蛇之倉山プチ修行ツアーに行ってきた(6)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

蛇之倉山の奥の院の登拝を無事終え下山したわたし達。
時間が押していたので、朝食を食堂で食べる時間がないのではないか、とのお山の方の配慮でお弁当を作って下さっていた。

帰る支度を済ませ表に出ると、仙人が「お弁当を食堂で食べていきなさい。その方がゆっくり食べられるでしょう。」と言って下さる。
時間も何とかなりそうだったらしく、お弁当を食堂で頂くことに。

混ぜご飯と梅のおむすび、おかずがぎっしり入ったお弁当を戴く。
お茶やおかず、漬物ををテーブルに出して下さり、おかわりも勧めてくださる。
そして仙人自ら味噌汁を配って下さった。

仙人の楽しいお話を聞きながら、美味しいおむすびを頬張る。

なんという細かい心遣い。
・・そしてこのおむすび、なんでこんなに美味しいんだ?

わたしのリアル仙人を見る目は奥の院の登拝前と後では全く違うものになっている。
やっぱり無私で物事を成し遂げた人は突き抜けている。
ましてや生き死にを賭けて取り組んだ人は。

そんな感慨を胸に、わたしは帰路に着いたのでした。

それはともかく。

今回のプチ修行ツアー、わたしにとっては全然プチじゃなかった。
激震でした。

さらに衝撃だったのは、若い方々がとても真面目に修行や人生に取り組んでいること。
わたしのようないい加減なおばさんから見れば痛々しいほど。

わたしの年でさえ「スピ系の変わり者おばさん」と見られることに抵抗がある(そうか?)というのに、若い身空ではさぞかし現代社会は生きにくかろうと思う。
そしてわたしのように「だからどうした?面白いからいいんだもーん。」と開き直れるほど図々しくなっていればまだしも、彼らはとても繊細そうで肩を抱いてあげたくなる。

いや、迷惑ならしませんが。
それにわたしだって最初から図々しいおばさんだったわけじゃないですよ。
・・たぶん。

帰りのバスの中で聞くともなく聞いていると、若い女の子が「水行の時、右の草鞋が流されてしまいましたが、何か意味があるのですか?」と先達であり会社の社長であるNさんに質問していた。

いや、あんた。意味って・・。
あのお借りした古くなってぼろぼろの草鞋は足の指をギュッと縮めないとわたしのだって流されそうだったよ。
そんなことを言い出したら、歩く時、頭で「えっと、今右出したから今度左。あ、躓いたから何か意味が?」などと考えながら歩くのと一緒なのではないか。
短氣なわたしなんかは「下手の考え休むに似たり!そんなこと言ってる間にとっとと歩けっ。」と一喝してしまいたくなる。

が、Nさんは質問に一つ一つ丁寧に答えてあげていた。

なるほど。
Nさんの存在があってこそ、彼らにとってここはとても大切な場所になっているのだろう。

昔の村社会では、宗教や信仰がしっかり確立していて、何かあった時や心配事があった時、きちんと受け入れて答えてくれるシステムができていた。
現代は集合体は個としてバラバラにされ、宗教じみたものは全て一緒くたに切り離されてしまっている。

「何かが違う」と本能的に察知しても受け皿がなく、漂流せざるを得ない若者たち。
東京にも、そんな彼らの心の拠り所として機能している場所がある。

それを知ることができてなんだかホッとした。

「ゴンブトなおじさん、おばさんになると人生楽になるよ。それまで頑張れ!」と健氣な若者達にエールを送るわたしなのでした。


つづく



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蛇之倉山プチ修行ツアーに行ってきた(5)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

何とか無事辿り着いた「孔雀門」は自然にできた洞窟の中に作られたものでした。
ここは先達の方と一緒でなければ入れないと聞いていましたが、暫くするとその訳が分かりました。

彩色された趣のある門が先達の方によって開けられると、中には小さなお宮が鎮座し、その後方には暗闇がぽっかりと口を開けている。
わたし達が参拝をしている間、行者の方が蝋燭を持って奥にある暗闇に入っていく。
暗闇に慣れてきた目でよく見てみると、お宮の後方に急な階段があり、さらにその奥に垂直に上っていく鉄梯子がある。

上る順番が慎重に決められ、足元が危ないと思われた方の腰には縄を巻き、縄の先は先達の方の腰に括り付けられる。

いよいよ奥宮に向かう。
前の人について階段を上ると、人一人がやっと通れるくらいの垂直の岩の裂け目がある。
そこを10メートルほど、頼りない鉄梯子にしがみ付きながら、蝋燭のほのかな灯を頼りに上っていく。

こ、こんなところだったとは。
すごい、すご過ぎる・・。

辺りの空氣は湿って冷たく、鉄梯子を掴む手も冷たくなる。
「川口浩探検隊」の文字が脳裏によぎる。

いや、ふざけてるんじゃありません。
人間、大変な状況になると下らないことが頭に浮かぶものなんです。
(あれ?わたしだけ?)

「六根清浄、六根清浄、六根清浄、六根清浄」
独特な節回しで「六根清浄」と唱えながら、心を一つにして注意深く上っていく。

暫くすると、やっと八畳ほどのスペースのある天然の石室にたどり着いた。
天井は高く、自然に形作られた神様が鎮まっているとされる岩、龍神様が鎮まっている鍾乳石が三か所、祭壇に祀られている。

まさに聖なる場所。
ここには邪なものや俗世の穢れは一切受け付けない御神氣に充ちている。

「蛇之倉山は参拝所ではなく、行場であり祈祷所である」と書かれていたことに深く納得。
蝋燭の灯る中、皆で世界平和を祈願する。

ここは何人もの地質学者の方が訪れているらしい。
2億年くらい前にできて海から隆起した場所らしいが、龍神様が鎮まっているとされる鍾乳石は、何故この鍾乳石がここに存在するか、皆さん首を傾げるとのこと。

行者の方から「この石室は役の行者が3年籠られた場所で、弘法大師空海も唐から帰朝後3年ここにいた所。以降戦後まで千数百年一般人の入るのを禁止された。」とのお話を聞く。

わたしには真偽のほどは分からない。
でもここにいると、今のお話が凄い説得力を持って心に沁み込んでくる。

祈祷を終えたわたし達は粛々と帰路に着いた。

岩の裂け目を下りながら考える。
あの仙人、やはり只者ではない・・。

蝋燭や懐中電灯の光があり、鉄梯子があってもこれほど心細く不安になるこの場所に、いくら霊璽を受けたからといって、ここを上っていくことができるだろうか。
もちろん石室が存在することも分からず、先に何が待ち受けているかも分からないこの裂け目を素手で上っていくのは、本当に命懸けだったに違いない。

若かりし仙人をそこまで突き動かしたものは何だったんだろう。

仙人がこの地を訪れた時、陽明門の楼上の柱の彫られていた長姫龍神と武彦龍神が飛んでいるのが見えたと仰っていた。
今は素直にその言葉が信じられる。

ここは浄化の山と言われているという。
今は長姫龍神と武彦龍神の存在を信じることができているわたしも、また世俗にまみれ都会の喧騒に身を置くと、この感覚が薄れていってしまうのだろうか。

長姫龍神と武彦龍神、この地をお守りください。
そして日本を、世界をお守りくださいと、そっと呟いてみた。


つづく

蛇之倉山プチ修行ツアーに行ってきた(4)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今回のツアーの一つの山場でもある水行を終え、大きな荷物を下ろしたような軽やかな足取りで宿舎に向かう参加者達。
白衣に着替え、朝の拝神のため、道場に向かいます。

昨夜、大声で般若心経三十三回、「世界人類が平和でありますように」「万物万象が調和しますように」という言霊を百回奉唱するなど、一時間半を板の間で正座するという過酷な「夜のお祈り行」を経験した面々。
朝の拝神も難なく終えることができました。

その後、仙人の案内で陽明門の楼上で五百羅漢像を見せていただく。

五百羅漢
『五百羅漢は,仏の滅後に行われた第1回目の経典編纂(結集(けつじゆう))に集まった仏弟子を指すといわれる。
いずれも,それぞれの能力を生かして正法を後世に伝える役割を担っている。
深山にこもってひたすらに修行に励むその姿は,肉は落ち粗末な衣服を身にまとってはいるけれども,超人的なさまざまの能力を得て,仙境に遊ぶような風貌である。 』

様々なポーズをした阿羅漢 が並んでいる。
この陽明門ができたのは平成二十五年の五月ということだから、丁度一年経ったばかり。
だから阿羅漢達もまだ新しく初々しい。

この山におわすという長姫龍神と武彦龍神が太い柱に直に彫られている。
般若心経を唱えながら五百羅漢像を眺めつつぐるぐると楼上を回る。

と。
何やら奥の方で大きな声が聞こえる。
どうやら参加者の方の一人が具合が悪くなってしまったらしい。

先達のNさんが「えぇい!」と氣合いを入れる。
蛇之倉山で修業をしていると思われる方が大きな声でご真言を唱える。
響く錫杖(しゃくじょう)の音。
普通にお話をする仙人。

凍りつく参加者たち。

暫くすると、氣合いやご真言のお蔭か、体調が戻ったらしい。
皆の顔にほっと安堵の表情が浮かぶ。

うーむ、これは大変。
うっかりするといつ我が身に降りかかるやも知れぬ。
ぐっと腹に力を入れる。

いよいよ奥の院への登拝が始まる。
注連縄をくぐると、御神氣が漲っているのが分かる。

整備されて階段状の物が作られているが、神域なため体力のある人でもバテてしまうこともあるらしい。

出発前に「山に登る際、前を歩いた方が楽なのは、前の人の残した氣が後ろの人に影響を与えてしまうから」という話を聞く。
確かに登山の時、一番足が弱い人はリーダーのすぐ後ろを歩かせる。
それはただ先頭を歩く人がペースメイキングしやすくなるからだと思っていた。

なるほど、そういう見方があったとは。
学生時代山を経験したわたしは「確かにそういうこともあるやも知れぬ。」と思う。

今回わたしは一番の高齢ということもあり、先達の直ぐ後を歩かせてもらいました。
へへっ、年を取るといいことがいっぱいあるねっ。

約一時間弱で「孔雀門」のある奥の院に皆無事に辿り着きました。
この「孔雀門」の中が、思いもかけずスゴイ所だとはこの時のわたしは知る由もありませんでした。


つづく






蛇之倉山プチ修行ツアーに行ってきた(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

翌朝4時半に起床し、お借りした水行衣に着替えます。
女性の水行衣の腰巻は前の部分が二重になっていて、透けない工夫がしてあります。
男性は褌または腰巻姿で男女共に下着はつけません。

まだ薄暗い中、皆で宿舎の裏にある川に向かいます。

                              
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川岸で靴を草鞋に履き替える。

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ヒーリングの会社の社長であり、蛇之倉山の先達でもあるNさんが、水行を行う場所のチェックのため川に入っていく。

褌姿も凛々しく、我が家のふんどし息子の褌姿とは何かが違う。
似て非なるもの、とでも申しましょうか。

冷たそうな川の水をものともせず「えぇい!」と氣合いを入れる。
張り詰める空気。
皆一様に緊張した面持ち。

まず男性から川に入り、女性たちのサポートにまわってくれる。
川岸で般若心経を一心に唱える白衣の女性たち。

この感じ、どこかで見覚えが。
おお、そうだ。
ドラマ「トリック」の一場面のよう。

そういえば一時世間を騒がせた白装束集団。
今のわたし達は傍から見たらまさにあの「白装束集団」に見えるのではないか。

でもあの白装束集団は、まだ当時皆が知らなかった「電磁波」の被害について「人工的に作られたスカラー電磁波が自然環境を汚染することで、自然環境が破壊され動植物の生存の危機となり人類の滅亡に至る」なんて主張してたんですね。
今にして思えば「ただのアヤシイ集団」ではなかったのかもしれない・・。

そんな雑念は川に足を入れた途端吹っ飛んだ。

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つ、冷たいじゃないですかあ!!

6月というのに川の水は予想外に冷たく、指先の感覚がなくなってしまいそう。
これに肩まで入ったら心臓麻痺にならないか?

先日心臓の辺りが痛かったわたしは、ちょっと怯んだがここまで来たら仕方がない。
何かあったとしても、おっちょこちょいの自分を悔やむだけで、自己責任。
己の心臓の強さを信じるのみ。
それよりなにより周りに迷惑をかけちゃうのが困る・・。

そんな心配をよそに、前の人が川に浸かり始めた。
Nさんに水を肩からかけられているのを、皆で般若心経を唱えながら励ます。

いよいよわたしの番。
心臓よ、頼んだぞ。

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やけくそ氣味のわたしは思い切って腰まで川に浸かってみる。
やはりNさんが水をかけてくれるが、・・・あーら不思議。
あれほど冷たかった水が冷たくなくなっている。

さらに「自分の番が終わって他の人の水行が終わるのを待っている時が一番寒いんだろうな。」と思っていたが、體から湯氣が出て結構暖かい。
そして何やら氣持ちがいい。
まさに「禊」という体感。

戴いたパンフレットに水行の目的として「自己鍛錬と氣の浄化」と書いてあったけど、確かにいいかもしれない。
氣の浄化、ちょっとだけできたかもしれません。
・・ま、元が元なのであれなんですが。

全員が無事水行を終え、晴れ晴れとした表情で宿舎に向かったのでした。

それにしても。

一番初めに冷たい川に入り、全員に水をかけ最後まで水行を見守って下さったNさん、ありがとうございました。
以前塾の子ども達をマキオカに連れて行った時のことを思い出しました。
最後まで事故がないか、怪我がないかと心配しつつ、そんな気持ちを感じさせるわけにもいかず。

「水行」を企画に入れるのは会社としてはハイリスクだったはず。
それでも敢えて敢行して下さったおかげでいい経験ができました。

今にして思えば、最年長のわたしの水行の際、さぞかしハラハラしていたのではないでしょうか。

お蔭で今やわたしの氣は絶好調です!(そうか?)


つづく

蛇之倉山プチ修行ツアーに行ってきた(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

早朝6時20分にバスは中目黒を出発しました。
一路奈良に向かいます。
休憩を入れつつ、高速の渋滞で予定をオーバーし、奈良に1時半頃着きました。

昼食は彩鮮やかな三輪そうめん。
柿の葉寿司が添えられていてとっても美味しい。
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そこから10分程で、わたしが以前から行きたかった大神神社(おおみわじんじゃ)に到着です。

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何しろ時間が押しているから駆け足で参拝させて頂きました。

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そしていよいよバスは天川村に入って行きます。
いつものごとくあまり知識もなく、そのくせ横着なため下調べもろくにしていないわたし。
バスの中でいろいろ情報収集をする。
その情報の中で一番心魅かれたのは蛇之倉山には開山された仙人といわれる方がいらっしゃるという話。

今時仙人って・・。
いったいどんな方?
楽しみ倍増!
面白そうなことに敏感なわたしは「仙人」というコトバに異常反応する。

そんなわたしを乗せたバスは蛇之倉山に到着しました。
宿坊に通され、着替えを終え道場に向かおうとすると、小柄な白髪のご老人が女性に手を引かれ皆をお出迎えして下さっている。

も、もしやあの方が噂の仙人?

好奇心で満杯になりつつ冷静を装いながらも仙人を横目で眺める。

あ、誰かが握手を求めている。
わたしもすかさず握手をして頂く。
温かく柔らかい手。

うおー、何だか分からないけど相当嬉しい。
いつもながらミーハーなわたし。

宿坊から2,3分のところにある八百万の神々を迎えるという立派な「陽明門」に参拝。

蛇之倉山は宗派を問わず、全くの神仏混交であるとのこと。
戴いたパンフレットには般若心経はもとより、ご真言、お念仏、お題目、密法、ひふみ祝詞まで載っている。
要するにどなたがお参りしても大丈夫、ということらしい。

皆でご挨拶をした後、入浴、夕食をとりご神殿で「祈り行」をする。
仙人が皆にお話をして下さった。

「祈りは何でもいいです。南無阿弥陀仏でも南妙法蓮華経でもいい、とにかく祈ってください。
毎日一心に祈る心に神が宿ります。
祈っていると本当の自分が見えてくる。
どうか皆さん、世界平和を心に一生懸命に祈ってください。」

さすが仙人はいいことを仰る。

声を大きく張り上げて一心に唱えるように言われる。
ここに来る方は、信心深く素直な方ばかりなので、皆さんホントに大声で一心不乱に唱える。
わたしも負けじと大声を出そうとするが、歳のせいか時々喉が詰まってせき込む。

これもやはり日ごろの行いのせいか?
いやいや、そんなことを言っている場合ではない。
氣を取り直して天に届けとばかりに声を張り上げる。

が。
板の間に正座しているのだが、般若心経がなかなか終わらない。
どうやら33回読み上げるらしい。

うぅ・・あ、足が痛すぎてじっとしていられない・・。
何とか足にかかる体重を減らすべく體を前後に動かす。
薄目を開けて周りを見回すが、皆そんな様子は一切見せず大声でお経を読み上げている。
きっと心の底から世界平和を祈っているに違いない。

仙人は「祈っていると本当の自分が見えてくる。」と仰った。
今のわたしの頭には世界平和の文字はなく「あと何回読めばこの足が救われるのだろう。」ということのみ。
・・・
確かに自分の限界が見えました。

蛇之倉山は、役の行者様が開かれた御山で、この山に入ると村に禍があるとして村人には恐れられていたそうな。
昭和23年に仙人といわれる方が「この山を開け。そして人々の荒んだ心をもとに戻すための心身の練磨の場として一般に開放しろ。」との霊璽を受け、山を開いたんだそう。

それはともかく。

やっとのことで「祈り行」が終わり、宿坊に戻る。
あー、膝が死ぬかと思った・・。

ぼんやりしているわたしを尻目に皆さんてきぱきとテーブルを移動させ直会の準備をしている。

直会?
酒飲みのわたしの脳裏にはお酒やビール、おつまみが並んだ様子が浮かんだが、実際は日本酒がそそがれたお猪口が一つだけちんまりと目の前に置かれた。
お猪口を両手に捧げ持ち、乾杯をして雑談をする。

そ、そうだよね。
修行中なんだもんね。
冷たいビールとか日本酒のおかわりとかスルメとか柿の種とか、出るわけないよね。

皆お話が終わるとそそくさと片付け明日に備えて寝る準備を始めた。

邪念、妄想だらけのおばさんは汚れた我が身を恥じつつ、明日の修行を乗り越えるためにいち早く布団にもぐりこんだのでした。

つづく

「ありがとうキャンプ」を立ち上げました

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今年に入りマキオカに専念すると決め、以前から温めていた「ありがとうキャンプ」の活動を立ち上げることにしました。

周囲の皆さんのお蔭で作ることのできたマキオカを、今の時代に必要な講演やセミナーをしている方に利用しやすい料金で使って頂き、日本の将来を担う核となる人が人脈を広げたり、知識を得ていくための場を作りたい。

それは泣き笑いしながら一緒にマキオカを作った亡き主人の遺志にもかなうことだと思います。



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マキオカネイチャークラブは次世代を担う人材育成のサポートの一貫として「ありがとうキャンプ」を企画いたしました。

▼▲「ありがとうキャンプ」について▼▲
当クラブのささやかな社会貢献として、本物の活動(講演等)をされている方(「講師」及び「講演会等主催者」)へ、以下の要領で心ばかりの応援をさせていただきたいと考えています。

【キャンプ場の無償提供・対象者】
①講師の方
条件等:
1.今まで50名以上の講演会を5回以上経験されている。
2,.偏った思想、宗教・マルチ等の勧誘、販売目的でない。
3.活動をされている講演内容が社会に有益と判断でき、かつマキオカネイチャークラブにふさわしいと判断されたもの
(直近開催の講演会等の企画書等の提出をお願いします)

②講演会主催者の方
条件等:
1.主催事業経験の実績が複数回ある方。(資料[ポスター、案内チラシ、記録写真等]の提出をお願いします)
2.偏った思想、宗教・マルチ等の勧誘、販売目的でない。
3.主催をされてきた講演内容が社会に有益と判断でき、かつマキオカネイチャークラブにふさわしいと判断されたもの
(直近開催の講演会等の企画書等の提出をお願いします)

【キャンプ場の無償提供・備考】
①「講師」もしくは「講演会主催者」の方の参加を必須とします。
②講演会のスタッフ(もしくは講師のご家族等)の方のキャンプ場利用料は3名の方までを無償とし、年に2回を限度としま す。
(4名様以降は、割引料金[3割引]で利用が可能です。講師、講演会主催者が同時参加の場合でも、無償対象は3名様 までとなります)
③無償対象は「入場料」となります。朝食、食材、販売品については有料となりますのでご注意ください。
④最低催行人数は14名、最大収容人数は50名とさせていただきます。
⑤キャンプに合わせて講演会等を実施希望の場合には、近くの古民家三枝家(30名程度)の利用が可能(一時間千円) です。

但し、講演会の内容は、事前に精査をさせていただきます。
講演会の内容(参加費がなく無料、公共性が高い、マキオカネイチャークラブが特に認めた場合)によっては、古民家利 用料は、マキオカネイチャークラブが負担させていただくこともあります。

【ご寄付の受付】
「ありがとうキャンプ」の趣旨に賛同いただいた方の、活動への寄付もお受けしております。
いただいた寄付金は、「ありがとうキャンプ」のさらなるサービス改善などのために有効活用させていただきます。

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って、いつになくまじめな書き出しをしていますが。

最後まで目を通して下さった方、あなたはいい人です。
そしてきっとまじめで子どもの頃勉強もできたに違いない。

それはともかく。

そもそも 「ありがとうキャンプ」という名前を付けたのは、自分の人生をつらつら思い返してみるに「よくここまで無事生きてこられたものよのう。」と感じることが多々あり、「どう考えても自分の力ではない何かに助けて頂いている。」と実感したからです。
それは神仏であったり、親兄弟であったり、友人知人であったりするのですが、とにかく「残り少ない人生、ご恩返しに今わたしにできることは何か」と考えました。

お金もない、知識も人脈もなく、もちろん権力も美貌(貧乏なら自信はあるが)もないわたし。

そうそう、マキオカがあるじゃないか。

この混沌とした時代、核となる人が育っていくには場が必要。
その場を作ることならわたしにもできるのではないか。
人との繋がりを作ったり知識を増やすための講演会に、参加し易いように後押しできないか。

そう思いつき周りに言いふらしたところ(思い込みの強いおばさんはいいと思うとろくに考えずすぐ言いふらす)、家族や友人から待ったがかかりました。

「定義をしっかりしないと何でも受け入れるようになってしまう」
「単なる無料というだけだと却って利用しづらいし、長く続かない」
「初めにしっかりしたものを作っておかないと、あとあと大変になる可能性がある」
「今の時代は知らないうちにカルトやマルチに利用されてしまうこともある」
「甘過ぎ」
等、いろいろな意見が出てきた。

アサハカな自分を深く反省・・。

いいんだもんね。
これから深く考えるもんね。

ということで、無い知恵を絞りだし子どもに叱られバカにされつつ出来上がったのがこのガイドラインです。

あー、疲れた。

もしご利用になりたい方がいらっしゃいましたら是非ご検討下さいませ。

つづく

蛇之倉山プチ修行ツアーに行ってきた(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

先日ひょんなことからヒーリングを受けました。
きっかけは突然始まった心臓の痛み。
医者にはできるだけ行かないと固く心に決めたわたしはしばらく様子を見ていましたが、なかなか治らない。
ちょうどそんな時知り合った方のヒーリングがとても良いと聞き、行くことにしたのでした。

驚いたことに、ヒーリングをして頂いた翌日あれほどしつこかった心臓の痛みがない。
うーむ、これは本物。

ヒーリングをしてもらった際、部屋の壁に「蛇之倉山 プチ修行ツアー」のチラシが張ってありました。
帰宅して蛇之倉山で検索してみると、「女人禁制」だの「写真撮影禁止」だの今時珍しい文言が書いてある。
さらに貰ってきたチラシを見ると「水行」の文字が。

おお、水行って一回やってみたかったの。
面白そう・・。

面白いことにはとっても貪欲なわたし。
「これは参加させて頂くしかないっ。」とすぐに申し込みをしたのでした。

ヒーリングのとき「肝臓が疲れてますね。」と言われたからお酒は控えなきゃ。
どうやら蛇之倉山は修験のお山らしいのでお肉も食べないようにしよう。
「初めての水行に向け、自分の体調管理と厳しい修行への覚悟をしっかりしなければっ。」と固く心に誓うわたし。

集合は中目黒に6時20分。
鎌倉の自宅からだと大変なので、前日は東横線沿いの実家に泊まることにしました。
久し振りに年増の娘が泊まることになり喜ばせようとしてくれた84歳の母は「ポークソテーを作ってね。」と嬉しそうに冷蔵庫から厚い豚肉を取り出しました。
・・・
親孝行を優先させるのは人としての道。
わたしが食べたいから作るんじゃないもんね。親孝行するだけだもんね。

豚肉に塩コショウを振り、ジュージューと焼く。
仕上げにケチャップとソースを肉汁に絡める。

母はいそいそとわたしの前に濃い目のウィスキーを作って置いてくれました。
・・・
親孝行を優先させるのは人としての道。
わたしが飲みたいんじゃないもんね。親孝行するだけだもんね。

母はなかなかの注ぎ上手。
わたしのグラスが少し空くとすかさず濃い目のウィスキーを作ってくれます。
老婆二人の晩餐は思いの外楽しく、明朝5時起きというのにあっという間にへべれけになったわたし。

案の定二日酔いになりながらも、5時に起きることができました。
スゴイぞ、わたし。
これも修行に向けての固い決意のお蔭と申しましょうか。(なら肉や酒を飲み食いするな、の声あり)

何とか集合場所に時間までに辿り着く。
ヒーリングの会社の女の子達が爽やかにご挨拶をしてくれる。

若い子多し。
美人率高し。
ベリーショート率高し。

・・あれ?おばさんはわたしだけ?
平均年齢がとっても低い。

ま、いっか。

おばさんは若い頃と違って、はなっから友達を作ろうとか仲間に入らなきゃ、なんて思わない。
あるがままを受け止め、淡々と、でも面白く生きていく。

若いお嬢さん方、年を取るって案外楽しいものですよ。

つづく

赤城龍神祭に行ってきた(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

無事、赤城龍神祭を終えることができたわたし達。
赤城小沼に向けて、熊笹をかき分けて下り出した。

湖畔で磐笛を奏上させて頂く。
いつになく音が響く氣がする。

この後、大沼の近くにあるお店で直会をするということで、以前から知り合いのMちゃんと四方山話などしながら、駐車場に向けて歩き出す。

Mちゃんはとっても氣立てのよい素敵な女性。
以前恋人と一緒にマキオカにも来てくれた。
背の高い彼とのやり取りは楽しく、とてもお似合いに思えた。
気遣いのできる彼女は一緒にいるととても居心地がいいと思われる。
幸せになって欲しいと心から思う。

そんな風に感じるのも年のせいか?
それともお腹の調子が戻り、シアワセな気持ちになったお蔭か?

直会の会場のお食事処に到着し、黒川さんの後をついていくと、何やら大勢の先客がいて宴会をしている様子。
わたしは知らなかったが、群馬の大本の信者の方々の直会にご一緒させて頂くことになっていたらしい。

おじさんやおばさん、外国の方も混ざって持ち込みのトマトやお新香やお菓子を食べながら親睦を図っていた。
とてもよい方々で、5人の闖入者に何くれとなく氣を使って下さる。

人見知りのわたしはオドオドとしながらも、勧められるままに蕗の煮物を頬張る。
手作りのものを戴いていると、知らないおばさんがいつしか親戚のおばちゃんに見えてくるから不思議。

ん?
この雰囲気、つい最近味わった氣が。
そうそう、マキオカでご婦人方が昨夜やっていた無尽の雰囲氣にそっくり。
地方のコミュニケーションの取り方、侮れん。

そうこうしているうちに直会はお開きになり、帰途についたのでした。

それはそうと。

帰りの関越道でガソリンが残り少なくなり「ちっ、ちょっとお高いがサービスエリアで入れていくか。」と高坂SAに車を入れ、スタンドに向かいました。
元氣のいいお兄ちゃんがガソリンを入れてくれ、お勘定を済ませようとした時。
お兄ちゃんが嬉しそうに「見つけちゃった。」と呟いた。

何を見つけたっていうんだ?

お兄ちゃんは「お氣付きでしたか?タイヤがめくれあがっているところがあります。」と言い、後輪のタイヤを指さした。
見ると、確かに一センチくらいの傷が。

こんなの、大丈夫じゃないの?
タイヤ、去年の車検で変えたばかりだし。
ところがお兄ちゃんが言うには、この傷は場所が悪いし深いので、いつパンクしてもおかしくないんだという。

本当なのか?
高いタイヤを売りつけようとして大袈裟に言ってるんじゃないの?

お金のことになるとすっかり疑い深くなるおばさんは「できたらそんな無駄そうなこと、やりたくない」という空氣感を全身に漂わせながら抵抗を試みるが、万が一のことを考えるとそうそう拒絶もできない。

・・やむを得ん。命には代えられない。
観念してタイヤ交換をお願いする。

あーあ、それでなくても金欠なのにさぁ。
それにしてもあのお兄ちゃんの嬉しそうな顔、なんだか嵌められた氣がしないでもない・・。

ところがタイヤ交換をするはずのお兄ちゃんが、助手席側のタイヤの前で別のおじさんと囁き合っている。
なんか、嫌な予感・・。

「あのー、言い辛いんですが、こっちのタイヤもヤバいです。ほら、側面がぼこぼこになっているでしょ?こっちも変えた方がいいですよ。」

確かにタイヤがぼこぼこになっている。
ちっ、人の足元を見てからに。

心の中で毒づくが、もうヤケクソになったわたしはこちらもお願いする。

あーぁ、なんかしてやられちゃった感じ。

でも、と思う。

もしこれで何かあったとしたら、後悔は計り知れない。
ちょっとしたお金で後悔を避けられるのであれば、多少のことは目をつぶった方がいい。
これも神様に助けて頂いたと思うことにしよう。

なんでも自分に都合よく考えるわたしは氣を取り直す。

そう考えるなら、小沼に着いてから赤城龍神がお祭りされている場所に出発するまで、突然始まり突然終わった謎の腹痛。
あれだって赤城龍神の前に出るために、前夜無尽で食べたお肉などを強制的に出させられて、禊をさせられたと考えられなくもない。

神様、ありがとうございますっ。

「料金はタイヤ二本とローテーションのためのタイヤ着脱料で16840円になります。」というお兄ちゃんの嬉しそうな声で妄想のスイッチが切れました。


つづく








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Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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