それぞれの卒業、そして旅立ち

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日はPM2.5やらが高い数値だというので、習慣の散歩もせずぐうたらと溜まった本をベッドで読みながらウトウトしていました。

なんという幸せ。

口うるさい舅、姑もいず、世話を焼かなければならない夫、子供たちもいない。
雨だから洗濯はやらないし、掃除だって後でやればいいんだもんね。

この境遇に到達するまでどれくらい血と汗と涙を流したことか・・。
歳を取るって、ほんと、悪いことばっかりじゃない。

と、その時枕もとで携帯がなった。
寝ぼけながら出ると「〇原〇太郎です。」との野太い声。

だ、誰?〇太郎って?
数少ないオトコの知人に〇太郎なんかいたっけか?
でも何やら聞き覚えのある〇原〇太郎という名前・・。

焦りながら、とっさに顔が思い浮かばないボケた状態を相手に気取られまいと「あ、〇太郎、どうした?」と聞き返す。

「ぼく、△高校に合格しました。」

ここら辺でやっと「お、辞めた生徒が高校の合格の報告をするために電話してくれたんだ。」と理解する。

あ、分かった。
〇原〇太郎。
色黒の明るい笑顔が浮かぶ。

母親もわたしの生徒だったご縁で、小学2年生から中学一年の途中まで2代に渡って勉強を教えさせて頂いたんだった。

2年半前、マキオカネイチャークラブに専念するからと伝え、まだわたしに教えて欲しい、と有難い申し出をしてくれたのを辞退し、他の塾へ入ってもらった。

「△高校?凄いね、頑張ったね。おめでとう!報告してくれてありがとう!!」
と心からお礼を言い電話を切った。

ほっこりと心が温かくなる。
こんなわたしにわざわざ報告してくれるなんて。
ありがとう、〇太郎。

あの小さくてやんちゃだった〇太郎が高校生か。
歳を取る訳だね、とばーさんらしい感慨を持つ。

公立高校の合格発表日の今日は、もう一つ嬉しい報告があった。
児童相談所からお預かりしているH子ちゃんが高校に合格した、と連絡をくれた。

彼女は事情があり小学1年生くらいから学校に行っていない。

お預かりしたのは去年の11月。
「能力があるので、高校を受験させたい。自分で勉強していて中2のチャレンジをやっています。」との話だったけど、実際一緒に勉強をしてみたら、小学3、4年生まで遡らなければダメなことが分かった。

でも記憶力や理解力はかなりのものだったから、これからの生活にも困らないように、できるだけ短期間で詰め込むだけ詰め込もうと決めた。

cmとかmとか単位がわからない。
長さや距離や重さの感覚がよく分からない。
少数、分数という言葉を知らない。
角度という言葉を聞いたことがない。

過去問を見て、数学は正負の計算、図形なら何とかなるかも、と思い特訓を始めた。

国語は本を読むのが好きらしく、読み取りは得意のようだった。
漢字は読めるけど書けないので、とにかく漢字をひたすら覚えさせた。

英語はアルファベットからやった。
単語を週に20個ずつ覚えさせ、疑問詞に答えられるようにした。
とにかく一から始めた。

間に合うのか?と心配だったけれど、週2回一時間でできることを駆け足でやった。
H子ちゃんは持ち前の真面目さと、頑張りで、2月に入ると何とか形になってきた。
最後はヤケクソになり「4択だったら2か3かな。」とか「とにかく何かしら書いておけ。」とか、先生らしからぬアドバイスが炸裂。
そんなわたしの下らないアドバイスにも微笑んで頷いていたH子ちゃん。 ホント、性格がいい女の子。

H子ちゃんは里親さんとの新しい生活が始まったり、支援級に通い始めたりと、激変する環境の中でよく頑張ったと思う。
砂が水を吸うように新しい知識を吸収して行った。

入試が終わった後、聞いてみるといくつかの問題は解けたと恥ずかしそうに教えてくれた。
そして英語が好きだと言ってくれました。

よく頑張ったね。
本当に頑張った。

穏やかで賢いH子ちゃん。
わたしがあなたの立場だったら、そんな頑張りはできなかったよ。、

きっとこれからもこうして自分の人生を切り開いていくんだろうね。

それはそうと。

この春は、わたしの友人一家も新しいスタートを切る。

高校からの友人が里親をやると聞いた時、わたしは「止めた方がいいのでは?」と止めた。
あまりにいろいろな問題が起こる可能性があると思われたから。

が、友人は頑張った。

世間を恨んでいるような鋭い目つきをした6歳児のA子は、何回か他の里親さんに預けられたが、破談になって傷ついていたようだ。
友人は正面からぶつかり、自分も傷つきながらA子の心をほぐして行った。

問題行動を繰り返すA子に辛抱強く接する友人に舌を巻いた。

親切で、どちらかというと気が弱いと思っていた友人は見事に変身した。

10年近く経ち、強く優しいおかあさんになっていた。
A子もとても気が利く優しい女の子に成長した。
あの鋭かったまなざしは今は明るく輝いている。

専願で受験し、見事合格。

この春、養子縁組を成立させ、晴れて名実ともに親子となる。

おめでとう、皆。

わたしも頑張ります。


つづく
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真央ちゃんは日本の雛型

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日の真央ちゃんの演技、涙なくしては見られませんでしたね。

なんちゃって。

実は普段あまりテレビを観ない上に、20日のショートプログラムの失敗を聞き、怖くてリアルタイムでフリーを観る氣がしなかった意氣地なしのわたし。

ネットで「真央ちゃん、立ち直って大成功。」という話を聞きつけ、やっとYou tubeで観ることができました。

リアルタイムでの緊張感と興奮に耐えられない体質になってしまったのは歳のせい?
もしや孫がリレーの選手に選ばれてもドキドキしてビデオでしか観ることができないのではあるまいか。

うぅ・・情けないよう。
でも日本中にわたしのような人間がいっぱいいるに違いない。

成功したと分かっていても、真央ちゃんの演技を観ていたら自然に涙が溢れてきました。

よく頑張ったね。
苦しかっただろうね。
乗り越えるのは大変だったね。

歳を取ると涙腺って確実にゆるくなる。

若い頃は、「泣かないこと」が強い自分であるように錯覚していた。

が。
人生長くなると、痛い目に遭ったり、嬉しい思いをしたりして、切ない氣持ちをたっぷり経験するから感情移入する場面が若い頃より格段に増える。

だから若い頃「こんなことぐらいで泣いたりして。」と馬鹿にして嗤った自分がいかにアサハカだったか歳を取って思い知らされることになる。

自分が小さかった頃を思い出して。
小さかった子供の氣持ちを慮って。
孫が成長した時を想像して。

あっという間に涙腺が崩壊。
歳を重ねるってそういうことだと思う。

それはともかく。

FBで以下のように書いている方がいた。

『「メダルよりも大切なことを教えられた」

これは僕個人がそう言ってるのじゃなく、なんと中国、微博(ウェイボー)や韓国のネット上でも、多く書き込まれている声なんです。
...
浅田真央選手のフリーの演技は、国を超えて、ほんとに多くの人の胸に響いたんですね。

よくスポーツ、音楽、芸術などは国境を超えると言いますが、つまり感動に国境は無いということでしょうか。
なぜこれほどまでに、真央ちゃんの演技が人の涙と感動を呼び起こしたのでしょうか。

僕はフィギュアのことなどまったく分かりません。
でも真央ちゃんの演技の数分間、僕は永遠とも刹那とも言えるような、超越した時間の中にいたような氣がするんです。
大げさに言えば、人間の究極を行く人が伝えるメッセージ。それに触れたような感覚。

とにかく真央ちゃんの姿に神々しいものを認めました。

決してリアルタイムの感興とお酒の妄想がもたらす感覚ではありません。
ほんの少しの選ばれた人のみが到達できる峰があるように思います。

あの日、あの時の真央ちゃんは、刹那とも永遠とも言える時間を突き抜けて、そこに到達したのではないでしょうか。
やりぬいた、つきぬけたって感じが、浅田真央選手の全身から発されていました。
多くの人は、その発散された「氣」にやられたのではないだろうかと思うんです。』

自分の精神と肉体をコントロール出来ず、満天下に惨めな姿を曝した僅か1日後に、失意のどん底から立ち直って自己ベストの滑りが出来た真央ちゃん。

「穿った見方だ」とお叱りを受けることを覚悟でいえば、わたしはソチの真央ちゃんが、これから日本の行くべき方向を示唆しているような氣がして仕方がない。

遮二無二貶められようが、傷つけられようが、一心に突き進み、天辺を目指してきた日本。
もう少しで目指すものに手が届くかと思いきや、ちょっとした油断で底辺に叩きつけられる。
苦悩し、もがき、恐れ、もうダメだとあきらめかけた時、目の前の霧が晴れていく。

自分の進むべき道が、あるべき本当の姿がくっきりと見えてくる。

それは国としての目先の利益や計算ではなく、人類の未来を見据えた道。

自己を捨てた本当の美しさが、心から湧き上がる感動を人々に与えるということを真央ちゃんが体現してくれた。
それは金メダルによる地位や名誉や華々しい賞賛より、ずっと清々しくかっこいいものだった。

失意の底から、「感謝」の氣持ちを胸に復活した姿は、確かにわたし達に希望を与えてくれた。

欲しいのは金メダルではない。
人と争うことではない。

自分を生かし、人を生かすこと。

利他の国、日本の進むべき道はそこにあると確信した。

)

つづく

「愛」を思う

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日娘が、素晴らしいセラピストさんの施術をプレゼントしてくれました。
あー、氣持ち良かった。

ありがとう、娘よ!
そしてムスコよ。
(「娘の旦那様」といちいち書くのが面倒なので、息子と見分けるためにカタカナで「ムスコ」と書くことにしました)

とっても感謝しています。
愛だね、愛。

それはそうと。

以前「愛」という言葉は明治時代に生まれた、と聞いたことがあります。

『「愛とは人を思いやることだ」とは、今日多くの日本人が持つに至った理解です。
ところが、昔の日本には、「愛」という言葉にそのような意味はありませんでした。
じつは仏教には、慈しみを意味する「慈悲」と、愛欲・愛着を意味する「愛」という言葉があります。
仏教の「愛」は、異性、お金、名声などへの「執着心」の意味なのです。
仏教の「愛」は、欲望の一種であり、煩悩の一つにすぎません。そのため、仏教では「愛」を否定しています。

『法句経』にこう書かれています。
「愛より憂いが生じ、愛より恐れが生ず。愛を離れたる人に憂いなし、なんぞ恐れあらんや」
この「愛」は、執着心の意味です。仏教では、「愛を離れること」が理想なのです。
ですからかつての日本人は、この仏教の「愛」概念にしたがって、「愛」に否定的な意味しか見ていませんでした。
それが明治時代の頃から、しだいに「愛」という言葉の意味が、少しずつ変わってきました。
今日では、愛とは「人を思いやることだ」「人生において最も大切なものだ」などの捉え方を、多くの日本人がしています。
「愛」に、積極的な新しい意味を見ているのです。

これはじつは、キリスト教の影響によるものなのです。
キリスト教においては、人に対して良いことをなすことを、「愛」と呼んでいます。
今日の日本人が、「愛」に肯定的・積極的な意味を見るようになった背景には、このキリスト教の愛の思想が影響しているからです。

かつて江戸時代において、「愛」は「愛着・執着・愛執」の意味しかありませんでしたから、キリシタンはキリスト教の「愛」(原語アガペー)を、「大切」「思い」「懇切」等と訳していました。
明治になると、クリスチャンたちは「愛」の語を、「和訳聖書」の中でも、説教の中でも、堂々と使うようになりました。
その結果、日本語の意味そのものに変化が起こったのです。』

仏教では「愛」を否定し、かわりに「情」という言葉を使っているらしい。
ただし仏教の否定する「愛」とはキリスト教の教える「愛」と同じではなく、仏教のいうところの「愛」は自己中心的なもので、「情」は相手の気持ちになって相手を思いやり共に分かち合うことを意味するとのこと。

夏目漱石が英語教師をしてた時、生徒が「I love you」を「我君ヲ愛ス」と訳した所、「日本人がそんな台詞口にするか。『月が綺麗ですね』とでも訳しておけ。 それで伝わるものだ」と言ったという有名な話がある。
後世の創作の可能性もあるというけれど、確かに明治生まれの父は「愛してるなんて気持ち悪いこと、口が裂けても言えん。見りゃわかるだろ。」と言っていた。

噂によると女性に手が速かったという亡き父は「愛してる」なんて言わずにさっさと押し倒すタイプだったと思われる。
(公の場でバラしてゴメン、父よ)

「愛」の翻訳についてこのように書いてる方がいた。

『「愛」より、「Love」の初期日本語訳「お大切」のほうが、すっとこころに入ります。
「神の愛」は「神のお大切」だったそうなんですけど、「神のお大切」ヘンな日本語でも、なんともいとおしい。
訳した人の苦心もうかがえ、苦心したゆえに何か多くを語りかけているような「お大切」。』

「お大切」。
なんか、いい。

息子も娘も孫も「お大切」。
親兄弟も「お大切」。
ムスコもムスコの親族も皆「お大切」。

自然も地球も「お大切」。

「愛」は大切にしたいという氣持ち。
すごく分かり易い。

「わたし(もしくはオレ)のこと、愛してる?」と言わなければ氣が済まないカップル達。
「愛が一番大事です。」と叫ばなければ氣が済まない大人達。

今「愛」という言葉は、相手の氣持ちを確認して不安を和らげたり、人々がいい氣持ちになるために、日本中に溢れかえっている。
昔の日本人が聞いたら「しゃらくせえ。当ったり前なこと、いちいち口に出して言うんじゃねえ。」と鼻で嗤うに違いない。

わたしの祖母は結婚式の時に初めて祖父に会ったという。
いろいろ苦労もあったようだが、添い遂げた二人にはやはり「情」があったように思う。
もしかしたら祖母は生まれてから一度も人様から「愛してる」と言われたことがなかったかもしれない。
しかし「愛」という言葉が溢れかえっているにもかかわらず、不安で「愛」を尋ねなければ氣が済まない現代の人達より幸せではなかったか。

一緒に暮らすうちに情が生まれ、大事に思う気持ちが育まれる。
自分より相手を大切に思い、力になりたいと願う。

生き物として生まれ、自分より大切な物を見つけることができるということはスゴイことなのではなかろうか。

わたしはしょっちゅう「愛」を呟く人達よりも、いざという時命がけで相手のために力になろうとする人を美しいと思う。
そしてわたしもそうなりたいと思う。


・・あ、誰からも「愛してる」って言われないおばさんになったから言ってるわけじゃないんだからねっ。

ホントですってばっ!


つづく


雪、雪、雪

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

14日、山梨県に100センチの降雪があったことを天気予報で知り驚く。

50センチ降れば関の山の山梨県が100センチとは。

ど、どうしたんだ。
もしやわたしが調子に乗って陰謀論を書いたのが、インボーする方々の逆鱗に触れ、気象兵器を発動されてしまったのか?!

心配になり、まず甲府市内に住む犬キヨ宅に電話をすると、胸くらい(120センチ程)まで積もっていて、外に出られない状況とのこと。

続いてマキオカの熊男宅にも電話してみる。
「今150センチは積もっているが、まだ雪が降ってるからもっと積もるずら。雪かきをしたいがいつできるか見当がつかん。」と切迫した声で話してくれた。

我がマキオカネイチャークラブは熊男の家を上って行ったところにある。
先週の雪の上に今回の雪が積もっているのだから、トレーラーハウスは勿論のこと、センターハウスも雪で埋まってしまっている可能性が。

・・潰れていないでしょうね。
もし潰れちゃってたら、再建なんてできっこないよ。

でもそんなことより、そんなに積もったらあの集落のお年寄りの生活はどうなっちゃうんだろう。

しばらくするとFBで次々と大変な状況が分かってきた。

『先日に降った大雪の影響で、山梨県が孤立無援の状態になっています。
主要な道路は大半が雪で使用不可能になっており、陸路はほぼ全てが使い物になりません。
また、電車なども有名所は殆どが止まっているため、こちらもまともに使うことはできない状況です。

そのため、各地で物流が途絶え、備蓄が少なかった場所では食料不足などが発生し、かなり切羽詰まった状態になっています。
高速道路で孤立した女性が車を捨てて、徒歩で家に帰ろうとした所、そのまま雪に巻き込まれて凍死。
富士河口湖町のホテルでは数百人の宿泊客が孤立無援になっているとのことです。
このホテルは電気、ガス、水道など全てのライフラインが完全にストップ。残されたのは一日分の食料だけで、政府の救援部隊も暴風などに阻まれて、今も近づけていません。』

一人暮らしのお年寄りや、病気を抱えた方々はどれほど心細いことか。
牧丘はもちろんのこと、山沿いの地域では歩いて買い物に行くことすらできない。
しかも過疎の村では除雪車も後回しにされてしまう。

雪は2月16日時点でも溶けずに残っているため、来週に気温が上昇するまでは、孤立無援の状態が継続しそうとのこと。
しかも18日(火)から19日(水)は日本の南海上を低気圧が東進し、2週連続で大雪をもたらした南岸低気圧と同じようなコースを通る可能性があるらしい。

ニュースやローカル局ですら積雪量の話のみで、オリンピックやいつも通りの下らない番組を垂れ流している。
報道はスピードと正確さを旨とするのではなかったか。

この国はいったいどうしちゃったんだろう。
知らないはずはないこの出来事を全く報道せず、これほどの災害をきちんと伝えないマスコミに危機感を募らせる。
この緊急事態をここまで無視をする様子を見ていると「何か別の意図があるのでは?」と勘繰りたくなるほど。

とにかく一刻を争う事態。
国、自治体は勿論のこと個人レベルでもできるだけのことをしなければ。


FBでこんなことを書いてる方がいた。

『雪の語源には諸説があります。

文字の成り立ちは、「空から雪片が舞い落ちる形。甲骨文字によるとその雪片は羽の形のようにも見え、小枝に付着している形のものもある」とされ、刷(さつ:はらう、ぬぐうの意)、拭(しょく:ぬぐう)と音(おん)が近いことで通用し、「すすぐ、ぬぐう」の意味に用います。

また、語源には「神聖であること、いみきよめること」の意味を持つ「斎(ゆ)」に、「潔白(けっぱく:清潔で純白なこと)」の意味の「潔(きよし)」を組み合わせた、「斎潔(ゆきよし)」、「斎清(ゆきよ)」からとされる説、神の御幸(みゆき・ぎょこう:神の降臨、天子の外出の意)から成る説もあります。
このように、「雪」の文字の成り立ち、語源のいずれにも共通するのは、「清めること」であり、清めることとは「穢(けが)れを払う(よごれ、不潔、不浄を落とす)」ことです。

日本では古来から「雪」は信仰の対象とされてきました。
縄文時代に遡ること長きに渡り農耕を主としてきた日本では、「雪は豊年の例(ためし)」「雪は豊年の貢物」とされ、干害の心配がなく豊作が見込まれることを祝いました。
実際に、雪が多い年は山に降った雪解け水が豊富なため、豊作となることが多かったようです。
雪解け水は、山から豊富な栄養分を含む水を運んでくれるのです。

雪の由来が今日に明確に伝承されていないのには理由があります。
明治維新以降の現代日本で、日本文化の源泉とも言える日本語文化が、明確な意図を持った人々により、文字通り「雪のようにかき消されて」しまったことによります。
現在では、消されてしまった言の葉の断片を繋ぎ合わせる他はありません。これは全ての日本語において言えることです。

現代社会は、人為的に大雪を降らせることも容易です。
仮に意図して大雪を降らせる輩がいようとも、私たち日本人は古式に習い、この大雪が「穢れを払う」雪となり、この年が実りある年になることを祈りたいものです。』

「穢れを払う」雪。
その雪を融かし、雪解けの水によって命を育む太陽の光を渇望する。

光源であると同時に熱源でもある太陽の熱エネルギーは、地球上のあらゆる生命体の源で、人類の生活や生存には絶対に欠かせない存在だ。

その太陽を国旗に戴く我が国。

アラビアの世界の言い伝えにこんな言葉がある。

「世界が戦乱状態に陥る時、星の国旗が武力で世界を統一し、月の国旗がそれに対抗し、最後に太陽の国旗が平和を持って統治する」。

太陽を最も象徴する国、それはどう考えても日本ではなかろうか。

いつか日本が世界の夜明けをもたらすことができるかもしれない、と想像すると力が湧いてくる。

今時代は変わり目に来ている。
大変な困難だけど、皆で力を合わせて乗り越えていこう。


まずわたしにできることから始めます。



つづく





いわゆる陰謀論(5 )

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

インボーを否定する人は「エビデンス」という言葉を頻発する。

エビデンス?
なんじゃ、それは。
何故日本語で「証拠」とか「根拠」とか言わんのじゃ。
学術用語を使えば自分が賢く見えると勘違いしてからに。

大体からいって二言目には「自分で見たわけでも調べたわけでもないのに。」とか「ネットの情報でしょ?」なんていうヤツがいるけど。

当たり前じゃないか。
今この世界で、基本的なことから全て自分で数字を出して実験して論拠を述べているなんて人、果たしているんだろうか。
いる訳がない。
元となる数字や考察が正しいという上で成り立っている科学的根拠。

例えば先日ニュースになったデータ改ざん問題。
『ノバルティスファーマの降圧剤ディオバンのデータ改ざん問題は、大きな衝撃を与えた。
複数の大学で不正が指摘されているが、滋賀医科大でも問題が出てきた。
最大で15%、論文のデータとカルテが一致しない部分があることを、学内調査委員会が公表した。
これに対して、大学側は、入力ミスはあったが、意図的な操作ではないと述べている。【2013年10月31日】』

こんなのはどう考えても氷山の一角。
製薬会社と大学と研究機関がずぶずぶな関係なのは周知の事実。
だから特に近年の、いわゆるカガクテキコンキョは素人が考えてもとっても怪しい。

皆がお題目のように言い募るカガクテキコンキョの、なんと脆弱で心もとないことか。

それはともかく。

インボーをされる方々というのは、薬や食物、農業を利用して人口削減をしていると言われている。

まあ、自分が世界の頂点に立っていたと想像すると「人口削減させなければ」という発想は分からなくもない。

『小笠原諸島の聟島。
読売新聞社の取材用ジェット機からは数十頭から百頭以上のヤギの群れが隠れ場所もない島の斜面を逃げ回るのがよく見えた。
放置され、増え続けるヤギの恐るべき採食圧で、森林は消滅。15世紀、ハンス・ザックスが詩に詠んだように、この島のヤギは「悪魔の造物」そのものだ。
地表を覆う草本群落も消滅。島の緑豊かな生態系を住処にしていた多くの野生生物は死滅した。
土壌は流出し、斜面が次々と崩落。流出土砂は入り江を埋め、沿岸生態系の水生生物も死滅。
もともと小笠原諸島に草食哺乳類はいなかった。戦前の入植者がヤギを放し、戦後、放置したまま島を去った。
天敵不在のままにヤギは増え続け、島の生態系を完全に破壊してしまった。赤色の養分を含まない土壌が裸出し、降雨のたびに崩落が続く。
対処が遅れ、生物多様性の破壊を放置し続けた行政の責任は重い。【1994年】』

このニュースは「正解は人の手によって島からヤギを完全に駆除することである。」と締めくくられている。

『2012年4月にローヤル・ソサエティが出版した「人々と地球」という報告書で、このイギリスに本拠を置くエリート・ソサエティは多量の人口削減と西欧の非産業化を求めている。
どのように婉曲表現でごまかされていても、この報告書は秘められた不吉な含意を隠すことはできない。
この「主要な勧告」として上げられてるもののなかには、マサチューセッツ工科大学が最近発表したものと同様の方策をいくつか提案している。
マサチューセッツ工科大学は「モデリング」と予言という形を借りて人口の思い切った削減を求めている。

ローヤル・ソサエティではPaul Ehrlichが「巨大な活動的な都市と荒野を持つことができるには、15億人から20億人が適切であるという結論に達した。しかし、現在既に70億人の人口があり、人道的にできる限り早く人口を縮小させる必要がある」と言っている。』

マキオカだって最近シカが増えすぎて「猟友会の人達、シカをもっと捕まえてくれればいいのに。ジビエ、美味しいし。」と思ったりするんだから、ニンゲンが削減の対象だと言われても驚くにはあたらない。

正直「上から目線で削減、削減っていうなら、まず言ってるお前から削減されろ!」と声を大にして言いたいところだけど。

それにしても。

インボーする方々は天文学的なお金を操り、人や自然を動かし、世界を誘導しているという。
しかし「世界に策謀はある」と信じているわたしでも、疑問に思うことがあった。

人口削減は分かるとして、何故こうまでしてDNAレベルまで傷を付け、貶めなければならないのか。
圧倒的な権力を持っているというのに、何故すべてを根こそぎ奪い取るような底なしの欲望で人々を苦しめなければならないのか。

が、最近ある本を読んで腑に落ちた。

科学の総元締めともいえるインボーする方々は、意外にもスピリチュアル、特にカバラに心酔しているらしい。
そしてさまざまな研究機関で莫大な費用をかけて研究しているという。

『ロックフェラーやロスチャイルドなどは、自らは健康に有効なホメオパシーを使っておいて、一方で、集金企業であるビッグファーマ(グローバル製薬大手)や医療産業コングロマリットにマイナスになるからと、米国民がホメオパシーを利用することに対しては徹底的に弾圧した。【山崎淑子「生き抜くジャーナル」】』

ある人は言う。

『(フッ化物添加化合物が、脳の機能に重大な影響を与えるということに言及して)なぜ、彼らグローバリストたち(サタニストと言い換えてもいい)は、人の脳にこだわるのか。それも、松果体に。
それは、人類が目覚めないように、催眠術にかかったままにしておきたいからでしょう。

松果体が、電磁波、特に地磁気に敏感に反応することは知られています。
やがて、天体の配置の大きな変化によって、私たちの体を突き抜ける宇宙線にも大きな質的変化が起こるのでしょう。これを占星術によって、彼らは知っている。
いよいよ時が迫り、いっそう人類に対する催眠術を強化さなければならない。
「是が非でも人類を目覚めさせてはならない!」。

彼らは、オカルト・シンボリズムによる洗脳だけでは間に合わず、携帯電話などの電磁波、食品添加物、農薬、遺伝子組み換え食品などによって、私たちの脳を完全支配することを目論んでいるのでしょう。』

ごわっ。
なんたること。

『我々が死んでからも、毒の汚染はつきまとう。本来ならきれいな形で転生を迎えるのだろうが、このような毒まみれだったらどうか。
「霊性」はボロボロで、輪廻転生をしたとしても、生まれた時からハンディを背負うことになる。』

え?
死んで輪廻転生されたら真っさらになるんじゃないの?

でも確かにスピリチュアリズムの根幹は「霊主肉従」にあるとも言われている。
この言葉、一般的には「人間はどうしてもこの肉体だけだと勘違いしてしまうけど、霊も存在するんだよ。」という言い方で使われる。

ということは逆にいうと「肉体が傷を負っていると、本来備わっている霊性が発揮できない」ということにならないか?
彼らの目的が「人類の霊性や霊魂を永久的に破壊・汚染すること」だとしたら?

「現世だけでなく、転生する器を破壊し霊性を抑え込める」と仮定するならば、インボーを否定する時の「何故そんなことをしなければならないか」という問いに対する明確な答えになるのではないか。

そして神秘主義者である彼らは、わたし達が気付かない膨大な知識と徹底した行動力を持って、信じられないほどの永い時間をかけ、それを実行しているのかもしれない。
逆に言えば、そこまで徹底してやらなければならないほど、彼らは「人類の霊性」を畏れている、といえるのではなかろうか。

貴志祐介さんの著作「新世界より」を思い浮かべてしまった。

アドルフ・ヒトラーが「大衆は小さな嘘より大きな嘘の犠牲になりやすい。とりわけそれが何度も繰り返されたならば。」という名言を残しているが、まさに今の時代を表している。

それにしても。

やっぱ、中華街の手相占い、当たってたね。
妄想癖、間違いなくありますな。

雪を見ながら長々と書いたけど、いくらわたしとていつもインボー、インボーと言って暮らしている訳ではありません。
そんな暇暮らしできませんよ、貧乏人は。
ふんどし息子に叱られちゃうし。

働かざる者、食うべからず。

わたしの場合、暖かくなったら髪を振り乱してマキオカの整備にいそしまなきゃならないので今だけです。
こんなにしょっちゅう駄文を書いてブログを更新できるのは。

・・たぶん。
お客様が来て下されば、ですけど。

だから「マキオカネイチャークラブでキャンプしてみようと思ったけど、変なヒトがオーナーだから止めよ。」って思わないでね。

つい調子に乗っちゃっただけなんだからね。

インボー論、信じていて面白い情報を持ってる方、是非いらしてお話して下さいね。
そんでもってインボーを鼻で嗤っちゃってる皆さんも、マキオカにわたしを叱りに来て下さいね。

ほんと、お待ちしていますっ。


つづく

いわゆる陰謀論(4 )

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

インボーされてる方々はわたしの見たところ、イケズなやり口とは別にわたし達とも共通する嗜好性(?)があるように思われる。

例えば「一石〇鳥」が大好き。

やっぱり賢い方々は効率を重んじるらしく、いっぺんにいろいろな事を片付けたがる。

「脱脂粉乳」も「トモダチ作戦」も、お金は入るわ、世界中にカッコいいとこ見せられるわ、国内向けに「こんないい仕事しちゃってますよ。だから予算増やしてね。」とアピールできるわ、日本人に恩を売れて感謝されるわ。

「トモダチ作戦」なんて放射能に汚染された戦場を想定した訓練もできちゃう。

そうそう、「脱脂粉乳」にも見られるように、在庫処分も大好き。
何だかインボ-とは不似合いなツマシイ感じ。

代表的な例として挙げられるのがフッ素。

フッ素といえば、保健の時間やテレビで「虫歯予防にフッ素!」と言われてきた。
それを信じて、我が家の子どもにも歯医者さんでフッ素を塗ってもらっていた。
先日歯医者さんに行った時も、隣にいたお母さんと思しき方が、小さいお子さんにフッ素を塗ってもらっていた。
お店に行けば、焦げ付かないようテフロン(フッ素)コーティングしてあるフライパンが山積みされている。

が。

最近知ったんだけど、フッ素って虫歯予防になるどころか、多量であれば人体にとって非常に毒性の強い化学物質であるらしい。
(これは、フッ素支持派も反対派も認めている。)

『大気汚染物質として知られる数多くの化学物質の中でも、フッ素は最も危険であることがわかっており、さまざまな機関がフッ素の有害性を訴えています。

アメリカ農務省は、「フッ素ほど大気中のすべての汚染物質の中で、世界中の動物に害を与えてきたものはない」としています。

またコーネル大学のレナード・ウェインスタイン博士も「あらゆる大気汚染物質の中で、もっとも農業に害を与えている物質として、フッ素ほど疑わしく、これまで多くの訴訟が起こされたものはない」としています。

このようにフッ素の毒性に関する証言はありますが、中でも特筆すべきは、フォーサイス神経毒学研究所で行われた実験結果です。

神経毒学者のフィリス・マレニクス博士は、自身が開発したコンピューターによる新しい神経画像解析システムで、様々な環境汚染物質の微量投与による大脳への影響を研究している第一線の科学者でした。

あるとき、歯科業界で使用される様々な物質の毒性の解析を依頼され、フッ素もその中に入っていましたが、彼女は当初、「フッ素は子ども達にも使用されているほど安全な物質だからやるだけ時間の無駄。私は、やらないわ。」と拒絶していました。

しかし、指示通りに検査してみると驚くべき結果が出たのです。

なんと安全とされる適量のフッ素を投与しただけで神経細胞から、他の神経毒が引き起こすような多動性障害、記憶障害、知能障害の典型的な画像パターンが観測されたのです。

これを彼女が学会で発表すると、ある人物が言いました。「君は自分が何を言っているのかわかっているのかね。われわれが子ども達のIQ(知能指数)を下げているとでもいうのか。」

それに対して彼女は科学者として、「ええ、基本的にはそうです」と答えました。
その後、即座に彼女は研究所を解雇され、その研究自体も研究資金が絶たれ、打ち切られたのです。

こういった実情をふまえて考えると、もはやフッ素が虫歯予防に効果があるかどうかといった支持派と反対派の議論を超えて、なぜそのような事実を伝えずに、単に虫歯予防効果とその安全性のみを力説するのか。また、なぜ、水道水に添加し、児童にフッ素塗布を推奨し実施しているのかという問題になってきます。

もし、一般の人々が、「「ヒトラー率いるナチスが強制収容所でフッ素入りの水道水を囚人達に飲ませていた」という事実や、「殺鼠剤の最も代表的な成分であること」を知っていたら、その同じ物質を自分 の子どもの歯に塗布したり、フッ素入り歯磨き粉を毎日使い続けることを躊躇するのではないでしょうか。

さまざまな事実を知ると、フッ素が、「歯に良い安全な物質だ」という常識を疑わざるをえないのです。 』

・・そういえば、うちの子どもがフッ素を塗ってもらった時「塗った後、食事や飲み物を制限しないけど、フッ素ってそんなにすぐに浸透するんだろうか?そしてそんなに継続して虫歯予防に効果があるんだろうか?」と思ったな。
もちろんフッ素を塗っても虫歯にはしっかりなりました。

そもそもフッ素の有効利用の始まりはアメリカにおけるアルミニウム産業だったらしい。

『産業廃棄物であるフッ素の毒性と処理に手を焼いていたアルコア社の主任研者フランシス・フレイリーは、メロン産業研究所の研究員ジェラルド・コックスにフッ素の歯に与える影響を研究して、その有効利用を提案しました。

そして、コックスは 1939 年に虫歯予防のために、公用の水道水にフッ素を添加することを提唱します
その後、欧米において「宣伝広告の父」との異名をもつ、エドワード・バーネイが「虫歯予防にフッ素」というキャッチフレーズで水道水へのフッ化物添加キャンペーンをテレビ・ラジオ・ポスターなどを用いて全米で大々的に展開しました。

そして、「フッ素は安全なもの、体に良いもの」というイメージが一般社会に定着したのです。 』

在庫処分もできて、事業は拡大できて、お金も入って、いいことしてるイメージもついて。
皆はちょっと愚鈍になっちゃうけど、知らないシアワセってあるよね?
八方丸く収まって、よかった、よかった。えへ❤

・・って、おい!!
まったくもって、油断も隙もありゃしない。

インボーする方々は「フッ素」「牛乳」と同じように「良かれと思ってすることが裏目に出る」のも好きらしい。
「ワクチン」しかり「予防注射」しかり。

そして小金がある人達というのはもっともターゲットにされちゃうのではなかろうか。

幸いなことに我が家は小金もない状況のためフッ素も「効果もなさそうだし、もったいない。」という理由から、一回しかしなかった。
が、小金がある家では「虫歯を予防するためなんだから、子どもに毎年やらせよう」と判断すると思う。

電磁波が心配されるIHクッキングヒーターだって太陽光発電だって、小金持ちは他に先駆けて取り入れるだろう。

あー、貧乏でよかった。
ケチでよかった。

それはともかく。

知らないって、恐い。
目を背けようが、否定しようが、眼前にある事実は変わらない。

恐れたり騒いだりするだけでなく、冷静に現実を直視して、しっかり心と身体を守る術を学ばないと、子々孫々に禍根を残すことになりかねない。

カシコイ方々が、やれ「証拠を出せ」だの「その根拠は?」だの「非現実的だ」だのと言うけれど、無知なおばさんのわたしとしては「しゃらくさいんじゃ。今の世界の様相が証拠で根拠で現実なんじゃ!」と叫びたい。

つづく


いわゆる陰謀論(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

インボー、インボーなんていってると友達、家族から心配顔されちゃうこのご時世。

もちろん何も考えず人の情報を鵜呑みにしている訳もなく「ホントなのか?」と訝しみながら話半分、というか十分の一くらいに聞くようにしているつもり。

まあ、面白いことが大好きで好奇心が強いという性格からしてインボー論につい肯定的になっちゃうのは仕方がない。

が、このインボー、知れば知るほど昔からイケズなやり口が一貫しているように思うのはわたしだけか?

例えば「おためごかし」大作戦。

先日書いた脱脂粉乳を例に挙げるまでもなく、最近では原発事故後の「トモダチ作戦」なんかその最たるもの。

「トモダチ作戦」
『震災発生以来、日本の復興に尽力したアメリカ軍。「トモダチ作戦」と名付けられ、最大人員約2万人、艦船約20隻、航空機約160機を投入。物資を被災地に運び、自衛隊とともに三陸沖で行方不明者を捜索した。』
というもの。

「我々は日本政府からの依頼がある前に作戦を立て、行動していました。」
「アメリカ軍は独自の情報網で主に空からの方法で避難所に物資を送り、沢山の被災者を救助し、援助した。」
「フェリーでしか交通手段がない、気仙沼市の離島大島が孤立した中、海兵隊が上陸してフェリー着場のガレキ撤去し、住民達に食料や物資を送った。自衛隊も政府も手つかずの場所だった。」

なんて親切なんだ!
ありがとう、アメリカ軍!!

いやぁ、やっぱ、友達っていいものなんですね。

が、ふたを開けてみれば。

「6日読売「米軍トモダチ作戦、予算は最大で68億円」
「両政府は予算超過の場合に備え、日本側負担割合も含め、対応の協議に着手」「国防長官は最大約30億円と表明してた。【2011/4/6】」

「年度末の3月31日には民主、自民などの賛成多数で「思いやり予算の特別協定」が可決された。有効期限は従来の3年から5年に延長され、今後5年間、日本は米軍に現行水準(約1880億円)を支払い続けることを決めた。【週刊ポスト2011年4月29日号】」

あげくは

「米原子力空母「ロナルド・レーガン」の乗組員8人が、去年の3月27日までの間、東京電力福島第1原発事故の情報が正しく伝えられず被曝させられたとして、東電側に計1億1千万ドル(約94億円)の損害賠償を求める訴えを米西部サンディエゴの米連邦地裁に起こした。」

泣きっ面に蜂。
弱り目にたたり目。
踏んだり蹴ったりとはこのことか。

やっぱ友達とトモダチは違うんですね。
そりゃ御礼はしたいですよ。
でも1880億円って・・。

「なんちゃって大作戦」もある。

「いわゆる陰謀論(1)」で「わたしが子どもの頃にプロレスが大流行りして、血圧が上がって死んでしまった人がいたけど、何故「あれはやらせですよ。」とマスコミは国民に知らせなかったんだろう。」と書いたけど「利権が絡んでいたんじゃないの?」とか「だいたい何でヤラセって分かんなかったんだよ。」ともっともらしいことをいう人はあの時代の空気が全く分かっていない。

今でこそ「史上最高のエンターテインメントショー」とか言ってるけど、力道山が活躍していた昭和40年代、プロレス興行の生中継を見た老人がショック死するという事件や、テレビで鮮血が流れ落ちるシーンを見ていたお年寄が亡くなる事件が相次いだ。

我が家でも「三丁目の夕日」の映画の一シーンのように家族が集まり興奮しながら「頑張れ、力道山!」とか「ヒドイぞ、ブラッシー!」とか叫んだものだった。

日本中が熱に浮かされたような状態だった。

それがいつの間にか「あれはショーなんだよ。」という話が一般的になり、内心「え?そうだったの?」と思いながらも、本気にしていた自分が恥ずかしくなり「し、知ってたもんね。あったりまえじゃん。」と虚勢を張るようになった。

最近あの頃のことを思い出した出来事が。
元国会議員の杉村太蔵さんが「強行裁決時の与野党入り乱れる乱闘風景はヤラセなのだ。」と発言していたこと。

『ゴールデンウイークの中日である5月4日。深夜のバラエティ番組で小泉チルドレンの元衆議院議員・杉村太蔵氏が爆弾発言をしていた。
「議員生活4年の任期の中で、一番びっくりしたこと」という出来事が、国会の中継で良く見かける強行裁決時の与野党入り乱れる乱闘風景なのだという。それは、メディアもグルになった「ヤラセ」だというのだ。

1.誰がマイクを奪い、誰がガードに入るかという役割が決定されている
2.強行採決の時間は、アナウンスなどで事前通告されている
3.マスコミ各社のカメラはすでにスタンバイされている
4.良い絵が撮れたのを見計らって「終了」のアナウンスが流れる
5.そして、乱闘していた与野党の議員が「ハイ、ちゃんちゃん。お疲れさまぁ」と散会する

以前からWikipediaなどでは「与野党が対立する法案にあって、どうしても妥協点が見出せない場合、ギリギリの落としどころとして、強行採決が選択される。
与党は法案を可決させるという“実”を取り、野党側は『体を張ってこの法案を阻止しようとした』という姿を国民にアピールする“名”を取る。その意味では、与党が野党の顔を立てたものとも言える」と、その実態が暴かれていた。

 日本の国会の強行採決は、多くの場合は事前に与党側から野党側やマスメディアへ通告されることが慣例となっている。抜き打ちではないため、純粋な意味での強行採決ではなく、議員のパフォーマンスなのである。その実態を、元衆議院議員の口から、マスメディアを通して世間にお披露目されたこと自体に、日本の政治のたがが外れてきたことを感じる。 』

ちょ、ちょっとぉ。
あのハマコーが机を振り回したのも、森裕子議員が太ももをあらわにして机に乗ってマイクを引っ掴もうとしたのもヤラセ?

・・・ふーん、そうだったんだ。

不思議なことに週刊誌もワイドショーもこのことについて一切報じない。

でもきっとこれも暫くしたら「当たり前じゃん。知らなかったの?」と訳知り顔をされるのが悔しくて「し、知ってたもんね!」と鼻を膨らませて叫ぶ人が続出するに違いない。

それにしても、これが本当として、太蔵さん、大丈夫なんですかね。
暫くして「なワケないでしょ?え?信じたヒトいたの?」なんて乾いた笑いを皆の前で披露することにならなきゃいいけど。

こんな風にして見ていくと、今選挙で〇〇党とか△△党と争ってるとか言ってるけど「実はエンターテインメントショーでした!」といつ言われてもおかしくない。

いやいや、中露米の駆け引きだって、戦争だって「なんちゃって。最高のエンターテインメントショーだったんだよーん。」と言われないとも限らず、世の中なにが起こっても不思議じゃない時代に突入したな、と都知事選の前日に突然降った大雪を眺めながらため息をつくわたしなのでした。


つづく

いわゆる陰謀論(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

前回のブログにも書きましたが、陰謀論を語るのは難しい。
「そんな話、真に受けちゃって。」とか「いい歳して、馬鹿じゃないか。」とか「だから何なんだ。どうにもできないだろ。」とか「悪いことを考えると悪いことを引き寄せてしまう。」とか。

社会的地位のある人なんか、特に大変。
さぞかし風当たりが強かろう。

そこいくとわたしなんて何にも失うモノがないからとっても気楽。
「これだからスピ系のおばさんは。」という嘲りの言葉だって、聞き慣れれば別にどうってことはない。
(何回も言うけど、わたしはスピ系じゃありませんっ。)

それはともかく。

わたしが「陰謀」とまでも行かなくても「世の中、疑ってかからねば。」と思ったのは、一昨年「牛乳はホントは体に悪い」という話を聞いてから。

『【 牛乳は本当に「健康によい」のか?】
                     ホノルル大学客員教授 久間 英一郎

中高年の方の食養相談に乗っていて、「牛乳」に対する錯覚(牛乳は、飲めば飲むほど健康によい)がひどく、これは健康上、憂々しきことですので今回はこの問題について書きます。
この錯覚はどこから来たのか。戦後のアメリカの占領政策(日本にパン食を定着させてアメリカの小麦を売りたい)に端を発しています。パン食に味噌汁は合いませんので必然的にパンには牛乳ということになります。

また、「牛乳は完全食品だから健康によい」と学校給食に取り入れられたり、保健所・医師がこぞって勧めるに到ってからは、日本人は、「牛乳=カルシウム(完全食品)=骨(健康)」という公式がマインドコントロールされてしまったのです。

結論からいってこれは正しくない。宮崎大学教授、島田彰夫氏はいう。「牛乳は栄養価の高い?完全食品?とよくいわれますが、それは間違いですね。子牛にとっては完全食品でも、離乳期を過ぎた大人の日本人には一切の乳製品は不要です。」

確かに、牛乳は子牛(生まれた時約50kg)がわずか2~3年で成牛(400~1000kg)になるのに必要な完全栄養食品です。
この牛にとって完全食品を人が摂るとどうなるか。一言でいうと、「早熟」と「早老」をもたらす。
体は早く大きくなるが様々な病気にかかりやすくなるのです。

具体的にいうと、牛乳に含まれる乳糖は、ラクターゼという分解酵素によって分解されるのですが、このラクターゼが日本人を含むアジア人、アフリカ人などの場合、離乳期以降は分泌されなくなるのです。
「分解酵素がないのに牛乳を飲み続けるとどうなるか。乳類に含まれているカルシウムが吸収できないだけでなく、他の食品から摂取したカルシウムを体外へ排せつしてしまうというデータがすでに1960年代に報告されています。」(島田教授)

つまり、骨を強くしようとして飲んだ牛乳が逆効果になるというのです。
これには牛乳に多く含まれているリン(母乳の6倍)が深くかかわっているといいます。
リンは食品の酸性度を示す指標になっているくらいですから、アルカリの指標となっているカルシウムを奪い骨を弱めることは容易に理解できるところです。

日本綜合医学会永世会長の沼田勇博士は別の視点から牛乳と骨の関係について説明します。
「牛乳はビタミンCを弱める。ビタミンCは骨を健康に保つコラーゲンの合成に不可欠。従って牛乳は骨を弱めるのです。」
実際、世界一牛乳を飲んでいるノルウェーの骨折率は日本の5倍といわれています。』

ちょ、ちょっと待って。
わたしは「牛乳は体にいい」「骨を丈夫にする」「背も高くなるし、オッパイも大きくなる」と聞いて育った。
だから子ども達にも水のように飲ませていた。

それが今さら?

でも確かに、考えてみれば牛乳は牛の乳。
下痢をする人が多いというのもそういうこと?

・・・わたし、そもそも何で牛乳が美味しいと思ったんだっけ?

で、思い出してみると、脱脂粉乳の給食に行き着きました。

脱脂粉乳
『脱脂粉乳(だっしふんにゅう)は、生乳や牛乳または特別牛乳の乳脂肪分を除去したものからほとんどすべての水分を除去し、粉末状にしたもの。

保存性や栄養価などを評価されることは多いが、当時の学校給食で用いられた脱脂粉乳の味を知っている者(団塊の世代など)には、これが美味しかったという評は皆無に近い。特に臭いが酷かったという意見が多いのが特徴で、これには当時無蓋貨物船でパナマ運河を経由した為に、高温と多湿で傷んだからという説がある。』

小学校時代、この脱脂粉乳のミルクには本当に泣かされた。

この脱脂粉乳は味も匂いも最悪、温かくても飲めないのに、冷めると薄い膜が張り気持ちの悪いことこの上なかった。
もう人間の飲み物なんかじゃなかった。

給食係りが大きなアルミのバケツで教室に運び、ヒシャクでひとりひとりのカップについでまわったけど、できるだけ少なくして欲しいと祈るような気持ちで横目で眺めていた。
給食を残してはいけない時代だったので、まず最初に脱脂粉乳を鼻をつまんで一気飲みする事から毎日の給食は始まった。

毎日の給食が憂欝で仕方がなかった。

たまにハト茶ミルクなどというコーヒー味もあったけど、更に凄味の増す不味さになっただけで、給食の時間はしばしば心が折れそうになった。

わたしが3年生くらいに牛乳に切り替わった時は、本当に嬉しかったっけ。
わたしが牛乳が好きになったのは、あの時の経験が元になっているに違いない。

それでも脱脂粉乳が学校給食に用いられたのはユニセフからの援助品であり、戦後間もない頃の日本の食糧事情を知ったアメリカ合衆国の市民団体が、日本の子どもたちの為に実行した支援と聞き「アメリカってなんて太っ腹で親切なんだろう。」と感謝したものだった。

のちにあの脱脂粉乳は「終戦後、米国が当時国内で大量にあまっていた脱脂粉乳を無理やりに敗戦国であるわが国に買わせた」「本国では豚のエサ同然のシロモノ(あるいは、豚も食べない)」「GHQが給食制度を利用して脱脂粉乳を日本の児童に押しつけた」という説を知り愕然とする。

その説は都市伝説だという話もある。
が、否定するにはあまりに説得力のあるあの不味さ。
あれは飲んだ人じゃないと分からない。

ぬう、もしや。

もしやあの凄まじく不味い脱脂粉乳を日本中の小学生に飲ませたのも、牛乳好きにするための陰謀?!

いまだに語り草になるほど不味かった脱脂粉乳は、日本中の小学生の学校生活を確実に暗くしていた。


ゆ、許すまじ!

ホントにさぁ、まったく油断も隙もありゃしない。
ウソも百回言えばホントになるって言うけど。
「健康のため」と言われて逆に体に悪いことをさせられていることのなんと多いことか。

あの「牛乳に相談だ♪」っていうCMはマジで「知ってるヒトに相談してみ?」という意味だったのか。

だって調べてみると「高温殺菌された牛乳を仔牛に飲ませ続けると死ぬ」「欧米人などと違い、日本人は昔から牛乳を飲む習慣がないので、分解できない」「乳は乳児期に飲むものであって、大人になっても乳を飲んでいるのは人間だけ」「実は牛乳ってそんなにカルシウムが多くない(牛乳100g中に110mgのカルシウムが含まれているが煮干には22倍のカルシウムが含まれている)」などアンチ牛乳説がいっぱい。
ましてや今牛乳は放射能汚染、牧草、餌の農薬の問題もある。

要は学校給食で牛乳が取り入れられたのも、子どもの為ではなく、酪農業界やアメリカの為だった、という陰謀説。
説得力がありすぎてコワい。

それに子牛を産まなければお乳は出ないから牝牛に子供を産ませる。
でもお乳は商品にするから子牛はいっさい母牛のお乳は飲めないんだそう。

ごめん、ごめんよ。子牛達。

因果応報。
輪廻は廻る糸車。

人類は人口を調整されようが暗殺されようが、何も言えません。
あまりに他の種に酷いことをやっているという話を聞くと「ニンゲン、もうダメなのか?」と思う時もある。

でも生存の本能が「カラダに悪いこと、したくない。」と叫んでいるの。
うな垂れつつも、とにかくできるだけ牛乳を飲むのは止めよう、と心に誓うわたしなのでした。


つづく



いわゆる陰謀論(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

わたしのようなおばさんでも、ネットをやるようになりいろいろな情報に触れるようになると、いわゆる「陰謀論」といわれる話が耳に入ってくる。
この言葉、一般に認知され、さかんに用いられるようになったのは比較的最近のことであり、いわゆる「新語」に分類されるらしい。

「陰謀論」
『一般に、強い権力をもつ者(一もしくは複数の国家、警察、検察、あるいは大企業や多国籍企業など巨大資本、マスコミ、宗教団体、エリートなど)が一定の意図を持って一般人の見えないところで事象を操作し、または真実を衆目に触れないよう伏せている、とする主張や指摘』

そう、「やりすぎ都市伝説」とかでやってるアレです。

わたしが不思議に思うのは何故「陰謀論」などというものが出てきたのか、ということ。
宇宙人とかの話はともかく、国家間で陰謀はないはずがない。
幼稚園のお遊戯会の配役や、小学校の遠足のグループ分けさえはしっこいヤツは根回しをするこの世界。

古今東西、平等な話し合いで全てが決まり「皆で仲良く暮らそうね。」なんて世界、今までもなかったし、これからもないに違いない。

なのに今日本では「スパイが跋扈していて暗殺されている人もいるらしい。」とか「薬や日常使うモノによって人口調整されているらしい。」などという話を聞くと、条件反射のように「それ、陰謀論でしょ。」と半笑いを浮かべるのが、賢いヒトとされる。

たまに優秀な人がそういう話を真剣にしたりすると「あーぁ、陰謀論にはまっちゃって。」なんて軽蔑されたりする。
だから「頭がいいと思われている(または思われたい)」人で陰謀論に染まる人は少ない。

これってなんかおかしくないですか?

わたし達は、歴史上の話なら陰謀や虐殺を信じることができる。
ルワンダで起こった多数派フツ族による少数派ツチ族の大量虐殺とか蘇我馬子が宮廷内で暗殺されたとか。

陰謀、あるに決まってるじゃないですか。

真珠湾攻撃だって陰謀に満ちている。

『真珠湾攻撃は、旧日本軍が一方的に攻撃を仕掛けたことになっていますが、攻撃を行った日には空母は一隻も真珠湾にいなかった。
真珠湾攻撃を事前に察知した米が事前に空母だけ逃がしてしまっていた。
アメリカはこの時点ですでに情報戦では勝っていたわけです。
なぜ空母だけ?っという疑問が残りますが、政治的、戦略的な判断があったのでしょう。
真珠湾攻撃のおかげで、アメリカは堂々と日本を潰しにかかれましたし、国民の感情もコントロールできたわけです。』

こんな説もある。

『真珠湾攻撃では、アメリカ西海岸防衛の第六艦隊を、日本を威圧するように西太平洋に遠征させた後、ハワイの真珠湾にずっと仮投錨させた。
艦隊司令による「日本を刺激するので、速やかに母港(アメリカ西海岸)に帰港したい」との再三の要請を却下し、挙句、日本からの攻撃経路への警戒のための哨戒飛行も禁じた。
彼らは「餌」として存在させられたのだ。』

どちらにしても、ハワイ奇襲の報告を受けた当時のアチソン長官は「これでジャップは問題のすべてを解決してくれた。」と快哉した、というから、まんまとしてやられちゃったのは間違いないだろう。

こんな話だって歴史に興味のある人だけが知っている、というだけで、あまり声高には伝えられていない。
が、この話を「さもありなん。」と信じられる人でも、我が身に降りかかっているという現代の陰謀話には耳を貸さない。

最近知った3S政策(さんえすせいさく)。
『3S政策とは、大衆の関心を政治に向けさせないように取る愚民政策のひとつ。
1945年の大東亜戦争敗戦後、日本を占領に来たアメリカのマッカーサー元帥は戦勝国たる連合軍の最高司令官として君臨。

占領軍の際たる目的は日本の魂を抜き、2度と再び世界に覇を唱えさせない国とすることだった。その真髄が3S政策といわれた。文書として残っては居ない。

3S政策の3Sとは、以下の言葉の頭文字を取ったとされる。

Screen(スクリーン)
Sport(スポーツ)
Sex(セックス)

玉音放送(敗戦の詔書)の起草者でもある安岡正篤は、大東亜戦争終結後、連合国総司令官GHQが日本の占領政策を実行するにあたり、基本原則としての「3R」(Revenge―復讐、Reform―改組、Revive―復活)、重点的施策としての「5D」(Disarmament―武装解除、Demilitalization―軍国主義排除、Disindustrialization―工業生産力破壊、Decentralization―中心勢力解体、Democratization―民主化)、そして補助政策としての「3S」を策定したことをガーディナー・GHQ参事官から直接話を聞いているという。

安岡が存在したと主張する、この政策により、日本では性風俗が開放され、映画やエンターテインメントが興隆し、プロ野球をはじめとするスポーツが国民行事となった。』

むぅ。
何だか現代日本の根っこを見ているようじゃありませんか。

そういえば、わたしが子どもの頃にプロレスが大流行りして、血圧が上がって死んでしまった人がいる、と新聞にも出ていた。
今では笑い話だが、考えてみると何故「あれはやらせですよ。」とマスコミは国民に知らせなかったんだろう。
人死にが何人も出ているというのに。

私達はUFOや宇宙人、世界のミステリーなどを普段からテレビでおもしろおかしく流しているのを見ている。
このおかげで想像を絶するもの=妄想 ばかげた物と関連付けられるように訓練されているようだ。

本当の話に下らない話を混ぜ込んでいく。
すると後から聞く同じような陰謀話も「あ、あれね。」と半笑いで聞くようになってしまう。

わたし達は陰謀じみた話を『まさか』と思うように普段から仕込まれているらしい。
正に「やりすぎ都市伝説」はその代表なのかもしれない。

だから本当に陰謀をたくらむ輩には「陰謀論」というカテゴリーが必要なのではなかったか、と。


そんな陰謀論の中でわたしが「おおっ。」と思った話。
 
『「氣」から「気」に変えられた理由

日本語は50音訓すべてに意味があり、世界で一番周波数の高い言語である。一番低い周波数の言語は英語であり、だから闇の権力者が英語を世界共通言語にして人類の意識レベルを下げるように持っていっている。

特に日本民族はやっかいな存在であり、どうしても日本人に目覚めてほしくないアメリカは、「保健所」「教育委員会」「大学病院」を買収し、日本人の強靭な肉体と精神力は食事、出産体系、麻の文化にあると知り、すべてを破壊しにきた。

また、マスコミもCIAの監視下に置かれ、時事通信、共同通信などは操り人形である。また、新聞社などのトップレベルは全員フリーメイソンであり、政治もすべてそうである。その時点で政治に期待するなど無駄であり、我々日本国民の一人一人の意識レベルを上げなくては、日本はお終いである。

また、マスコミのタブーはかなりあるが、その中に日本人の心を象徴する「言霊」「音霊」「数霊」「色霊」「形霊」がある。そして、言霊の破壊をGHQはマスコミを使って成功させていく。特に戦後の漢字の変化も日本人の弱体化を狙ったものだという事実は怖いものがある。

今回は「氣」について言及するが、氣の上の气という部分は天地を表している。气の中にある米は、八方に開いている姿をかたどったものであり、天地の八方に生命エネルギーを放出していく状態を表わしている。米から生命エネルギーをいただくから「氣」という意味もあるが、本来の意味はこうした意味がある。

これに氣づいたアメリカは、GHQの占領政策の際に「氣→気」に変えて日本人の精神性を劣化させた。气にメというのは、天地のエネルギーを閉じ込める意味があり、人間に備わった潜在能力の封印という意味もある。漢字は東洋の神秘といわれ、的確にすべてを表している。

「気」という漢字を使っていたら、知らず知らずの内に自らの才能や可能性を閉じ込めてしまう恐ろしい文字であり、使ってはいけない漢字である。気→氣に文字を変えるなど簡単なことであり、そんな簡単なことを改善するだけで、運氣なども飛躍的に上がる。 』

運氣なども飛躍的に上がる?

そ、そうなんだ。
これから気ではなく氣を使いまくるぞ、と固く心に誓う単純なわたし。

・・・あ。
そういえばこの間中華街で手相占いをしてもらった時「あなたは妄想癖があります。」と言われたんだっけ。

当たってたかも。あの占い師さん。


つづく

横濱中華街に行ってきた

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ここのところ暖かい日が続き、散歩中にふくらみ始めたフキノトウを見つけ「やっぱり太陽太陰暦が日本の気候風土にマッチしてるのね。」としみじみ実感する今日この頃。

文字通り「新春」という感じがします。

昨日ふんどし息子が横濱中華街に行くというので、子守りに借り出されていたわたしも後から行くことにしました。

春節の1月31日は華々しい龍舞、獅子舞をはじめ、舞踊や中国伝統芸能の演技があるらしいが昨日は2月1日。
一日ずれたらダメか?と思ったら「獅子舞をやっている。」との連絡が入る。

子守りを終え、夕方6時50分頃中華街に到着。
久し振りの中華街は春節の翌日の土曜日ということもあってか、結構な賑わいを見せていた。

                     中華街


今日行くお店は明治の創業以来、古き良き時代の中華街の伝統をかたくなに守り続ける同發本館。
ここは昔からの名店でファンも多い。

が、今回わたしがここにしたのは別の理由から。
同發、実は駐車場を持っているんですね。
だから同發でお食事をすると駐車場代が無料。

中華街の駐車場代はたいてい土、日は1時間600円。
ご存じのとおり駐車場代を浮かすためには心筋梗塞が起きるくらいな猛ダッシュも厭わないわたし。
こういう鷹揚さ、ホントにありがたい。

「五目焼きそば」と「牛バラそば」を注文し(もちろんコース料理は頼まない)美味しく戴いた後、近所で手相占いをやってもらいました。

中華街 牛バラそば


中華街の占い屋さんは一社独占とのこと。
手相だけだと995円と、とってもリーズナブル。

紹興酒を買ったお店からのアドバイスで「年配の先生」にお願いし、とりあえずふんどし息子を見てもらう。

「仕事は順調。3年は勤めた方がいい。」
「真面目でバランスがある考え方をする。ただ考え過ぎるところがある。」
「胃腸が弱い。」
「とても優しい。お金は出費が多い。」
など、まあ誰に言ってもそこそこ外れないような内容。

が、一点だけ注目すべき発言が。

どうやら息子は今モテ期らしい。

モテ期?
そんなはずはないんだが。
母から見ていてもまるっきり女っ気がなくて不憫なほど。
だがその先生は「絶対にそう。」と言い張る。

ん?
そういえばこの間整骨院の80歳になる患者さんから食事に誘われて行ってきたな。
最近別のバアさんからも差し入れにいろいろ貰って来たりして可愛がられている。

もしやアレか?

そうだとしたら可哀想すぎるぜ、息子よ。
人生初のモテ期が婆さん達によるものだなんて信じたくないよね。

母は、母は・・・笑っちゃ悪いが笑っちゃう。

笑われるのが嫌だったら奮起するんだ、息子よ。
頑張って、人生初の彼女をゲットするんだ!

あー、楽しみ。

この後わたしも手相を見てもらいました。
いろいろいい事を言ってもらい上機嫌になるわたし。
まあ、息子同様出費が多いと言われましたが。

その先生曰く。
「彼女ができたら連れて来なさい。相性をきちんと観なければいけないから。」

うん、確かに。
相性は大事。

ちなみに生年月日によるわたしとふんどし息子の相性は、同じ星(戦いの星らしい)なので喧嘩もするが概ねいいそうです。
だから時々罵り合いになるのね、とちょっと納得。

息子よ。
今度は彼女をこの先生の所に連れて来れるように、婆さんの相手はそこそこにして、頑張って青春してね。


つづく







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Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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