誕生日はお着物で。

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

先日の1月25日に、59回目の誕生日を迎えたわたし。
昔から家族のイベントをこよなく愛する我が家では、いかにしてこの日を迎えるかということについて、ふんどし息子と話し合いを重ねてきた。

年を重ねるとともに、一休さんが詠んだという「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」という歌のオソロシサが、肌身に沁みる今日この頃。
「なんか楽しいことをやりたいっ!」ということで、今年から誕生日には着物を着ることにした。

着物好きの母から譲り受けた箪笥一杯の着物。

母から「あなたの嫁入りのとき、着物代だけでもすっごくかかった。」なんて話を聞く度、一人で着物を着ることができなかったわたしは、心の中で「ああ、これが現金だったら・・。」と、罰当たりなことを思ったものだった。

着物ブームなんて一部で言われてても、古着屋さんに売ると二束三文にしかならない着物達。
もったいながりのわたしは「こ、これはなんとかせねばっ」と思い、一念発起して母から着付けを習ったのだった。

しばらくして、ふんどし息子も「着物を着たい」と言い出した。
もちろん新しい着物を買う経済力などあるわけのない息子は、知り合いの古着屋さんに見立ててもらったり、店仕舞いする和服屋さんから買ったりして、なんとか和装一式を揃えた。

でも、実際揃えてみると、着物ってなかなか着る機会がない。
誕生日に「着物を着る」って決めてしまえば、家族の人数分は着ることになるもんね。

「着物を着てどこに行こう?」と言っていたら、これぞ天の配剤。
一月に入って、去年、息子が申し込んでいた抽選に当たったという手紙が来た。
なんと鎌倉の本格精進料理のお店「鉢の木」の「松花堂会席膳」、2名分。
念ずれば通ず。

「うぅ、ありがたや、ありがたや」と天に向かって手を合わせるわたし達。

誕生日当日、うきうきと泥大島に袖を通す。
それにしても、つい同じ着物を着てしまうのはどうしたことだろう。

着物には、かなり面倒なルールがある。
季節によって、着物はもちろん帯、草履、小物に至るまで変えなければならない。

少し季節を先取りして、コーディネイト。
もちろん色、柄も考えて。
季節外れのものを着ると嗤われるという。

無理無理、絶対無理。
なんたってわたしの着物の知識なんて、付け焼刃もいいところなんだから。

だからつい、着やすくて無難な組み合わせのものに偏ってしまうわたし。

ごめん、仕付け糸も取っていない着物達。
もっと自信がついてきたら、着させてもらうからね。
どうかそれまで虫食いになりませんように。

でも、わたしには「道行」(着物の上に羽織るコート)という武器があるの。
これさえ着てしまえば、帯の結び方が下手だろうが、帯揚げや帯締めの組み合わせがトンチンカンだろうが、すっぽりと隠してくれる。

ふっふっふ。
これでどう見ても、良家の奥さま。

ふんどし息子は羽織の上に自慢のトンビコートを着て、帽子をかぶる。

鏡を見ると。
ああ、なんだか親子でコスプレっぽい・・。

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「鉢の木」の「松花堂会席膳」は、とっても美味しかった。
(いや、もちろんタダだからってワケじゃないですよ。ホント。)
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着物を着ているせいか、お店の方の眼差しも温かかったような氣がするし。

その後、着物を着たまま大好きな日本酒Bar「Tae」に繰り出す。
ホヤの塩辛、真鯛とホヤの刺身、白子ポン酢、牡蠣豆腐、イカの沖漬けを酒肴に吞む日本酒の美味しさったら。

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日本に生まれて本当によかった。

たらふく飲み食いし、息子がおごってくれました。
そして娘のお古の穴の開いたパジャマを着ているわたしを不憫に思ったのか、無印のパジャマもプレゼントしてくれた。

なんて太っ腹なんだ。
ありがとう、息子よ!

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    (酔っぱらって自撮りするバカ親子)


娘と孫からのお祝い電話を聞きながら、我が身の幸せを思う。
髪を振り乱しながら子育てをし、マキオカを作っていた時代が終わると、こんな楽しい時間が待っていた。

昔、宇宙空間から地球を見つつ「ああ、自分は何も怖がることはなかった。やりたいことをやればよかったんだ」と思った夢を見た。

わたしはここに幸せになりに来た。
面白いことをやりに来た。

だから、何があっても怖がることはなにもない。


つづく
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三礼三拍手一礼の謎

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

先日FBを読んでいた際「神社での参拝方法は三礼三拍手一礼が本来正しい!」という記事に目が留まった。
わたし達日本人の一般的な参拝作法は「二礼二拍手一礼」と教えられてきたし、もちろんわたしもそれを実践している。

むむっ、一体それはどういうワケ?

『明治以前の日本では、三礼三拍手一礼が常識でした。
三礼三拍手の意味は、神社に参るのを「参拝」というように、「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」「高皇産霊神(たかみむすびのかみ)」「神皇産霊神(かみむすひのかみ)」を拝するので、「三(参)拝」なのです。』

確かに参拝の参は、壱、弐、参の参・・・。
妙に説得力があるなあ。
今まで何の疑問も持たず、当たり前のようにやっていたけど。

では、なぜ古来から続いていた慣例が変えられてしまったのか。

『明治新政府になった際に、政府が国民の意識改革のため「神道復古運動」を行いました。
この復古神道の流れを明治政府は利用し、「二礼二拍手一礼」に変更させたようです。』

ふむ、明治政府が「世の中は一新されたんですよー!旧悪は改められましたよー!!」って言いたいがために、古来からの礼法を変えてしまったということか。

『しかし、明治政府ではなく、GHQの占領政策だという説もあります。
戦前まで日本神道(国家神道)でした。
日本神道である神拝作法の技は、神と一体となるものであり、さらにはこの日本の国体と一体となるものでした。
GHQはこの日本神道が日本・日本人の強い精神の源であると気づき、「神道の格下げ」と「国家神道を否定」を行い、神社本庁による宗教法人法で他の宗教と同じ扱いに変えたと言われています。』

ぐぬう、またしてもGHQの登場か。
うぬら、どれだけ日本の伝統を壊せば氣が済むんじゃ!!

明治政府とGHQの両方、という説もある。

『(明治政府によって二礼二拍手一礼に変えられた後)戦前、やっぱり三礼三拍手一礼の流れがいいのではという風潮が再び戻ってきていたのですが、それはまずいと思ったGHQが占領政策で『ニ礼二拍手一礼』という制度にしました。

なぜ制度になったかというと『宗教法人法』というものができて、その宗教法人法は、それぞれの宗教の決まりごとを決めておかないといけなくて、そのときにあえて『ニ礼二拍手一礼』にしちゃいました

戦前まで日本神道は、国家神道といって日本の宗教といえば日本神道!って感じだったのですがGHQがそれが日本を強くしたということで『神道の格下げ』と『国家神道を否定』したくて、神社本庁が、これもまた宗教法人法で他の宗教と同じ扱いに変えたのでした』

わたし達が教科書で習う「明治維新」やら「戦後の復興政策」は、耳当たりのいいことしか書いてないけど、いろいろ調べてみると、相当乱暴なことをやっている。

昔は世襲制で一族で神社をお守りしていたが、戦後、神主になったり神職に就くのには、國學院大學、皇學館大学の階位取得を目指すことができる専門学科を卒業したり、日本全国に6ヶ所ある神職養成所の課程を修了した上で階位検定試験に合格する必要があるらしい。

もちろん戦後の神社本庁はGHQの息がかかりまくりだったであろうことは、想像に難くない。
ってことは、およそ8万社の総本山ともいえる神社本庁が作っているカリキュラムを都合よく変えてしまえば、神職に就く人達の教育はどうとでもなるだろう。
時代が過ぎて、知っている人も文献もなくなってしまえば「古来からそういうものだった」と言い張ることもできるだろうし。

わたし達の知識は、伝言ゲームのようなもので成り立っている。
途中で恣意的に変えてしまえば、それが連綿と続き、やがて真実になる。

それでも三神の名残りが、現代の我々の生活に生きている。
神社の参道は「三柱の神々に至る道筋」だからだし、おむすびが三角形なのも「おむすび」という名前も、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)」、「神皇産霊神(かみむすひのかみ)の「むすび」由来だという。
女性の「三つ指」も三柱の神々を両手で示す所作であり、男性の「三つ指」は、両手の人差し指と親指で三角を創り、額に当てて平伏する所作になる。
人が死ぬと、三柱の神々の元に戻れるように「天冠」と言う三角形の布を頭に巻いたというし(漫画でしか見たことがないけれど)、正月に門の両脇に立てる門松は、その所作を三本の竹の束で示しているらしい。

おお、面白い!

「そんなの、よくある陰謀論だ」と言って、聞く耳を持たない人もいるであろうが、わたしはそうは思わない。
日本人の食生活を変え、漢字を変え、ふんどしまで止めさせたっていうGHQ。
もちろん信仰を変えさせるぐらいなことはやるに決まっているじゃないか、と思う。

あの戦争で、それだけ日本人に手こずらされたということか。

さらに、わたしの中で「これは本当だろうな」と思えるもう一つのエピソードが。
それは去年行った奄美大島の「今井権現」でお参りする際、地元の方が「ここは三礼三拍手一礼が作法なんですよ」とおっしゃっていたこと。
もしかしたら、奄美大島のような場所には明治政府やGHQの影響がそれほど及ばない地域があったのかもしれない。

実際のところは、わたしのような者には真実は分からない。
わたしがここに書いたことは、単なる伝聞であり、ネットの情報の切り貼りに過ぎないのだから。

でもそんなことはどうでもいいことなのかもしれない。
神社に参れば、いや、神社に行かなくても、神様はあちらこちらにいらっしゃる。
三拍手しようが、二拍手しようが、神様はわたし達の前にいつでもいらしてくださる。

形はとても大事だ。
けれど、それが時代とともに変わってしまったとしても、日本の神様方は大きな慈悲心をもってその眼差しで包んで下さるに違いない。


つづく

鶴岡八幡宮の御判行事(ごはんぎょうじ)に行ってきた。

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ついこの間、元旦を迎えたと思ったら、今日で松の内も終わり。

皆様、改めまして、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
氣長にお付き合い頂けるとうれしいです。

年末年始は例年のごとく、怒涛の勢いで過ぎていきました。

12月28日に息子の鍼灸治療院の仕事を終え、29日は恒例となった大嶽山那賀都神社の大掃除のため山梨に早朝出かけ、日帰りする。
30日から我が家の大掃除を始め、31日は掃除の合間を縫って鶴岡八幡宮に大祓に参加。
元旦はお屠蘇のほろ酔い氣分の中、半僧坊まで山道を歩いて新年の初祈祷をして頂きに行った後、建長寺に下り墓参り。
その足で近所の氏神様にお参りして、年一回お正月だけ授与しているおみくじをお受けして甘酒を戴きつつ読む、というのがいつものパターン。

年末年始は、こんなに寺社仏閣の行事で溢れている我が家。
なのに、今年からさらに新しい行事が加わりました。

それは鶴岡八幡宮の御判行事(ごはんぎょうじ)。

鶴岡八幡宮で大祓に参加しているとき、舞殿に張り紙がしてあるのに氣がついたふんどし息子が「ねえ、これ、やってみたい。」と言い出した。

バカをいうな。
この忙しい年末年始にこれ以上行事を増やしてどうする。

が、よく見てみると、なにやら「秘印」というアヤシゲな文字が。

なぬ?秘印?
「秘蔵」「秘湯」「マル秘レポート」など、「秘」が付くものに目がないわたし。

ふーむ、なになに?
元旦より7日までの間、舞殿(6日まで)で「御判行事(ごはんぎょうじ)」を執り行っているとな?

「御判行事」
『御判神事は、正月の元旦から7日までの間に行われる開運厄除の神事。
普段は鶴岡八幡宮の内陣に納められている「御神印」が一般参拝者のため舞殿に持ち出されます。
参拝者は、御神印を額に押しあててもらい、病気平癒、厄除、無病息災を祈念します。
参拝者には、この期間のみの特別の神札が授与されます
この神符は牛王宝印(ごおうほういん)と呼ばれ、神威が込められており、古くは誓約書に使われていました。
戦場に向かう鎌倉武士も、出陣に際して、この御神印を戴いたと伝えられます。』

お、面白そうじゃないですかぁ!
これは是非ともやらねばっ。

ただ、鎌倉はお正月の三が日、市内の中心地に車を入れることができない。
しかも4日からは時間によっては道が激混み。
その後外出することを考えると車じゃないと面倒なんだけど、7日までしかやっていないということだからタイミングを合わせるのが大変。

鶴岡八幡宮に電話して伺ってみると、御判行事は9時からやっていると教えてくださった。
その時間ならまだ混んでいないと思われるので、9時に駐車場に車を入れることにし、6日、ふんどし息子と共に鼻息荒く鶴岡八幡宮の舞殿に訪れた。

が。

あれ?
どう見ても新人の神職達がお掃除を始めたばかり。
なんか話が違う。

若い神職の方に尋ねてみると、10時半に始まるという。

そ、そんなバカな。
わたしゃ電話で確認したんだよ。
あと1時間20分もある。

・・ってことは、駐車場代も無駄にかかっちゃうってことじゃないですかあ!!

しかし出直すにしても御判行事は明日までだし、しかも土曜日なので、道が恐ろしいほど混むのは必定。
恨めし氣に神職さんに電話で確認した経緯をお話すると、上司の神職さんが謝りにいらしてくれ、、駐車券に2時間も付けてくださった。

さすが、その名も高い鶴岡八幡宮!
なんとも細かい氣配りじゃないですかぁ。
(ウソです。神職さんに「あのー、駐車券何とかなりませんか?」と聞いた恥知らずなおばさんはわたしです・・)

小町通り、源平池の辺りを散策する。
あー、駐車料金を氣にせずお散歩できるって、清々しい。

そう、ご存知の方もおろうが、わたしはできるだけ駐車料金を払いたくない人間。
だから車を駐車場に入れた時は、いつも時間に追われるようにセカセカ過ごしてしまうのだけれど、今日のわたしは違うの。

ああ、なんて小市民なわたし。

10時15分ごろ舞殿に行くと、すでに6~7人の行列ができていた。

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初穂料千円を納めると榊を手渡され、普段は上ることができない舞殿にあがる。

おお、真正面が本殿中央なんですね。
神様としっかり対峙している感じ。
なんだか神聖な空間。

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榊をお供えし、二礼二拍一礼の後、右横の神主さんと巫女さんの前に進む。
額に秘印を戴く神事と聞いていたので、おでこに朱色の梵字みたいな秘密の文字を書いてもらうイメージを持ってたけど(なんだそりゃ)、実際は、巫女さんがシャンシャン、シャラララーンと鈴を鳴らすのに合わせて、宮司さんが左右に御神印を押す真似をして、最後に頭頂部に近いところに御神印を押し当ててくれたのだった。

何だろう。
不思議なくらい氣持ちよかった。

神符が挟んである絵馬を戴き、終了。

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鶴岡八幡宮では、八幡神のお使いが鳩なので、鳩を使って護符に文字を描いているらしい。

・・・あ、秘印なのに公開しちゃってよかったんだろうか?


つづく




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Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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