ふんどしのススメ

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

いよいよ本格的な花粉シーズン。
わたしもご多分に漏れず、くしゃみ、鼻水、目の痒みに悩まされています。

が、例年わたし以上に花粉症の症状が出る息子が、今年に限って、ほとんど症状がでない。

何故だ?何故なんだ?

去年から肉食を止めたから?
いやいや、わたしだって同じ時期からお肉、食べてないもんね。

ってことは、もしや・・あれ?

息子は去年からふんどしを締め始めている。
理由は「日本男子たる者、ふんどしを締めねばなるまい。」という日本人のココロに突然目覚めたから。

ってのは嘘で、免疫力が上がる、という話を聞いたので。

よくわからないのだが(当たり前です)男性のタマタマの環境は治癒力に関係しているらしい。
男性における股間の涼しさというのは、実は医学的にもとても重要なんだそう。

「男性の精巣(睾丸:いわゆる金玉)は、体外に飛び出す形でついています。
そして陰嚢(いわゆる玉袋)には無数の皺があり、外気温などの周囲の環境に敏感に反応して伸び縮みします。
寒いときや緊張した時は縮み上がり、暖かいときやリラックスしていると時はダラリと垂れ下がります。」

し、知らなかった。そうだったの?

「これは、精子を製造する器管である精巣の働きが温度や自律神経と密接に関連しているからです。精巣は自然な状態では、体温の2度前後低く保たれるのが精子の生産のためには都合がよいと医学的に証明されています。
パンツを履くと、環境に関係なく常に精巣が体に押し付けられるわけで、精巣にとっては迷惑このうえない話です。
褌を締めるようになったら子供ができた、というような話をきくことがあります。」

何と、子作りにまで影響があるとは。

「男性の場合はふんどしの構造からもわかるように、大切な部分を布で吊り上げている状態になります。これが前立腺の働きを活発にする環境となるのです。これは大切な部分をバランスよく収め、風通しをよくし温度を適度に保つからなのです。」

ふむふむ、とにかく風通しと温度が大切なんだね。
ブリーフなんて、締め付けられるし(よく知らないが)全然ダメじゃん。

ゴムと化学繊維で身体を締め付けるパンツは、無意識のうちに身体にストレスを与え、それが人の免疫力を、なんと20分の1にまで下げてしまう、なんていう話もある。

凄いぞ、ふんどし。

ふんどしの大きな特徴は、「ふわっとした着け心地」と「締め付けのなさ」なんだそう。
普通の下着は、ゴムのしめつけが強いのでソケイ部などが圧迫されて、皮膚のトラブルや血行不良が起こりやすく、冷えやむくみ、皮膚の炎症などの原因となることがあるのに比べ、ふんどしは、ゴムを使わずに一枚の布だけでできているため、しめつけ感がまったくなく通気性にも優れているとのこと。

そんないいもの、なんでやめちゃったんだ?
日本人をダメにするためふんどしを止めさせたっていうGHQの陰謀説もリアルに聞こえるくらい日本人の精神構造や体が変わってきてしまっている。

そういえば一時「クラシックパンツ」なんていう名称でデパートで売っていたと記憶するが、なんでも横文字にすりゃいいってもんじゃないのに。
しゃらくさいよね、「クラシックパンツ」。
やっぱ「ふんどし」でしょ。

息子の様子を見ていると、ふんどしは着物に似たところがあるような気がする。
着崩れる感じがするらしいので、時々締め直しているし。
「ふんどしを締め直す」とはこういうことか、と感心するわたし。

なんか、だんだんわたしも締めたくなってきた。
でもおばさんのふんどし姿って、想像するだけで・・ちょっと我ながらツライものがある。

あーぁ、宮沢りえの「サンタフェ」のふんどし姿、かわいかったなあ。
もう、別の生き物だね、こうなると。

羨ましいとかって、極限を超えると全然思わなくなるものなの。
カエルはお花のこと、羨ましがらないでしょ?(たぶん)
カエルはお花を愛でるだけ。
カエルにはカエルの世界があるからね。

それはともかく。

花粉症に効くか効かないかはともかくとして、今度こっそり隠れてふんどしを締めてみよう、と心に誓うわたしなのでした。

つづく
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童貞処女への応援歌

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

近頃不思議だと思うことの一つが価値観の変化。
昔良しとされていたものが見下され、馬鹿にされていたものが尊ばれる。

食べ物なんか、その例が顕著ですよね。
江戸時代、大トロなんか下品な食べ物として捨てられていたらしい。
今、健康にいいと云われている玄米食や雑穀なんかも貧乏人の食べ物だったわけだし。

そんな昔のことじゃなくても、20年前には携帯電話はセレブしか持てなかったと記憶している。
今じゃつい最近まで0円のもあったくらい。

そういった価値観の変化に晒されいているものの一つに、処女性があると思う。
わたしの若かったころはまだ「お嫁に行くまでは処女じゃないと。」という考えが少なくとも表向きはあった。
だから上村 一夫の「同棲時代」がもてはやされたし、山口百恵の「ひと夏の経験」が衝撃的だった。

今どき同棲は当たり前だし、「あなたに女の子のいちばん大切なものをあげるわ」なんて言われても「マジ、いらないから。お金ならもらうけど。」なんて言われかねない。

それにとどまらず、現代では処女は格下に見られるという。

なんでだ?
一生懸命真面目に日々を暮らし、不義理もせず、親孝行をし、身持ちを固くしていた人間が何故貶められなければならないんだ?

昔だってホイホイ男にくっついていったオンナは腐るほどいた、と思う。
でも一応そういったことは秘め事として、人にあまり大きな声で語るものではないとされていた。

そういうオンナは「ふしだら」とか「尻軽」「あばずれ」と揶揄される対象だったから。

今では処女ということをあまり大きな声で言えない時代なんだって。
(まぁ、大きな声で言う必要もないのだが)

これって、おかしくないですか?

とにかく性の世界も二極分化がすすんでいるらしい。

2010年に行われた厚生労働省の調査によると、30代未婚女性のうち4人に1人が処女なんだそう。
「結婚するなら処女がいい」と言われていたのに、最近ではむしろ「重い」「面倒くさい」と敬遠され、いつまでたっても処女のままだと「性格に問題があるのでは」「理想が高すぎる」「潔癖」なんて言われてしまうとのこと。

ネットで検索してみると40,50処女は当たり前。こういう方々を高齢処女というんだとか。
高齢処女って・・。

なんだかすごい言葉。
容姿にも問題がなく、人より真面目なのに、ちょっと勇気がなかっただけでそんなカテゴリーに入れられてしまうなんて、ヤダ。

童貞の男のヒトだってそう。
女の人と接する機会が少なくて、人生に対してプライドが高くて、チャンスを見る力がちょっとなかったからって、人に迷惑をかけている訳でなし、なんで馬鹿にされたり貶められなきゃならないんだ?

極論を言えば、精神性を伴わない性経験、要は肉体だけのことであれば、永い人生という観点からみるとそんな大それたものではないと思う。(いや、わたしの感想です。あくまでも。)
やらないよりやっておいた方がいい、程度の。

ま、予防注射と同じですかな。
やるまでは「どんなだろ。痛いのかな?怖いのかな?」とドキドキ。
注射を終えた友達はどこか誇らしげで、大人に見える。
でも終わってしまえば「なんだ、こんなものか。怖がったり心配するコト、なかった。」と一つ経験を終えた晴れ晴れとした気持ちに。
中には注射に過剰反応して熱が出てしまう人がいるところも似ているかも。

・・今思い出しました。そういえば偉そうに語れるほど経験値、高くありませんでした。
遠い昔のことだったので忘れてました。

すみませんでしたっ。

それはともかく。

性経験がない大人の人たちがコンプレックスを抱かされてしまう時代。
わたしはむしろこういった人たちは「純愛予備軍」だと思っている。

本当に好きな人と結ばれたい。
体と心の伴った愛を育みたい。
きっといつか愛し愛される人が現れるはず。

そう願っている少年少女が心の深いところでうずくまっている。

真面目でピュアな人たちがいつか疲れて周りを窺うようになり「もう捨てれりゃなんでもいいっ!」なんていう気持ちになって欲しくない。

・・やっぱ「夜這い婚」、いいんじゃないか?
結婚考 (2)

それはともかく。

どうか現代の純愛予備軍の方々に素敵な出会いが待っていますように。

つづく

春の妄想 (2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。



この歌、この季節になるとつい口ずさんでしまう。

「古いコートは捨てて僕の胸でお休み」なんて言われたらクラッときちゃうよね、おばさんでも。

ちょ、ちょっとぉ、そんな気持ち悪いものを見るようなまなざし送らないでくれる?
歳をとると傷つきやすくなるんだからね。

でも悲しいことに、近頃のオトコは虚弱な人が多いから本気で胸に飛び込んだら肋骨にヒビが入りそう。
しかも「お休み」っていうからには5分や10分じゃないってことだよね。
2~3時間、胸にオンナを抱き続けるには結構筋肉も必要。

大丈夫か?
現代のオトコ達。

そしておばさんになってこの歌の歌詞を読んでみると、若かった時気が付かなかった恐ろしいことに気が付いてしまう。

もしやこの歌は危機を迎えた熟年夫婦の歌なのでは?

わたしの周りにも、永く連れ添ったのに分かり合えない夫婦が何組かいる。
「ふたりで歩いてきた道なのになんて淋しい」って・・。
まんまじゃん。

「変わってしまう悲しみは僕も知っている」って・・。
自分も相手も、歳をとって変わっていく。
綾小路きみまろじゃないけど、確かに変わるって、悲しい。
若いころは心のことだとばっかり思っていたけど、これ、体型や顔のしわ、薄毛のことか?

・・・
ちゅうことは「古いコート」は肉体のこと?
も、もしや幽体離脱?

サスペンスドラマのように、夫がこの歌を口ずさみながら手にロープを・・。

ぎゃー!!

・・・
なんちゃって。

あー、下らないことを書いてたらもうこんな時間。
妄想って楽しい。

でも、ほんと、歳をとるっておもしろい。
今まで見えなかったものが見えてきたりするからね。
(って、そうなのか?見えてきたのか?むしろ見失った気が・・。)

つづく


春の妄想

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

暖かくなってきた街に出て行くと、いろいろ思うことがありませんか?

わたしの場合、最近道路に落ちているゴミが気になって仕方がない。

幹線道路なんかで、上りと下りの間の植え込みにゴミが捨てられているけど、あれ、どういうこと?
捨てたヒトに、「そこはお前の家の町内会のゴミ収集所か!自分の車の中はキレイになったかも知れないが、お前の心はゴミだらけだっ。」と言ってやりたい。

空き缶やペットボトルはもちろんのこと、ゴミ袋まで捨てるとは、いったいどんな顔をしているのか見てみたい。
こういうところでGPS機能を使えないものか。(使えるわけないが)

そうそう、わたしはよくマナーの悪い車があると、運転しているヒトがどんな顔か見たくて信号待ちを使って見に行くの。
たいがい「あ、なるほどね。」という感じ。
今度試してみて下さい。

世間ではよく皆のマナーが悪くなった、という言い方をしますが、わたしはそうは思わない。

例えば犬の糞。
町内の99人が立派な飼い主さんで、マナーを守れないヒトが1人だけいたとしても、そのバカタレが毎日糞を片付けないと、その町内は糞だらけの街と化してしまう。

落書きもそう。
あの下らない自己顕示欲、何とかなりませんか?

そんなにやりたきゃ自分の家の壁に好きなだけ書けばいいのに、と思う。
どうしても書きたい情熱が抑えられなかったら、精進して書道家の武田双雲や金澤翔子くらいになってみろ、といいたい。
それならどこに書いても誰も文句は言わないよ。
いや、言わないどころか、こちらからお願いして書いてもらいたい。

街のあちこちに素敵な書がある国。
かっこいいじゃないか!

できることなら、ゴミをポイ捨てする輩の家とか、犬の糞をそのままにする飼い主の家とか、公共施設に落書きするヤツの家を突き止めて10倍にして返すとか、とんでもなく高い罰金を徴収してもらいたい。
あれは軽犯罪というくくりでは甘すぎると思う。
不特定多数の人にすっごく不愉快な気持ちを与え続けるんだから。


学生の頃、江戸時代の刑罰は非人間的だ、と習った気がする。
でも、本当にそうだろうか。
被害者にとっては現代の方が非人間的な扱いなのでは?
被害者の報復心、犯罪抑止力という観点から見ても、江戸時代の方が優れていた気がする。

江戸時代の刑罰の中には「入れ墨刑」というものもあり、地域によって入れられてしまう入れ墨の印が違うらしい。
筑前や芸州では罪を重ねると「犬」という入れ墨を入れられてしまったという話は有名。
江戸は寛文の頃「は額に「悪」と入れられた、というのは知らなかった。
「悪」って・・。
いまいちひねりというか、意外性に欠けるな。
「犬」を考えたヒトのセンスの凄さが光る。

入れ墨刑は主に盗犯に対して施行されていたそうで、この入れ墨刑は成人男性のみならず、子供や女性に対しても行われていたとのこと。

うん、いいね。
やっぱ、そういうことは皆に分かってもらわないと。

まぁ、ゴミや落書きで入れ墨だとなんだから、罰として、一か月は取れない塗料かなんかで「ゴミ」とか「フン」とか「ラクガキ」なんておでこに書いて欲しい。

そんなヒトが街を歩いていたら、皆でしっかり監視できるし。
いや、そんな刑罰があったらまずやる気にならないね。

いいじゃないか!と思ったけど、もし我が息子が何気なくゴミをポイ捨てしてしまって、おでこに塗料を塗られて帰宅したことを想像すると、ちょっとイヤ。
「そんなこと位で、ここまですることないじゃないかっ。」と思ってしまうかも。

いやいや、普段は帽子をかぶって見えなくしていても、お風呂に入る時におでこを見るたびに「なんであんな軽率なことをやっちゃったんだ、オレ。」と泣くほど後悔した方が、その後の人生をまっとうに歩くためには、親が説教を百万遍垂れるより効果があるに違いない。

実現した時のことを夢想してたら興奮してきた。
春になると、こうした妄想も膨らんで激しくなっていくものらしい。

あ、わたしだけ?

でも、実現してくれる政党があったらわたしは一票入れたいと思います。

つづく

ご無沙汰しておりました。

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

2月14日、ピュッという小さな断末魔の声と共に気を失った我が家のパソコン。
昨日無事退院してきました。

突然の故障は、まるで家族がいなくなってしまったような喪失感。
「帰ってきてよかった、よかった。」と思う反面「いいのか?こいつが家族で。」というぼんやりした危機感も。
機械が苦手なわたしまでこんな気持ちになってしまうとは。
恐るべし。現代社会。

もしかしたらパソコンなんか毎日使って「うん、今日もいい子だね。パソコン君。」なんて話しかけていたら、魂が宿ってしまうのでは?とちょっと空恐ろしいような気も。

八百万の神々がおわすこの日本。
パソコンや車に命が宿って付喪神になっても、決しておかしくはない気もする。

付喪神(つくもがみ)とは、日本の民間信仰における観念です。
長い年月を経て古くなったり、長く生きた依り代(道具や生き物や自然の物)に、神や霊魂などが宿ったものの総称で、荒ぶれば(荒ぶる神・九尾の狐など)禍をもたらし、和(な)ぎれば(和ぎる神・お狐様など)幸をもたらすとされてるらしい。

うちのパソコンはまだ2年半しかたっていないけど、昔より時間短縮で付喪神が出来そうな気がする。
賢いし。
なるのであれば荒ぶっちゃヤダ。
是非和(な)ぎって欲しい。

それはともかく。

そういう訳でなんとか復帰致しました。
またよろしくお願いします。

で、パソコンを修理に出していて気が付いたことが一つ。
このブログを書く、ということがわたしの生活の一部になりつつあった、ということ。
皆さんから戴くコメントや、メッセージなどがとても嬉しく、お会いしたことがないにもかかわらず、まるで遠くにいる昔からのお友達からのお便りのように感じられる。
ランキングを見て順位が上がっていたりすると、その後ろにわたしの雑文を読んで下さっている方がいるんだ、ととても励まされていたことを自覚しました。

オレは励ましてなんかいないっ、とおっしゃってる方。
いいのっ。
わたしが勝手に励まされているだけなんだから。
それに励まされるっていったって、おばさんがただ嬉しがって、小学生の夏休みの絵日記のごとく、毎日ない頭をひねって雑文を書くだけなんだから。

でも、これは考えてみれば凄いこと。
わたしなんて、社会とのつながりがそうとう薄いタイプ。
会社のような組織にも属していないし、近所づきあいはほとんどしないし、友達も少ない。

そんな人間が、社会との繋がりを実感してしまうなんて、そうそうあるものではないと思う。

人間は他者との繋がりを常に感じたい動物。
一見、個人で働いているように見えたマキオカの農家の方々の暮らしぶりを見てそう思いました。

うちの子供たちが中学生の頃、人間関係に悩んでいた時、「一人でいるのが怖くなくなれば、学校生活で怖いものはなくなる。一人を恐れるな。」なんてヤケクソ気味なアドバイスをしましたが、実際のところ無理な話。
特に学生の頃って世界のほとんどが部活友達やクラスメイトで占められちゃうんですよね。
だから他に目を向けろ、なんていっても土台無理。
卒業してしばらくすると、まるで魔法が解けたように「はて?なんであんなにオオゴトに感じられたんだっけ?」となるんだけど、それを伝えるのって難しい。

我が家の子育ては、今思い返すとあんまり上手じゃなかったかもしれないけど、子供が人間関係が上手くいかず立ち尽くした時「とにかく味方になってやっから!」ということだけは伝えてきたと思う。
だから動物としての最小の居場所は確保できていたのでは、と思える。

そんな子供たちも、今は娘は子を生し家族を作り、息子は仕事が決まり社会人として働き始めます。
スゴイなぁ。
ちゃんと社会の歯車になれたんだね。

よく「社会の歯車になんかなりたくない。」なんてどこかの青臭い若造がいうセリフ。
アホか、と言いたい。
社会の歯車になれるって凄いこと。
要はその人がいなくなったら、いろいろな所に狂いが出て、立ち行かなくなるほど、必要とされる人間なんだということだと思う。
それを「社会の歯車になんか」という言い草は何事か。
まず歯車になって人様のお役に立てるようになってから言ってみろっ。

・・・
あ、また怒りながら書いていたらこんな時間。
怒りは時間を忘れさせるね。

ブログを書いていなかったときは、すぐ寝ていたの。
寝過ぎってボケを速めるらしい。
おー、こわ。

歳をとって一番怖いものの一つは間違いなくボケです。
ホントだよ。

つづく

春なのに。

こんにちは。きょうも楽しいマキオカです。

ここのところの寒さは、やはり少し春めいていて、コートの色や、素材も変わってきている気がします。
季節の先取りをよしとする文化の我々。
少しやせ我慢をしても、春を演出されている方がそこかしこに見受けられます。

で、わたしは今息子のパソコンで、これを書いています。
しかもワイヤレストラックボール、とかいう奴で。

そう、昨日わたしのパソコンが突然気を失って、急遽入院してしまったんですね。
なんか夫が脳梗塞かなにかを患ってしまったかのような喪失感・・。

「一回だけ!」と息子を拝み倒して、パソコンを借りたんだけど、まあ、使いづらい。
特になんちゃらボールの使いづらいこと。
コメントのお返事を書いていたら、どういうわけか勝手にアップするわ(勝手にパソコンは動きません。もちろん自分の操作ミスです。でも理由が分からない??)、一回書いた記事が消えちゃうわ(これもなんか知らないけど、操作ミスです。何故だ??)、ゼー、ゼー・・ここまで書くだけで、大変な騒ぎ。

マウスちゃんが懐かしい。

くすん。
早く帰って来て、パソコン君。

気が利かないと悪口ばっかり言っていたけど、いざ別れてみて若いオトコと付き合ってみたら、昔のオトコの心遣いが懐かしく思い出される。
そんな感じ。

とにかく。
そんな訳で、しばらくブログ、お休みいたします。

なんか、悲しい。
こんな雑文でも読んで下さっている方がいるのが励みになっていたのに。
きっと確実にボケ防止になっていたのに。

また皆様にお会いできることを楽しみにしながら、お話のネタを探して日々暮らしていきたいと思います。
皆様もお風邪など、召されませんよう。

つづく

「ブーフーウー」を思う

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

わたしの一番古いテレビの記憶は「ブーフーウー」。
楽しみだったなあ。

あの、ネジを回して場面が変わってお人形が動き出すところ。
不思議で、子供心に「いったいどうなっているんだろう。」と思っていた。

今にして思えば、すごく愛嬌のあるオオカミとのやりとりも楽しかった。

「いつかもう一度見れたらな、でも絶対無理だよね。」なんて思っていたら、あらすごい。
ネットでは昔の映像が見れちゃうんですよね。



検索して出てきた「ブーフーウー」は懐かしくてたまらなかったけれど、あれ?
なんか思ったほど感激しない。
想像していたより、色褪せて見えるのはなぜ?

初恋のヒトから30年振りで連絡があって、「いやーん、不倫になっちゃたらどうしよう。」なんてドキドキして会ってみたら、覇気のない趣味の悪いおじさんになっていたカレに宗教の勧誘をされ「会わなきゃよかった・・。これならうちのダンナの方がなんぼかマシ。今日の夕飯何にしようかな。で、ここの支払いは割り勘?」なんて想像と現実のギャップの激しさに打ちひしがれたり。

そんな感じ?

「ブーフーウー」は1960(昭和35)年から1967(昭和42)年までの約6年半もの間、NHKの人気こども教育番組『おかあさんといっしょで15分間の「人形劇のコーナー」として、放送されました。
ぬいぐるみ人形劇の元祖ですね。
わたしは3歳くらいから9歳くらいまでお世話になったと思われる。
うちは父が新し物好きだったので、比較的早くからテレビっ子(今は死語)になっていました。

「皆さん!こんにちは!ブーフーウーの時間です。さあ~番組を始めましょう!」と「さとみさん」が、まずは一言。
そして、かばんの中から「ブー」と「フー」と「ウー」の3匹の子豚の人形を取り出して、3匹子豚の小さなお家の前にセッティングし、「じゃあ、ネジを回して…」と、いきなり壁にあるゼンマイのネジの様なハンドルを「さとみさん」が回し、「ペロちゃん」がネジの上にあるボタンを押すと、「ブー」、「フー」、「ウー」の3匹の子豚に生命が吹き込まれます。
「さとみさん、ペロちゃん、こんにちは~!」と、着ぐるみの人形に変わり、動き出して『ブーフーウー』の楽しい世界の物語が始まりました。
着ぐるみと小さな人形の使い方が絶妙で、本当に小さな人形の世界に入り込んだ気ががしたものです。

調べてみると、声優さんはすっごいメンバー。
ブツブツ屋の「ブー」(声・「ドラえもん」の「大山のぶ代」)、次男でフ~フ~フ~のくたびれ屋の「フー」(声・「パーマン」の「三輪かつえ」)、末っ子でウ~ウ~ウ~の頑張り屋の「ウー」(声・『徹子の部屋』の「黒柳徹子」)って・・。
テレビ創成期のゴージャスさよ。

で、3匹とからむ乱暴な「おおかみさん」(声・「永山一夫」)の着ぐるみ人形の中に入って熱演していたは、今は亡き、名俳優の「高橋悦史」さんだったそうです。
知らなかった!
下積み時代、そんなことなさっていたんですね。

「ブーフーウー」でおおかみさんの声を担当していた”永山一夫”さんは、北朝鮮へ向けて新潟港から帰って行き、亡くなられたそうです。
知らなかった・・。
現実世界の厳しさよ。

「おおかみさん」が登場する時に流れる歌の題名は「おおかみさん悲哀の歌」。
「誰も俺の事を解かっちゃくれない~…」みたいな歌を歌いながら、のたうちまわりながら「おおかみさん」が登場して来るのが面白かったけど、今そういう情報を知ってから見ると、また違った悲哀が感じられる。

大人になって、世間のあれやこれやを知ってから、過去を振り返るのもしみじみと味わい深いものだけど、何も知らずに、懐かしい飴玉を口で転がすように記憶をさぐりながら、時々そっと味わうのもよかったのかも知れない、と遠くを見てしまうわたしなのでした。
いや、老眼のせいなんですけどね。


つづく

結婚考 (2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日に引き続き、「結婚考」。

日本で普通に行われていた「夜這い婚」。
昭和に入っても、地方では普通にあったと聞く。

考えてみたらとっても合理的。
男は拒否権がないってことは、女が「このヒトの子供です。絶対!」と言い張れば、身に覚えのある男は、「あっちの娘の方が良かったのに。」なんて思っても、結婚せざるを得ないってこと。
で、生まれてきた子は、村はずれの田吾作に瓜二つ、なんてこともあるわけで。
でもそうだとしても、今のようにDNA鑑定なんて小賢しいものがあるわけでもなく、とにかく「村の子」として、皆で育てていく。

他人の空似、ということもあるわけだし。
女がそう言ってることだし。
ま、どちらにしても愛しいあの女の子供には違いないわけだし。
「とうちゃん」なんて呼ばれながら育てているうちに、情も湧いてくることだし。

そして結婚に至らない男だって、「夜這い」は許されているから、性欲の処理は大丈夫。
結婚した後もこっそり夜這いが続いていた、なんて話もある。
だから未経験者も今の社会に比べて、格段に少なかったと思われる。

地域に一人くらいはは、未経験の男に指南するのが上手なおばさんがいた、という話も聞いたことがある。
お礼は普段力仕事をやってあげるとか、魚を持って行ってあげるとかでいいらしい。
病気の心配もなく、とってもありがたい存在だったと聞く。

唯一「親がいるところで?それはヤダ。」と思っていた部分も、考えてみれば、今の高校生のように「マリ子の家に勉強に行くから。」とか、見え見えの嘘をついたり、ぐれてホテルで殺されたり、やくざに売られちゃったりするよりよっぽどいい。
親だって、自分たちがやってきたことだから「うちの娘に乱暴なコトしたら承知せんぞ。でも、大人になったもんだわい。」と冷静に狸寝入りできるかも。

「子供は社会で育てましょう」というキャッチフレーズは、どこか絵空事のような匂いのするものだけれど、「夜這い婚」の社会ではリアルに実践されていたと思われる。

だって「村人皆兄弟」だよ。
子供は皆血を分けた子。
年寄りだって自分の血の繋がった爺さん、婆さん。

叱り方にだって情が入るし、真剣にならざるを得ない。
うん、皆いい子に育つよね。

考えてみれば、大奥があんなに厳重に「男子禁制」を標榜していたのはこういった現実があったからなんでしょうね。
確実に「徳川の血」を守るためには、出入り禁止にしなきゃダメ。
どこから夜這いして来るかわからないから、いっそのこと誰も来れないようにしちゃおうってことか。

歴史で習うことって、現代を持ち上げて、過去を貶める傾向があると思うけど、「夜這い文化」もそう。
単にいかがわしくいやらしいものとして語られることが多いけど、それだけ連綿として続いてきたってことは、いろいろな知恵や工夫がされてきた上で、社会の仕組みとして立派に機能していたってことではあるまいか。

現代の社会の最小単位である「家族」でさえ、心もとなくなっている実情を考えれば、過去の「夜這い文化」を馬鹿にするべきではないのは明白だと思う。

16世紀に来日して滞在した宣教師ルイス・フロイスの残した『日欧文化比較』(1585=天正13年)より。

★ヨーロッパでは未婚の女性の最高の栄誉と尊さは貞操であり、またその純潔がおかされない貞潔さである。日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても名誉も失わなければ、結婚もできる。

★ヨーロッパでは夫が前、妻が後ろになって歩く。日本では夫が後ろ、妻が前を歩く。

★ヨーロッパでは財産は夫婦の間で共有である。日本では各人が自分の分を所有している。時には妻が夫に高利で貸し付ける。

★ヨーロッパでは妻を離別することは最大の不名誉である。日本では意のままにいつでも離別する。妻はそのことによって、名誉も失わないし、又結婚もできる

★ヨーロッパでは夫が妻を離別するのが普通である。日本ではしばしば妻が夫を離別する。

★ヨーロッパでは娘や処女を閉じこめておく事は極めて大事なことで厳格に行われる。日本では娘たちは両親に断りもしないで一日でも数日でも、一人で好きなところへ出かける。

★ヨーロッパでは妻は夫の許可がなくては、家から外へでない。日本の女性は夫に知らせず、好きなところに行く自由を持っている。

近代西欧のはるか以前、「遅れていた」と思われがちな日本が、実際はこのようにヨーロッパ人から驚きをもって見られていた。

すごいぞ、日本!!

つづく

結婚考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

先月、甥が結婚式を挙げました。
幸せそうな花嫁、花婿。
楽しくて笑いが止まらない、そんなお式でした。

                 公嗣 結婚式

彼らは高校の同級生だったんだけど、見事ゴールインした、というわけですね。
やれ、めでたや。

わたしの周りには奇縁で結婚したヒトが多い。
ドラマのようなこと、いや、それ以上のことって、案外あるんですよね。

例えば職場の同僚に来たお見合い話に、本人が気が進まなそうだったので譲ってもらい代わりにお見合いして、結婚、とか。
妹萌えのアニメも真っ青、という結婚もある。
あと、自分は初婚、20歳も歳の離れた夫は再再婚で、連れ子を何人も苦労しながら育て上げた、なんていう猛者も。

わたしの祖母は結婚式に初めて祖父と顔を合わせたそうです。
なんでも両家の仲直りの為の結婚だったとか。
一昔前は恋愛結婚は「自由恋愛」といって、ある意味ふしだらなイメージもあったらしいので、当たり前のスタイルだったようですが。

いろいろな結婚の形態を見て、言えること。

終わり良ければ全て良し。

最初、嫌でしょうがなかった相手でも、一緒に暮らすうち情が出てきて、いつしかなくてはならない相方になる。
苦労ばかりさせられて、喧嘩ばかりしていて、「こんな結婚しなけりゃよかった。」と後悔の日々を送っていたはずなのに、結果的にすごく幸せな老後をプレゼントされていたりとか。

若いころは、浮気、金遣いの荒さに悩まされていたのに、亡くなってみたら、「あんないいヒトはいない。来世も一緒になりたい。」と願うようになっていた、とか。

結婚という人生の選択をした場合、結婚によって後半生の運命がを決定づけられるのは間違いないと思われます。
良きにつけ、悪しきにつけ。
男も女も。

今は離婚という選択肢が、昔よりは容易ですが、それは果たしていいことなのでしょうか。

我慢して、我慢して、いつしか事態が好転することもあるし。
歳をとって「お前にも苦労をかけたのぉ。」「いえいえ、幸せでしたよ、おじいさん。」なんていう小津映画の一シーンのような状況を作るには、永い時間が必要です。

熟成する為には、醸す時間が必要かと。
醸される前に止めてしまうと、ただの味気ないものに。
いわゆる未熟ですね。

かといって無駄な我慢になってしまう場合も往々に、ある。

うーむ、難しい。

いっそのこと、一昔前のように、適齢期の二人が会う前から結婚の意志、家族間の同意、仕事や人格の安定性・将来性、などが詳しい下調べ・準備によって確認された方が時間と労力の無駄を回避できるのでは?
客観的な条件が整えられているって、安心。

それでもダメな場合はダメだろうけど、確率的に言えば、離婚に至るケースはぐっと減るはず。
周りで世話をした人たちへの恩義もあって、そう易々とは離婚を言い出せないだろうし。

いっそのこと、平安時代のような結婚はどうだろう。
垣間見や和歌の贈りあいを経て結婚するのは貴族だけ。
わたし達はもちろん関係ありません。
日本の大半の地域の農民など庶民は、「夜這い」文化の中で生き、女性が妊娠したら、所帯を持つ(結婚)という感じだったらしい。

昔の日本人は性におおらかで、男も女も所帯を持つまでは、二股三股をしていても全く問題はなく、夜中にある女性の寝床で、複数の男が鉢合わせということも珍しくなかったようです。
ただ、この「夜這い」、自由恋愛で楽しそうな感じがしますが、厳格なルールもあったとのこと。
例えば、次のようなものです。

★女性が妊娠した際、夫となる男性の指名権は、女性にあること。また、男性側は、指名されると拒否できないこと。
(これ、超女性に有利なルール。「拒否できない」って・・。妊娠しちゃったもん勝ちってことですね。ちょっと「はないちもんめ」のような感じ。ずっと指名されないヒトの立場は?)

★同村内の女性にのみ、夜這いにいけること。女性も他村の男性と通じないこと。
(村の子供は村で育てる、ということですね。地産地消?・・違うか)

★親は、夜這い相手に干渉しないこと。また、隣で愛し合っていても寝たふりをしていること。
(家、狭いもんね。でも、なんだかおおらかを通り越している気が・・。親の隣でなんて、ヤダ。親だって、ツライ。)

要は、昔の庶民は、みんな「フリー恋愛の果ての出来ちゃった婚」だったんですね。

いいかも知れない、夜這い婚!
ちょっとその時代に行ってみたいかも。

でも、地域の繋がりがかなり強くなければ成立しないよなぁ。

何でも「昔は良かった。」と言う気はないけれど、結婚に関して言えば、確かに昔の方が安心システムが出来ていた気がする。

なんてしょうもないことを考えながら、新婚の甥夫婦の結婚を寿ぐわたしなのでした。

つづく

産まれて22日目のモモ

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日久し振りにモモに会ってきました。
久し振りと言っても3日振りなんだけど。
                  モモ22日目

昨日はモモが産まれてから21日目。
いわゆる「床上げ」だったんですが、娘は産後の肥立ちが良かったので、産後8日で自宅に帰りました。
親子3人の生活を早くしたかったらしい。

そうだよね。
一番小さくて可愛い時を夫に見せないなんてもったいない。
夫婦でそんな時間を共有するって、大切だと思う。

わたしは週に2回娘の家に行って、モモを入浴させたり、買い物したり、掃除したりしました。

なんておばあちゃん孝行なんだ、モモ。

モモはとってもいい子なの。
「おっぱい飲んでねんねして」を地で行くような生活。
夜はもう3時間ぐっすり寝てくれて、娘もしっかり寝られるらしい。
その分、昼は起きていることが多くなったんだけど、機嫌良くしているとのこと。

なんて親孝行なんだ、モモ。

婿の実家の青森でも、男子の内孫の誕生をとても喜んで下さっている。
わたしの母も大喜び。
両家のひいおばあさんも、これでさらに長生きするに違いない。
喜びは松果体を振動させ、それによって、セロトニンやメラトニン、そして、ドーパミンなど、脳内ホルモンが大量に分泌され、活性酸素を除去し、色々な病気が改善され、運気も高まるらしいから。

なんてお年寄り孝行なんだ、モモ。

モモは色白で睫毛が長くてスベスベなの。
うっとりしながら、ふと隣を見ると巨大な我が息子。

そういえばこいつも24年前、とっても可愛い赤子だった・・。

ということは、20年後、モモのスベスベのほっぺから髭が?
小さなあんよから剛毛の脛毛が?
可愛い声が声変わりを?

うーむ、何ということ。
確かに儚い可愛さ。

赤ちゃんは生まれた数年の可愛さで一生分の親孝行をしている、というけれど、確かに。

モモが反抗期になって「うるせえんだよ、ばばあ。」とか言っても「あんな小さかったのに、こんな一人前のこと言っちゃって♥」なんて思って、羽交い絞めにして頬ずりしちゃうかも。
体力的にできるわけないけど。

ともかく。
今の内にあの可愛さを堪能しなければっ、と固く心に誓うわたし。


この困難な時代に、わたし達を選んで来てくれた小さな命に、何ができるだろう。

今生で出逢えた奇跡。

もちろんモモだけではありません。
わたしの周りにいる家族、親族、友人、知人。
そしてこのブログで知り合えた方々。

綾なる不思議なご縁に心から感謝しつつ、日々大切に暮らしていきたいと思います。


つづく




おばあちゃんを思う

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ここのところコメントを戴けるようになって、とっても嬉しい。
思わぬところでご縁がつながって、ネット社会の恩恵に与かって、感謝しております。
ありがとうございます。
友達が少ないから、友人が増えた感じがして張り合いがあるの。

おばさんは怖いもの知らずだから、どこまでも能天気。
知らないって、強い。

ところで、みなさんご存知のように、先月わたしはおばあちゃんになりました。
目指すところは、宮崎駿の描く年寄りたち。

「天空の城ラピュタ」のドーラやポムじいさん、「となりのトトロ」のカンタのばあちゃん、「千と千尋の神隠し」の銭婆、「風の谷のナウシカ」の風の谷のお年寄りたち。

皆、自分の生きてきた結果を受け入れ、機知に富み、酸いも甘いもかみ分けた上で生き生きと暮らしている。

いいなぁ。特にドーラ。
「だてに女を50年やってるんじゃないよ。」と言っているから、もしやわたしより年下?!
がーん・・。

ま、まあ、気を取り直して。

息子に使ってみたい言葉。
「偉そうな口をきくんじゃないよ。」
「お前達も嫁にするんならああいう子にしな。」
「急に男んなったね。」

いっひっひ。
いいね、ホント、言ってみたい。

リアルにあんな人がいたら、すっごく迷惑だろうけど。
キャラとして、大好きです。

わたしのおばあちゃんは98歳で亡くなりました。
3月で7回忌を迎えます。

山梨で永いこと一人暮らしをしていたけれど、83歳を過ぎ、横浜の母と暮らすために引っ越してきました。
気持ちの張りがなくなったのか、それからしばらくして、寝付くようになり、腸閉塞で手術をした時、医者に「胃瘻を施さないと、直に亡くなります。」と言われ、考える間もなく手術。
それからずっと寝たきり老人になってしまい、意志の疎通もできなくなりました。
今にして振り返ると、胃瘻の手術なんかしないで、食べたいものを食べさせ、天寿を全うさせた方がよかったのでは?と思わなくもない。
でも「直に亡くなります。」と言われ「いいんです。それで。天寿ですから。」なんてとっさに言える人ってどのくらいいるだろうか。
今のようにネットでいろいろな情報が手に入るわけでもなく、胃瘻にすることによるリスクを説明されることもなく、寝たきりで10年過ごすことになっちゃうって、酷い。
もちろん経済的にも家族は大変な負担を強いられるわけです。
亡くなった知らせが入った時「よかったね、おばあちゃん。」と思ったのも事実。

でも不思議なもので、思い出すのは元気な時の姿。
わたしのおばあちゃんは、歴史小説が好きで、テレビ番組も自然や世界を扱ったものが好きだった。
考え方はクールでユニーク。
小さいころ、おばあちゃんと一緒に寝ると、股の間に足をはさんでくれ、温かくていい気持ち。
秋田の出だったので、昔話をせがむと、訛りのある語り口で何度も話してくれた。
特に「牡丹燈籠」の「カラーンコローン、カラーンコローン(下駄の音です)、萩原さーん・・(焦れ死にをしたお露が夜な夜な、牡丹灯籠を手にして新三郎のもとに通う時に掛ける言葉)。」が怖くて大好きだったな。

そうそう、おっぱいが大きくて、汗を拭くとき、マンガみたいにおっぱいを肩にかけたので、びっくり仰天、なんてこともあった。

あ、今思い出してみると、心なしか顔がドーラに似ている気が。
もっと小柄だけど。
で、若いころ「おばあちゃんとお母さんって、全然似てない。」と思っていたのに、今はすごく似ている。
血は争えないというか。

ってことは、もしやわたしも頑張って長生きするとドーラのようになるっていうこと?

嬉しいような、嬉しくないような、不思議な気持ち。

とにかく長生きした人が、身内にいるというのは安心感があっていいものです。
うまくいけば、それくらい生きられるかも、みたいな目安ができて。

もちろん長く生きればいいってものじゃない。
おばあちゃんは長く生きて、そんなことも教えてくれました。

与えられた天命を全うし、為すべきことを為す。

最終的な目標はこれだ!

そしてわたしもモモに「カラーンコローン、カラーンコローン、萩原さーん・・。」と語って聞かせよう。

つづく




お雛様のいる生活

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日とうって変わって、今日は春めいてきた感じ。
三寒四温とはよく言ったもの。

我が家は2月に入ると、お雛様を出します。
うちのお雛様は、お内裏さまとお雛様のお二人のタイプ。
娘が生まれた時に流行った形です。
そう、あの「家紋を入れます。」ってやつです。

床の間におられるお内裏さまとお雛様。
辺りに梅の香が感じられる頃まで、いらっしゃいます。
時々雪洞など点けて。

わたしが子供のころは、断然五段飾りとか、七段飾りが人気がありました。
でも、雛人形の業界が、日本の住宅事情を鑑み、年に一回しか出さない割に、押し入れのほとんどを占拠しちゃうとか、飾るのにも場所塞ぎだ、などという問題点を解消するべく努力して、ケース入りやお内裏さまとお雛様のお二人のタイプを登場させたと思われる。

わたしが子供の頃に、うちにあったのはお雛様と三人官女のタイプ。
七段飾りのある家のひな祭りに招待されたときは、羨ましかったなぁ。
小さな箪笥や牛車があって、ヒトのお家のものだから触れないけど、触ってみたい。
「うちのお雛様は、髪がちょっとボサボサで、やだな。」なんて思ってました。
自分がいじってボサボサにしたくせに。
今にして思うと、典雅なお顔をされていました。
「ごめんなさい、大事にしてあげなくて。」と50も半ばになって思うわたし。

わたしの子供時代は、ちょうど「ちびまるこちゃん」や「20世紀少年」と同じくらい。
明るい未来を単純に信じられた時代ですね。
みんな青っ洟を垂らしていて、結構貧乏なうちも多かった。
洋服だって、近所のお古が回ってきたし。
そして貧乏が今より恥ずかしくない時代だったように思う。

今は皆、昔のことだから「うちは時代が時代なら、大地主だった。」とか「地元の名家だった。」とか「武家の出だ。」とか、わからないと思って、勝手なこと言ってるけど、あれ、たいがいは嘘だからね。

江戸時代の人口が2,500~3,000万人といわれていて士(僧侶をふくむ)=7%、農(漁をふくむ)=83~76%、工=4~7%、商=6~10%という数字をみても、どう考えてもお百姓さんだった可能性が高いと思われる。
自分の小学生の時の成績がオール3に2がチラホラだったとしても、子供には「お母さんは小学校の時、優秀だった。」と大法螺を吹くのと同じ心理ですね。

これはいつの時代でも同じらしい。
明治時代に大量の偽家系図も作られ、流通したらしいし。
でも、田舎の爺さんが「うちは天皇様と繋がってるんじゃ。」と鼻の穴を吹くらませて自慢しても、温かい目で見てあげてね。

それはともかく。

日本文化の特異なところは「お雛様」というように、お人形にも敬語を使うところ。
ほかの国にはこんな文化はないのでは?
そして仕舞う時にも、寂しくないように向かい合わせで仕舞う。
なんてきめ細かい心遣い。

「忙しさにまぎれて雛人形を出す暇がない。」とか「もう何年も出していない。」なんていう方。
今年は是非出してみて下さい。
ほら、よく言うでしょ?
「お雛様をいつまでも仕舞わないと、娘が嫁き遅れる。」って。
仕舞うのが遅くなるだけで、嫁き遅れるんなら、出しもしなかったらどうなることか。
下手をすると一緒に老後を過ごす羽目になるかも。
ま、いわゆる老老介護ってやつですな。

それもいいかも、なんて寝ぼけたことを言ってるあなた。
娘が70歳、あなたが95歳になっていたら、あなたは間違いなく娘のお荷物。
たった一人で背負う親の重さよ。
近い存在なだけに、娘も言いたいことを言う。
お互い、大変。

ということで、今年こそはお雛様、出して差し上げましょう。

わたしはお雛様を飾る場所のない娘に、七宝焼きのお雛様の額をプレゼントしました。
季節の飾り物を置くだけで、生活に潤いや、ゆとりが出てくるものです。

なんちゃって。

そんなこといってるのは、わたしが暇なおばさんだから。
子育て真っ最中とか、働き盛りの頃は、わたしも髪振り乱して一心不乱に働いていました。
(「キャンプ場の作り方」参照)
今、あの時お雛様を出していたか、思い出そうとしたけど、思い出せない。
それくらい余裕がなかったんですね。

いや、ボケのせいかも知れないけど。

つづく

平和な時代に思う

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日は雪の予報だったのに、朝起きたら雨。
ホッとするより何か残念な気持ち。
ドライバーの方に聞かれたら怒られそうだけど、どこか雪を心待ちにしてしまうわたし。

こんな日は、温かいお部屋で薬草茶でも飲むか。
(いつもお茶ばっかり飲んでるの声あり)
おうちによっては、あんまりお茶を戴かないところもあるらしいけど、確かにうちは何かっちゃあお茶を飲む。
今の時代、放射能の影響を気にする向きもあるけど、「お茶を飲む」という行為は精神と時間のゆとりの証拠。
大切にしなければ、と思う今日この頃。

そう、私の場合、時間は比較的あるの。
お金とは反比例するだけで。
そりゃそうだよね。時間がなければ、こんなにブログ、しょっちゅうアップできるわけもなし。

大丈夫。
もう少し経ったら、マキオカにじゃんじゃんお客様が来て、忙しすぎてブログ書く余裕なんてなくなっちゃうから、今のうちにいっぱい書いているだけなの。

わたし、平和な時代に生まれさせていただいて、ホントよかった。
見せかけの平和かも知れないけど。
もし、『火垂るの墓』の時代にいたら、わたしは節子達のおばさんのようになっていた可能性が、ある。

あの映画を見た方の中には「なんて酷いおばさん!」と憤慨する向きもおありでしょうが、わたしはあのおばさんを責められない。
いや、「責められない」どころじゃない。
わたしだって、あのおばさんのようになる要素がてんこ盛り。
むしろ同じことをしてしまう自信があるっ。(威張っていうことではないですね、はい。)

平和で、食料の溢れている時代に「もっと親切にしてあげればいいのに。」とか「みんなで分け合って、助け合えばいいのに。」なんていうのは想像力の足りない人。

自分の子が飢えている時に、食べ物分けてあげる自信、ありますか?
わたしはやっぱり我が子に贔屓してしまうと思うし、その行為は当然だと思う。

だからよく「震災が起こって、原発がダメになった時の備えとして、食糧をたくさん備蓄しています。近所の人や、友人に分けてあげるために。」なんて言ってる方がいらっしゃいますが、わたしは「けっ。」と思ってしまう。

それは一週間やそこらで救援が来ることを想定するからこそ言えること。
もし本当に震災が首都圏で起こって、原発がやられて放射能が拡散し、政府が機能しなくなった場合、救援物資が行き渡るのにどれほどかかることか。
放射能の影響をあまり受けていない飲み物や、食料を確保するのに、どれほど手間と努力と時間がかかることか。
そんな中で、人様にその貴重なものをお分けできるほどの人間性を発揮できる人が、果たしてどれほどいるというのか。

はなはだ疑問であります。

あ、ごめんね。
これを読んでくださっていて、本気で「皆に分けてあげるんだもんね。」と、たくさん備蓄している方。

これはわたしの思考を基準にして言ってるんだからね。
汚れたおばさんの戯言と思って、その純粋さをゼヒ貫いてください。

そうはいっても、皆が助け合って、この困難な時代を乗り切っていかなければならないのも事実。

わたしも何とかして、自分の中の邪悪な部分をねじ伏せて、死ぬとき「あー、自分が恥ずかしい。もっと周りの方に愛される日々を送るべきだった。」と後悔しないように、修行したいと思います。

つづく




誕生日に思う (2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

いやー、昨日の文章読み返したら、ただの説教おばさんになっていたわたし。

ごめんね。
自分でも何を言いたいかわからない。
「誕生日」関係ないじゃん。

原因はわかってるの。
そう、確定申告。
どうもこの時期になると情緒不安定というか、支離滅裂というか、躁鬱気味というか。

で、気を取り直し、再び「誕生日に思う」。

もう55歳のわたし。
昔のように「いくつだと思う?」「いやん、そんなに若くなんかないわよぉ。」なんていうメンドクサイ会話もしたくもない、枯れた日々を送っています。

そしてこの歳になると、「もうすぐ誕生日。ケーキ食べて、プレゼントもらって。あー、待ち遠しい!」なんてはしゃいでいられる訳もなく「あれ?わたし、いくつになったんだっけ?54?53?」なんて傍で聞いていると痴呆症を疑われても仕方がない会話をしていたりします。

「門松や 冥土の旅の 一里塚
  めでたくもあり めでたくもなし」

有名な一休の読んだといわれている歌ですが、こんな歌がすっかり身になじんでしまう感じ。

生あるものは必ず死に帰す。
全ての人の100%確実な未来が冥土である。
全人類は冥土に向かっての旅人だ。

うん、そうだね。
始まりがあれば、終わりもある。

頭では分かってたけど、若いころは実感がなかった。

それが歳をとるにつれ、父が死に、主人が亡くなり、兄弟も逝き、「死」そのものが漠然としたものから、その輪郭をはっきり現すようになってきた。
まるで影のように。
そっと寄り添うように。

「死」は怖い。
老いることも、「死」を意識させられ、怖い。
歳をとっての「誕生日」は、そんな「老い」を意識させる日でもある。

でもね。
目も老眼気味になり、嗅覚も鈍くなって感じること。
もしかしたら、肉体的なあちらこちらが鈍くなるというのも、それが必要だから、と言えないか。

「死」を意識し、受容し、向こう側の世界に行くためには、そうした心と体の準備が必要なのではないか、と思ったりもするのです。

そして今は、若いころとは違った窓が開いている気がする。
そこから見える景色は、「時間」を意識した風景。
一見同じように見えても、色や匂いが全然違う。

いわゆる「もののあわれを解する心」がフィルターになっているのかも。

え?分かりにくい?
いくらおばさんが遠い目をしたところで、単なる白内障の前症状だと思われるだけ?

ふん、わたしだって、ついこの間までピチピチだったんだからね。
いくらでも笑っているがいいわ。

「子ども叱るな、いつか来た道。年寄り笑うな、いつか行く道。」っていうもんね。

くっくっく。
そこの御嬢さん。ここに来るまで、あっという間ですぜ。

・・・
はっ、いかん!
まだ確定申告による情緒不安定、支離滅裂、躁鬱気味が収まっていなかった!

つづく


誕生日に思う

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。



何故「マッハGoGoGo」なのか、と申しますと、パソコンが使えなくなっている間に、私が55歳になっていたからなんですね。
我ながらなんという安直な発想。

いいのっ。懐かしいんだから!

そして実をいうと、まだパソコンにデータを入れることが出来ず、写真もアップすることが出来ないの。
「ちっ、何やってんだ。」と言いたいとこだけど、そこはほれ、自分じゃ何もできない悲しさ。
「いいんだよ。大変だね。頑張ってね♥」なんて息子に猫なで声を出しております。
へそ曲げられると面倒だし。

いやー、自分が55歳になる日が来るなんて思わなかったわ。
そしてこんな風に昔を懐かしむ日が来ようとは。

光陰矢の如し。

このブログをお読みの若い方々。
いっぱい人生楽しんだ方がいいですよ。

わたしは最近思うのだけど、若いころって「いいなぁ、あのヒト。きれいでモテモテで。」とか「お金持ちで羨ましい。」とか「人気者で、いつも楽しそう。代わってもらいたいっ。」なんて他人に対して思ったりするけど、意外に神様って、平等主義な気がします。

わたしの経験から言うと、傍から見て、羨ましいと思われるヒトでも、案外深い悩みを抱えていたりするもの。
お金にしても、美貌にしても、持っているものの不幸、というものもある気がする。
だって、持っていたら守りたいって気持ちになっちゃうでしょ?
自分はキレイ、なんて自覚しているヒトは大変だよ。マジで。
ちょっと皺ができったっちゃあ、必死にお高いクリームを塗り、少し太ったっちゃあ、エステ通い。
いくらお金があったって追いつかないよ。
しかもその割に成果、出ない気がする。

よくわかるのが年配の芸能人。
「若いころ、あんなにきれいでお上品そうだったのに・・。」と絶句することもしばしば。
どうもヒトの顔は造作だけでなく、生きてきた人生が如実に出てしまうものらしい。
キレイなはずなのに、みすぼらしい顔、というのは確かにある。
そして若いころ地味で、なんということのない顔をしていたヒトがとてもチャーミングになっていたりする。
これは男女共通だね。

「40 歳になったら、人は自分の顔に責任を持たねばならない」。この言葉は、第16 代アメリカ合衆国大統領のエイブラハム・リンカーンが残した言葉らしいけど、存外真実だと思う。

だから若い皆さんは顔にちょっとくらい気に入らないところがあっても、全く気にする必要はありません。
親を恨むなんて、筋違いもいいところ。
問題の本質はそんなところではないのです。

・・って、やけに力を入れて書いてるけど、本当は我が子に言いたいの。
しっかり自分で責任とってね。

それからお金はなければ勿論困るけど、生きていけるほどのものがあれば、それで良しとすべきだと思う。
まぁ、その「生きていけるほど」というところが難しいんだけれども。
要はあまり背伸びをせず、なければ使わない、ということ。

ちなみに、わたしの知っている限りお金持ちで「すっごい幸せそう!」というヒトは一人もいません。

いや、お金も美貌も持ってないから言うわけじゃないけど。
ホントだってば。

今日確定申告を終わらせてきて、あまりの赤字っぷりに、清々しさまで感じてしまったからってわけでは、断じてない!・・と思う。

つづく




節分考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

やっとパソコンの修理が終わり、再びブログに取り組むことができました。

「お待たせいたしましたっ。」と言いたいところですが、「誰も待ってねぇよ。」と言われると悲しいので、「お久し振りです。」とご挨拶。

こういうところ、我ながら悲しいほど日本人。
いつもは図々しいくせに、小心というか、人の顔色が気になるというか。

で、今日は「節分」。

『「節分」は本来、季節の移り変わる時の意味で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を指していました。特に立春が1年の初めと考えられることから次第に、「節分」といえば春の節分を指すものとなりました。立春を新年と考えれば、節分は大晦日にあたり、前年の邪気を祓うという意味をこめて、追儺(ついな)の行事が行われていたわけで、その一つが「豆まき」です。』

そう、我が家は節分の日「鬼はぁ外ぉ!福はぁ内!」と声を張り上げ豆を撒きます。
わたしの子供のころ、どの家も節分の夕方になると豆まきをやった。
暗くなると、あちこちの家から「鬼は外、福は内。」という声と、豆が屋根に当たる音がパラパラと聞こえてきたもんです。
それが今は子供のいるお宅からもシンとして声一つ聞こえないのはどういうわけか。
「そんな迷信、関係ないもんね。」とか言って、ネットゲームにでも打ち興じているのか。
ちゃんとやっているのはサザエさん一家くらいではないか。

節分に一年の邪氣を払わなくてどうする。
そんなことだから、今、日本中に邪氣が満ち満ちてしまっているではないかっ!

いかん、いかん。久し振りにまた血圧が上がってしまうところであった。

まぁ、我が家がいくら声を張り上げようが、世の中に何の影響を与えられるものではないのだが、気は心。
ご近所にご迷惑にならない程度に声を出しております。

『豆まきに使う豆は炒った豆でなくてはなりません。なぜなら、生の豆を使うと拾い忘れた豆から芽が出てしまうと縁起が悪いからです。「炒る」は「射る」にも通じ、また、鬼や大豆は陰陽五行説(「木」「火」「土」「金」「水」の五行)の「金」にあたり、この「金」の作用を滅するといわれる「火」で大豆を炒ることで、鬼を封じ込めるという意味があります。そして最後は、豆を人間が食べてしまうことにより、鬼を退治した、ということになるわけです』

出た!日本人が大好きな掛け言葉。
でも年より1つ多く豆を食べるって、この年になるとかなりキツイものがある。
お豆ってお腹の中で膨れる気がするし。
トホホ・・。消化力も落ちているってのにさぁ。

そして恵方巻き。
これってつい最近流行り出したことですよね。

『恵方巻きは大阪が発祥といわれています。大阪海苔問屋組合が道頓堀で行っていた行事をマスコミが取り上げ、全国の食品メーカが便乗して全国に広まりました。
大きな巻き寿司をその年の恵方に向って無言で丸ごと食べることにより1年間よい事があると言われています。
巻き寿司を食べるのは「福を巻き込む」そしてなぜ丸ごと食べるのか「縁を切らない」ために包丁を入れないそうです。 』

ぬぅ、やりおる、大阪商人。
要はバレンタインと同じっていうことですね。
商業主義に流されるとは、愚かなり、大衆。

で、今年の恵方は南南東らしいですよ。
って、しっかり流されてるわたし。

いいの。
いいと謂われることは貪欲に取り入れる方針なの。

それにつけても有名な寺社仏閣で行われる芸能人を招いての豆まき行事。
あれって、最初に始めたのはどこなんですかね。
ちょっと調べたけどわかりませんでした。
年男、年女と共に、芸能人が高いところから豆や、お菓子を撒く。
先を争って、餌に群がる鯉のように奪い合う人々。

あんな豆をなぜそんなに奪い合うのかと思っていたら、場所によっては、抽選券が入っている袋も一緒に撒いていて、結構いいものを戴けるんだとか。

納得。
いいを年した爺婆がいくら縁起がいいからって、目の色変えて豆を奪い合うはずないもんね。

確かに奪い合ってくれなくちゃ、撒く方も張り合いがないだろうし。
むぅ、お寺や神社もやりおる。

でも、豆まきとはいえ、人に向かって上からものをばら撒くやり方って、如何なものか。
不遜を通り越して、何か嫌なものを感じてしまうのはわたしだけ?

・・ごめんなさい。
白状します。
以前年女の時、「一生に一度しかこんなチャンスないもんね。」と言って、友達と一緒に、羽織、袴を着け、豆まきさせて頂きました。

だって、やってみたかったんだもん。
どんな感じなのか、体験してみたかったんだよぉ。

このケチな私が大枚をはたいて何故そんなにやってみたかったのか。
もしかしたら、ブーケトスなんてものがなかったわたし達の世代は、「自分の放ったものを、一度でいいから皆に奪い合ってもらいたい。」という願望があるのかも。
ま、友達の少ないわたしのブーケは、奪い合ってくれる人がいなくてぽつんと地面に落ちてしまう恐れがあるからどちらにしてもしなかったろうけど。

ブーケトスに代わる豆まきか。

おばさんらしいといえばいえるけど、なんか寂しい。

つづく

※追加情報
成田山新勝寺のサイトにこんな記述がありました。
『特別年男として力士や芸能人が豆まきに参加するようになったのは、現在の大本堂落慶記念の翌年である昭和44年にNHK朝の連続テレビ小説の出演者と大相撲の力士を招いたのが最初で今日まで続いております。』

うーむ、成田山であったか。仕事のできるお坊さんがいたに違いない。

プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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