が消えた。
「皮膚に神代文字を書いただけで不調の症状が消える」という驚愕の事実。

いやいや、あの時たまたまふんどし息子の手足が温かくなっただけかも知れず、プラシーボ効果の可能性も否定できない。
どちらにしても、以前の「そんなこと、あるワケがないっ!」という全否定の氣持ちはなくなった。

オモシロ好きでは人後に落ちぬわたし。
俄然、神代文字に興味がわいてきた。

そんな時、東京で片野先生の勉強会があるということを知り、「実際にわたしも体験してみたい!」と、ふんどし息子を誘って参加してみた。

生の片野先生は、中小企業の社長、もしくは商店街の会長といった感じの、小柄でパワフルなおっちゃん、といった雰囲氣。
お話も面白く、あっという間に時間が過ぎていく。

体の不調を訴える人にはセルフォ(片野先生が考案したオーリングテストを自分一人でできる道具)で、書く場所、文字の種類、向きを決め、マジックで神代文字を書いて下さる。

すると、あーら不思議。
書く前と後に不調の状態を確認するのだが、「痛みがなくなりました。」という人が続出。

とはいっても、これは集団心理かも知れぬ、と常識人(?)のわたしは思う。

参加者の見守る中、「痛み、ちっとも治りません。」とは言えぬもの。
興奮したり、緊張したりして痛みを感じなくなるってこともあるんじゃないか?

しかも、あの施術前と施術後の確認のために患部を掴む、あの掴み方。
・・・アヤシイ。
施術後は痛くないよう、力を抜いているんじゃないの?

疑いの氣持ちを捨てきれず、手品の仕掛けを探るかのように、ジッと凝視するわたし。

そりゃ、そうですよ。
いかにトンデモ好きで不思議なことに免疫があるわたしと言えど、今回のトンデモは超ド級。
なんてったって「皮膚に神代文字を書いただけで不調の症状が消える」というのだから。

こうなったらあれを試すしかない。

実は、この時わたしは2週間ほど前から膀胱炎の症状に悩まされていた。
経験のある方はお分かりになると思うが、あの渋いような、チクチクするような不快な痛み。

泌尿器科に行くのは、精神的にもハードルが高い。
水分をたくさん取ればよくなるんじゃないか、もう少ししたらよくなるんじゃないか、と様子を見ていた。
自然に治ってしまうこともあるのだが、今回はなかなか症状が消えなかったので、近いうちに病院に行かなければ、と観念していたところだった。

勉強会の最中も、やっぱり下腹部がチクチクと痛い。

もし、この症状がなくなったらスゴイよね。
だってこの痛みはプラシーボ効果くらいで消えるものではないし、「時々痛む」というよりは「しょっちゅう痛む」感じなんだから。

思い切って「あのー、下腹部が痛むんですが。」と、申し出てみた。

片野先生は氣さくに「はい、じゃ、こっちに来て。」と仰った。
「これは腰だね。ヲシテ文字の「く」だ。はい、向きはこっち。」
テキパキとセルフォを使ってわたしの腰の辺りにマジックで文字を書いていく。

その間、ほんの3分ほど。

これでホントに治ったりして。
もしそうだったらありがたいなぁ。
あの大嫌いな泌尿器科に行かなくて済む。

なんちゃって。
まさかね。

そうこうしているうちに勉強会は終わり、先生はお帰りになられた。
残った有志で懇親会に向かう道すがら、氣がついた。

あれ?
お腹が痛くない?

いや、でも、そんな。
ホントに?

下腹部に意識を向け、自問してみる。
痛くない・・。

いやいや、ちょっと様子を見よう。
また痛みがやって来るかも。

懇親会が終わり、帰路に就く。

あれ?
そういえば、痛みはどうなった?

ない。
全然、ない。

あれほど続いた痛みが、不思議なことに全くなくなっている。

この時点で、わたしの中に残っていた「皮膚に神代文字を書いただけで不調の症状が消えるなんてことが、あるワケがない」という世間的な常識は完全に崩れ去った。

結局、あれ以来、膀胱炎の痛みは全く出てきていない。
ありがたし!

恐るべし、神代文字のチカラ。
凄いぞ!片野貴夫先生!!


※これはふんどし息子がお腹の調子が悪かった時に書いて頂いた龍体文字です。
冷えていると、体がかばおうとして毛が生えるんだそう。
・・・あ、見方によってはイヤラシイ写真に見えますな。
おへその上なので、誤解なきよう。

わたしのも載せようと思ったけど、腹肉が酷く不採用。

                  IMG_1996_convert_20170323141029.jpg


                         

つづく

神代文字の話(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

わたしと神代文字の初めての出会いは「アワの歌」でした。
2年前、何の氣なしに参加した勉強会で、わたしはちょっとしたカルチャーショックを受けた。

「アワのうた」勉強会に行ってきた。

丸や四角、三角などのヲシテ文字で書かれたフトマニ図と言われるものを見て「こんなけったいなもん、覚えられるワケないがな。」(何故か関西弁)と思ったものだった。

                     IMG_2509_convert_20170321220830.jpg


が、慣れというのは恐ろしいもの。
「けったいなもん」と思っていたヲシテ文字も、今や「けっこう覚えやすい神代文字」になった。

もう一つの神代文字との出会いは、以前ふんどし息子がアマゾンで買った片野貴夫さんの書かれた「ぜんぶ人体で確かめた[神代文字]言霊治療のしくみ」という本だった。

トンデモ満載の内容に、パラパラっと斜め読みし、本棚に放置しておいた。

それから2年後、近所のカルチャーセンターで片野先生のお名前を見つけ「行ってみる」と言い出したふんどし息子。
楽しそうに通い始め、「神代文字で治療師になる」という本まで買い込んできた。

IMG_2510_convert_20170321220850.jpg


読んでみると『神代文字最高エネルギー「ホメミ文字」のほか「カタカムナ文字」「龍体文字」「ホツマ文字」「フトマニ」を使った治癒体系の全貌!』『皮膚にホツマ文字や龍体文字を描くと、筋肉の痛みが瞬時に消え、不調が解消します』などと書いてあり、トンデモ度がさらにアップしていた。

血は争えぬ。
すっかりトンデモ好きになっているふんどし息子。

ある日、カルチャーセンターから帰宅したふんどし息子が「これ、見て。」と言い、お尻を出した。

やだよ、この子は。お尻なんか見せて。
ん?

息子のお尻には、巨大な菱形の中に黒々と大きく書かれた怪しい文字が。

「ど、どうしたの?それ。」と尋ねると「冷え性が酷いので、片野先生に相談したら、マジックで書いてくれた。」と言う。
一瞬ポカンとした後、大爆笑したわたし。

確かに、片野先生の本に『皮膚にホツマ文字や龍体文字を描くと、筋肉の痛みが瞬時に消え、不調が解消します』と書いてあった。
トンデモ好きでは人後に落ちないわたしだが、流石に皮膚に神代文字を書いただけで不調の症状が消えるとは信じられない。

ましてや息子の冷え性は筋金入り。
そんなことで治るワケがない。

ところが、ふんどし息子が「手を触ってみて。」と言う。
触れてみると、あーら不思議、今までにないくらい温かい。

うそ。
な、なんで?
家を出る時、あんなに冷たかったのに。

半信半疑で足にも触ってみる。
指先が温かい・・・。

そんなバカな。

聞けば、片野先生がセルフォ(片野先生が考案したオーリングテストを自分一人でできる道具)で、書く場所、文字の種類、向きを決め、書いて下さったのだという。
文字をお尻に書かれて、しばらくしてから温かくなってきて、自分でも驚いたらしい。

恐るべし、神代文字。
ホントにそんな効果があったとは。

今まで疑いのマナザシ、というよりは半笑いのマナザシを向けてすみませんでしたっ。
わたしが悪うございましたっ!

お見それしました!!

つづく


神代文字の話(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

「米寿の母と「第二回冥途の土産旅行」に行ってきた」の追加情報です。
なんと3月14日の南海日日新聞にも、母の奄美の冥途の土産旅行が掲載されました。

今回はカラー写真で、しかもふんどし息子もしっかり写っています。
・・・わたし、息子の法螺貝を首からぶら下げてる変なおばさんになっていますが。

                           IMG_2506_convert_20170318205130.jpg


南海日日新聞は、奄美諸島の主要新聞。
こちらでいう朝日、読売のような新聞らしい。

お陰で、先日の奄美新聞に続き、母にいい冥途の土産ができました。(まだ当分先だと思いますが)

それはともかく。

皆さんは神代文字はご存知でしょうか?

「中国から漢字が伝えられるまで日本には文字がなかった」と、日本人の大多数はそう信じ込んでいる。
わたし達は義務教育の小・中学校はいうまでもなく、高等教育の場でも繰り返しそう教えられてきたから。

「実は日本には漢字以前に神代文字というものがあった」という話を初めて聞いた時は、わたしもたまげました。

その頃は、すでに「今わたし達が学校で教えられている漢字は、元の意味から大きく外れている」という、いわゆる陰謀論の洗礼は受けていた。

漢字の話

とはいっても、その頃は「基本、学校は間違ったことを教えないところ」と思い込んでいたわけで。
だから初めてこの話を聞いた時は、正直「それって、ホントに?」という疑いのマナザシを向けていた。

が、伊勢神宮をはじめ日本各地の神社に「神代文字」と呼ばれる古い文字で書かれたお守りや札や奉納文、神璽が伝わっていることや、全国各地に神代文字と思われている文字が刻まれている巨石が残っていることなど、いろいろ調べていくと、どう考えても「神代文字はある」という説に合理性を感じてしまう。

しかも神代文字否定派の論拠となるのが「昭和初期に神宮文庫の責任者であったエライ某博士がそう判断したから」とか「『古語拾遺』(齋部廣成)、『筥崎宮記』(大江匡房)で、日本には固有の文字が存在しない、と書かれているから」といった程度もの。

その程度の根拠で、大事な歴史の流れの定説を作っちゃっていいんですかね?
そしてそれを全国民に垂れ流し続けちゃっていいんですかね?

「神代文字否定論」を読んでいくとあまりに不自然で、「何か圧力でもあって、そう言い張っているだけなんじゃ?」とか「もしや自分の国に誇りを持たせないようにしているのか?」「いやいや、秘さねばならない理由があったのでは?」などと、ついついあらぬ陰謀を妄想してしまう。

近世の学会が、何故あれほどにかたくなにヒステリックに神代文字の存在を否定するのか。
そして何の異論も持たないように、全国民に信じ込ませようとするのか。
「その方が一部の人たちにとって都合がいいからなのか?」と勘繰りたくなる。


Wikiによると
『神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)とは、漢字伝来以前に古代日本で使用されたと紹介された多様な文字、文字様のものの総称である。江戸時代からその真贋について議論の対象となっており、偽作と主張されているものが多い。』
『鎌倉時代のころから朝廷の学者によって研究されたほか、江戸時代にも多くの学者に研究されたが、近代以降は、現存する神代文字は古代文字ではなく、漢字渡来以前の日本に固有の文字はなかったとする説が一般的である。』とある。

偽作と主張されているものが多い?
漢字渡来以前の日本に固有の文字はなかったとする説が一般的である?

申し訳ないけど、わたし、最近Wikiは読みはするけど、あんまり信じないことにしているの。
あれって、簡単に歴史や人物に対する見方を変えてしまえるから。
100の真実に1つのウソを入れても、一部の人以外、氣が付かない。

ある意味、オソロシイことだよね?

それはそうと。

神代文字というのは、現在わかっているだけでもホツマ文字、カタカムナ文字、ヲシテ文字、アヒル文字の他にも、伊予文字、節墨文字、豊国文字、アイヌ文字などの四十数種類の文字あるんだそう。

『ひらがなも、カタカナも、もともと神代文字があったからこそ生まれた文化なのだと考えた方が、明らかに歴史を合理的に説明できるのです。
そして日本に、漢字渡来以前に、すでに高度な文化文明が栄えていた事実も、これによって裏付けることができます。
神代文字は、縄文時代の土器や、弥生時代の石版や、銅鏡、銅矛にも、たくさん見出すことができます。
いまは、それらが「意味不明のただの模様」として扱われていますが、実は、それが神代文字である可能性が高いのです。』(ねずさんのひとりごと「神代文字の時代」)

『「神代文字」が後世の偽作であるとするためには、その作成の動機が何であったか説明できなくてはならない。今日のようにマス・メディアが存在しない時代に、人騒がせを目的として歴史を偽造しても意味がないはずである。第一、誰にも読めない書物など作っても何の効果もありはしない。』(「異端から学ぶ古代史」沢田洋太郎・著)

『まったく文字を使ったことも、読んだこともない人々が、ある日、漢字が入ってきたからといって、即座に漢字を読み書きでき、漢字をつかえるようなるのだろうか。いくら日本民族が遺伝子構造から見ても優秀な頭脳を持ち、文化の取り入れに長けた民族だとしても、それまで全く文字をしらない者がいきなり文字を使えるようになるはずはない。』(「神字日文考」吉田信啓・著)

ふむ、確かに日本は、世界に類を見ない、とてつもなく古い歴史を持った国。
漢字が伝わったのは、仏教伝来と同じく、西暦552年のことであったといわれているが、「上代の人々には文字がなく、人々は口伝で歴史を伝えた」という話は、むしろあまりに荒唐無稽で不自然なのではないか。

太古、日本の神々は外来の宗教と外来の文字を嫌われたので、神前への奉納文は神々の好まれる神代文字で書かれるのが憤例だったという。

伊勢神宮の神宮文庫に収められている奉納文 伊勢神宮に現存する奉納文は、これまで確認されたものだけで99点あり、神宮文庫に「かみのみたから」として大切に保管されてきたんだそう。

さらにいえば、古史古伝に使用されている神代文字で世界中の古代遺跡にある古代文字が読める、という話もある。

超古代ミステリー5:世界の謎の碑文は神代文字で読めるのだ!つまり日本語だった!

井口博士は言う。

『高橋良典氏の研究によって分かってきたことは、日本の古事記や日本書紀の神話の時期にあたる記述、そしてそれに対応するかのように、我が国に残されてきた数々の神代文字の年代が見事に符合するということである。
言い換えれば、古事記日本書紀の神話は神話ではなく実話だった、ということである。
古事記日本書紀以前のずっと昔の日本人(=クル族)の記憶は、神話という形で遺された。そして、そのそれぞれの神話の時代に対応する年代にそれぞれの「神代文字」が存在したのである。』

おおー、壮大なロマン溢れる話じゃないですかあ!!

わたしは夢想する。

かつて歴史の中で、わが国にも焚書坑儒のようなものがあったのではないか。
その嵐をかいくぐって、現代に細々と伝わってきたのが神代文字なのではないか。

そしてこの混沌とした現代にこそ、古代の霊力の宿る神代文字が必要とされているのではないか、と。


つづく


米寿の母と「第二回冥途の土産旅行」に行ってきた(7)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

修羅場な夜を過ごしたわたし達。
まさかこんなところで、米寿の母の振り切れた酔っ払いっぷりを見ることになろうとは。

それにしても、自分の親の思いもかけない姿を見ると、人間、ちょっと動揺する。

子どもの頃は「親の言うことは絶対!間違いなんて言うはずがない。」と思っていたのが、思春期になり「あれ?親の言っていることとやっていることが違うぞ?」と氣付く時が来る。
さらに年を重ねることによって「我が親にこんな一面があったとは。・・まあ、親だって人間なんだし。」と、悄然とする場面にぶち当たることになる。
もちろんわたしも経験してきたし、我が子達にも経験させてきた。

人間、こうして大人の階段を上っていくのね。
もう、老婆だけど。

それはともかく。

ご自宅にお帰りになる途中、鶴先生からホテルの部屋にお電話があった。
「月を見てごらんなさい。凄いわよ。」

ホテルのカーテンを引くと、そこには見事なオレンジ色の月が。
月の上の方が欠けていて、まるで龍の目のよう。
驚いて眺めていると、見る間に上から雲がかかり、龍は目を閉じた。

と思う間もなく、下から雲が切れ、今度は輝くような白い月が現れた。

おお、龍の目が明いた。

それは一瞬の出来事で、その後、月は厚い雲に覆われてしまったが。

ここは龍の里といわれる奄美の龍郷町。
もしかしたら母はここの龍に感応したのかも知れぬ。

そういえば奄美に来てから母の顔は龍顔になったような氣がする。
(そんなものがあればだが)

母が荒々しい金剛龍とするならば、たおやかで優雅な鶴先生は白龍か。

                    IMG_2463_convert_20170308121729.jpg

そう思えば今夜の母のかっ跳び振りは、龍の喜びの姿と思えなくもない。
「あー、楽しい。こんなに楽しいのは生まれて初めて。わたしって、こんなに明るい性格だったのね。明日から生まれ変わるわ。」と叫んだ母の姿を思い出し、妄想がどんどん膨らむわたし。

こうして冥途の土産旅行の最後の夜は更けていったのだった。

翌日も晴れ。
いよいよ奄美を去る日だ。

ホテルをチェックアウトし、お迎えに来てくれたOさんと、ご夫妻のご自宅に向かう。

途中、タンカン採りをさせて頂いたり、芭蕉の繊維を取る作業を体験させて頂いたりして、母は生まれて初めての体験に目を輝かせた。

IMG_2442_convert_20170308121436.jpg

                                 IMG_2458_convert_20170308121519.jpg


さらにご自宅では、母の大好きな長命草やタラの芽、マコモの天婦羅、蕎麦を作ってくださり、母は大喜びで舌鼓を打った。

                                  IMG_2464_convert_20170308121606.jpg


結局、鶴先生ご夫妻は丸々4日間、わたし達にお付き合いくださった。
ほんの僅かな縁でつながったわたし達のために。

実の娘さえできない細かな心遣いで歓待してくださり、ふんどし息子のことも甥に接するかのように可愛がってくださった。

付きっきりで今井権現に登ってくださり、その上、車も出したり、地元の方しか知らないお店に案内してくださったり、ご自宅にまでご招待して心づくしのおもてなしをしてくださったりと、お二人を見ていると「世の中って、損得抜きにこんなご親切にしてくださる方がいらっしゃるのか」と、感動する。

また、そういう方とご縁を持てた我が身の幸せを思う。

このご恩返しは、簡単にできそうもない。
いや、お二人はそんなことは望まれないだろう。
本当のご恩返しは、わたしも人のために損得抜きで動けるような人間になることかもしれない。

ひょんなことから始まった米寿の母との二回目の冥途の土産旅行。
大勢のご協力を戴き、無事終えることができた。
本当にありがたく、感謝に堪えない。

そして最後まで拙い文にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。


つづく



米寿の母と「第二回冥途の土産旅行」に行ってきた(6)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

強烈な直会で、いつになく悪酔いしたわたし。
翌朝は当然のように激しい二日酔いに苦しむ。

朝食はホテルのバイキングをお願いしてあった。

うっぷ、飲み物ぐらいしか喉を通らないよ・・。
っつうか、食べ物を見るのもいや。

青い顔をしているわたしの向かいには、パンやサラダ、焼き魚やカレーが乗っているお皿が。
今朝も元氣いっぱいの母が「どうしたの?食欲ないの?もったいないじゃない。」と言いながら食べている。

今日は今井権現登頂の予備日として、何の予定も入れていない。
鶴先生がマングローブの遊覧を提案してくださり、今日も一日お付き合いしてくださるという。
本当に申し訳なく、ありがたい氣持ちでいっぱいだ。

マングローブ遊覧は初めてのふんどし息子はカヌーに乗ることにし、わたしと母は去年と同様にガイド付きの船に乗ることにした。

去年と同じ行動をすると、母が本当に元氣になったことを実感する。

去年は「船に乗せることなんかできるだろうか?」と心配しつつ、皆さんの手を借りながらヨロヨロする母をやっとのことで乗り込ませた。
ところが今年はちょっと手を支えるだけでヒョイと船に乗ることができる。

いや、我が母ながらこの回復ぶり、尋常ではない。
不思議体験の多い母のこの様子を見ていると「これは神がかりに近いのでは?」とも思えてくる。

ふんどし息子はカヌーで自由自在にマングローブの茂る川を遡っていく。

                             IMG_2398_convert_20170302171115.jpg

                                 IMG_2405_convert_20170302171216.jpg



案内役のお兄さんが「一昨日まで雨が続いていました。冬は天氣が悪い日が多く、明後日辺りからまた天氣が悪くなるそうです。お客さん達は運がいいですね。持ってますね!」と言ってくれた。

うん、間違いなく母は持っている。

母は40年以上前にも九死に一生を得ている。
知人の結婚式に出席するために東名自動車道を走行中に後部座席で事故に遭い、頭でリアガラスを割って投げ出され、テレビに死亡と出た。
お医者様に「生きても後遺症が残る」と言われながら無事生還。

それ以外にも硬膜下血腫、ヘルニア、緑内障、胆嚢摘出、大腸がん等、満身創痍。
そして極めつけが一昨年の脳挫傷。

なのに目の前にいる母はそんなことがあったとは微塵も思わせない元氣な様子で、マングローブの間を楽しそうに漕ぐ孫の姿をゆったりと眺めている。
                          IMG_2402_convert_20170302171139.jpg

今は体重が37キロしかないというが、生命力の強さに脱帽する。

この後、古仁屋港に向かい、お土産を買ったり鶴先生の知り合いの方にお会いしたりして帰路につく。
鶴先生ご夫妻に「あまみの魚たち」というお店を紹介して頂き、皆で最後の夜を飾ることにした。

テーブル席には数人の若い男女が楽しそうにお酒を飲んでいる。
わたし達は座敷席に座り、まずビールで乾杯をした。

このお店はご主人が「奄美のお魚を一番美味しい調理法で提供したい」という思いで経営されているとか。
いろいろなお魚料理がいろいろな調理法で、次々とテーブルに並ぶ。
とにかく凄いボリュームだ。

タンカン酒を飲みながら美味しく戴いていたが、昼食も魚のフライ定食だったこともあり、数種類食べたところで限界が近づいてきた。
ふんどし息子も箸が止まり、「オレ、もう限界かも。」と呟いた。

「もうお腹いっぱい。食べられないわ。」と言う母のお皿は、意外にもしっかり空になっている。
フライやバター焼きなど、ヘビーな調理法が続いているのに、わたし達と同じペースで飲み食いしてるけど、大丈夫なのか?

母がタンカン酒を2杯のんだところで「そろそろお茶にする?」と聞くと「まだ飲みたいわ。」と言うので、ゆず酒を頼んだ。
さらに「あんまり甘くないお酒も飲みたい。」というので、たっぷり入った白ワインも注文した。

その間、堰を切ったようにずっとしゃべり続ける母。
いや、堰は奄美に来てからずっと壊れている。

姑に仕える優しい娘夫婦のように、相槌を打ちながら話を聞いてくださっている鶴先生ご夫妻。
ホントに後光が差して見える。

が、母の途切れることのないリフレインのおしゃべりにお付き合いして、すでに3日目。
お疲れが滲んでいるように見える。

間違いなく限界がきているに違いない。
お二人のご厚意と忍耐に甘えてばかりもいられない。

この事態を早々に切り上げるべく、席を立った。
先にお店を出て振り返ると、我が目を疑うような光景が。

今まで見たこともないくらいはしゃいだ母の姿が目に飛び込んできた。
老婆のはしゃぐ姿など見たこともない若いお客さんが「かわいいっ!」と歓声を上げる。
ウケたと思い、手をひらひらさせてさらにはしゃぐ母。

もしや酔っぱらっている?
杖はどうした、杖は。

母の振り切れた酔っ払いっぷりに、隣のふんどし息子も、目を見開いて呆然と立っている。

ああ、この惨状はいったい・・・。

うれしそうにお店から出てきた母が「あー、楽しい。こんなに楽しいのは生まれて初めて。わたしって、こんなに明るい性格だったのね。明日から生まれ変わるわ。」

・・そ、そう。
それはよかったね。

米寿にして生まれ変わる。
素晴らしいじゃないか。

それにしても。

あー、動画を撮っておけばよかった。

つづく




プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR