出産考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日娘とモモが助産院から退院してきました。
だから今うちにモモがいるの。
小っちゃくて、ふにゃふにゃのモモ。
ほんと、かわいい。

この可愛さは、ただ小さいから可愛いのか、自分のDNAを受け継ぐものに対する可愛さなのか、今のところ判然としません。
ま、どっちにしても可愛いからいいか。

うちは今日奮発して今までほとんど買ったことのない鯛を買いました。
めでたい、ありがたい、という気持ちを込めて。
娘が母乳で育てるのに、乳製品や肉や油の多いお魚がよくないと聞いたので、野菜一杯の鍋にしました。

で、思ったこと。
時代によって、何と物事の対する考え方が、違ってくるものか、ということ。
その時常識と思われていたことが、実は間違っていたり。

わたしも娘たちを母乳で育てました。
その時は「母乳をよく出すため、カルシウムを補う為に牛乳を飲みましょう。」とか「蛋白質を取るため、肉やお魚を取りましょう。」と言われたもの。

ところがそれって、お乳が詰まっちゃう原因になるとか。
確かにわたしは乳腺炎になりました。

ちょっとショック。
なんか、わたしの中の常識がガラガラと崩れていく感じ。

で、いろいろ聞いていくうちにわたしの中で、現代の出産事情は何かおかしい、と思うようになった。

娘がお世話になった助産院は「うみと森助産院」という閑静な住宅街にある素敵な一軒家。
そして助産師さんはとてもチャーミングで頼りがいのあるベテラン。
わたしから見て、とても素晴らしい出産を経験させて頂いたと思う。

なのに、助産院での出産は全体の1パーセントしかないんだとか。
確かにわたしも娘が出産するまでよく知らなかったけれども。

今のお産はお医者様の都合に合わせる、という事が基本になっているように思われる。
陣痛促進剤も普通の感覚だと、陣痛がなかなか来ない場合使われると思っていたが、現代では自然に陣痛が来るのを待たずに使われることもあるとか。

『 陣痛促進剤は、出産の時に母体から分泌されるホルモンを化学合成したもの。薬の力で子宮を収縮させることから「子宮収縮剤」とも言われる。それを分娩誘発の目的で使う時には「分娩誘発剤」、陣痛促進の目的で使うときには「陣痛促進剤」と呼ばれるが、同じ薬に3つの呼び名がついていることがトラブルの元になることもある。
 本来は、胎盤機能の悪化や微弱陣痛など医学的な必要で使われる薬だが、実態としては、おもに病院側の都合(人手の少ない休日・夜間の分娩を避けるため)で使われることが多い。そういった使用があまりにも一般化したため、日本で産まれる赤ちゃんを曜日別・時間別に集計してみると、平日の昼間に比べて、休日や夜間に産まれる赤ちゃんが少ないという現象が起きている。
 陣痛促進剤(子宮収縮剤)はオキシトシン(点滴)とプロスタグランディン(点滴と錠剤)に大きく分けられるが、どちらも過強陣痛による胎児仮死・子宮破裂・頚管裂傷などの激烈な副作用がある。赤ちゃんが死亡または脳性マヒなどの重大な後遺症が残ったり、母親が大量出血で死亡する例が数多く報告されている。
 この薬の特徴の一つに、患者によって感受性に100倍以上の差があることが知られている。つまり、ある人は1の量で効くのに、別の人は100の量でも効かないということが起こりうる。』

ちょっとぉ、ずいぶんと怖い薬じゃないの。
こんなの、日常的に使っちゃっていいの?

調べていくとほかにも怖いことは山ほど。
薬漬け、医療過誤、医療報酬を考えての無駄な会陰切開・・。

確かに助産院の手厚い介護を見ていると「こんなやり方、今のお医者さんに求めてもできるわけない。」という位丁寧に、時間を惜しまずやって下さる。

でも助産院と言ってもいろいろな所があるとか、リスクのある妊婦さんにとっては病院での出産はとてもありがたい存在であるという事も確か。

だから選択肢を広げる意味でももっと助産院についての啓蒙を進めてもいいのでは?
これは医療機関の怠慢なのか、顧客を奪われたら死活問題になってしまうからわざと教えないのか、と思ってしまう。

まあ、あくまでも素人の感想ですが。

それはともかく。

出産といえば可哀想だと思うのはマリーアントワネット。

『当時のフランスでは王妃の出産には貴族達が大勢立ち会って行われました。
アンリ4世の王妃マリー・ド・メディチの出産の時には、200人もの人が産室に押し掛けたといいます。
のちに一般の人々にも解放されて、マリー・アントワネットの出産には一般庶民が人目見ようと大勢押し掛けて、王妃はショックで気を失いかけたそうです。
当然ですが、その後この公開出産は禁止されました。』

無理無理、絶対無理。
誰?最初にやろうって言い出したヒト。
絶対にS気質の変態っぽい人に違いない。
皆、何考えて集まってくるんだ?
子どもの頃「自分がイヤだと思うことは、人にやってはいけません。」って習わなかったの?
とにかくスケベそうな貴族とか、物見高い家来とか、どんな目で見ているのか、想像するだけで、無理。

マリーアントワネッット、いろいろ言われているけれど、この一点を知っただけでもなんと大変な人生だったのかと思う。

『無事に生まれた赤ん坊は、出産を手伝った女達によって産湯をつかわされた後に、産着を着せてもらうのですが、この時に本来なら新生児というのは手足を曲げているのが普通なのにそれを無理矢理に伸ばして、両腕を脇腹につけた状態で、顔だけ出して体中を布でぐるぐる巻きにするのです。
これが発育に良いはずはありません。

しかし、これが当時の医者の推奨する育児方法だったのです。
こうしておけば、赤ん坊はきちんと2本足で立って歩くようになるというのです。
子供が成長して2~3歳になると、今度は檻のような枠の中で、何時間も立たせておくという事もしましたが、これもきちんと2本足で歩くようにするための当時の育児方法だったのです。
何とも無茶な事をと思いますが、当時では立派な医者の薦める育児方法だったのです。』

ここでもやっぱり常識が覆っている。
「マトリョーシカの人形じゃないんだからさ。そんなことしたらダメに決まってるじゃん。昔のヒトって知識がなくって、可哀想。」なんて思っているあなた。
今だって、現在進行形で同じようなことが起こっているんです。
わたし達が知らないだけで。

今の世の中って、トラップがいっぱい。
自分が望まない知識は入るべくもなく、恐怖もない代わりに、気が付かないうちに大変なことになる可能性がある。
知ったら知ったで、下手をすると身動きができないくらい不安が湧きあがってくることも。

自分の身は自分で守る。
そんな強い気持ちが必要なのかもしれません。

ん?モモ?モモはいいんだよ。
おばあちゃんが守ってあげまちゅからねぇ。

は!いかんいかん。
危うく「湯婆婆」になってしまうところであった。
わたしが目指すは「銭婆」。
気を付けねば。

ところで、うちのパソコンを修理に出さなければいけないようです。
ちっ、と舌打ちをしたいところなのですが、保証期間内だから、まあいいか。

息子に「ブログ書きたいからパソコン貸して。」と頼んだらなかなかいい返事をくれない。
何故だ?
わたしに知られたくないあんなことやこんなことがあるのか?と疑いのまなざしを向けるわたし。

で、しばらくブログを書けなくなるかもしれません。
誰も残念に思ってくれないかもしれないけど。
中には3人くらい「ちょっと残念。」って言ってくれる方がいるかもしれないと、淡い期待を持って書いてみました。

つづく




                           
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クリスタルな孫

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。
                           
モモ 誕生ケーキ


今日も孫の所に行ってきました。
しばらくは、ちょいちょい孫の話が出ると思いますが、ご容赦を。
そして「婆バカ」全開になりますけど。
許してね。

だって可愛いんだもん。


孫はまだ名前が付いていないので、お腹にいる時から「モモ」と仮の名で呼んでいました。
で、とりあえず「モモ」という名前で書いていきます。

孫の予定日は1月30日だったので、まさか昨日産まれるとは思っていませんでした。
16日助産院に行った時も、まだ下がってきていない、と言われていたようだし。
ところが、休みのほとんどない婿が18日が急に休みになったと聞いたとたん、陣痛が起こって「まさか。昨日は、まだって言ってたのに。」なんて言ってる間に出産。
奇跡的に婿は立ち会うことができました。

なんてお利口なんだ!モモ。

そしていよいよ出産の時、写真にオーブが。
                    
以前「オーブ顛末記」でも書きましたが、もうオーブなんてわたし的には珍しくもなんともない。
だけどこのオーブは別。
亡き主人と、3年前亡くなった婿のお母さんが来てくれていた、と考えると嬉しいから。

以前も「 こういうものは、自分にとってなんなのか、という事が大事。」と書きましたが、このオーブは絶対身内に違いない。
そしてモモの誕生を寿いで下さっているに違いない、と鼻息が荒いわたし。

たぶん皆さんは「そんな白いポッチ、ただの埃に決まってるだろ。これだからスピ系のおばさんは・・。」なんてため息をつかれているかと思いますが。

いいのっ。
そう考えた方が、人生楽しいんだからっ。

そして私は面白がりなだけでスピ系のおばさんではありません。
不思議なことは大好きだけど。

え?そういうのをスピ系のおばさんっていうの?
                      
そうなの?モモ。

モモ アップ


「うーむ、わかりませんねぇ。」とモモ。

そう、おばあちゃんはこの写真で遊びたかっただけなの。

つづく               
                  

※おまけ

このサイト、とってもいい。

「わたしがあなたを選びました」
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/6637/watasi.html




初孫誕生!

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

いやー、めでたい!
今日1時48分、初孫が誕生しました。

2552グラムの元気な男の子です。
日本の人口が減り続けている中、わが娘夫婦も立派に国家に貢献しました。

娘の出産に立ち会うって、なんか不思議な感じ。

もう28年前のことだから、忘れてしまっていた感覚、久しぶりに思い出しました。

娘は助産院での出産を選択。
「大丈夫か?何か不測の事態が起きた時、対応はどうなのか。」なんて初め思ったりしたけど、全然取り越し苦労だった。

わたしは当時の普通の病院で出産して、「もう二度と出産するの、ヤダ!」って思ったものだけど(でもその4年後長男を出産。喉元過ぎれば熱さを忘れる、の典型)、今回娘の出産を見て、こんなのだったらもう一回産んでもいいかも、と羨ましく思った。
(もちろん思っただけ、です。53歳で出産された坂上みきさんもいらっしゃいますが、凡人は無理。だって子供が成人する時、73歳って・・。しかも旦那様が12歳年下のニュージーランド人。羨ましいんだか、疲れちゃいそうで羨ましくないなんだか・・。)

陣痛が始まって助産院に行くと、普通のきれいなお部屋の中で、ベッドに自由な格好で横たわったり、木馬のような椅子に座らせてくれたり、腰をさすってくれたり揉んでくれたりと手厚い看護。

お部屋は暗めにして、アロマの匂いを漂わせてくれ、ほとんどつきっきりで助産師さんが的確なアドバイスをしてくれる。
出産っていうとあられもない姿晒しちゃって、というイメージがありますが、今回特にびっくりしたのは、普通のお部屋で、自由な格好で、楽に自然に出産させてくれる細かい心遣いのある出産ができる、ということ。

考えてみれば、あの分娩台というやつ。
出生率を下げている遠因になっているのではあるまいか。
完全に産ます側の都合に合わせているような気がする。

わたしも産まれる時、自宅でお産婆さんに取り上げてもらったし。
病院で分娩台で産むのが普通ってつい最近のことなんだよね。
かつての女性たちは皆このように出産していたんだと、目から鱗でした。

助産院での出産がメジャーになれば、日本の出生率上がること、間違いなし。

助産院に入ってたのが昨日の22時30分頃。
婿が23時過ぎに来て、わたしと婿と助産師さんで娘の足や腰や手を擦る、撫でる、摩る。

部屋の片隅で休んでいる時、その様子を見ながら、ふっと「太古の時代から皆このように、苦しんでいる同胞を癒すべく、祈りを込めて本当の意味での「手当」をしていたのであろうなあ。」と、感慨深く、古の人々に思いを馳せたのでありました。

そしていよいよ1時48分無事出産。
婿がへその緒に鋏を入れました。

体重を測ったり、赤ちゃんの状態をいろいろチェック。産着を着せ、写真を撮って、娘夫婦の愛の時間を邪魔することのないように帰ってきました。

産まれたての初孫

いいの。
親なんてそんなもの。
とにかく利用してくれればいいんです。
大事なのはいかに家族として楽しい時間が作れるか。
そんなときにやかましい姑とか口うるさい母親なんて邪魔者なんですよね。

いいの、いいの。
だって、わたし達おばさんは知っている。
その後の「一度でいいから、ちゃんと寝てみたい。子供がいなかった時のように自由に出かけたい。こんなに大変だなんて思わなかった。」という思いが湧きあがるまでにそんなに時間がかからないことを。

ま、人生修行だね。これからも、いつまでも。

つづく

行ってみろし、恵林寺

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日はマキオカ周辺の寺社仏閣について書きたいと思います。

わたしはおばさんの例に漏れず、寺社仏閣巡りが大好き。
若い頃はまさか自分がこんなヒトになるなんて思わなかった。

なんでしょうね、これ。
日本人としての血が騒ぐ、と申しましょうか。

もともと嫌いではなかったけれど、そんなに積極的に「行かねばっ。」と思う程ではなかった。
どちらかというと、海外でリゾート気分でまったりしたいよね、なんて身分不相応な贅沢を言っておりました。

海でまったり、なんてお肌のシミの元。
今や紫外線が体に悪いのは世界の常識。
大体まったりなんて、している場合ではない。
こちとら残された時間が少ないんじゃ。

それに日本の旅館やホテルには阿吽の呼吸ってものがある。
推し量る、というんでしょうか。
かゆいところに手が届くサービスには頭が下がります。
我がマキオカも頑張らねば、と思う次第。

・・ま、何と言っても海外に行けるお金がないんですけどね。
こういうのを負け惜しみとか、酸っぱい葡萄、というんでしょうか。

それはそうと。

わたしは地方の寺社仏閣を回ってみて思うのですが、地方にはまだまだ日本の文化や伝統が思ってる以上に息づいている、と思う。
時としてそんなことが実感できる出来事に巡り合えると、日本もまだまだ捨てたものではないと、心の底から嬉しくなります。

で、マキオカにもそんなことを思わせてくれるお寺や神社がたくさんあります。

歴史も伝統もあるわたしの大好きなところを、少しずつご紹介していきたいと思います。

まず有名なのは恵林寺。

武田信玄の菩提寺で、夢窓国師開山の古刹。
天正10年(1582)織田信長の焼き打ちに遭い、その後徳川家康が再興。
現存の本堂は明治の再建で奥に信玄の墓がある。 
                  
恵林寺

わたしが好きな話は傑僧、快川和尚の逸話。

『天正10年4月3日、天目山の戦いで武田氏が滅亡した後に武田の残党が相当多く恵林寺に逃げ込んだとのを聞いた織田信忠は、さっそくこの恵林寺を探索させることにした。
ここの住職 快川和尚は稀に見る傑僧であった。
織田信忠はその部下に命じて寺内の探索に当たらせた。
武将達は多数の部下を引き連れて恵林寺へ押しけ、武田の残党のものがこの寺内へ逃げ込んだと聞いたが、その者たちを寺から出してもらいたい。」と静かに要求した。
快川和尚が出てきて、「寺を頼って来た者には、御仏の加護をしてやるのが僧たる者の勤めである。まして窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さずというではないか。野暮なことは言わないで、ここは静かにお引取り願いたい。」
「何をつべこべいうか、さっさとここへ出せ!」
「仏門に入った者はそう簡単にだせぬ。」
こんなやりとりの間に、佐々木その他の者をこっそり裏から逃がしてしまった。』

か、かっこいい。快川和尚。
惚れてまうやろぉ。

『織田側は武田の残党が多数入り込んでいることは、もはや間違いないとみたが、相手は世に名高い高僧なので手荒なこともできず、主人信忠に報告してその指示を仰いだ。
「構わぬから強引に入って立ち調べよ。調べてみて万が一、一人も出てこないようなら恵林寺を焼き払ってもかまわぬぞ!」と勝ちに乗った信忠。
織田の者は恵林寺を取り囲み、寺へ踏み込んでくまなく探したが一人も出てこない。
寺内には快川和尚をはじめ、高僧・役僧など十人とその他、学僧・小僧・老人など合わせて五十余人の者がいたが、これらをすべて山門に集めて再び手分けして本堂、庫裏、物置などくまなくしらべたが一人も 見つからない。

「どこへ隠した!?」
「おのれ、逃がしたな!」
「さあ、どこへ逃がしたか、誰と誰がいたか白状しろ。」
と、口々に大声でがなり立てたが誰も黙って返事をしない。
「よろしい、誰も白状せぬなら全部山門に追い上げろ。」
快川和尚はじめ、高僧・役僧・若僧・小僧など全部の者が山門へ上がったところで、
「火をつけて焼き殺せ!」
と、激昂して山門の周囲に枯れ草と枯れ木を積み上げて火を放った。』

や、やめてよ、そんなことすんの。熱いじゃないかっ。

『黒煙もうもうと立ち上がる中で、快川和尚は法衣を纏い静かに正座して読経を続け、泰然として頌を唱う。
「安禅心不用、滅却心頭火自涼」と。
この「心頭を滅却すれば火自ら涼し」は非常に有名な句である。』

「心頭を滅却すれば火自ら涼し」ってこの時の句だったんだよね。
凄いよ、快川和尚。
そんでもって、歴史には残らなかった大勢のお坊さん達も。

『快川和尚は火が身近に迫って来ても少しも動ぜず火達磨になって立派に焼け死んだ。
その他の役僧や学僧たちも、みな大悟徹底した僧であるので、少しも騒がず快川和尚に従って何れも壮烈 な死を遂げた。』

立派に焼け死んだって・・。
痩せ我慢もここまでくれば、歴史に名を残すんだね。
心頭、滅却しちゃったんだね。

『快川和尚の兄の子の朴蔵主はまだ子供なので、暑さに堪え切れず、煙の中から逃れようとして、山門の左右の桜の木にとびつく。これを見て、若僧・小僧などもわれ先に桜の木にとびつき逃れようとする。』

うんうん、無理ないよ。命あっての物種だよ。
そりゃ快川和尚はじいさんだし、修行もしているだろうからいいけどさ。
まだ子供は逃がしてあげて。

『武者共は槍を突きつけて取り囲み、片端から突き殺してしまった。』

くおらぁっ、なにすんじゃぁ!酷いじゃないか!!

『しかし、朴蔵主だけはさすがに可愛そうに思ったのか、殺すのをやめて助けてやった。この朴蔵主は後に淳岩和尚と号し、岐阜大竜寺中興の祖となりさらに恵林寺の跡を継ぐ名僧となった。』

『恵林寺焼き討ちの約二ヵ月後、焼き討ちの命を下した織田信忠は本能寺の変において親子共々、雄々しく討ち死にを遂げた。
このように、生き残りの僧は名僧となり世の尊敬をあつめ益々栄えたが、焼き討ちに関係した武将たちはいずれも年若くしてこの世から消え去った。』

むぅ、人の運命の奇しき巡り会わせよ。
諸行無常。

後の世の人間があれこれ言えるほど、単純じゃないんだね、きっと。
その人なりの正義や倫理観の中で、自分の人生を全うして逝ったんだろう、過去の人々。
歴史書の字面だけ読んで、知ったような気になっちゃ、いけないんだよね。

ま、とにかく山梨は隠れた逸話やら歴史の宝庫です。
大人になってから物を知る、ということは意外に面白いもの。

昔勉強嫌いだった皆さん。
それを隠して子供に説教垂れる時、役に立ちますよ。

実践しているわたしが言うんだから、間違いない。

つづく

大雪の後

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日の大雪はどこへやら、今日は晴れ。

でも外を見ると、存外雪が残っていて、朝、雪かきをしました。

そして仕事場に行こうとして、「そういえば以前雪が降った時、車をスタックさせちゃって、焦ったっけ。」なんてことを思い出し、「今日はバスで行こう。万が一の時、バス代と電車代より車の修理代の方が大変だもんね。」と、バス停に行ってみると、大雪のため運休の文字が。

はー、もう、なんか今日はいいや。
仕事する気、なくなっちゃった。(元々たいしてないじゃないか、の声あり)

寒いよ、とか、車の方が楽なのに、とか、お家を出たくないなぁ、なんていう心の怠惰な部分をねじ伏せてやっと重い腰を上げたのに、その心を折られると何もかも嫌になる。

子どもの頃よくあるでしょ?
やっとゲームを止めて勉強しようとしている時に、親に「早く勉強しなさい。」なんて言われるとやる気がすっかり失せちゃうあの感じ。
あれ、絶妙のタイミングで親が言ってくるのはどういう訳?

自分が親になって、「あ、今やろうとしているな。」と分かっていても、待ちきれずに言ってしまうと、子供が「今やろうと思ってたのに!」とむくれる。

思うに人が物事に取り組むまでにかかる時間と、待てる時間に相関関係があるのではあるまいか。

それはともかく。

今日はお家でぬくぬく温まることにします。
こんな日に外になんか、出ないもんね。

灯油のストーブの上の赤い薬缶でお湯をシュンシュン沸かして、コーヒーを入れながらブログ書いたり、好きな本読んだりする。

自営業、かくあるべし。

こんな時、ボーナスがないとか、不安定な収入とか、年金もホントに少ないとか、退職金もないとか、貯金もほとんどないとか、来年はどうなんの?なんていう不安感とか・・なんともなくなっちゃうもんね。

ホントだよ。
無理なんか、全然してないんだからねっ。

・・ま、それはどうでもいい事。
 
あんなにきれいで人々の心を浮き立たせていた雪景色が、一晩で崩れて皆に迷惑がられて嫌われ、泥にまみれてしまう。
なんか侘しい。
世の無常を感じます。

上杉謙信が詠んだといわれる「四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒」を彷彿とさせますな。

若いころ美しかったヒトが、ボケ老人になって徘徊して皆に迷惑がられる感じ?

とはいっても、若い頃美しかったり、皆に尊敬されたりしただけいいじゃないか、そんなことも何もない人生よりは。
贅沢言うなよ、とも思う。

一時でもちやほやされて、「あー、人生ってちょろいね。」なんて思って、後からドンと落とされるのと、「人生って甘くないっす。」と思って「やっぱ、そんなもんだよね。」と思い続けているのとどちらがいいか。

うーむ。
わたしはやっぱりあんまり波乱万丈、辛酸舐めつくす、というよりは、そこそこ幸せで、小さなことにも感謝できる人生がいいな。

・・考えてみたら、人生半ばも過ぎ、「こんな人生がいい。」なんていう資格、あんまりなかった。
わたしが語るとしたら、老後のことでした。

どうか子ども達や社会に迷惑を掛けずにすむ、心安らかな老後が過ごせますように。

つづく


成人式考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日は初雪。
    
朝方、雨だったので、ほっとすると共にちょっと残念だったんだけど、こんなに降ってくると成人式の皆さんが心配になってくる。

「せっかく親御さんが頑張ってお支度したんだろうに、晴れ着にシミ付けないかしら。」とか「ここぞとばかりにはしゃいで大酒飲んで、雪の中で心筋梗塞になんかならなきゃいいけど。」とか。

うちの娘は、成人式の時はわたしのお古の振袖を着ました。
中には「お母さんのお古なんてイヤッ。」なんていう罰当たりなことを云う娘もいるみたいだけど、幸いなことにうちの子は案外喜んで着てくれました。

鳳凰の刺繍の振袖だったんだけど、お着物の柄って、少し古風な方が素敵。

わが娘ながらよく似合っていて、「経済的ないい娘やのぉ。」とニンマリ。

その分、普段だったらやらないような、プロにメイクを頼むとか、写真館で記念写真を撮るとか、ホテルでお食事をするとかにお金を使いました。

あ、でも写真館で写真撮ったはちょっと失敗。
門外不出にしたくなるような出来の写真だった。

そういえばわたしの成人式の時の写真も酷かったな。
うっすら笑った顔はちょっと不気味。
むくんだように見えるあんな写真、見合い写真になんか、絶対にならない。
あんな写真使ったら、まとまる話もまとまらないよ。

今、両方の写真とも、押入れの奥深くに封印されて、なかったことになっています。

まぁ、デジカメが普及した今、写真館も存亡の危機を迎えているのでは?
そうしてみると、「写真館で成人式の写真を撮った」という事自体が思い出になるかも。

そうそう、その振袖は額装にして、お正月に玄関に飾っています。
どこまでもとことん活用したいわたし。

それはともかく。
おばさんが一言云いたいのは、お嬢さん方のあの髪型。
皆一様にキャバ嬢のように、前髪をザンバラに下ろしたり、やたら頭でっかちな髪型にしているけど、どうなんでしょう。

あれ、いいですか?

それから、過剰なツケマツゲ。
狸の七五三のように見えなくもない。

わたしの感覚からすると、もうちょっとスッキリした方が好みなんだけどな。
和服の場合、品がある、というのは重要な要素なのではないか、と思う。

あと、よく問題になる「成人式の大暴れ問題」。
ここに登場する子達って、皆和服で暴れているみたいだけど、どうせなら、ふんどしを締めることもおススメしたい。
ふんどしで体の免疫力を上げて、下っ腹に力を入れているうちに、「オレは暴れている場合じゃなかった!社会人として皆様にご迷惑をお掛けしたら罰が当たるっ。」と昔の日本人の心が湧きあがってくるかも。


ま、こんなのはおばさんの戯言。

とにかく人に迷惑を掛けずに、人生の節目としての成人式を思い切り楽しんで頂きたい、と心から思うわたしなのでした。


つづく



ホテルランチ

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日は少しお洒落をして、横浜のランドマークタワーにあるロイヤルパークホテルの中華料理店「皇苑」に行ってきました。

いつもお世話になっている母と姉にお礼の意味もあり、年末から新年にかけていろいろして貰った労いの意味もあって皆でお食事を、ということになったのでした。

お誕生日も兼ねていたので、お店からサービスの桃饅頭を戴きました。
                  
皇苑 桃饅頭

我が家は節目となるイベントをする時、ロイヤルパークホテル利用させてもらうことが多い。
細かい心遣いや、スタッフの質の良さは、横浜のホテルの中でもかなりレベルが高いのでは?(他はあんまり知らないけど)
アメニティも充実してるし、宿泊者が利用できるプールもとっても快適。
おススメです。

こういうサービス業の場合、スタッフ等のソフト面ってほんとに大事ですよね。

名のあるホテルや、雑誌によく載っていたりするかなりお高いレストランでも、スタッフの態度や身のこなし、言葉使い(これ大事)、顔つき(顔立ち、というより顔つきという所がポイントですな)があまりに雰囲気にそぐわないと、高級感を目指していても台無しになってしまう。
そしてわたしの見たところ、そんなところが案外たくさんある。

以前コストパフォーマンスが悪いと罵りたくなる(あ、そこまでは言ってないか)と書きましたが、スタッフの佇まいもサービスの内。
馬鹿面したボーイが、客を客とも思わない態度でだらしなく突っ立ってたりすると、胸倉を掴んで「店長を呼べっ!」と言いたくなります。いや、もちろんしませんが。

わたしはこんな風にいろいろな所に行って、サービス面などを見るのもマキオカには役に立っている、と思っています。
お客様のイメージを大事にするって、接客業ではかなり大事なことではないでしょうか。
特にマキオカのようなところでは、ホント、常に意識していかないといけませんね。

ここまで読んで、いつものケチ臭いわたしと言ってることが違うじゃないか、と思っているあなた。

わたしは無駄がキライだと言っておりますが、メリハリのある贅沢は時として必要だと思っております。
人間、節約ばっかりじゃ面白くもなんともないもんね。

いくら体にいいからって、生の野菜ばっかり食べてたら、いつか「オレはヤギじゃねぇんだっ。」と叫びたくなってしまうに違いない。
たまにはお砂糖をたっぷり使った美味しいケーキや、体に悪そうな背油ギトギトのラーメンなんか食べて「なんで体に悪いものって、こんなに美味しいんだろう。」と口の周りを油だらけにして人生を考える、なんていうことも、重い荷を背負って人生を歩いて行く中では必要なのでは、と。

なんちゃって。
実は今回ホテルランチをするにあたって、大きなファクターになった出来事があります。
それは3つの中のどれでしょう。

1.わたしと再婚相手との見合い場所の下見。
2.来たるべきアセンションに備えて高い所に行き第7チャクラを開く必要性があるとお告げがあったため。
3.娘のロイヤルパークホテルのポイントの使用期限が迫っていたため。

あ、そうそう。ここは景色がとってもいいの。
                   皇苑 景色

だからムスカごっこをするにはぴったりの場所。

もちろんわたしも今日やってきました。

・・・「見ろ、人がまるでゴミのようだ!」
こういう景色を見るとほんとにラピュタがあっても不思議じゃないと思うのはわたしだけ?

リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ!!

あー、だんだん変なおばさんになっていく・・。

つづく


大人の飲み会

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

夕べは、自由が丘で月一回やっている読書会の後、飲み会に行きました。

いやー、大人の飲み会っていいですね。
イタリアンレストランでワインを選んで、お食事を頼んで。

まあ、学生の飲み会はワインを選ぶなんてことは、まず、しない。
ビールや焼酎、サワーだね。

食事も学生のようにバカスカ頼まない。
血糖値、上がっちゃうもんね。

それから何と言っても違うのは話題。

学生の頃の話題は、恋愛や友人の噂話が中心。
ところがおじさんやおばさんの話題は、親の介護や、遺産相続問題。
もしくは思い出話や、ペットロスの話。

とにかく言う事に含蓄があるよね、人間、長く生きていると。
血糖値、もとい経験値が高いだけに、言葉に人生が出る。

でもこれが70代の飲み会になるとさらに様相が変わってくるはず。
墓地の選定方法とか、葬式に飾る写真を上手に撮ってくれるところや介護施設の情報交換の場になってくるに違いない。
そして、それはそれで楽しいと思われる。

ことほどかように、人間、歳を取っても人生を楽しむのに余念がないものです。

お若い皆さん、歳を取るって、悪いことばかりじゃないですよ。
わたしも若いころは、歳を取ったら、随分と辛気臭い生き方をするのだとばっかり思ってました。

ご心配には及びません。
若いころだったら出会えなかったであろうヒトや、お友達にならなかったようなヒトとも、長年の知り合いのようにお話ができる。
そうそう、美内すずえの「アマテラス」借りたり、貴重な手作り酵素、貰っちゃったりしたもんね。

けっこう明るく楽しく人生を謳歌できるもんですよ。

むしろ若い時のように、恋の駆け引きや媚びや上下関係がないだけ、らくちんかも。
(あ、ヒトによります。中には色気むんむんの、いつまでたっても枯れないジジババもいる。)

ただ気を付けないと、同じことを何回も聞く羽目になる。
「またこの間と同じこと言ってるよ。」なんて心の中で思ってるけど実は自分も言ってるんだよね、繰り返し、前と同じ話を。

歳を取ると、以前何を話したかさえ忘れてしまう。
恐るべし、年寄りループ。

いつか来た道いつか行く道。

楽しみにしていてね。

つづく





行ってみろし、ほったらかし温泉

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日はあの有名な「ほったらかし温泉」について書きたいと思います。

テレビやマスコミに取り上げられることも多く、雑誌にもよく載っているので、温泉好きの人は既に行っている方も多いかも。

なんといっても、あのネーミングセンスがスゴイ。
「ほったらかし」を温泉の名前に取り入れるなんざ、「おじちゃん、素人じゃないね。」と肩を叩いて言いたくなる。

そして入口にいくと「あっちの湯」と「こっちの湯」を選ぶようになっている。
                      ほったらかし温泉

うん、この名前もいいね。
やりおるわい、という感じ。(つうか何者?)

「あっちの湯」の方が広くて気持ちがいいかも。
ただすごく混んでいる時は空いている方を係りの人に聞いて入る、という手もある。

ここのお風呂は露天風呂が中心、というか売りになっているので、とにかくロケーションがいい。
    ほったらかし温泉 夜景

昼の天気のいい時には富士山も見えてとてもいい気持ち。

この温泉、実は昔は本当にほったらかされていたんだそう。(地元の人談)
建物もなく、管理する人もなく、もちろんタダ。
入りたい人は、勝手に来て勝手に帰っていく。

いいな。
その時来たかったな、ほったらかし温泉。

今の尋常じゃない広さの駐車場や、観光バスを見ていると、そんな話はもはや伝説。
隔世の感ですな。

すっごく儲かってるんだろうな。この間値上げもしたし。

まるで、ジャガイモのようだけどいつもにこにこして、人のお古でも有難がって着てた演歌歌手志望の女の子が、その素朴さを売りに大スターに登りつめ、大金を掴んで、「やっぱ着物は京都のどこどこじゃないと。」とか「本当のお洒落は下着からよね。」とか言い出しちゃった、とか、そんな感じ。

なんか、寂しい。
悪いことではもちろんないんだけど、ちょっと残念な感じは、何故なんだろう。

自分だけが知っているB級アイドルが全国的なアイドルになっちゃった感じ?

はっ!いかんいかん。
わたしはこんなことを書きたかったわけではない。
人の財布の中身など、どうでもいいこと。
なんでも経営的に見てしまうのは、わたしの悪い癖。

とにかく、ここの温玉揚げ、美味しいです。
おススメです。

そう、言いたかったのはこのことなの。

つづく

思い込み考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昔やっていたタモリ倶楽部の「空耳アワー」。

あれは不思議ですよね。
字幕と一緒に聞くと、そうとしか聞こえなくなる。

で、わたしが今はまっているのはこれ。
息子が聞いているのを、横で聞いていたら、何とも耳に残って困る。




特に「夢見るアンディさん、おっさんですか、シャアですか、おっほっほっほっほ」が耳について離れない。

掃除してても、茶わん洗ってても、頭の中で「♪夢見るアンディさん、おっさんですか、シャアですか・・♪」ってぐるぐる歌ってる。

こういうのって、やっぱり洗脳とかに使えるんじゃないですかね。
耳に心地よいというか、馴染みやすい音と言葉。
そういえば麻原彰晃の「しょーこーしょーこー、しょこしょこしょーこー」もやたら耳に残ったし。

とにかく、人間の思い込みって、確かにすごいかも、って思う。

「この人はいい人」って一旦思い込むと、よっぽどのことがない限り「まさか。」とか「あり得ない。」「あの人に限って。」と脳が自分の理解を超えた部分は認識を拒絶。
そして知らないうちに某宗教団体の会員になっていて、お布施なんかしちゃってたり。

中島みゆきの『永遠の嘘をついてくれ』の歌詞に「人はみな 望む答えだけを聞けるまで尋ね続けてしまうものだから」とあるが、ほんとにそうだと思う。

「そうあれかし。」がいつの間にか「そうあるはず。」になり「そうでなければならぬ。」になってしまう。

あらゆることを思い込みのフィルターを外して見れたら、世界はもっと違った姿を現すのかも。

わたしも今年は思い込み、やめるぞ。

そう、再婚なんてするわけない、と思ってるわたしの家族、友人、知人。
皆の思い込みがわたしの再婚の邪魔をしていたに違いない。

なんたって未亡人になってから誰一人としてオトコ紹介してくれたこと、ないんだもんね。

友達に何故か、と尋ねたことがある。
そしたら「だってひとりで生きていけそうなんだもん。」だって。

それが思い込みだっつうのっ!

つづく


行ってみろし、牧の湯とB&G

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

マキオカにはたくさん温泉施設があります。

その一つが、牧丘町の中心部の窪平にある「牧の湯」。
ここは鼓川温泉に比べると、ちょっとパンチ不足かな。わたし的には。
でもいつも結構混んでいるようなので、わたしの知らない魅力があるのかも。

牧の湯

この辺は、総合会館や文化ホール「花かげホール」等、町の公共施設がたくさんあります。
その中にB&G海洋センターもある。
体育館・上屋温水プール・温泉入浴施設・パワーステーションがあり、充実の施設。
BG.jpg

B&Gって、なんだ?と思っていたら、「日本船舶振興会」がベースになっているらしい。
Wikiによると「1973年に モーターボート競走法制定20周年を記念して青少年の心身の育成を目的として設立される。競艇事業の収益金により海洋性レクリエーションや健康づくりの施設として「地域海洋センター」が全国480市町村に作られている。」とある。

へー、そんなこと、してるんだ。、「日本船舶振興会」。

でも続けて読んでいくと、こんなことも書いてある。
「統一教会(「世界基督教統一神霊協会」)の教えを日本に宣教した元信者、西川勝(韓国名:崔翔翊)によれば、当時日本船舶振興会会長であった笹川良一は日本の統一教会の青年男女を指導していた西川に日本国民の再教育のために、「B&G財団」の運営を任せようと話を持ちかけ、100万円の活動資金を渡したが、横槍が入ったため西川はやむなく辞退したという。」

え、何故か「統一教会」の単語が。

あー、びっくりした。
世の中って、どこから何が出てくるか、分からないんですね。

こういうのを読んでいると、わたしのような何も知らない一般庶民が踏み込んではいけない秘密(一部のヒト達にとっては常識になっていると思われる)が確かに世の中にはある、ような気がする。

いかん、いかん。

そんなことを書きたいとも知りたいとも思ったわけではないんだ、わたしは。


「B&G財団は、"礼と節"を身につけた青少年の豊かな人間性を養うため、海や緑の自然体験の機会を提供するとともに、自分の命を自分で守る"自己防衛意識"を高める「水の安全教育」を推進しています。」

ふむ、ふむ。

「B&G 財団は、全国各地に海洋性レクリエーションを軸とした実践活動のための施設を建設してまいりました。海や河川、湖が近くにある地域では、水辺に舟艇類を中心とした活動基地としての艇庫を、そして水辺が近くにない地域では"泳げる人づくりの場"として室内温水プールや体育館等の施設を整備。これまでに整備した地域海洋センター数は480ヵ所にのぼっています。」

確かにこんな山の中で泳ぎを覚えるのは、プールがなければ無理。
助かるよね、プールがあると。

でもわたしが注目するのは「これまでに整備した地域海洋センター数は480ヵ所にのぼっています。」というところ。

わたしの実感では、どう考えても利益性はない。
たぶん大赤字。
維持するだけでも、普通のところではもたないと思う。
冬場、尋常じゃなく寒いのに、屋根つきの温水プールだし。

こんなところが、480ヵ所も?
作るだけでもスゴイのにさらに維持する大変さ。

どんだけ儲かってるんですか?、「日本船舶振興会」。

おばさんはどうしても穿った見方をしてしまう。
節税対策?
それとももっとオイシイことが?

それはさておき。

いやあ、初めここに来たときは信じられなかったよ。
夏、横浜のプールは芋を洗うような混雑ぶりなのに、ここはガラッガラ。
安いし広いし空いてるし温泉は付いてるし。
もう、言うことなし。

そうそう、忘れられないエピソードが。
息子が6歳くらいの時、親戚たちとここに来たことがあった。
何が嬉しかったのか、息子は突然「泳いでくるっ!」と言って、大人の胸くらいまである深さのプールに走って行き、「ウオーッ」という叫び声とともに、思い切り飛び込んだ。

全く泳げないのに。

しばし、茫然。
それから慌てて救出に向かいました。

どうも自分が泳げないのを忘れていたらしい。

そんなことって、ありますか?
我が息子ながら、信じられない。

今でもあの時、何故息子が猛ダッシュでプールに突進していったのかは謎。

その後息子はスイミングスクールに通わせました。

あ、そうそう、行くときはスウィミングキャップ忘れずにね。
買わなきゃならなくなっちゃいます。

つづく





日拝考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

わたしは晴れた朝、散歩をした後、日拝をします。
「日拝」といえばラフカディオ・ハーンの話が大好き。

ラフカディオ・ハーンは、日本名・小泉八雲。
『怪談』等の名作で有名です。
彼は日本文化を世界に知らしめた外国人として、しばしば第一に挙げられます。

早朝ハーンが、爆竹が鳴っていると驚くが、実は町中の人がお日様に向かって柏手を打っていた、というもの。

彼は、古い伝統と文化を守る城下町・松江で約1年半を過ごし、その間、松江で見た光景を次のように書き留めています。

「彼等は手と顔を洗い、口をすすぐ。これは神式のお祈りをする前に人々が決まってする清めの手続きである。
それから彼等は日の昇る方向に顔をむけて柏手を四たび打ち、続いて祈る。
……人々はみな、お日様、光の女君であられる天照大神にご挨拶申し上げているのである。
『こんにちさま。日の神様、今日も御機嫌麗しくあられませ。世の中を美しくなさいますお光り千万有難う存じまする』。
たとえ口には出さずとも数えきれない人々の心がそんな祈りの言葉をささげているのを私は疑わない」

ハーン、今の日本を見たらなんて言うかな。
きっとがっかりするね。

ハーンだけじゃない。
日本の子孫のために頑張ってくれたご先祖様たちもがっかりだね。

「ハーンは結婚式も和風で行い、明治29年には日本へ帰化し、小泉八雲と名のります。」

近頃の若いヒトはみんな西洋式の結婚式をやるってのに、ハーンったらすごい。
・・いや、待てよ。
それって、ちょっと外国かぶれした日本人が、バリ島でバリのドレスで結婚式なんかしてるみたいな感じ?

「小泉は夫人の姓、八雲は出雲の枕詞「八雲立つ」に因んだものでした。」

‘出雲の枕詞「八雲立つ」に因んだもの’って・・。
確かにかぶれてるな。
しかもかぶれ方が、高尚でかっこいい。
あんたはすごいよ、ハーン。

ハーンは言います。
「私は強く日本にひかれています。(略)この国で最も好きなのは、その国民、その素朴な人々です。
天国みたいです。世界中を見ても、これ以上に魅力的で、素朴で、純粋な民族を見つけることはできないでしょう。」

なんて素敵なんだ。昔の日本。

彼が世界に伝えようとしたもの、それは日本の「魂」。

頑張んなきゃね。わたし達。
しっかりしないと、なんかハーンに顔向けできないよね。

できることから、頑張る。


で、わたしはちょっと恥ずかしいけど、日拝をする。

つづく

行ってみろし、鼓川温泉

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

先日「やってみろし、ドラム缶風呂 」の中で、「清潔好きの民族として、きちんとしたお風呂に入らねば!という方には、周辺にたくさん温泉があります。」と書きましたが、わたしの一番おススメは町営(あ、今は市営)の「鼓川温泉」。
マキオカから車で3~4分で着きます。

何と言ってもわたしがこだわるのは泉質。
ここのお湯は柔らかくて、お肌がすべすべになります。
さらにスゴイことには、源泉かけ流しの露天風呂のお湯は、飲むと甘く、美味しいこと。
地元の人は、皆、大きなポリタンクを持って行って、持ち帰ります。

わたしもいつも飲んでいますが、確かに美味しい。
そして日によってすごく甘い時がある、ような気がする。

この辺の感覚は個人差があると思うのですが、皆さん、甘いとおっしゃいます。
地元の人の話によると、体にも良いらしい。(聞いた話ですよ。根拠は不明)

規制があるらしく、飲用と書くことはできないらしいのですが、お風呂に入っていると、たまに地元のおばあさん達が話しかけてくる時があります。
そんな時、一様に「ここのお湯は飲めるだよ。体に良くて、お茶も美味しくなるさぁ。」なんて自慢げに教えてくれます。

そう、これも地元の温泉ならでは。
町の銭湯や、観光地の温泉では、地元の人たちの生の声を聞く機会など、あまりない。
ここはほとんどが農家の嫁やばあ様、たまに孫たちが一緒に来たりしている。

すごくアットホームな温泉ですが、「そんなの、面倒。知らないばあさんに作り笑顔なんかしたくないもんね。」と思う方もいる。
そんな方は、能面のような顔で「わたしは今お風呂を楽しんでいるんであって、話しかけられたくないんです」オーラを出せば大丈夫。
わたしはいつもこれです。

夏休みや連休でも意外に空いていて、「ラッキー♡」と思う反面、「経営的に大丈夫なのか?」と心配することも。
農作業に疲れたばあ様達が来て、のんびりしていると思いきや、湯船につかりながら、葡萄の剪定の仕方や肥料の配合のノウハウを教え合ったり、経営者として商売の戦略を指南しあったりしている。

むぅ、あなどれん。農家の女性達。

とにかく大好きな温泉。
わたしもお湯を汲んで、鎌倉に持って帰っているし。

ただ一つだけ言いたいことが。

純和風で作られた建物なのに、クリスマスやハロウィンの飾りつけをするのはいかがなものか。
あれは集客に少しでも効果があるのでしょうか?

いや、どう考えても絶対ないと思う。
季節感を出したいのであれば、他の方法を考えて下さい。

なんか、うらぶれた感じがしちゃうから。

ん?あれも実は、ばあ様達の深ーい戦略があったりして。

つづく


                鼓川温泉





やってみろし、山遊び、川遊び

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日に引き続き、わたしの好きなマキオカの遊びについて。

マキオカは北側に山を抱えているのですが(もちろんヒトのものです)、実は松茸が採れるらしい。

松茸の生えているところは親子でも教えない、と言われる。
死に際に仕方なく伝える人もいるらしい。
中には伝えずに亡くなってしまう方も。(いや、話に聞いた話ですよ。田舎伝説、と申しましょうか)

まぁ、ことほどかようにキノコ採りや山菜採りは、人の何かを刺激するらしい。
松茸はともかくとして、ワラビ、ゼンマイ、たらの芽、コシアブラ等、いろいろ採れるようです。

そういえば、うちの83歳になる母も、やたら張り切って山菜採りをします。
まるで親の仇のように採って採って、採りまくる。
嬉々として、山ほど採る。

と言って、そんなに自分が食べられるわけでもない。
採って食べられるように始末したら、皆に分けてあげるだけなんですが。
思うに何かを採るという行為が、狩猟本能を刺激するのではあるまいか。

それはともかく。

子ども達とやった山遊びで印象深いのは「山になる」遊び。

秋になると山は枯葉がいっぱい。
歩いていると、脛まで枯葉で埋まってしまう。
そこに子供を寝かせて顔だけ出して、あとは全部枯葉で埋めてしまう、という遊び。

一人ぼっちで静かに寝転んで、山のけものや、鳥や、山自身の気持ちになってみる。
枯葉に包まれて、目を瞑る。
枯葉のにおい。
一見静かな山は、実は枯葉の落ちる音や、風のざわめきや、枝と枝がが擦れる音で結構にぎやか。

でも、この遊び、神経質な方にはおススメできません。
起き上がった子供の服は枯葉で激しく汚れており、地面には微生物がいっぱいいるという話もあるので。

でも思い出作りには、ほんと、いいですよ。

あと楽しいのは沢遊び。
沢沿いに上流まで冒険するのも、楽しい。
   沢遊び

運がよければヤマメやニジマスが採れることも。
                 ニジマス

夏になるとカブトムシやクワガタも採れます。
わたしはよく知らないのですが、どうも穴場があるらしい。

わたしがマキオカで見た動物は、ムササビ、イノシシ、鹿、猿、ハクビシン(らしきもの)、キツネ等。

とにかく山にいると、地球は虫や動植物と共生するところ、という事が実感できます。
子どもの時に経験したことって、人間の核になる、と思う。

いや、大人だって、すっごく楽しかったことは人生の宝物。
爺婆は冥途の土産に。

年齢に拘らず、是非、楽しくわくわくするような遊び、経験してください。

つづく








やってみろし、ドラム缶風呂

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

お正月気分も抜けたところで、マキオカ周辺のわたしの大好きな所や楽しい所などを、書いてみたいと思います。

まず最初にご紹介するのは、手前味噌ですが、マキオカにあるドラム缶風呂。

キャンプ場の作り方(14)でも書きましたが、わたしが小さいころ、田舎の祖母の家にドラム缶風呂があったのを思い出し、面白かったから作ってみよう!と提案し、作ったものです。

実はマキオカは基本シャワーは使用禁止になっています。
以前、沢水を利用していた時に、水の貴重さが骨身に沁みたというか、メンテナンス上の理由もあり、お風呂を利用する場合は「ドラム缶風呂」を使って頂いております。

え?ドラム缶風呂?と、ぎょっとされる向きもあるかもしれませんが、百聞は一見にしかず。
まぁ、お試しあれ。
気に入ること間違いなし!

ドラム缶風呂 れい

ドラム缶風呂


マキオカのドラム缶風呂は、薪をお渡しし、ご自分で沸かして頂きます。
湯加減を見ながら、少し温めで焚くのを止め、余熱で丁度良い温度にします。

いや、とにかく気持ちがいいですよ。

なんだろうなぁ、あの感じ。
ちょっとお伝えしにくいですね。

あまり人のいない庭で裸になる感じ、と言いましょうか。

皆さん、露天風呂で外で裸になることはあると思いますが、それとはちょっと違う。
かなりこっぱずかしく、ある意味清々しい。

でも慣れてくると、薪の爆ぜる音や、煙の臭いが何とも言えない。
入るとき恐る恐る板を踏み込んでいくのですが、それもスリルがあって心楽しい。
暗くなりかけたころ、灯油のランタンを木に釣るし、入ります。
揺らめくほのかな明かり。
湯気に映る影。

ある意味、とっても贅沢なお風呂だと思います。

でも人によっては「そんなの、やだわ。」という奥様方もいらっしゃる。
「そんなちっこい風呂なんか、風呂じゃねえやい。」という江戸っ子気質の方。
あと、ドラム缶には体が入りきらない、という大柄な方も。

そもそもドラム缶風呂は遊びという位置づけ。
ですから清潔好きの民族として、きちんとしたお風呂に入らねば!という方には、周辺にたくさん温泉があります。

これから一つ一つご紹介していきたいと思いますので、お楽しみに。

つづく

お着物考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

三が日も終わり、だんだん日常が戻ってきましたね。

我が家は二日、皇居に一般参賀に行ってきました。
天皇陛下の穏やかなお声を拝聴すると「今年もいい事ありそう。頑張ろう。」という気持ちになるから不思議。

なんて言っておりますが6~7年前友達が「今年一般参賀に行くんだけど、行かない?」と誘ってくれた時は「え?右翼とか、街宣車とかいるんじゃないの?そんなとこ行って日章旗振るなんて、すっごい右寄りなヒトばっかりなんじゃ?」なんて言っていたものです。

ところが恐る恐る行った皇居は国際色豊かで平和な感じ。
白馬に跨った皇宮護衛官も素敵。
ボランティアの人が配ってくれる日の丸の旗もなんだか楽しい。

そして防弾ガラスの向こうにいらっしゃる皇室の方々。
穏やかそうで、お上品で、日本人に生まれたことを誇らしく思える雰囲気。
いかに皇室の方々とはいえ、人間関係の悩みや家族間のトラブルはあるでしょうが、そんなこと微塵も感じさせない晴れやかな表情。

お見事です。頭が下がります。

そして天皇陛下の心洗われるお言葉が終わると、どこからか湧き上がる万歳三唱(たまに右翼っぽい人が音頭を取るときもある)。
一斉に振られる日の丸。万歳の声。外国の方々の笑顔。ばあさんのナンマンダブ(ウソ)。

百聞は一見にしかず。
それ以来我が家は毎年1月2日、一般参賀に行くことになりました。

で、一般参賀に行く時、わたしはお着物で行くことに決めています。
もちろんケチなわたしは着付けも自分でやる。

そもそも着付けを覚えたきっかけもわたしのケチ心から。
わたしの母は踊りの先生だったため、わたしの嫁入りの際、着物をたくさん作ってくれました。それが母の自慢です。

が、現代の生活において着物を着る機会など年に何回あるでしょうか?
着付け、髪のセットにお金と時間をかけ、気を使いながらお食事。その間も立ち居振る舞いや着付け方を周りの着物には一家言あるおば様たちの厳しいチェックを受ける。
やっと帰宅して窮屈な着物を脱ぐと、なんと!あんなに気を付けていたのに、胸のところにちっぽけなシミが!
洋服なら布でたたいてしみ抜きをする等いろいろできるが、お着物の場合恐ろしくてできません。
で、洗い張りに出すことになり、このしみ抜きだけで一万円近くかかってしまう。
おまけに裸になった体はまるでハムや煮豚のように紐の跡が・・。

気軽に着れるわけないでしょ。着物。
そんなもん、タンスに一杯もらったところで、嬉しいわけがない。

母が「あなたの嫁入りのとき、着物代だけでもすっごくかかった。」なんて話をすると、心の中で「現金でくれたらとってもありがたかったのに・・。」なんて罰当たりなことを考えてしまう。

さらに母が歳を取って派手になったからと言って、またまた着物をたくさん譲ってくれました。
わたしにどうしろと?
タンスの肥やしがさらに増えただけ。

着物ブームなんて一部で言われてても、実際古着屋さんに売るとほんとに二束三文にしかならない。しかもそんなこと申し訳なくてできる訳もないし。

そこで一念発起。着付けを習うことにしました。
いや、着付け教室なんて行かず、母から習いましたよ、もちろん。
もったいないもん。

とにかく無駄がキライなわたしです。
箪笥の肥やしは着れるようにさえなれば、どこに行っても恥ずかしくないよそ行きがたくさんできることになる。

人間、やればなんとかできるようになるもんです。
今やお着物を着たわたしは一見すると良家の奥様。
まさか「もったいなくて何とか着物を着るようにした」ケチなおばさんだとは誰も思うまい。

それにつけても着物の贅沢さよ。
季節によって、着物はもちろん帯、草履、小物に至るまで変えなければならない。
少し季節を先取りして、コーディネイト。もちろん色、柄も考えて。季節外れのものを着ると嗤われます。
あと、立ち居振る舞いもしっかりしなければ。
お着物を着ているととにかく目立つ。
特に着物好きを自認している人たちの目は厳しい。
帯のたれが長いだの、帯紐の結び方が変だの。

ほんと、言っちゃなんだけど能書きうるさいんだよ。
着物なんてついこの間まで日常着だったんだから、少しぐらいとんちんかんだって、いいじゃないか。
とにかく生活に中に生かしていくという事が大切なのでは?

とは言っても、今年の夏見た子供の浴衣(?)衝撃的でした。
上半身は着物風。
襟は着物の合わせになってるし、三尺風のベルトをしている。
そこから下が理解不能。
ミニのフレアースカートになっていて、レースで縁どられている。

なんだこれは?
わたしの美意識(大したものではないが)が拒絶しているっ。
駄目だ。目がどうしても追っかけてしまう。
わぁ、ここにも。あそこにも。
ぎょえっ、高校生ぐらいのお姉さんも!

日本文化、ここに終われり。
あんな浴衣、わたしは認めないね。

どういう感覚でお金を出してあれを買うのか。
どんなデザイナーがあれを考えたのか。

でも最近「じょしらく」というアニメのエンディングを歌っている「ももいろクローバーZ」という女の子達を見て、少し考え方が変わりました。

可愛いかも。
もし孫にせがまれたら、買っちゃうかも。

恐るべし。アイドルの力。

つづく


マキオカの元旦

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

天晴れ、あな面白、あな手伸し(たのし)、あなさ明け(さやけ)、おけ。

太古の日本人は底抜けに明るく、何事かあるとこのように歌い、感謝し、喜んだそう。

わたしも今年は是非見習いたいと思っています。
こんなセリフをぶつぶつ呟いているおばさんがいたら、それはわたしです。
是非声を掛けてください。

ところでわたしの元旦の朝の楽しみは「ラジオ体操」。
毎日やられている方はご存じだと思いますが、元旦のラジオ体操はいつもと一味違う。
ピアノを弾いている先生、体操の先生、体操のお姉さん方が全員勢揃いで(いつもは日替わり)、背景はピンクで獅子舞なんか踊っちゃって。
初めて観た時はびっくりしたけど、ほんと、一年の中で、元旦の10分だけ別バージョン。
日本全国のラジオ体操ファンしか知らない事実です。

それはそうと。
我が家は主人がいた頃はマキオカでお正月を迎えたこともありましたが、今は鎌倉で迎えます。
だって寒いんだもん。
朝起きて窓が結露で開かない。水道が凍る。蛇口が壊れる。
部屋にあったポリタンクが凍ってた時は「寒い地方の方の苦労はいかばかりか。」と北国に思いを馳せました。

で、鎌倉のお正月。
朝は「ラジオ体操」。その後日章旗を掲げます。
お散歩に行った後我が家の「なんちゃってお節(なますとか伊達巻、栗きんとんは入っていない。要するにわたしがキライだったり、なんでそんな値段?というものは代用で済ましたもの)」とお雑煮を戴く。
お屠蘇、ワインを飲み、ちょっとほろ酔いになった頃、初詣に建長寺の半僧坊に山道を歩いて行きます。

半僧坊 鎌倉の海

鎌倉の海が一望できます。
                  
半僧坊 富士山

富士山も。

ご祈祷をして頂いた後は、地元の白山神社に。
ここでは御神籤を引かせて頂きます。
わたしは昔から御神籤は引かない派だったのですが、ここで息子が引いた御神籤のあまりの当たりっぷりに感動して宗旨を変えました。

だから引くときはすっごい真剣。緊張する。
今年はわたしは中吉、息子は珍しく大吉。
それよりも書いてある文章がすごい。まさに神様からのお言葉。
内容は内緒。
こういうの、あんまり人に言っちゃったらいけない気がする。

帰宅して年賀状を書いてまた酒盛り。(息子と二人きりだけど)

なんか、幸せ。
こうやってだんだん齢を取っていくのって、いいよね。

好きなものに囲まれて、好きな人たちと過ごす時間。
神々に守られて、ささやかな幸せを寿ぐ。

今年もいろいろな幸せな出会いがありますように。

そして世界中の人々がこの困難な時代を乗り越えられますように。

つづく



プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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