豊臣秀吉ってスゴイ!

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ご無沙汰しております。
夏も終わりに近づき、やっとブログに取り組む余裕ができました。

狂ったように暑かった夏も、氣が付けばあっという間に過ぎ去り、肌寒くなった街を歩く人々の表情も安堵の様子がうかがえます。
が、「こんな夏、早く過ぎ去って欲しい」と思っていたにもかかわらず、あまりの変わり身の早さに何か物足りない氣持ちもなくはない。

そう、あたかもやっとDVオトコと別れることができたにもかかわらず、平穏な日々を送り始めた途端「いいんだろうか。こんなに楽な日々を送ってしまって。」と、一抹の寂しさと物足りなさを感じてしまうM氣質のオンナのよう・・・。

それはともかく。

今年の夏、マキオカにいらして下さった方から時々「ブログ、読んでいます。」とお声をかけて頂いた。
中には「お母さん、大変でしたね。大丈夫ですか?」などと心配して下さる方も。

以前も書いたが、そう仰って頂くと嬉しい反面とっても恥ずかしい。

「もしや『あんな下らないコト書いているおばさん、どんな顔してるかと思ったら、こんな顔だったのか』とか『ぷぷぷ。いい年してあんなこと書いちゃって。そういえばよく見るとふざけた顔してるもんね。』とか思われてやしないだろうか」などとつい俯き氣味になってしまうわたし。
(そんなに恥ずかしがるなら恥ずかしいことを書かなきゃいいんだが)

いやいや、これはお世辞でも何でもないんだけれど、マキオカに来て下さる方はホントにいい方が多い。
だからそんな意地の悪い嘲りのココロは持っていないに違いない。

ゴミの分別、片づけも驚くほどきちんとして下さるし、素晴らしい氣遣いをして下さるお客様方。
それをいいことに片づけまで手伝ってもらう図々しいわたし・・。

うっうっうっ。
ありがたいよう。
そして申し訳ないよう。

でもね。
草むしりでへとへとになった体に鞭打ち、独りで黙々と片づけて帰り支度をするって、結構大変なの。
しかもトレーラーハウスに冷蔵庫を持ち上げて入れるって、老いて非力なわたしには難しいの。

だからどうかお許しくださいね。
皆さんに助けて頂きながら、老体に鞭打ち、あと10年は頑張りたい所存。

それはそうと。

先日FBの記事に目からウロコの記事があった。

わたしは歴史が好き。
とは言っても『歴女』というほどではなく、いわゆる通り一遍の歴史小説を読みつつ「ふむふむ、かつてこの日本にこんな人がいたのね。」とか「あの場所でこんなことがあったのか。」と感慨深げに妄想するのを楽しむ程度。

で、わたしの浅い知識の中では、豊臣秀吉はあまり評価が高くなかった。
「庶民の出でありながら草履取りから身を興し、天下統一を成し遂げたものの、耄碌して朝鮮出兵をしてしまい、家康に子の秀頼の後見を託したにもかかわらず、死後裏切られ、大阪城で一族を滅ぼされてしまったサルに似た立志伝中のヒト」という感じ。

今まで読んだ歴史小説も大河ドラマも、大体似たり寄ったりの描写だったように記憶している。

が、実際はそんなチョロイ人ではなかったんですね。

豊臣秀吉の朝鮮出兵の真実を、日本人として知って置くべき!

だからこの記事を読んで、己の浅はかさ、見識のなさに恥じ入り、申し訳なさにうな垂れた。

なぜ、秀吉の時代に日本が一国にまとまったのか、そして朝鮮出兵をするに至った背景には何があったのか。

世界の8割はスペインの植民地となっていたこの時代、必死に抗い、知恵を絞り、勇氣を持って国と民族を守り抜いた秀吉始め当時の武士たち。

朝鮮出兵は秀吉の死去にともなって中止となり、日本は朝鮮半島から撤収したのではなかった。
日本が撤収したのは、スペイン自体が英国やオランダに押されて国力を低下させ、もはや東亜に構っていられなくなったという世界情勢を受けてのことだったんですね。

だけど、何故ここまで明白な事実の積み重ねがありながら、秀吉の朝鮮出兵は正当な評価をされてこなかったのか。
歴史は見る角度によって全く違う側面を持つというのは知ってはいたが、このような見方があまりされていないのは何故か。
この事実は一部の歴史好きや研究者には常識なのかもしれないが、一般の人々にはほとんど知られていないのではなかろうか。

何故もっと声を大にして伝えない!
秀吉を単なるボケ老人扱いしてからに。

自国の為に頑張ってくれた人を貶めてどうする!!

もし秀吉が朝鮮出兵を行なわず、日本の国力をスペインに見せつけなければどうなっていたか。
想像するだにオソロシイ。

『わたしたちは、いま、スペインという世界最強の大帝国に対し、一歩も退かず、むしろ臣従せよと迫った秀吉の壮大な気宇と誇りを、いまこそ見習うべきときにきているのではないでしょうか。』という一文が胸を打つ。

ありがとう!秀吉!!
ありがとう!名もなき武士たち!!
ありがとう!ご先祖たち!!!

わたし達も頑張らにゃいかん。
じゃなきゃご先祖、子孫に顔向けできん。

「ささやかでも、わたしはわたしの為すべきことを粛々とやらねば。」と、改めて心に誓うわたしなのでした。

つづく
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大嶽山那賀都神社の元宮(奥宮)に行ってきた(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

国師岳から西沢渓谷方面に歩を進める。
しばらく行くと「大嶽山 天狗尾根」の案内が見える。
                              
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初めてここを通った時は、何も知らずに姪とその娘の3人で恐る恐る通ったのだった。
二度目はふんどし息子に乞われ渋々と、怖さを知っているだけにビクビクしながら歩いた。

今回は総勢9人で、しかも宮司の日原先生を始め、ほとんどが何回も来たことのある人達ばかりなのでとても心強い。
何人かは熊避けの鈴を付け、しっかりした足取りで山道を下って行く。

以前と同じ道とは思えない程、安心感を持って歩くことができた。
とはいえ巨石を乗り越え滑り降りながらの道のりは簡単ではない。

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熊笹やシャクナゲをかき分け細い山道を歩いていくと天狗尾根が見渡せる場所に出る。
岩の先がオベリスクのように尖っているように見えるのは、剣が鎮座しているからだ。

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天狗尾根を目指して巨石をよじ登る。
 
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飛び越える。

天氣がよく、天狗尾根と富士山の姿が美しく望むことができた。

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国師岳から40分ほどで大嶽山の元宮に到着。

ここは今まで2回来てどうしても見つけることができなかった祠だ。
今回3回目にしてようやく来させて頂くことができた。

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明治時代に折れてしまったという剣が祠の上に刺さっている。

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磐の隙間に作られた祠は畳3畳ほど。
入ってみるとカマクラのような風情。

前回先生がご祈祷された時に奉納したという木の板には平成12年とあった。
ということは15年振りの御神事ということになる。
そんな時に来させて頂けるとは、なんと光栄なこと。
ありがたし!!

平成9年に奉納された幕を新調し祠の整備をしようと所沢の講の方々が思い立って下さったのが、今回元宮に来るきっかけとなった。
幕を付け替え、お供物を捧げる。

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酒、塩、水、卵、ミカン、講のKさんが作られたというスイカ等。
そしてわたし達の朝食にしようと思い持って来ていたバナナと、白くて丸かったが潰れて餡子がはみ出たお饅頭もお供えさせて頂いた。

日原先生がスッといなくなったと思うと、あっという間に何本かのモミの枝を携えて帰ってきた。
なんて身軽なんだ!
天狗が乗り移ったか?

そのモミの枝に紙垂(しで)を付け玉串を作り、皆に渡して下さり、日原先生の先導の元、全員で心を込めてご神事を行う。

その後祠の巨石の上で直会をする。
動物が来るといけないので、お供えした食べ物は皆で戴いた。
こんな場所でスイカを戴けるなんて、すっごく贅沢。

15年前、お供物として卵を持ってきた時、狭い祠の中で転がった卵をどうしても見つけることができなかったんだとか。
「もしかしたら神様が召し上がったのかもしれません。」などという不思議なお話を、ゆで卵とお饅頭を頬張りながら伺う。
やっぱり神様は卵がお好きなんだろうか・・。

そうこうしているうちに、帰る時間が近づいてきた。

登りたい人だけ、そそり立つ剣のある場所までよじ登ることに。
かなり危ないし、コワい。
が、この機会を逃すともうこの場に立つことは一生不可能な氣がして、恐怖心を乗り越えわたしも登ってみた。

こ、怖い。
もし足を滑らせでもしたら一巻の終わり・・。
恥ずかしながら這いつくばるふんどし息子とわたし。

その高さゆえ、コワくて立ち上がることができない。

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そんな中、Kさんは雄々しく凛々しくすっくと立つ。

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あー、他人事ながらお腹がワキワキする!

ふと横を見ると、Iさんが避雷針のアースと思われるナイロンコードをザイル替わりに摑まりながら降りようとしている。

きゃー、やめてっ!!
そんなものに全体重をかけたら、下手をすると外れちゃうかもしれないじゃないですかぁ!!

心臓がバクバクする。
こんなとこ、救助隊は来ませんよ!

こちらを見ると6歳の先生のお孫さんが岩の切れ目があるのに平氣で歩いている。
あ、ぁ、ぁ・・もしそこに落っこちたら・・。

怖いよう。
見ているだけでお腹がヒュッとする。

お願いだから氣をつけて!
ホント、命にかかわるからね。

それにしてもよくこんなところにこの剣を立てたなあ。
どうやってこれらの資材を持って来たんだろ。

大嶽山の由緒にはこのようにある。

『人皇十二代景行【けいこう】天皇の御代、日本武尊【やまとたけるのみこと】東夷御征定【とういごせいてい】の砌【みぎり】、甲武信の国境を越えさせ給う時神助【しんじょ】を蒙り、神恩奉謝の印として国司ヶ岳の天狗尾根(2,159M)に佩剣【はいけん】を留め置き三神を斎【いつ】き祀る。(現・奥宮)

 第四十代天武【てんむ】天皇の御代、役行者小角【えんのぎょうじゃおずみ】当山(現・社地)の霊験なるを以て修験道場として開山、不思議にも昼夜連日鳴動して止まず、以来当山を「大嶽山鳴渡【なると】ヶ崎」と呼ぶ。
第四十四代元正【げんしょう】天皇養老元丁巳【ひのとみ】年(717年)三月十八日奥宮より遷座【せんざ】す。』

ふーむ、あの剣は日本武尊が東夷御征定の時に祀ったものが受け継がれてきたのね。
凄いなあ。

今となってはその艱難辛苦を想像するしかないが、先人方の努力と信仰心に頭が下がります。

もしここに来てみようと思い立った方、清浄な氣を乱さぬようにお願いします。
神様は必ずご覧になっていらっしゃいます(と思う)。

危ないですからくれぐれもお氣を付けてくださいね。
そして自己責任でお願いします。

ホント、お腹がワキワキするほど危ない場所がいっぱいですからね!
なめちゃイカンよ。

あ、できたら「白くて丸いもの」を忘れずに。

つづく

大嶽山那賀都神社の元宮(奥宮)に行ってきた(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

8月2日、お客様がチェックアウトをされた後、大嶽山那賀都神社の大祓に行ってきました。

大祓は、我々日本人の伝統的な考え方に基づくもので、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、自らの心身の穢れ、そのほか、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的としているという。

「それでなくても邪なことを考えがちなわたしのようなタイプは、なんとしても穢れを払って頂かなければっ!」と清流の流れる参道を一人急ぐ。

やっとのことでたどり着くと随神門には茅の輪ができており、すでに御神事が始まっていた。
茅の輪をくぐり終えるとまず宮司さんが大嶽山を流れる渓流に人型やヒノキの幣を流す。

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その後善男善女がそれぞれの罪穢れのついた幣を投げ入れる。

昔ながらのやり方で、「川が汚れる」だの「環境汚染が!」などとしゃらくさいことを言わないのも好もしい。

大祓の御神事の後、オカリナ奏者佐藤一美さんの奉納コンサートが行われた。
演奏者の頭上にはまばゆい天蓋ならぬブルーシートが張られ、観客は丸太の上に置かれた材木やゴザに座り、しばしの現世の憂さを忘れる。

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川のせせらぎと共に森に響き渡るオカリナの澄んだ音色・・。
「あぁ・・穢れがオカリナの音色と共に浄化されていく(ような氣がする)」と感動すること、しばし。

んが!
今回わたしが一番驚き感動したのがこのコンサート中に出されたおやつ。

オカリナの美しい調べを聴きながら、それぞれお弁当を食べたり木陰で居眠りをしたりしている中を、神社のお手伝いの方が何かを配り始めた。

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「神社が手作りしたジャガイモの素揚げです。よかったら召し上がってください。」

お皿の上には素揚げされ爪楊枝のささった美味しそうなジャガイモが大量に並んでいる。

凄いなあ。
こんなことをしている神社って、他にあるだろうか。

しばらくすると、またまた何か配り始めている。

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「よろしかったら一つずつ取ってください。煮物です。」
今度は小さな袋に入れられた煮物が配られた。

皆、嬉しそうにつまんで頬張っている。

こ、こんなことまでしてくださるとは。

いいんですか?
こんなに美味しいもの、タダで戴いちゃって。
大丈夫なんですか?

まったくもっていつもながら大嶽山の心のこもった対応に感動させられる。
むしろこの世知辛い世の中、こんな神社が存在すること自体、奇跡のような氣もする。

ネットで調べていたら「この近くでは秩父の三峰神社が有名ですが、 最近超絶パワースポットとして有名になりつつある大嶽山那賀都神社は隠れ家的な最強パワースポット です。」という文章付きの動画があった。

そんなスゴイ神社というのに、全く偉ぶることもないこの「おもてなし」の精神。
頭が下がります。

あたしゃ、声を大にして言いたいよ。

みんな、是非一度「大嶽山那賀都神社」に行ってみろし!
そんでもって是非ご祈祷を受けてみろし!!

霊験あらたか、大好きになること間違いなしっ。

はっ!
いかん、いかん。

「大嶽山那賀都神社の元宮に行ってきた」を書こうとしていたんだった。

ふんどし息子の法螺貝の音を後に、大嶽山那賀都神社の元宮に向け出発したわたし達。
なんとか順調に「国師ヶ岳」 に到着しました。

富士山も見え、覗き込むと左下に大嶽山那賀都神社の元宮の剣が見える。

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そのまま行くと『お知らせ  西沢渓谷方面へ至る森林軌道跡の歩道が崩落し危険なため通行を禁止染ます。三富山岳救助隊』という恐ろしげな看板が立っているが、取りあえず無視して進む。

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しばらく行くと腐りかけた標識があるので西沢渓谷方面に熊笹をかき分け進んでいく。。

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ここが人のほとんど訪れることのない大嶽山那賀都神社の元宮への入り口なのでした。


つづく
プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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