今年のマキオカの営業が無事終わりました。

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

11月24日、今年のマキオカの営業が無事終わりました。
今年最後のお客様は、皆FBでつながることができた方ばかり。
面白い時代になったものだと実感しています。

今回の2泊3日の貸切キャンプ、数回お会いしたことがある方もいれば初対面の方もいて老若男女さまざま。
そのキャンプにわたしのみならずふんどし息子もご一緒させて頂きました。

新月であり新嘗祭でもある11月23日は地震までおきた摩訶不思議な日となりました。

そもそも新嘗祭という言葉や意味はわたし達の世代はあまり習ってこなかった。
でも調べてみると、新嘗祭は日本人としてとても大事な日なんですね。

「新嘗祭」
『新嘗祭は、新穀の収穫を神に感謝するお祭りのことで、毎年11月23日に行われています。
「新嘗」とは、その年に収穫された新しい穀物を食することをいいます。
新嘗祭は、日本の古くからの重要な祭儀であり「豊葦原の瑞穂の国」の祭祀を司る最高責任者である天皇が、その年にとれた新穀を天神地祇に供えて、 農作物の収穫に感謝するとともに、自らも初めて召し上がれる祭典です。
この日は祭日で、全国の農山漁村ではもちろんのこと、それぞれの地方で神社に新穀を捧げ、その年の収穫を神々に感謝してお祝いをしてきました。』

戦後に11月23日は勤労感謝の日と変えられましたが、新嘗祭は元々天皇と国民とが一体となって天地自然の神々に感謝し、収穫を喜び合う全国民的な祭典だったらしい。

なんで変えたんだ。
いいじゃないか、新嘗祭で。

神社の名前を変えたりお祭りの名称を変えたり家族制度を変えたり。
小賢しいんじゃ、まったく。

おかげでハロウィンに参加するけど新嘗祭を知らない日本人ばかりになってしまった。
実はハロウィン、すさまじい意味があるというのも知らないで。

「ハロウィン」
『ハロウィンは、本来約2500年前にアイルランドのケルト( Celt )族がサムハイン( Samhain )と呼ばれる死の神に仕えて死んだ後、人間の魂は、サムハインで救われるという宗教から始まった。
ケルト人は、一年に一度、サムハインの神をなだめるために犠牲をささげ、その日が一年の終わりの日である10月31日に行われた。
ケルト人は、過酷でかたくなな民族なので、犠牲をささげるときは人々まで焼いて捧げたと伝えられている。
そして、その宗教団体は、夜に黒い服と黒のフードをかぶり、トーチを照らして村ごとに訪ねては強制的に処女を生け贄とし、人身犠牲をささげ、町に行っては "処女を捧げるか、死ぬか? "と促して、処女を捧げない村は完全燃焼させてしまったという。』

ちょっ、あんた「処女を捧げるか、死ぬか? 」って・・・。
こ、こわいじゃないですかぁ!!

いつもの「いいのっ、楽しいんだから!」というセリフを言いたいところだけど、これはイカンやつだ。

ハロウィンの禍々しさに比べて新嘗祭の「天地自然の神々に感謝し、収穫を喜び合う」という清々しさはいかばかりか。
若者よ、渋谷で仮装して騒いでいる場合じゃないですぞ。

それはともかく。

それでなくても清浄な氣が満ち満ちているマキオカは、参加された方々の素晴らしい氣とあいまって、パワー炸裂の空間となりました。

例年この時期の寒さは相当なものですが今年はいつになく暖かく、明るいうちは紅葉を楽しんで頂き、夜は満天の星を堪能して頂けた。

男性陣はファイアーベースで焚火をし、女性陣はお料理に勤しむ。
ワインあり、ビールあり、日本酒ありの宴が始まる。
皆で美味しい料理に舌鼓を打ちながら大人の談笑が夜空に響く。

が、だんだん日が暮れて宴もたけなわになってくると、皆の様子に変化が。
あれほど大人の風情溢れる様子が一変し、酒盛りする高校生のようになり、終いには中学生のような面持ちに。

盛り上がってきたその時、闇に響く「だ、誰か~!」と助けを呼ぶ声。
「どうした?!」とばかりに若者たちがどやどやと行くと、畑に落ちてひっくり返ってしまったSさんの姿が。
眼鏡を壊してしまったらしいSさん、とにかくお怪我がなくてよかったです。

もちろんSさんだけでなく、酔っぱらいが続出。
歌を熱唱する者あり、焚火の炎を一心に見つめる者あり、椅子から転げ落ちる者あり、げらげら笑う者あり(わたし)。
混沌の楽しい楽しい夜でした。

わたし?
もちろんしたたかに酔っ払いましたとも。
参加者の方が持ってきた貴重な蜂蜜を瓶ごと飲もうとしてふんどし息子に頭をはたかれ、逆切れしていたらしい。
あー、オソロシイ。

後からいつも反省するんですが、年のせいか自分が誰にどんな話をしたか覚えていないことがよくある。
だからわたしがお酒を飲んで同じ話をし出すのは酔っぱらった兆候だと思われる。
さらに聞きたいことがあると大人としての配慮や氣使いは全くなくなり(普段でもたいしてないんですが)子ども心でサクッと聞きにくいことも聞いてしまうらしい。
もしわたしと酒席をご一緒する機会があり、同じ話をし出したら「その話、さっき聞いた。」ときっぱり言ってくれるとありがたいです。
そして失礼の段お許しください。

ほんとにほんとにお願いしますねっ。

まあ、楽しいお酒を飲んで恥をかくのは人生の醍醐味と思っている節のあるわたしとしては、これからもガンガンいくつもりですが。

それはそうと。

今回備品小屋の横の白樺の大木を切り倒しました。
キャンプに参加された男性の皆さんにお願いして一緒に片づけをして頂いたり、オブジェや椅子を作って頂いたのですが。
Fさんが丸太を削っていると、ピースの顔のマークとそっくりの模様が出てきました。
まるで今回のキャンプを象徴するような、今後のマキオカを占うようなニコニコ顔。

ちょっと感動。

このオブジェはマキオカの入り口に設置してもらい、来年お客様をお迎えすることとなりました。
是非見にいらして下さいね。

写真を載せたいと思っていたのですが、23日カメラが壊れてしまいました。
7年前娘の結納の為に買い、今回のキャンプに参加されたご夫妻の満面の笑みで寿命を迎えたカメラ。
今年を締めくくるのにふさわしい幕切れだったと思います。

今年のマキオカは新しく生まれ変わりました。
ティピィもベランダも新しくなり、より一層お楽しみ頂けるようになったと自負しております。

また来年マキオカでお待ちしております。
ありがとうございました。

つづく

※キャンプに参加された方から写真を提供して頂きました。
丸太のピース顔をご覧あれ!

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猛母がマキオカにやってきた

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

先日新しくなったティピィとベランダを見たいというので、間もなく85歳になる母とマキオカに行ってきました。
この夏ヘルニアの手術をした母にとっては久しぶりの遠出です。

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以前にも母について書いたことがあります。

母の人生

あれから一年半経ち、老いた者の上にも若き者の上にも時間が同じように流れている。

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お宮参りをしたばかりだった孫は、自在に駆けずり回りしっかり意思表示をするようになった。
母は一見変わらないように見えるけれど、確実に老いている。

自分自身を振り返ってみると、シワも知り合いも増え、以前より日々が楽しくなっている氣がする。
そして年を取るにつれ母の影響力の大きさに氣が付くようになってきた。

わたしの母は、かなり個性的な人生を歩んできた人。
妻2人に先立たれ(!)子供8人を抱え(!!)困っていた20歳も年上の(!!!)、会社を興してブイブイいわせていた父と知り合い、騙されて(本人談)結婚した、と事あるごとに子どもの頃から聞かされてきた。

父と20歳も離れていたとはいえ、完全に尻に敷いていたと思われ、父は頭が上がらないでいた。
まあ、母に頭の上がる人はわたしの知る限りいないんですが。

一代で事業を起こして、世界を股にかけ商売をし怖いもの知らずだった虎男ですら、唯一母には頭が上がらなかった。
いや、頭が上がらないどころか、若いころ勉強を教えてやったとか頭を物差しで叩いたとか、散々皆に吹聴され、ことあるごとに叱られて小さくなっていた。
虎男の息子の結婚式の際、新郎の父としての挨拶が酔っぱらい過ぎてできず、親族はもちろん式場のスタッフも困り切り会場が凍りついた時も、つかつかと前に出て虎男の頭をぴしゃんと叩き首根っこをつかんで引き摺り下ろしたのも母だった。

母の凄いところは、父の連れ子のみならず、前妻の親族とも親しくお付き合いをし、とても信頼されているところ。
姑にもかなり虐められた(本人談)ようだが、最期はしっかり看取り信頼を勝ち取っている。

そして今、親族中のゴッドマザーとして君臨している母。
先日も態度の悪かったひ孫を躾けるために、お尻を思いっきり叩き、泣き叫ぶ7歳児を部屋から引き摺り出していた。
まさに猛母と呼ぶにふさわしい。

ここまでの道のりは大変厳しかったと思われるが、母の苦労話はとても面白い。

母は40年以上前、九死に一生を得ている。
知人の結婚式に出席するために東名自動車道を走行中に後部座席で事故に遭い、頭でリアガラスを割って投げ出され、テレビに死亡と出た。
お医者様に「生きても後遺症が残る」と言われながら無事生還。
それ以外にも硬膜下血腫、胆嚢摘出、大腸がん等、満身創痍。

母は持病の喘息もあり、若いころは周りの元氣なお友達を見て羨ましく思ったようだが、あにはからんや、一番元氣に長生きしている。
そして父の事業が失敗して辛酸を舐めまくり経済的にも相当苦労したようだが、今は孫や娘に囲まれた悠々自適の生活を送っている。

いや、人生って最後まで分からないものですね。

子どもの頃から勘が強く、近所の人が亡くなってしまうのがわかってしまい親に注意されたとか、不思議な夢を見たとか若い頃滝行をしたとか、わたしのトンデモ好きは明らかに母の影響と思われる。
幼いころ聞かされた地獄極楽の話や、不思議な因縁話はわたしの中で今も息づいている。

親子として生を受けるというのは、どれほどの深い縁で結ばれているということなのだろう。

義理人情に厚く、人の為に労を厭わない母はわたしの一番の理解者であり、人生の先達ともいえる人。
いつも普通の親なら止めるであろうわたしのぶっとんだプラン(突然会社を辞めて独立するとか、山を開拓してキャンプ場を作るとか)を応援してくれた。
本当に感謝に絶えない。

感謝の意味も込め、マキオカの帰り塩山のお気に入りのフレンチレストラン「竜」に連れて行きランチをご馳走した。

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テーブルを挟み、久しぶりに母の顔をまじまじと見る。

ふと氣が付いたんですが、母は若い頃より10キロ以上痩せてシワは深くなったものの、枯れたような美しさが出てきたように思われる。

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これは・・。
もしや同じ遺伝子を持つ者として、わたしも年を取ったら労せずして痩せていくのでは?
人間年を取れば食欲にそれほど振り回されることもなくなり、シワが増える代わりに体重も減り、それなりの枯れた美しさを手に入れることができるのだとしたら。

ふっふっふ、中年の肥満、恐るるに足らず!

太陽の下に咲く向日葵も美しいが、雪原に佇む松の枯れ枝も美しい。
ルノワールも素敵だけれど、墨絵も素敵。

もういちいち体重やら血圧やらの数字を氣にするのは止めよう。
食べたいものを食べたい時に食べ、医者には極力行かず、薬もできるだけ飲まないで怖がらず年を取って行こう。

素敵な笑い皺がたくさんできるような人生を送って行こうと、固く心に決めたわたしなのでした。




つづく



ウソも百回言えば・・・。

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

いやー、驚きました。
トンデモ好きのわたしをして「やっぱり?でもマジで?」と言わしめた以下のお話。
秋山豊寛さんは初めて宇宙に行った日本人で、ジャーナリストでは初めて宇宙空間から宇宙を報道した方。

アポロ11号の有人月面着陸は、捏造だった

わたしはちょうど「20世紀少年」の世代。
リアルタイムで月面にアポロ11号が着陸するというのを聞き大興奮し、アームストロング船長が月面へ足を踏み出した際に発した「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」というセリフに「アメリカ人はとっさにカッコいいセリフを言うもんだわい。」と感心した一人。

そ、それなのに行ってないって、あんた。

わたしだって知ってますよ、月に行ってないっていう噂は。

「月面は真空であるはずなのに、写真や映像に写っているアメリカ合衆国の国旗(星条旗)がはためいているのはなぜか。」とか「アポロ計画の中でも月面着陸に関するミッションのみ成功率が異常に高く、地球周辺の実験やその後の火星に送られる簡単な無人探査衛星は失敗続きだったのはなぜか。」とか。

「着陸船・司令船に組み込まれたアポロ誘導コンピュータの性能は、自動車や1980年代の家庭用ゲーム機のそれよりも劣るのに、なぜこれで月まで航行することができたのか。」とか。

だいたいから言って、欲深なアメリカがアポロ計画の後、地球軌道より向こうへ人類を送っていないこと自体、どう考えてもおかしい。

が、さすがは子どものころからディベートで屁理屈を鍛えるお国柄。

ああ言えばこう言う。
賢そうな反論を読んでいると「よく分からないけど、そうかもね。」と思わされていた。

でも今回の秋山さんの話は今までのモノとはまるっきり違う。
初めて宇宙に行った日本人の言うことには説得力があります。

んもう!
すっかり騙されちゃってたよ。

疑いながらも心のどこかで「でも国を挙げてそんな下らないこと、ホントにするんだろうか?」と、最後まで信じたいというか、常識から抜け出せないでいた。

だって月面着陸は世界中で生放送し、万博では月の石を見るために何時間も並び、教科書にも出てるんだよ。

ま、これを観たら「やっぱ、そうだったのね。」と信じざるを得なくなったけど。

http://www.youtube.com/watch?v=VIctaJO3TtY&NR=1

このブログを読み「え?今更?おばさん、情弱過ぎ。」と失笑している人もいるかもしれない。
もしくは逆に「またこんなトンデモ話信じちゃって。そんな訳ないでしょ。ばっかじゃないの?」と鼻で嗤っている人もいるかもしれない。

・・あれ?どう転んでもいいことないか。

いいのっ。
自分だけ騙されてたと思うと悔しいから、皆さんにもご一緒に悔しがってもらいたいのっ!

それにしてもこの秋山さん、ちょっとスゴイ。
1995年からは福島県へ移住した上で、「あぶくま農業者大学校」を主宰していたが、3・11の際、知人から電話で集めたいくつかの情報に基づいて地震の翌日には福島の自宅を離れている。

秋山さんはいう。
『私は本能的に政府当局が守ろうとするものを知っています。
だから私は政府を信用しないのです。
当時私にとって最大の情報は、米国のオバマ大統領が在日米国人に対して、福島第1原発から半径80キロメートル以上の遠くに避難することを命じたことでした。
それ以外に信用できる情報はありませんでした。
日本政府は、嘘をつく方向にありました。
私は3月16日までは福島第1原発から60キロ離れた郡山市に滞在しました。』

うーむ、自分で情報を集め自ら判断できるってスゴイ。

ガッコの先生がなんと言おうとも、政府がなんと言おうとも、自分の直観と情報で生きていかなければまんまとやられちゃうことがよく分かりました。

そして常識といわれることの危うさも。

でも月面着陸の映像に関わったとされ、逃げるようにイギリスに移住し飛行機にも決して乗らなかったというスタンリー・キューブリックは、正式な死因が明らかにされていない事もあり、暗殺されたのではないか、など様々な憶測を呼んでいる。

こんなこと言っちゃって、大丈夫なの?秋山さん。
氣を付けて頂きたいものです。

それはともかく。

まったく今の時代、何を信じたらよくて何を信じちゃいけないかを見極めるのは、まことにもってムズカシイ。

月に行ってないってことは、じゃ、アポロが月に行った時、実は宇宙船を見たって話もウソなの?
月の裏側は宇宙人の基地があるっていうのも?

確かにそういうことにしておけば「だから行けるけど行かないんだもんね。」と言えるわけで。

ってことはあの映画『アポロ13』もウソで、当時の司令室の緊迫した様子も皆演技だったってわけで。

ウソの上塗りをしてたってわけですね。
アホクサ。

そりゃアームストロング船長、カッコいいこと言えますよね。
プロの脚本家が書いていたんだろうから。

考えてみると笑えますな。
これぞ基地外・・。

最近よく「宇宙人詐欺」って聞くけど、すっかり詐欺にはまっていたと思われるわたしなのでした。

とほほ。



つづく

古事記古古道 体感ツアーに行ってきた(21)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日で「古事記古古道 体感ツアーに行ってきた」も最終回。
長々とお付き合い下さった皆様、ありがとうございました。

大迫力の「鳴門の渦潮」の前で、磐笛と祓祝詞を奏上することができ、達成感いっぱいのわたし達は再び車に乗り込んだ。

飛行機に乗るまであと3時間あまり。

とにかく貧乏性のわたしはギリギリまで楽しみたいタイプ。
鳴門町にある「大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)」に行くことにする。

「大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)」
『御祭神
大麻比古大神  猿田彦大神
阿波国一宮。通称として「大麻さん」とも呼ばれ、阿波国・淡路国両国の総鎮守として、現在は徳島県の総鎮守として信仰を集める。』

大麻比古神社について調べると、明治以前は阿波忌部氏の祖の天日鷲命とされていた祭神を、明治以後は猿田彦大神と天太玉命としたらしい。

また明治時代か。

歴史を遡ると現代に比べ格段に政治と密着していたであろう神社は、それ以前も権力闘争や為政者の思惑により、わたし達が思っている以上に時代の波にさらされてきたであろうことは想像に難くない。

大麻比古神社のご祭神の大麻比古神は忌部一族の先祖の神である天日鷲命の子なんだそう。
社歴によると神武天皇の御代に天太玉命の孫にあたる天富命が勅命を受けて、肥沃の地を求めて阿波の国に到り、麻楮の種を播種し、麻布木綿を製して殖産興業の基を開いた、とされている。

「大麻」の名の通り、もともとこのあたりでは麻がよく栽培されており、朝廷に献上されていたとのこと。

もう一方のご祭神の猿田彦大神は天孫降臨(てんそんこうりん)の時その道案内の役をつとめられた神様で、先導の神、導きの神とされる。
昔、大麻比古神社の裏に聳えている大麻山(おおあさやま)の峯にお鎮まりになっていたのが、いつの時代か大麻比古神社に合わせ祀られたと伝えられている。

ここは天津神(あまつかみ)一族に属する天太玉命の子孫の神と、国津神(くにつかみ)族である猿田彦大神を一緒に祀っている神社なんですね。

境内に入り、階段を上ると、目の前に樹齢千余年といわれる御神木の楠がある。

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そう言えば、何かで大麻比古神社の狛犬の右前足に「大麻を吸ってる老人」としか見えない彫刻の画像を目にした氣がする。

ふむふむ、どれどれ?
おお、これか。

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物見高いわたしは、以前見たことがある写真の実物を見られてちょっと嬉しい。
何でしょうね、この心理。

煙の部分は、確かに大麻の煙に見えなくもない。
大麻の煙、見たことないけど。

そのまま本殿に進むと、またしても狛犬が鎮座している。
今度はよだれを垂らしている。

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うそ。

トカゲが涎掛け(?)からなかなか離れず、狛犬の肩に乗ったりして遊んでいたのでした。

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今日は本当に神社の生き物とご縁がある日。

絶対神様が寿いで見送って下さっているに違いない、と思い込むわたし。
うん、絶対!

こういうのって、思ったもん勝ちというか、言っちゃったもん勝ちだと思うの。

ところでカエル、クワガタ、カニ、トカゲ。
共通点は何でしょう?
思いついた方、是非ご意見お聞かせください。

トカゲを横目に大麻比古神社を参拝させて頂き、今度は「徳島ラーメン」に挑戦するべく「食べログ」でふんどし息子が選んだ「いのたに」に向かう。

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本当は「びんび屋」で食べた刺身定食が消化しきれておらず、お腹はそれほどラーメンを欲していない。
が、ふんどし息子はラーメンが大好きで「徳島ラーメン」をとっても楽しみにしている。

仕方ない、付き合うか。
今日を逃すと本場「徳島ラーメン」食べられないし。

お昼時を過ぎているせいか、わたし達以外客はいない。
大盛りを頼もうとするふんどし息子をなんとか止め、卵入りを注文する。

来た来た、ふんどし息子待望の徳島ラーメン卵入りが。
茶色いスープにばら肉、生卵が浮かんでいる。

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一口スープを口にした息子の「あれ?」という顔。

うーん・・残念ながらちょっとぬるい。
そしてしょっぱい。
肉は・・堅い。

黙々とラーメンをすする親子。

静かに「ご馳走様でした・・。」と呟き、言葉少なに車に乗り込む。

ま、お腹いっぱいだったしね。
期待、大き過ぎたしね。
一応「徳島ラーメン」経験できたしね。

氣を取り直し、ガソリンを満タンにした後、ビクビクしながらレンタカーを返す。
保険をケチっているんだから傷なんかあったら大変。

チェックした社員の方が走行距離を見てちょっと驚いている。

ご、ごめんね?
こんな金額で4日間も車を乗り回されたら、レンタカー会社としては商売上がったりだよね。

それなのに、荷物がたくさんあるからと言って空港まで送ってくれたタイムズの社員の方、なんて優しいんだ。
心からお礼を申し上げる。

やっと徳島阿波おどり空港に辿り着き、無事わたし達の「古事記古古道 体感ツアー」は終わったのでした。

それはそうと。

最終日、Mさんがもう一か所連れていって下さった場所があった。
そこでは化石採集ができるかもしれないという。

わたしにはただの石ころが転がっているように見えるのだが、さすが博識のMさん。
「これは他と違うでしょ?化石ですよ。」と15センチほどの石を渡して下さった。
手にすると、ずっしり重い。

ほう、これが化石。

もしかしたら阿波の古代人が一生懸命磨いたのかもしれぬ。
ちょっと大きくて重いけど、せっかくだからお土産に持っていこう。

しばらく歩くと「またありました。」とMさん。
これも同じくらいの重さがある。

「どっちがいいかな。」と話していると「両方持っていけばいいじゃないですか。」と仰る。

二つ合わせると、結構な重さになる。
ま、いいか。

また歩いていると「ほら、これもそうですよ。」と、ずっしり重い同じくらいの石を渡して下さった。

・・・。

そんな訳で、空港に着いた時、旅行鞄の中には重さで持ち手の伸びたビニール袋に入った三つの化石が入っていた。

でも悠久の時を超えたこの石達は、海を越えて我が家に来るのをよしとしてくれるのか?

心配になったわたしはオーリングテストで直接石に聞いてみることにした。

「オーリングテスト」
『「生体そのものが極めて敏感なセンサーで、毒物を近づけたり、体に合わない薬剤を手に持たせたりすると、筋の緊張は低下し、逆に有効な薬剤では緊張が良好に保たれる」という原理に基づいている。
親指と人差し指をくっつけて"O"の形にし、その筋力の強弱で診断や薬の選択を行う謎の技術である。』

初め、わたしが親指と人差し指でオーリングを作り、ふんどし息子が指を離そうとする。
ふむふむ、そこそこ離れちゃうね。

次に、片手で石を触り、もう片手でオーリングを作る。
再びその指をさっきと同じように離そうとするふんどし息子。

先程と比べ、がっつり指が離れません。
三つともやってみましたが、指はしっかりくっついていました。

おお、石さん達、来てくださるんですね。

阿波おどり空港のベンチで周囲を見渡し、コソコソと何やらやっている怪しい親子。
またしても「関わりを持ったらイカン人」モード満載になっている。

いいのっ、面白いんだから!
こういう人知を超えた、というか得体のしれないカンジが好きなの!

こうして我が家に三つの化石(たぶん)が鎮座ましますことになったのでした。

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とにかく密度の濃かった阿波の旅。
たくさんの方にお会いできて、本当に楽しかった。

そして「古事記古古道」について書かせて頂いたお蔭で、思いもかけずたくさんの方がこのブログを読んで下さったようだ。
直接はお会いできていない方も含め、ご縁を戴けて本当に感謝しています。

天照大御神が岩戸から出て来られて、今まで真っ暗だった世の中が急に明るくなり、神々は喜びのお言葉を発する。

『天晴れ(あっぱれ)、あな面白(おもしろ)、あな手伸し(たのし)、あな清明(さやけ)おけ』

現代は岩戸の時代といえるのではないだろうか。

偽の光はあるけれど。
偽の八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)が溢れているけれど。
そこにいる思金神(オモイカネ)は、天宇受賣(アメノウズメ)は、本物か。

暗闇にじっと膝をかかえる天照大御神になっていてはいけない。
誰かが岩戸を開けてくれるのを待っているだけでは、現代の岩戸は動かない。

ひとりひとりが天児屋命(アメノコヤネ)となり、天手力雄神(アメノタヂカラオ)とならなければ現代の「天の岩戸開き」は決してかなわない。

そして本当の岩戸開きができた時、晴れやかな声で叫びたい。

「天晴れ(あっぱれ)、あな面白(おもしろ)、あな手伸し(たのし)、あな清明(さやけ)おけ」、と。


つづく

古事記古古道 体感ツアーに行ってきた(20)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

阿波の旅もいよいよ終わりが近づきます。

午前中、蒲生田(かもだ)岬、八幡神社、大宮八幡神社、津峯神社(つのみねじんじゃ)と駆けずり回ったわたし達。
この後決まっているのは13時出航の観潮船で鳴門の渦潮を見ることと、17時30分の便で帰ること。

知らなかったけど、渦潮はいつでもダイナミックな渦潮が見られるわけではないらしい。
渦潮には「見ごろ」があり、満潮時と干潮時の前後約1時間半が渦潮の見ごろだということを知り、前日パンフレットで満潮時にいちばん近い観潮船の時間を調べておいたのでした。

とにかく13時までに鳴門に行かなければ。
その前にできたらMさんに教えて頂いた「びんび屋」というお店で昼食を食べたい。

すでに11時半を回っているというのに、どこまでも貧乏性のわたしの辞書には「ゆっくり」「のんびり」という文字はない。
ナビで検索すると「びんび屋」到着予想時刻は12時20分。

急がねばっ。

何故そんなに焦るのか、不明ではある。
行かなきゃ行かないでいいんだし、観潮船に乗った後行ってもいいんだし。

が、とにかく時間を無駄にしないように、何かに駆り立てられるように道を急ぐわたし。
・・要は好きなんですね、ギュウギュウのスケジュールが。

ハンドルにしがみ付き、海沿いの「びんび屋」に着いたのは12時10分。

勝った!!(何にだ?ナビにか?)

活気があり、荒々しい店内はまるで魚市場のよう。
次々に客が来るので、相席は当たり前、というか何かお願いできる雰囲氣は微塵もない。
忙しそうに立ち働くおばちゃんを呼び止めるのも氣を遣う。

わたしはキョロキョロ観察した結果「ここは刺身を食べなくちゃイカン所だ。」と瞬時に判断し、刺身定食を注文する。

ついさっき捌いたんですか?と聞きたくなるような分厚く新鮮な刺身。
おお、これぞ海辺で食べる豪快な漁師料理。

歯ごたえのある刺身に齧り付きながら、ふと前を見ると、独りで来ているらしい中年のサラリーマン風のおじさんが天ぷら定食を注文したらしく、ナスの天ぷらを食べているところだった。

何故刺身を食わん、ここまで来て。
ナス天なんか、夢庵で食べればよかろう。(大きなお世話)

目の前のおばさんに密かになじられているとは夢にも思わず、天ぷらを満足そうに食べるおじさん。
そのおじさんを横目に、刺身定食を堪能したわたし達は観潮船に乗るべく、大急ぎで「びんび屋」を後にしたのでした。

ちなみに「びんび」とは魚がぴんぴん跳ねることを表しているそうです。

観潮船乗り場に着いたのは12時50分近く。
ふう、勝った。(だから何にだ!)

急いでチケットを買うと、搭乗が始まる。
平日にもかかわらず、意外に大勢の人たちが乗船する。

実は今回鳴門に来るにあたって、わたし達にはやりたいことがあった。

3・11の後、わたしに大きな影響を与えた日月神示。

l3・11と日月神示

その中の文言に

日月の巻 第12帖 (185)
「鳴門とうづうみの仕組も型して呉れよ。」

日の出の巻 第18帖 (231)
「 海の御用とは 海の鳴門(なると)と 海の諏訪と 海のマアカタと三所へ祀りて呉れよ。」

青葉の巻 第10帖 (479)
「よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用、自分で自分がつとめあげるのぢゃ、人になんと云はれても腹の立つ様では御用六ヶ敷いぞ、
腹立つのは慢心ぢゃと申してあろがな。仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあるのぢゃ、其処に一厘の仕組、火水の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切致してあるのぢゃ。」

月光の巻 第56帖 (843)
「これと一応信じたらまかせきれよ。梶をはなして鳴門の渦の中にまかせきれよ。まかせきるとひらけてくるのぢゃ。悟れたようでゐて、そなたが悟り切れんのはまかせきらんからぞ。」

あまりの難解さから書記した天明自身も当初はほとんど読むことが出来なかったという日月神示。
日月神示の文中にも「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれているほど、未だにその解釈は物議を醸している。
その日月神示の中で何度も出てくる「鳴門」。

以前から行ってみたいと思いつつ、遠いからあきらめていた「鳴門」に今立っている。

「せっかくだからこの『鳴門』で磐笛を吹き、祓祝詞を奏上しよう。」と親子で意見が一致した。

が、あまりに乗客が多い。
どこかないか、どこか。

しかし、どこへ行っても老若男女が溢れている。
無理無理、絶対無理。

さすがにここで祓祝詞を奏上する勇氣は、ない。

あの白装束のおば様方だって、見ていたのはわたし達だけだった。
ふんどし息子が「竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘の小門(をど)の阿波岐原(あわきがはら)」で禊ぎ祓いをした時だって、辺りを数台の車が走っているだけだった。

こんな衆人環視の中、磐笛を吹き祓祝詞を奏上するなんて、常識人のわたし(そうか?)にできるワケないじゃないですかあ!

あきらめるしかないのか?

キョロキョロしていると、階段の前に乗務員の方が立っている。
何かと思って聞いてみると「千円払うと二階の特別ラウンジに行ける」とのこと。

これだ!

いつもだったら「千円?そんなら一階でよろしい。」と即却下だけど、今回はすぐ出しましたとも。
二人分、二千円。
普段はケチでも出す時は出すオンナなんです。わたしだって。

特別ラウンジに上がってみると、客は数えるほどしかいない。

ふっふっふ、これなら大丈夫。
いけまっせ、奥さん。(誰?)

こういう時だけ抜け目ないわたしは乗務員をつかまえて、一番渦潮が見やすいベンチを教えてもらう。

しばらくすると「ザザザァァ・・・」という音が聞えてきた。
いよいよ観潮船が渦潮に近づいたらしい。

                 IMG_3294_convert_20141105143631.jpg


おお、凄い。
凄いっていうか、なんというか・・。

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あまりの迫力に、一瞬言葉を失った。

はっ、いかんいかん。
磐笛を奏上するんだった。

慌てて磐笛を出し、親子で吹く。

音が氣持ちよく鳴り響く。
不思議と渦潮の音とは交ざり合わず、海上に溶け込んでいく。

ちらっと横目で周囲を見ると、不思議そうな顔をしてこちらを眺めている3~4人の乗客。
目が合った途端、何事もなかったように目を逸らされた。

「関わりを持ったらイカン人、認定終了」ですね。
分かります。
分かりますとも。
ね?(涙)

でも、こうしちゃいられない。

鳴門の渦潮はその大きさを増し、いまや逆巻く渦の飛沫で濡れるほど間近に迫っている。

その渦潮に向かいふんどし息子が祓祝詞を声高く奏上する。

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見ないようにしながら、そっとこちらを窺う乗客の方々。
他人の顔をするわたし。(え?いまさら?)

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大迫力の渦潮を前に、祓祝詞を奏上し終えたふんどし息子。
無言で「どうだ。やり切ったぞ。」と鼻の穴をふくらませる。

とにかく凄かった「鳴門の渦潮」。
想像以上でした。

自然の驚異と、ここにご縁を戴いたありがたさと、乗り合わせた乗客の方々への申し訳なさと視線の痛さ。
一生忘れません。

後は千円分の特別ラウンジを満喫するのみ。
おー、優雅なソファじゃないですかぁ。

満足げに座るわたし。

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ほーほっほ、一階の庶民のイスとはやっぱ、違うわ。
我が家にとっては異例の「特別ラウンジ」にはしゃぐわたし。

これだから貧乏人ってやつは・・。

この後、庶民らしく「鳴門」のワカメをお土産に5個も買ったわたしなのでした。




つづく



古事記古古道 体感ツアーに行ってきた(19)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

いよいよ阿波の旅の最終日。
どこまでも貧乏性のわたしは5時半に目が覚める。

ありがたいことに、Mさんが「午前中なら。」と仰って下さり、9時にホテルのロビーに来てくださることになっている。
ベッドの中で「よし、それまでに昨日海から眺めた蒲生田(かもだ)岬に行こう。」と思い立ち、跳ね起きる。
ふんどし息子を起こして、6時にホテルを出た。

朝早いせいか、車は少ない。
ナビの言う通りに車を走らせるが、思っていたより遠い。

しばらく走ると、だんだん海に近付き、人家が少なくなってきた。
曲がりくねった道を行くと、一本だけある道はしだいに細くなっていく。
やっと灯台の見える海岸に出た。

おお、氣持ちいい。

風が強く、氣を緩めると體が飛ばされそうなほどだ。
海沿いにある石畳の道に波がかかっている。

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ここ蒲生田岬は四国最東端。

『蒲生田という地名,蒲が生い茂る池は,古事記の舞台そのままである。
 素兎は,沖の島からワニの背を数えながら飛び越えてきたというが,ワニは,海神の乗る船の事であろう。
後の山幸彦・海幸彦の物語で,海神の乗る船「ヤヒロワニ」が橘にいると「日本書紀」に書かれている。
橘に居るワニとは,阿南市の橘湾周辺に暮らしていた海人のことであろう。』

蒲生田岬は、古事記で大国主の命が、サメに毛をむしられた白兎の赤い肌を治すのに、ガマの穂綿を使って治したという「因幡(いなば)の白兎」の舞台なのではないか、という。

地名に使われている「蒲」は、「蒲黄」(ほおう)という日本の民間薬で、収斂(しゅうれん)性止血薬としてそのまま傷口や火傷(やけど)に散布薬として用いることができるらしい。

だから古事記は、薬草を使っていろいろな病気や怪我の治療にまつわる当時の人たちの考え方を知ることができる重要な手がかりになり、日本の医薬としての始まりにもあたるといわれている。

古代人の知恵、侮れん。

強い風にあおられながら、灯台を目指す。
急こう配の階段を何とか上り、海を眺める。

岬に連なる岩礁は「橋杭の瀬」と呼ばれる海の難所であるという。
白波が立つ水平線に囲まれていると、ちっぽけな自分の存在に心細くなってくる。

さあ、もう行かなければ。時間がない。

来た道を戻り、途中で見かけた集落の八幡神社が氣になり寄ってみる。
手入れの行き届いた神社は、氣持ちがいい。
お参りを済ませ、ふと見ると、小さなカエルが賽銭箱の辺りにじっとしている。

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「阿波を去るわたし達を見送ってくれるのか?」などと思っていると、突然ふんどし息子が「ひゃっ!」と変な声を上げた。
見ると手にクワガタを持っている。
急に上から落ちてきたという。

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トトロがドングリで意思表示をしたように、阿波の神様がクワガタで?
まさかね。

木にクワガタを置き、八幡神社を後にした。

しばらく車を走らせると、また立派な神社が現れた。
大宮八幡神社というらしい。

巨大な大クスがあり、眺めていると赤い大きなカニが顔を覗かせた。

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どうやら今日は神社の生き物とご縁があるらしい。
いや、阿波は自然が豊かだから、神社に生き物が多いだけなのか?
 
不思議に思いつつ、待ち合わせに間に合うようホテルに急ぐ。
何とか間に合い、Mさんと向かったのは津峯神社(つのみねじんじゃ)。

「津峯神社(つのみねじんじゃ)」
『祭神  賀志波比賣命
社伝では、神亀元年(724年)、神託により、国家鎮護・延命長寿の神として賀志波比賣命を霊山・津峰山の山頂に祀ったのに始まると伝える。
延喜式神名帳には「阿波国那賀郡 賀志波比売神社」と記載されている。』

昨夜お食事をご一緒したOさんが有料道路のチケットを下さったので、8合目まで行けるという津峯スカイラインを走る。
徳島県では唯一の一般有料道路とのこと。

津峯神社はこの有料道路を通らないと行けないらしい。

ケチなわたしのこと、Oさんがチケットを下さらなかったら、絶対に来なかったに違いない。
Oさん、ありがとうございます!

かつてはたくさんの人で賑わい、元旦などは道路が渋滞して大変なほどだったというが、この日はわたし達の車以外見かけなかった。

山頂に着くと、広い駐車場がありリフトがある。
これで神社に行くらしい。

ほう、オモシロイ。
わたし達以外誰もいないので、チケットを買ってからリフトが動き出す。
風が強くカタカタいってるけど、大丈夫なのか?

乗ってみると意外に景色がよく、橘湾や紀伊水道まで一望できる。

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リフトが到着すると、神社の方が待っていて下さった。

掃き清められた境内を行くと、土俵があり、鶏が走り回り鬨の声を上げている。
なんとものどかな雰囲氣。

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『御祭神、賀志波比売大神(カシハヒメノオオカミ)は、人の寿命を司る神様として古来よりその御霊威を尊ばれており、早朝に鶏が鳴くと同時に清水にて潔斎して至誠を込めて祈願をすれば、日に一人の命を助け給うと伝えられております。』

あ、だから鶏がたくさんいたんですね。

「日に一人の命を助け給う」ということで、皆さん早く来るらしい。
この日も「もしやわたし達が一番乗り?」と思ったら、先に来た人が既にいらっしゃいました。

そりゃそうだよね。
わたしのようなものが一番乗りなんかしたら申し訳ない。
「絶対、なんとしても助かりたい!もしくは助けたい!」という方じゃないと。
せっかくの御神威なんだから。

ここから見える景色は素晴らしい。
氣持ちが伸びやかになる。

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古事記では天つ神(あまつかみ)から国造りを命じられた伊邪那岐命・伊邪那美命は、天の浮橋の上にたち、漂う塩水を天沼矛(あめのぬぼこ)で掻き回し大地をつくったと語られている。

神々は「こおろこおろ」と掻き回しながら、修理固成させていった。
次々と島々ができあがりつつあるのを、どんな氣持ちで見つめたのだろうか?
それはここから見える景色に似ていなかっただろうか?

その後下山したわたし達は、Mさんに津峯山が遠くから一望できる場所に案内して頂いた。
ここはMさんが一番好きな場所とのこと。

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ここでMさんにお礼を申し上げ、お別れした。

Mさん、わたし達の為にお忙しい中、三日間もお時間を割いて頂き、本当にありがとうございました。
貴重な経験ができました。

今、日本も世界も揺らいでいる。
そして、隠されていたあらゆることが表に出つつあると言われている。
古事記と阿波もその一つかもしれない。

その原動力となるのは「人のチカラ」。
Mさんの底知れぬパワーと探究心を見習って、わたしも頑張りたいと思います。


つづく

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マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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