母と「第一回冥途の土産旅行」に行ってきた(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

初めての奄美の夜を上機嫌で過ごし、朝を迎えた母。
今日は母のたっての希望で「聖地のような雰囲氣」の今井権現に再び参拝させて頂きたいとOさんと鶴先生にお願いし、連れていって頂くことになっている。

ただ、今井権現の石段はあまりに険しく、杖をついてもふらつくような母には社殿まで登るのは難しいので、鳥居をくぐらせて頂いた先でお詣りさせて頂くことにした。

朝食を終えた頃、Oさんと鶴先生がお迎えに来て下さり、前回Oさんとふんどし息子が海に入ってふんどし禊をした海の禊場に向かう。

歩きにくい岩だらけの砂浜で、杖をついた母に手を携え、いろいろお話をしながら海に連れて行ってくださる鶴先生。
まるでワガママな姑に優しく仕える日本昔話に出てくる、できた嫁のよう。

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「ありがたや」と二人の背後で手を合わせるわたし。

わたし達は波の花をすくい7回降り掛け、口を漱いで禊を終える。
Oさんはと見ると、離れたところで頭まで海に入るふんどし禊をされたらしい様子。
浜で砂を集めた45リットルのビニール袋を2袋車に乗せ、今井権現に向かった。

母を車に座らせ、前回同様皆で掃除を始める。
そしてビニール袋の白砂を鳥居の前に撒いた。
雨で土が流れてしまうので、こうして浜から砂を持って来て撒くらしい。

準備が整ったので、母の手を引き一緒に鳥居をくぐる。
今井権現は三拝三拍手一礼でお詣りをするとのこと。
Oさんが母とわたしを今井権現の神様にご紹介してくださる文言を述べてくださった。

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鳥居を出た途端、母が「うん、大丈夫って言われた。」と叫んだ。

え、マジで?
そ、そりゃよかった。

実は母は幼少より不思議な体験を多々している。
だからこんなことを言い出しても不思議でもなんでもないんだが、あまりに唐突だったのでちょっと驚いた。
つらつら考えるに、わたしの不思議好きはこの母によるところが大きいのではないか、と思う。

無事参拝を終え車に乗り込み、しばらくしてから母が「3段までなら登れるような氣がするわ。」と言い出した。

「登れるような氣がするわ。」って、あんた・・。
参拝中に言ってくれれば手助けしながら階段を登らせることもできただろうが、もうかなりの距離車を走らせてしまっているし、今日のスケジュールを考えると戻るのは無理だよ。

「参拝してる時に言ってくれればよかったのに。」と言うと「今そう思ったの。」と言い張る母。
名残惜しそうな母に「じゃあまた今度来て登ったらいいよ。」と宥めた。

Oさん達はわたし達にマングローブの観光遊覧船を提案してくださった。
ご自分たちも用があるからと言って、一緒に行って下さるとのこと。

途中知り合いの畑から枝付きのたんかんを採って下さったりと、とっても親切なお二人。

そんな中で母を最も喜ばせたのは、Qさんがさりげなく下さった色とりどりの数個の貝。
たぶん生まれてこのかた殿方にそんなものをもらったことのなかったであろう母は、少女のように頬を染め、矯めつ眇めつ貝を眺めた挙句「この貝、リビングに飾っておくわ。」ととっても嬉しそうに呟いた。
(この間母の家に行ったら確かに飾ってありました!)

よかったね。
冥途の土産、ひとつ増えたね。

Qさんの運転で名瀬まで行き、レンタカーに乗り換えたわたし達をマングローブ茶屋まで案内して下さった。

マングローブとは、特定の植物の名前ではなく、熱帯や亜熱帯地域の河口など、満潮になると海水が満ちてくるところに生えている植物をまとめてマングローブと呼ぶらしい。
南方系の樹木約30種以上が混成し、野鳥の宝庫となっているとのこと。

連れて行って頂いた高台のマングローブ茶屋から眺めると、くねったような川の帯に沿って緑がジャングルのように広がっている。

小さな遊覧船に乗り込むと、ガイドの男性がゆったりと河の流れに掉さしていく。

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「天然リュウキュウアユや天然記念物のルリカケス・アカヒゲ・リュウキュウアカショウビン等も生息している」とか「エンジンのある船は使用できない」といった地元のガイドならではのお話をききながら、船の揺れに体をゆだねる。

ピピピ、チイ、と小鳥の囀りが間近で聞こえる。
ピシャンと川面に魚が跳ねる。

マングローブのトンネルが現れたが、時にはあまりに近過ぎて、身体を船に押しつけなければならないほど。

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1時間弱の遊覧が終わる際、マングローブ茶屋に「うなぎ」の幟が掛かっていたことを思い出し「ここで天然のウナギが捕れるんですか?」と尋ねたところ、本当に捕れるんだという。

昔からウナギが好きだったが「近ごろは天然のウナギが高くて以前のようには食べられない」とボヤいていた母はこれを聞きつけると「今日のお昼は、ここで捕れた天然ウナギにしよう。」と目を輝かせた。

まだお昼ってお腹じゃないんだけど、ま、いっか。

マングローブ茶屋に戻るとOさんと鶴先生が昼食を終え、お茶を飲んでいらっしゃるところだった。

メニューを見ると「天然ウナギ」のお料理は2種類あり、ひとつは九州産の鰻重、もうひとつはマングローブで捕れたウナギ(味噌味)とあり、両方とも1800円とある。

ウナギの味噌味?
どんな味なのか、想像がつかない。

母はここで捕れたというウナギが食べたいと言い、味噌味のウナギを注文した。
・・・危険信号がわたしの胸に点滅する。

天然もののウナギを食べるためとはいえ、これはあまりに危険な賭けなのではないか。
リスク回避のため、わたしは鰻重を注文する。

あにはからんや、母は味噌味のウナギを一目見た途端、箸の先で味噌の味見をしただけで、わたしの目の前に寄こした。

これは・・ウナギ?
どちらかというとサバの味噌煮のような見た目だが。

肉厚の味噌ウナギを前に沈黙するわたし。

「あのー、もしよろしかったら一緒に召し上がって頂けますでしょうか?」と目で鶴先生に救いを求めつつお願いすると、鶴先生は「ウナギの味噌味って、初めてだわ。」と仰って菩薩のような微笑みを返して下さり、一緒に食べてくださった。

やっと味噌ウナギがなくなったと思ったら、後から来た鰻重を半分ほど食べて、またもやわたしに寄こす母。
こちらは蒲焼きというよりは、甘辛い醤油タレに漬込まれたぶ厚いウナギがご飯の上に乗っているというシロモノ。
仕方なく、またしても黙々と箸を動かすわたし。

でも。
もうこれ以上、無理っす。
3600円分のウナギ、重いっす(涙目)

わたしの記憶にはマングローブ≒恐怖の味噌ウナギ&甘辛醤油タレウナギの方程式が深く深く刻み込まれたのでした。


つづく
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母と「第一回冥途の土産旅行」に行ってきた(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

12時10分発のJAL659便は予定時間を15分ほど遅れて出発した。
無事機上の人となった老婆二人。

母は奄美で美味しいものが食べたいと言う。
料理が得意でキリタンポが十八番の母は、テレビでやっていた奄美名物の鶏飯の汁の味見をしてみたいらしい。
・・・「鶏肉がキライだから食べられない。食べて。」と少しだけ突いた二人分の鶏飯を前に呆然とする己の姿が目に浮かぶ。
まだ小麦粉の塊が胸の辺りに残っている氣がするわたしは思わず「うぷっ。」となる。

どちらかというと行き当たりばったりが多い(というかほとんど全部)わたしだが、今回の旅行は、いつになく綿密に計画している。
なんせ疲れやすく足腰の弱った年寄りが一緒だから、初日から最終日までレンタカーを予約しているし、図書館で旅行マップも借りてきている。(あくまでも買わずに借りるというところがイジマシイ)
ガラケーしか持っていないので、その場でスマホで調べることもできないので、手帳に宿の住所と電話番号もしっかりメモしてきたし。

JAL659便は奄美に14時35分着の予定だったが遅延して、奄美に着いたのは15時近くになってしまった。
母は久しぶりの遠出に疲れたのか、少し無口になっている。

到着ロビーに向かっていると電話が鳴った。
1月の奄美行でお世話になったOさんからだった。

Oさんはアマミ舞の創始者花柳 鶴寿賀先生(以下鶴先生とお呼びします)と去年ご結婚された方。
ふんどし息子と一緒にふんどし禊をしてくださったり、奄美のいろいろな場所ををご案内して頂いたり、お酒をご馳走になったりと大変お世話になった。
だから今日はOさんのお宅の近くに宿を取り、宿に着いたらご挨拶に伺わせて頂こうと思い、ご連絡しておいたのだった。

電話に出ると、なんとOさんは鶴先生と一緒に空港にお迎えに来て下さっているという。
手荷物受け取り場から出口の外を見ると、お二人のにこにこと微笑まれている姿が目に飛び込んできた。

驚きのあまりワタワタするわたし。
ターンテーブルから荷物を取るのももどかしく、お二人の方に駆け寄った。

実は母が奄美に来たいと言い出した要因の一つにお二人の存在があった。

最初に鶴先生を拝見した時、「昔の母に面差しが似ている」と思った。
そしてそんな印象を前回来た時、鶴先生にもお伝えしたのだった。

わたしから見て、鶴先生と母にはいくつかの共通点がある。

二人とも「日本舞踊」をしているところ。
(鶴先生は日本中に、母は町内会にお弟子さんがいる、というスゴイ違いはありますが)
二人とも年の離れた人と結婚しているところ。
(鶴先生は10歳年下のOさんと大変円満なご結婚をされていて、母は20歳年上の父と大変不仲な結婚をしていた、というスゴイ違いはありますが)
さらに二人とも料理好きで世話好きで多くの人に慕われているところや、神事に大変ご縁が深そうだ、というところも「似ている」と感じた一因かもしれない。

そんな話を母にしたところ「一度お会いしてみたい」と言い出したのだった。

JAL659便の遅れもあり、Oさんと鶴先生は40分以上空港で待たれたに違いない。
なのにそんな素振りは微塵も感じさせず、お二人は嬉しそうなお顔で迎えてくださった。

レンタカーは一日キャンセルをし、お二人のお車でばしゃ山村というリゾートホテルのレストランに連れて行って頂いた。
先程まで疲れからか無口になりよろよろと歩いていた母は、急にシャンとした様子になり「娘があまりに奄美の自慢をするものですから来たくなってしまいました。」という言葉を皮切りに、怒涛のごとく喋り始めた。

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この症状はひ孫のお宮参り以来2年振り。
こうなった母は誰も止められない。
止めたらかえって怪我をする。

まあ、声は大きいわ、よく喋るわ、泣くわ笑うわ。
ついこの間、「あんまり先は長くないかもしれない。」と思わせたことなんて微塵も感じさせない饒舌さ。

さぞかしお二人とも驚かれたに違いない。
が、そこはお優しい鶴先生とOさんのこと。
にこにことどこまで続くか分からない母の話を聞いて下さる菩薩のようなお二人。

ありがたや。
母は長年お付き合いした人にも話さないような体験談や人生経験を、息つく間もなく話している。

鶴先生は母のために「皆で少しずつ戴きましょう。」と言って、鶏飯を頼んで下さった。
案の定「やっぱりあんまり食べられないわ。」と言って残した母。

ああ、ホントにありがたや・・・。

その後一泊目に宿泊する「なべき屋」に送って頂き、夕食後お二人が来て下さることになった。
早めの夕食を戴くが、ここはそれでなくてもお食事の量が多い。
自分の分を食べるだけでも精一杯なのに、案の定、母のあまり好きではないお料理は皆わたしのテーブルの前に並べられることとなった。

それはそうと。

わたしは時々思うのだが、若い女性にとって「痩せている」ことが自慢になるように、母に限らずお年寄りと話をしていると「少食であること」が、どこか誇らしげに聞こえるのはわたしの氣のせいだろうか?
やんごとなき方々がどちらかというと「少食」なイメージがあるように、「少食」は上品であるという思い込みがあるからなのか?
それとも戦後の食糧難の時代を生きた人間にとっては、「少食」であることは「いいこと」という刷り込みがあるからなのか?

わたしは美味しく食べ、楽しく飲み、大声で笑う年寄りになりたいと思っている。
ラピュタに出てくるドーラのような。(とはいってもドーラは50歳でわたしより年下。「だてに女を50年もやってないよ」って言ってるもんね。)

それはともかく。

8時過ぎにお二人はわたし達のコテージに来て下さった。
Oさんと一緒にお酒を飲ませて頂いたが、母の勢いは止まらず、いや、寝酒のウィスキーを飲んでさらに加速し、母の奄美の初めての夜は更けていったのだった。

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つづく

母と「第一回冥途の土産旅行」に行ってきた(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

一昨日、86歳の母と無事奄美から帰宅しました。
母は1月にふんどし息子と行ったわたしの奄美の話を聞き「そんなにいいところなら、わたしも行きたい。」と言い出した。

50数年前には東名自動車道で事故に遭い死にかけ、その後も大腸がん、腸ヘルニア、白板症、白内障の手術、胆嚢摘出、緑内障になったりと満身創痍の母。
10年近く前には硬膜下血腫の手術もしている。

極めつけは去年の頭蓋骨骨折。
本当にすんでのところでボケ老人になるところだった母が「行きたい」と言い出した奄美旅行なので、何としても叶えてあげたいと思い、元氣なうちに、と電光石火のごとくスケジュールを組んだのだった。
(あとから聞いたところによると、腸ヘルニアが再発し、暖かくなったらまた右側の腸を手術することになったらしい。アブナイところだった!)

一見元氣に見えるが、事故後遠くへ出かけたことは一度もなく、家の中にいても足元がフラフラする場合があるので、出発前日の13日から実家に行くことにした。

リビングに入り母を見ると、いつもと雰囲氣が違う。
奄美行をとても楽しみにしていた母は、美容院に行き数十年ぶりに髪をカットしパーマをかけていた。
家もすっかり片づいていて、荷物もパッキングされている。
明日着ていく服についてあれこれ聞いてくる母の表情は、心なしか若返ったように思われる。

どんだけ楽しみにしてるんだ、母よ。
なんとしてもこの旅、成功させねばならぬ。

夕飯は片づけ易いようにお弁当を買ってきたと言っているのに、わざわざ舌平目をバター焼きにしたりして、いそいそとウィスキーを注いでくれる。

・・・が、いくらなんでも濃すぎだよ。
飲めないと言っても、目を離した隙にドボドボとウィスキーを注ぎ足す母。

旅行前日というのに、老いた娘をそんなに酔わせてどうするつもりだ?
いつもながらのサービス過剰氣味の接待を受け、すっかり酔っぱらってしまったわたしは片づけもできずに倒れるように寝てしまった。

朝、二日酔い氣味の身体に鞭打ち起きていくと、部屋はきれいに片付いている。
どうやら母は片づけをしてから寝たらしい。

むう、しまった。
旅行前に母を疲れさせてどうする。

昔はどちらかというとぽっちゃりしていたのに、今母は38キロしかないという。
体力がすっかりなくなってしまった母を、無事奄美に連れて行き、楽しい思い出を作って帰ってこなきゃいかんというのに。

朝食代わりに母が買っておいた「たこ焼き入りの鯛焼き」(なんじゃそれ)を食べる。
餡も蛸も入っていない甘しょっぱい小麦粉の塊に驚いた脳が「こんなもの食べるのは無理だすっ。」とごねていたが、旅行前なので残すわけにもいかず、無理やり喉に押し込む。

大きなリュックを背負い旅行鞄を転がしながら歩くわたしと、杖をつきながら歩く86歳の母の「冥途の土産旅」はこうして始まったのでした。

YCATまで姉に送ってもらい、空港リムジンバスで羽田へ。
母を座らせ手続きをしてふと見ると、母がいない。

とりあえず荷物を預けてキョロキョロしていると、向こうからよろよろと歩いてくる母の姿が。
団体ツアーの旅行に慣れてしまった母にとっては、手続きに時間がかかり過ぎていると感じ、不安になってしまったらしい。

出発の12時10分にはまだ1時間半ほど時間があるので、朝食をとろうと母が言う。
甘しょっぱい小麦粉の塊がまだ胸の辺りに残っているわたしは食欲がなかったのだが、母に少しでも食欲が出たのなら食べずばなるまい。

1月に息子と来た時は、簡単にカレーを食べて済ましたが、母は和食が食べたいという。
広い羽田空港のロビーを和食のお店を探しながら歩いていくが、慣れないためお店の場所がよくわからない。
母に合わせゆっくり歩いていると、お店に着くまでに30分近くかかってしまっていた。

母は「鴨汁蕎麦」を注文する。
・・でも母は鶏肉が苦手だったはず。
大丈夫なのか?

わたしは時間が氣になり、氣が氣ではない。

このお店から指定された保安検査場まではかなりある。
母の歩行速度を考えれば、予想していた以上に時間がかかるだろう。
早めに出て、手荷物の検査とボディチェックを受けなければならない。
そして母を遠い搭乗口まで、11時40分くらいまでには連れて行かなければ。

時間を計算しつつ急いで食事を済ませた時、母は「このお蕎麦、鴨もキライだから食べられない。食べて。」と言って、食事を終えたばかりのわたしに半分以上残った蕎麦を寄こしてきた。

鴨肉が手を付けられずに汁に浮かんでいる。
あまりにもったいないのでできるだけ頑張って食べたが、鴨肉がキライなのに何故「鴨汁蕎麦」を注文したんだ?母よ。

食後のお茶を飲むというのを切り上げさせ、焦る心を押し隠しながら保安検査場までゆっくり歩く。
無事手荷物の検査とボディチェックを終え、搭乗口に向かう。

氣持ちが急いているのに、「動く歩道」を歩かずじっと立ったままでいるのは、ちとつらい。
それでもなんとか12時10分発のJAL659便の搭乗口に、11時50分に辿り着いた。

トイレも済ませ、一息ついて椅子に座っていると、母が「ちょっと周りを見てくる。」と言って、売店の方に向かった。
しばらくして帰って来た母の手には、なんと肉まんが。

「薬を飲まなきゃならないから半分食べたけど、これ以上食べられないから食べて。」と、紙に包まれた肉まんを寄こす母。

・・・ホントに食が細いのか?
それともこれは娘を今以上のデブにするための策略なのか?

黙って紙に包まれた肉まんを握りしめ、鞄の隅にそっと入れたわたしなのでした。

つづく

ふんどし息子への応援歌

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

我がふんどし息子が開業して早半年が過ぎようとしている。
「で、営業的にどうなの?」という興味本位のご質問にお答えさせて頂くと。

はい、もちろん人生そんな甘いハズはなく、それなりに苦戦しておるようです。

自営業って、一見すると派手に見えるし、自分の好きにスケジュールを組めるし、やりたいことをやれるように思えるけれど。
そういった利点を凌駕するような、お金に対する不安だとか将来に対する心細さがあるワケで。

けっけっけ。
息子よ、人生の苦水をよーーく味わうがいいわっ!

わたしゃこう見えて、そんな不安と30年以上付き合ってきた。

夫婦で会社を辞め塾を始めた時も、キャンプ場を作り始めた時も、どんだけ不安に苛まれたことか。
だからその心細さは、骨の髄まで知っている。

このキモチとのお付き合いが進むと、いろいろな症状が現れてくる。

パートナーとつまらないことでいがみ合うようになるとか。
ふさぎ込むようになり、じっと爪を見つめようになるとか。
口数が少なくなり、居たたまれなくなってどこか遠くに行きたくなるとか。
何か黒っぽいモノに追いかけられる夢を見るとか。

まるで停まると倒れてしまう自転車のペダルをこぎ続けるように、何かをし続けていないと不安に押し潰されそうになってしまうものなの。

ふんどし息子もこの半年、自分なりに頑張ってきた。
開院時のチラシ撒きやら、恩師による講演会やら、温熱治療器スマーティの導入やら。

その甲斐あってか、年末まではかなり順調にお客様の数を増やしていたが、ここに来て客足がぱったり途絶えてしまっていた。

ちょっと客足が遠ざかっただけで、蒼ざめ悩み、不安を口にする息子。
そのうち不安さえ口にしなくなり、ふさぎ込むようになってきたと思いきや、ネット情報を真に受けたらしく、突然やけに熱心にトイレ掃除をし始めた。

ぷぷぷ。
アホですな。

その一挙手一投足を面白がる母。

大丈夫だ、息子よ。
別に命を取られるわけじゃなし。

君は妻子を養っているわけでもないし、ボロいけれど雨風をしのげる家もあるじゃないか。

人生、山あり谷あり。
その谷底には二番底もあるかも知れないぞ。
そしてその底にこそ、人生のお宝が眠っているかも知れない。

傷を負うなら若いうちがいい。
だって傷を癒すには時間が必要不可欠なんだから。
年を取ってからの傷は治りが悪いし、痕が残ってしまうことがある。

とにかく、命に別状なければたいしたことじゃない。
それが二番底を見た時の、母の感想です。
(まあ、わたしの垣間見た二番底なぞ大した底ではないんですが)

不安に足を掬われないように走り続けるのもいいけれど、時には周りの景色を眺めておくのもいいと思うよ。
そしてその風景を心に刻み込んでおくといい。

いや、ホントに経験は宝ですな。

それはともかく。

流れというものは面白いもので、息子の確定申告が終わった翌日、何故か立て続けに初診の方がお見えになった。

おおー、まるで神様が「お前は不器用で一つのことにしか集中できないから待っていてやったぞ。」と仰って下さっていたかのよう。
(ちっ、これだから思い込みの強い人間ってヤツは・・・)

そのうちのお一人が「わたしは鍼治療を受けて30年になります。東京でやって頂いていた先生はとってもお上手ですごく効いたんだけど、お年だから仕事を辞めてしまわれたの。それで大船の駅前の鍼灸院に行っていたけれど、全然よくならないからチラシを見て、ここに来てみました。」と仰っていた。

ほほう、チラシも役に立つじゃないか。
早起きしてのポスティングも無駄じゃなかったのね。
うん、ちょっとウレシイ。

診療が終わってその方にご挨拶をすると「すごく気持ちがよかったわ。鍼を受けていてこんなに気持ちがいいなんて。こんな経験初めて。」と、とっても嬉しそうなお顔でお話してくださった。
さらに「ここに伺った時はこの階段を上るのが大変だったのに、今はとっても楽。ありがたいわぁ。」と仰った。

やるじゃないか、息子よ。
うん、もんのすごくウレシイ!!

つらつら考えるに、わたしが余裕をぶっこいて「大丈夫だ、息子よ。」などと言えるのも、息子の腕に絶対的な信頼があるからかも知れぬ。

いくら身内贔屓とはいえ「こいつに友達や知り合いを紹介して大丈夫か?信用をなくしちゃうんじゃないか?」と思うような技術しか持っていなかったら、こんな呑気にはしていられず「独立なんてとんでもない。とにかくお勤めしてお給料をもらいつつ技術を磨け。」と、ハッパをかけていたに違いない。

客観的に見て、息子は技術はあるが経営的センスはあまりなさそう。
なんの計算もせず全力で治療に当たるし(経営を考えて治療を引き延ばす治療院も多い)、患者さんを本気で助けたいと思っているよう。

若さゆえの思い込み、傲慢さも含め、その志や、よし。
悟り澄ました人間より、痛い目にあったり恥ずかしい思いもするだろうが、わたしにとってはそんな不器用さが好もしい。

頑張れ、ふんどし息子!!

・・・はっ!
初めのうちこそいい話風だったのに(そうか?)、こりゃただの親バカですな。
それも恐ろしい程。
自分の振り切れた親バカぶりがコワいよう。

それはそうと。

息子の仕事を心配して、娘が「エキテンっていうサイトがあるから登録してみたら?」と教えてくれたので、無料会員になってみました。

エキテン みち鍼灸治療院

今まで営業の方以外からのご連絡はありませんが(むしろ営業以外は誰も見ていないと思われる)、有料会員のサイトと無料会員のサイトは、当たり前だけど雲泥の差。
お客様やお金は、あるところにより流れるように出来ている。

この世の中、トランプの「大貧民」に似ている。
当たり前に行けば、大富豪に良いカードが集まり、大貧民には浮かぶ瀬がない。
けれど時として、運や知恵や度胸やはったりで状況が大きく動く時がある。
それがこのゲームの醍醐味であり、コワいところでもある。

息子よ。
運と度胸とはったりだけで生きてきた母の血を継いではいるが、どちらかというと違うタイプのお前には、このゲームの勝機があると思うぞ。

トイレ掃除もいいけれど、とにかく自分を信じて頑張って頂きたい。
なんせわたしの老後がかかっておるのだからして。


つづく
プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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