大晦日と大祓

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日は大晦日。
大掃除を終え、洗車して、お雑煮の仕込みをして。

毎年、鶴岡八幡宮の午後3時から始まる最後の大祓に行きます。

大祓とは、「私たちが日常生活のなかで、知らず知らずに犯してしまった罪けがれを人形(ひとがた)に託して身体を清め、心新たに生活を営むべく、大きな力を得る大切な行事」なのだそうです。

そう、わたし、たくさんの罪穢がありそう。
だって無神経に草刈りしちゃってるし、ゴキブリやブヨも退治しちゃってるもん。
しっかり祓ってもらわねば。

「罪穢」って考え方、すごいよね。
神道ではアリを踏んだり草花を枯らしちゃったりしたことも「罪穢」。
なんという繊細な考え方。
こういう文化に触れると「日本人って、いい!」と思ってしまいます。

で、大祓。
参列される方は神職と共に「大祓詞」を唱え、麻と紙を小さく切った切麻を身にまいて、半年間の罪穢を祓います。人の形に切り抜いた紙「人形(ひとがた)」に、氏名、年齢を書いて、息を吹きかけたり、体をこすったりして、人形に罪や穢れを移してお祓いをしてもらいます。

この人型見てると、宮崎アニメ『千と千尋の神隠し』で、竜のハクを追い回す式神の紙人形を思い出す。
かなり破壊力あったよね。そしてかなりしつこかった。紙のくせに。

それはともかく。
無事、大祓は終わりました。
直会でお神酒を戴いて、本殿にお参り。でももう人が並んでいるのにはびっくり。
大晦日なのに。なんでこんな並んでるんだ?進んで行ってまたびっくり。
お賽銭箱は大きくてたくさんの人がお参りできるようになってるのに、端の方に行かないで律儀に5人位ずつ立て並び。なんで?
これ、端に行ってお参りすると横入りになっちゃうわけ?

関係ないもんね。もうすぐ駐車場料金、300円追加で払わなきゃならなくなっちゃうじゃないかっ。
わたしは300円惜しさに、白い目で見られるの覚悟で端の方でお参りしました。
きっちり並んでる皆さん。
良くも悪くも日本人ってすごいなぁ、と思ったわたしなのでした。

大晦日 鶴岡八幡宮


(これからの参拝客に備えて、屋台も準備で忙しそう。意外と賑わっている大晦日の八幡宮です。)
            

今年ブログを書き始めて、ホントに良かった。
過去の自分にも出会えたし、楽しかった。

こんな雑文を読んで下さって本当にありがとうございました。

特に家族、友人以外の見ず知らずの皆様。
よくぞ「マキオカのネイチャーな日々」を見つけてお読み下さいました。
心から感謝申し上げます。

あなたは多分、世界の人口(約70億人)の中の30人の内の一人です。(見ず知らずの方で、読んで下さってる方はきっとそれくらい)
なのですっごいご縁、感じます。
考えてみるとすごいことですよね。
これだけたくさんブログのある中で出会えたってことは、ある意味奇跡だっ。(ホントに!!)

きっと同じ星出身だったり(?)前世でお友達だったり(??)したのでしょう。

また来年もよろしくお願いします。


つづく
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キャンプ場の作り方(43)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日で残すところ、今年もあと一日。
とりあえず「キャンプ場の作り方」も今日で一旦終わらせたいと思います。

これを書くにあたって、「なんか気が付いたらキャンプ場なんか作っちゃって、すかんぴんになりながら働いてるけど、なんでだっけ?」と時々思うことがあり(まぁ、ボケですな)、もっと歳をとった時、孫に「ばあちゃん、なんでここ作ったの?」と聞かれても「なんでだったかいなぁ、忘れてしもた。」なんて答える恐れがあって(そんなじゃ仕事できないか)、「ここで思い出しておかないと!」という気持ちからアルバムをひっくり返し、いろいろ思い出す作業から始めました。

そしてわかったこと。
わたしは何と楽しく豊かな時間を過ごさせて頂いていたのか、ということ。

心優しい家族、友人、知人に恵まれ、さらに素晴らしいお客様との出会いもある。
物づくりの醍醐味、人が集まり楽しんで頂ける場に関われる喜び、全てマキオカがあったから経験できたことです。

人生は楽しく、人は愛おしい。

子どもの時、よく「将来の夢は?」と聞かれることがありました。
でもわたしはこれ!というものがありませんでした。
周りの人が何と言うのか聞いてから「あ、そんな感じね。」と答えていたような気がする。
だから今時の子供は夢がない、とか現実的だ、とか言われるけど、わたしはそうは思わない。
人にはあらゆるものと出会うべき「時」があると思うし、受け入れる側の心の支度も必要だと思う。

そしてわたしはマキオカと出逢えた。

愛すべき家族、周りの方々と出逢うように、出逢えた、と思う。
またこれからもたくさんの方々と出逢えると思うとわくわくします。

おばさんだって、日々成長できる。
そしてマキオカも、もっともっと楽しい空間に進化できると確信しています。

わたしの人生の目標は死ぬ時「あー、面白かった!」と言える人生を過ごすこと。
とにかくその時まで精いっぱい面白いことを見つけて楽しんでいこうと思っています。


 空から見たマキオカ

                         夜のマキオカ

雪のマキオカ

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                     マキオカみんな

とりあえず、おわり

キャンプ場の作り方(42)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今回は、わたしがどんな考え方でキャンプ場の運営をしているか、という事を書きたいと思います。

考え方、なんて言っても、ほんと、無我夢中というか、暗中模索というか、まぁがむしゃらに突っ走ってきたわけなんですが。
でも基本となる考え方、と言えばわたしが「ケチ」ということでしょうか。

わたしの言う「ケチ」は「ケチ考」でも触れましたが、「守銭奴」とは違います。
ケチと守銭奴、それは似て非なるもの。
お金さえ儲かればいいというのは守銭奴。
ケチは自分が無駄をしないのはもちろんのこと、人にも無駄をさせたくない。

だからいつも「もし自分がお客様だったらどう思うか。」という視点に立って物事を決めています。

わたしはどこかに行ったり何かしたりする時に、コストパフォーマンスが悪かったり、納得がいかない料金設定だったりすると、腹が立つ。
「ここの経営者は何考えとんじゃ。」と、口に出して言わないまでも心の中で毒づきます。

例えばわたしはキャンプ場に行った時、鉄板を借りるのに500円、鍋を借りるのに200円かかる、なんていうのが嫌い。
「それじゃできるだけ使わないで済ましちゃうもんね。」なんて考えてしまうタイプです。
そこで備品類は、全て無料貸し出しで出し入れ自由、という形にしました。

それからわたしが嫌いなのは「ハイシーズン料金」。
連休や8月は高いとか言われると、仕方ないと分かっててもなんかすごい損した気分になる。
だからそういうの、止めました。

そしてキャンプに行って面倒なのは食事の支度。
夜のバーベキューは楽しいけど、朝片づける上に朝食の支度、終わるとすぐ昼食の準備、と息つく暇もない。
なので朝食付きにしてゆったりとした時間を楽しんで頂けるようにしました。
同じ宿泊しても、朝食が付いている付いていないでは時間の使い方が全く違うし、第一お得感が違う、と思うのです。

マキオカの料金設定を見た方は、初めキャンプ場としてはちょっとお高い、と思うらしい。
でもプライベートが守られる環境や時間がゆったり流れていく贅沢さを経験して頂くと納得して頂けるようです。

何と言ってもうちは2組のみのお客様しか来て頂けないタイプの、極めて変わったスタイルのキャンプ場です。
もともと利益は出にくいという事は承知の上。
とは言っても維持していく事を考えると赤字が出てしまうようだと困る。

だからそのバランスがとても大事だと思っています。

わたしは思うのですが、キャンプ場に来て頂いているご家族は、人生の中で最も幸せな時を過ごされている方が多いのではないか、と思うのです。

それはわたしがこの歳まで生きてきたせいかも知れません。
もしくは主人を亡くす、という経験をしたからそう感じるのかも。

長い人生、いろいろなことがある。

いい時もあれば、泥濘に体が埋まって何とも抜け出せない時も。
もう中島みゆきの歌を口ずさんではため息をつくばっかり、なんて時だって、ある。

もし家族が病気だったり、不幸があったら、キャンプに来ようとはなかなか思えないのではないか。
体に不調があったり悩みがあったりしたら足が向かないのではないか、と思うのです。

そう考えるとわたし達の仕事はとてもやりがいがある、と思えるのです。

お客様の多くは家族連れだったり仲間と一緒に楽しい時間を過ごしに来てくださいます。
特にお子さんが小さかったり、大きかったとしても「親と一緒になんか、冗談じゃないぜ。」なんて憎たらしいことを言わない素直で親孝行の子どもさんが多いと思われる。

その人生の中でもとても輝いている時間の片隅にご一緒させて頂けるのはとても光栄なことだし、有難いことだと思っています。

マキオカには来て下さった方たちの笑い声や幸せな気持ちが降り積もっている、と感じることがあります。

そういう時、わたしはこの仕事に携われて本当に幸せだ、と心の底から感じるのでした。

つづく



キャンプ場の作り方(41)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

2009年5月の連休明けの吉日を選んで井戸の工事に取り掛かってもらいました。

「もし水が出なかったら?」
「いや、沢向こうに出たんだからうちも出るはず。」
「やっぱり無謀な賭けだったか?」
さまざまな思いが交錯します。

落ち着かない日が続きました。

そんな7月のある日熊男から電話がありました。
「水が出たらしいぞ。65メートルほど掘って、岩盤の下からきれいな美味しい水が出てきたんだとぉ。良かったな。おめでとう!」」

この時の熊男の声はまるで天使の声のように聞こえました。

やった!やはり神は私をお見捨てにならなかった!!
うぅ・・ありがとうございます。
これで路頭に迷うことなく今年も過ごせそうです。

夏休みに入り早速マキオカに行き、水を飲んでみました。
うん、美味しい!
そして何より嬉しいのは、いつも頭からついて離れなかった「もし水が止まったらどうしよう。」という呪縛のような声がすっかり消えたこと。

ああ、ほんっとうに嬉しいっ!

しかし人間なんて現金なもの。
しばらく経つと「あー、楽ちん。こんなに井戸が楽だったら最初からやればよかった。えーと、何でやらなかったんだっけ?」

実はマキオカを始めた時、水に関してはいろいろ考えました。
その際もちろん井戸も一つの選択肢として検討したのですが、熊男の「この辺は昔っから井戸水は出ないだ。」という一言で却下したのでした。

「むぅ、そうだった。昔と今とでは状況が全然違うんだった。何故気が付かなかったんだ、わたし。
今までのあの苦労はなんだったんだ。なんか、くやしい。」
なぁんて考えるようになりました。

はい、罰当たりですね。
人間感謝を忘れたらいかん。

マキオカに来ていろいろ水に苦労して、蛇口をひねれば必ず水が出る状況というのが、いかに有難く、普通のことではないということが骨身にしみて理解できました。

ほんと、勉強させて頂きました。
日々感謝です。

雀、涙も鼻水も枯れ果てましたけど。

                     井戸工事

つづく



キャンプ場の作り方(40)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

以前にも書きましたが、とにかく水には苦労させられました。

水を引くときも大変でしたが管理はもっと大変。

オープンの際、保健所で水質検査をしてもらい、飲用として合格していましたが、やはり万全を期して飲み水は熊男の家からその都度ポリタンクに入れ運んできていました。

問題は生活用水です。
とにかく雨が降ると気をもみました。濁りが出たり、止まってしまったりするからです。
でも降らなければ降らないで沢の様相が変わってしまって水の流れが変わってしまいやはり止まってしまうことも。

台風が来たときは、鎌倉にいても気もそぞろ。
「あー・・今度行ったとき水、止まってんだろうなぁ。クロパイ、流されてぐちゃぐちゃになってるかも。うぅ・・行きたくない。」なんて出社拒否症のオヤジのように暗い顔になってしまうのでした。

お客様がいらっしゃっている時で、それも夜に水が止まってしまうとさらに悲惨。
「もし水が足らなくなってしまったら、どうしよう。」

取水をしているところは、沢沿いにけもの道を通って20分ほどのところ。
水が止まる度に草藪をかきわけ行かなければなりませんが、ヘビやイノシシに遭遇する危険もある。
そしてやっとのことでたどり着いても、止まってしまった水はなかなか通ってくれません。
仕方なく山の中でおばさんが一人クロパイを振り回す。揺らす。祈る。
さらに取水口に砂が入り込まないように工夫するのですが、これがなかなか難しい。

それでも甥が手伝ってくれていたので本当に助かりました。
たぶん甥の協力がなければここまでやって来れなかったと思います。
でもその甥が結婚し、子どもが生まれ、仕事も忙しくなってくるとなかなか都合が合わないことも出てきます。

ここはひとつ何とかしないわけにはいかない。
集落の他の人に頼んだり、集落で使っている簡易水道の水をなんとか引けないか業者に見積もりを出してもらったり、沢に枡を使った取水の施設を作れないか調べたり、試行錯誤が続きました。

そんなある日、沢向こうに別荘を作った方が井戸を掘ったという話を聞きました。
初めのうちはただ単に「いいなぁ、井戸。その水、うちに分けてくれないかな・・。」なんてことを考えていました。
しかしいよいよトラブルが続いてくると「なんとかしてうちも井戸が引けないものか。」と思うようになりました。

わたしの性格は凄いせっかち。
トイレに行く時も、ドアを開けるか開けないかですでにパンツ(下着のパンツではない)のチャックに手がかかっている。(あ、これは年にせいでトイレが近いのか)
それはともかく。
思い立ったら吉日とばかり、すぐ業者に来てもらい見積もりをして頂きました。

わたしはその時初めて知ったんですが、井戸っていくらお金を積んでも水が出るか出ないかは掘ってみないとわからないらしい。
だから見積もりもあってないようなもの。
1メートルいくら、という感じ。
当然深く掘れば掘るだけお高くなる。

金銭的余裕のあるうちならそれもいいでしょう。
でも我が家はもはや「雀の涙」も枯れかけている。

いいのか?そんな大博打打っちゃっても。
お金かけても、水が出なかったら全部パーなんだよ?

・・・いい!やる!やっちゃるっ!

大丈夫。神様はきっとお見捨てにはならない、はず。

もう、水で悩むの、やだもんね。
出社拒否症のオヤジみたいになるの、絶対ヤダ。
だからここは運を天に任せて、やってみるっ。

こうしてわたしは人生最大級(?)の賭けに出たのでした。

つづく


キャンプ場の作り方(39)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

主人が亡くなってから孤軍奮闘すること13年近く。
なんとかマキオカをやってきました。

センターハウスでお食事を楽しんで頂くようになり、名前は新婚旅行で行ったバリ島の町‘ウブド’と名付け、インドネシアの伝統音楽のガムランを流しています。
前日バーベキューを楽しまれて、朝食を作るのが面倒だったり、雨天の時にもゆっくり時間を過ごせると、お客様に喜んで頂いております。

そのセンターハウスもだんだん古くなり補修が必要になってきました。
                     玄関 中 補修前
わたしの座右の銘は「転んでもただで起きない」。
どうせなら、とここに薪ストーブを設置しました。
                         薪ストーブ

さらに玄関ドアも壊れてしまったので、明り取りを作ってもらいました。
    マキオカ 玄関ドア
看板も古くなったので甥の友達が作ってくれました。
                   マキオカ 新看板
さらにベランダの補修、ペンキ塗り、板の張替えなど「どこまで続く、ぬかるみぞ」とばかりに次々と
手間暇、お金がかかる。
挙句の果ては冬場ちょっと気を許したばかりに、ガス湯沸かし器、混合栓も凍結して駄目になるし。

この仕事を始めて、宿泊業の方、どうやって生活してるんだろ、と思うようになりました。
だってメンテナンス、すっごい大変だしお金もかかる。
これに普通人件費があるわけで・・。

ひー、無理無理!絶対赤字。
すごいですね、皆さん。
まぁ、うちは2区画のキャンプ場という特殊なシステムですが。
わたしの生きてるうちはペイできない自信がある。

ちょっと派手に見えるかもしれないけど、個人の自営業の実態なんてこんなもんです。(自分を基準にして考えるな、の声あり)

とはいっても、いらして下さった方の喜んでいらっしゃる様子を拝見したり、楽しい笑い声を聞いたりすると日頃の苦労もすっ飛んでしまいます。

生きていくのにはお金がかかる。
でもお金に振り回される生き方はしたくない。

という事で、一層ケチの腕に磨きがかかるわたしなのでした。

つづく



マキオカのクリスマス

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日はクリスマス。聖なる夜。

世間では「純粋な子供たちにできるだけサンタを信じさせよう。」とか言ってるけど、あれは嘘。
本気で信じさせる気なんかないよね。
特にマスコミ。
あれだけ「子供たちには夢を」なんてきれいごと言ってても、「サンタなんかいませんよ。親が買ってくれてるんですよ。」ってはっきり言ってるもん。

ひとつ例を挙げるとこの季節に必ず流れるユーミンの名曲「恋人はサンタクロース」。

     昔、となりのおしゃれなおねえさんは  クリスマスの日、私に云った
     今夜、8時になれば  サンタが家にやって来る

     ちがうよ、それは絵本だけのおはなし  そういう私にウインクして
     でもね、大人になれば  あなたもわかる、そのうちに

これを聞けばちょっと理解力のある子供ならば「あ、やっぱ、サンタっていないんだね。」と思う。

それにいろいろな番組でもちょいちょい「いやぁ、うちの子、サンタ信じてるんですよ。」とか「お父さん、お母さんは何をプレゼントしますか。」なんてコメントをする。

マスコミは言ってることとやってることの一貫性がないんだよ、いつもながら。
本気でサンタを信じさせようとしている親の身にもなってもらいたい。
政府はそういう所の取り締まりをしっかりやってくださいっ!

わたしは塾をやっているので断言できますが、高学年になってもまだサンタを心の底から信じている子も意外にいるんです。(毎年子ども達に聞いている)
もしくは疑いながらも「もしや、本当はサンタ、いるのでは?口に出して馬鹿にされるのは嫌だから言えないけど。」と思っている子も実は案外たくさん、いる。

そういう子はちょっとぼんやりしたタイプに多いと思われる。

そしてうちの子ども達もそういうぼんやりしたタイプの一員なんですね。

我が家は、親は全力で子供にサンタを信じさせるべく努力をする、という方針。
いつもはケチケチして絶対に買ってあげないようなプレゼントを、クリスマスイブに枕元に置いて、子どもが朝目覚めた時「うわぁ、今年サンタさん、奮発してくれたねぇ。」と感極まったように言う。
子ども達も「確かにケチなうちの親がこんなもの買ってくれるわけがないよね。」と妙に納得。

少し大きくなって、周囲の友達が「ほんとはサンタいないんだよ。」なんて言い出す年頃になると「駄目だよ、友達に話しちゃ。サンタは来る家とこない家があるんだから。実は`サンタ協会’っていうのがあって、申し込んだ家だけサンタが来るんだよ。だからサンタの話は友達と話しちゃ駄目。」と大嘘をつき、さりげなく箝口令をしく。

さらに信憑性を持たすためにプレゼントにも工夫をする。

我が家では、子供が小さい時ほとんどマキオカでクリスマスを迎えていました。
必然的に山梨に行くときプレゼントを運びます。
ある年のプレゼントは電子ピアノでした。
子供に気づかれないよう細心の注意を払って運び、夜中組み立てておきます。
クリスマスの朝、外は雪景色。
子どもが起き出してプレゼントを探します。いつも枕元にあるはずのプレゼントがない。
不安に思いながら部屋を眺めまわしてみると、昨日までなかった電子ピアノが。
子ども達の驚いた様子を見ながらほくそ笑むのは親冥利につきるというものでした。

自己申告によると長男は小6くらいまで、長女に至っては中学生になってもサンタの存在を信じていたらしい。

そんなわけない。いくらなんでも親を喜ばせようと思って、嘘をついてるに決まってるじゃん、と思うでしょ。
わたしもそう思ってました。
空気を読んで子供らしく振舞ってると親は安心するし、自分もいつまでも子供でいたい、という願望を満足させられる。

そこで長女が中学生の時、「サンタは中学生には来ないんじゃないかなぁ。」と言ってみました。
するとクリスマスの朝、長女が半べそをかきながら必死になってプレゼントを探すではありませんか。
その様子は(もしかしたらこの子、マジでサンタ信じてるかも)と思わせるところがあって、親としては「やばっ。ちょっとやり過ぎたか?」とわが子の間抜けさに本気で心配し、ちょっと青ざめた時もありました。

まあ、信じてる、信じていないは二次的なこと。
わたしは子供がサンタを信じている間は、その子の中にサンタは本当に存在している、と思います。
だから親は頑張る。
できるだけ長く子供の内なるサンタを生かすべく、力一杯頑張る、

それはサンタだけでなく、目に見えない存在を子供たちにいかに感じさせることができるか、という事にもつながると思うのです。

うちは二十歳まではクリスマスプレゼントをクリスマスイブの夜に枕元に置いていました。
朝子供が起きた時の喜ぶ顔を見るのが楽しかったこと。

そういえばわたしも結構大きくなっても「サンタ、ホントはいたりして。」って思ってました。

けど、わたしの場合は「いくらサンタだって、知らないヒトが夜中窓やドアから入ってくるのって、なんか怖いかも。」と思うような現実的なんだか、夢見がちなんだかわけの分からない子供だったのでした。

つづく




キャンプ場の作り方(38)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

最初に主人の異変に気が付いたのは2000年6月くらいでした。
それから5か月たたないうちに主人は天国に旅立ってしまいました。
長女は高1、長男は小5でした。

嵐のような半年でした。

家族も友人もマキオカは止めるだろうと思っていたようです。
でもわたしは不安はあったものの、できたら続けたいと思っていました。

主人とわたしの夢のキャンプ場です。
主人が大好きで、亡くなる一週間前にも病院を抜け出して泊まりに来たところです。

やはり絶対に続ける。
翌春には心が決まっていました。
協力者として熊男の息子(わたしの甥)が手伝ってくれることになりました。

ただ基本的には私一人でやれる体制を作らなければなりません。

そこでわたしは知恵を絞りました。

その頃朝食サービスは、こちらからサイトに食事をお持ちしていました。
それをセンターハウスにお客様にいらして頂くというスタイルに変更することに。
早速センターハウスの改装に取り掛かりました。
今まで家族が生活していた一階のスペースは、食堂に変身しました。
これは雨天時対策にもなりとてもよかったと思います。
また、備品の貸し出しもこちらからお持ちしていましたが、取りに来ていただくことにしました。

しかしティピィの設営、トレーラーハウスのセッティングはまだ一人では無理でしたし、今まで主人の担当だった力仕事、機械・電気関係、草刈等もわたしが人にお願いするなりしてやらなければならなくなりました。

その中でも特に頭が痛かったのは水の管理です。
飲み水は熊男の家からその都度運んでいましたが、生活用水はクロパイを上流から這わせて一旦タンクに落とし、まかなっていました。
ところが大雨が降ったりすると水が濁ったり、ひどい時はクロパイが濁流に流されて絡まって使い物にならなくなってしまうのでした。
主人がいた時はその都度上流に見に行き、一人では無理な時は私も行って何とか補修していました。

取水をしているところは、沢沿いにけもの道を通って20分ほどのところ。
水が止まる度に草藪をかきわけ行かなければなりません。
そしてやっとたどり着いても、いったん水が止まってしまうとなかなか水が通ってくれない、さらに取水口に砂が入り込まないように工夫しなければならないのでした。

いざという時、管理ができるんだろうか。

でもそんな心配をしている場合ではありません。
とにかくやらねば。
心配しているだけでは何も始まらない。

自宅に帰れば日常の生活があります。
主人と二人でやっていた学習塾の立て直し、子ども達の学校問題、実家の火事、親族間のトラブル、その結果の引っ越し。
まさにこれでもか、という程の出来事の連続でした。

今その頃のことはあまり細かく覚えていません。
ただすくみそうになる足を無理やり前に出している、不安過ぎて感覚が麻痺してしまっている、そんな感じかもしれません。

とにかく目の前の現実とがむしゃらに格闘していた気がします。

ただ主人は亡くなるとき、自分が亡くなった後のことに対し、全然不安そうな様子がありませんでした。
きっと怖いもの知らずの妻が何とか自分で切り開いていくだろう、と思っているかのようにわたしに任せ切ったように見えました。
だからわたしは主人が思った通り「怖いもの知らずで何とか自分で切り開いていく」自分を作る必要があったのかもしれません。
そしてそのお蔭であのジェットコースターのような日々をかいくぐってこれたのかも。

ほんと、人生塞翁が馬。

今年11月、主人の13回忌を終えました。
そこには妊婦になった娘と、鍼灸師になった息子もいました。

わたしもすっかり逞しいおばさんに。

あんなに身も細るほど大変だったと思ったけど、あにはからんや、以前にも増して脂肪でつやつやしているわたしなのでした。

つづく

キャンプ場の作り方(37)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日は雨。

そうだ。早く「キャンプ場の作り方」を書いてしまわねば。

人生50年。もうしっかり超えてしまいました。
いつボケてもおかしくない。
途中まで書いて死んでしまって「あ、そういやまだ途中だった。きもちわるっ。」なんて思って未成仏霊になったらあまりにまぬけじゃないか。

えーと、どこまで書いたんだったかな。
そうそう、初めてのお客様を何とかお迎えしたところまででした。

とにかく初めてのお客様。
わたし達も接客は不慣れで、整備もイマイチ。
この時は朝食サービスもありませんでした。

お帰りの際お褒めの言葉は頂きましたが、それはマキオカの自然と新品のトレーラーに助けられたようなもの。
今振り返ってみると赤面ものです。

それから豆を噛むようにご紹介の方、雑誌を見て来て下さった方など少しずつお客様がいらして下さるようになりました。

そんな中、ある出来事がありました。

ティピィを設営してたらポールが床材として使っていたベニヤに滑って倒れてしまう、という事件発生。
しばし呆然。
「お客様のいる時じゃなくてよかった・・。」倒れたティピィを見て青くなりました。
試しにポールの下にゴムのサックを嵌めてみました。
でもやっぱり滑ってしまう。
もういっそのこと、この中で寝るように作ったベニヤの床を外して地面に直接立てたらいいのでは?
さっそくやってみると、安定性がありいい感じ。
うぅ・・。あの床作るのに3日も徹夜して、ベニヤだってたくさん使ってお金も手間暇もかかってるのに・・。
あの時間はみんな無駄になっちゃうんだね。なんか悲しい。

いい物を作るには試行錯誤は避けられない。
わたし達は皆さんに喜ばれる施設を作りたいんです。
だからいくら手間暇がかかっていても、お金がかかっていても・・ぜんっぜん・・気にしないもんねっ。

顔で笑って心で泣いて。
そう、小金をケチっていいことなし!(またかよ、の声あり)

ティピィとその隣に作ったファイヤースペースを合体させてみたら面白いんじゃないか、ということで、いつもの行動パターン、ホームセンターへヒントを探しに出かけて行きました。

すると、やっぱりありました。
田舎の家で使う安いブリキの薪ストーブが。
煙突も買ってきて、夕方使ってみるとこれがいい感じ。
                        ティピィ煙突
ティピィの中で薪ストーブに火をつけると煙突から煙がもくもく出てきます。
火の揺らめきとわたし達の影がティピィの布地に影絵のように映ります。
ストーブの上で料理もできるし、寒い時に火を囲んでお酒を飲むのって最高。

採石場で大きい石を買ってティピィの設置する周りに凹凸を考えながら並べました。
ストーブの周りには椅子を設置。
西のサイトのストーブには主人が手作りで椅子を作りました。
ティピィ中
                
体験したお客様は大変喜んでくださいました。

まさに禍転じて福となす。
転んでもただで起きない。

わたしの人生訓はこれ、これですっ。

パパとれいとアルフ(看板前)

看板も設置し直し、朝食のサービスも始め、だんだんわたし達がやりたかったキャンプ場の形が見え始めた頃、主人の体調に変化が現れました。

2000年6月のことでした。

つづく






龍口明神社の謎

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日、竜の口の龍口寺の七面天月例祭に行ってきました。
                        竜の口の龍口寺
 
湘南海岸や江ノ島などの観光名所が随所にあるこの龍ノ口は、鎌倉時代、罪人を斬首する刑場でした。

日蓮聖人は、『立正安国論』を鎌倉幕府に奏上したことが、貞永式目の「悪口の咎」にあたるとして、市中引き回しの上、この地で斬首されそうになりました。その刑場跡に立てられたのが、龍口寺です。
               竜の口の龍口寺 江ノ電

おお、そんなことがあったと思えないようなのどかな風景。

実は最近西鎌倉にある龍口明神社にご縁があり、昭和53年に遷宮する以前は竜の口の龍口寺にあったと聞いていたので、一回元あった場所がどうなっているか調べたかったのです。
今の龍口明神社の宮司さんは女性の方で、伺ってみると元はとても小さなお宮だったのでこちらに移した、とのこと。

竜の口の龍口寺の御法要が終わった後、住職に龍口明神社の元宮の場所を伺い、山門の左側にあると教えて頂いたので、早速行ってみました。

鳥居から見た感じは普通。
龍口明神社

ところが石段を上っていくと。
                          元龍口明神社 鉄条網
                      
なんと、鉄条網が。
神社と鉄条網って、なんだか異様な組み合わせ。
そして確かに空っぽな雰囲気。
でも決して小さくなんかないし、立派な佇まいじゃないですか。

そもそも竜の口というのは、龍口寺背後の山並が、龍が海に向けて口を開けている姿に見えるため、その口にあたる所を龍口と呼んだことに由来するんだそう。

龍口明神社は鎌倉市に現存する神社では一番古く、 ご祭神は玉依姫命、および五頭龍大神。
五頭竜(ごづりゅう)は、伝承で神奈川県鎌倉市深沢に当時あった湖にすんでいたといわれる竜。

Wikiでは「あらゆる天変地異を引き起こすため、なだめるために十六人の子供がいた津村の長者の子供達も一人残らず五頭竜に捧げることとなった。この地名は昔『子死越』と呼ばれていたが、それは五頭竜に捧げられた生贄の名残である。今の地名は『腰越』である。」とある。

怖いよ。五頭竜。
『腰越』が『子死越』だったなんて、怖すぎだよぅ。

でもここから一転ラブロマンスに。

「あるとき江ノ島が隆起し、そこに弁天様がすむことになった。この地域を支配する五頭竜は一目惚れし、求婚したが、人間に対する残虐非道の行いを理由に断った。五頭竜はしぶしぶ湖に一度帰った。しかし翌日に心を改め、人間を守ることを弁天に誓ったという。」

急にかわいらしくなった五頭竜。

「それからというものの五頭竜は恋成就のために日照時には雨を降らせ、嵐や台風の時には神通力を発揮して追い返したという。そのせいで五頭竜の神通力はなくなり、やがて山側に向かい、片瀬にある龍口山に化けてしまったという。この山にある中腹には竜が口を開いた形をしたような岩があり、江ノ島の弁天を恋慕うようにみつめていたという。したがって、五頭竜は恋かなわず死んでしまったことになる(ただし、結婚したという説話もある。)。そのため、後の民は竜を慰めるべく龍口山には竜に助けられた民が祭った龍口明神社を祭るようになった。」

うぅ・・。いいもんになったんだね。恋は龍の心さえも変えてしまうんだね。

って、いい話で終わりそうなのに、なんで遷宮しちゃったの?


「龍口明神社は、龍口寺西隣に建っていたが、安政2年(1773年)に龍口が片瀬村(現藤沢市片瀬)に編入されてから境内地のみ津村の飛び地として扱われ、鎌倉時代に刑場として使用された時期もあったためか、氏子達は祟りを恐れ、長年移転を拒んでいたらしい。」

そうだよ。すっごい霊験のある神様なんだし、祟り、怖いよね。
それが何故?

だって大正十ニ年 (1923年)には、関東大震災で全壊したけど、昭和八年 (1933年)に龍口のままで改築したんだよ。
「太平洋戦争後のめざましい復興により、交通事情も悪くなり、神輿渡御も難しく、氏子の里へ昭和五三年(1978年)に村人達の総意により江の島を遠望し、龍の胴にあたる現在の地へと移転しました。」とある。

あれ?「神輿渡御も難しく」っておかしくないか?

「神輿渡御」って神輿を江ノ島まで運ぶ行事。龍口明神社は江島神社と「夫婦神社」となっている。五頭竜は妻である弁天様に江ノ島へ毎年会いに行っているんですね。

今の場所は元あった竜の口より全然遠い。

逆にお二人の仲、引き裂いちゃってるじゃないですかぁ!

そして村人達の総意って?
大体から言って、昭和53年って、ついこの前じゃん。
江戸時代や明治時代ならともかく。
湘南って、当時だって都会のイメージバリバリなのに、村人って・・。
わざわざ昔のイメージを作っているところが怪しい。

たとえば、土地が何かの理由で接収されるとか、災害が起きやすい場所であるとか、社会的な大きな理由があったのならわかる。
でも調べてみても、今のところ何も浮かんでこない。

鎌倉市史で調べても、土地が三町にかかっていて、その争いを臭わせているだけで、移転の話は書いていなかった。
「龍口山が片瀬村(現藤沢市片瀬)に編入されて以降、境内地のみ津村の飛び地として扱われ」という部分がどうも臭い。

もしかしたら、「飛び地」にしておくためには津村に神社があるという既成事実が必要だったのでは?

でなければ、実質等価交換、とか。

今の龍口明神社は閑静な高級住宅街のど真ん中にある。単純に考えても億単位のお金が動いているはず。
氏子と当時の新興住宅街に住む人たちでお金がまかなえたとは思えない。

誰かちょっと目端の利いた人が発案して、皆がそれに乗っかっちゃった、なんて神をも畏れぬことしたなんてこと、ないですよね?
時代的には「日本列島改造論」が出た後の土地の高騰が問題になってきた頃。
浅知恵が跋扈しても不思議はない、かも。

それは穿った見方なんですかね?

物事を考えるとき、お金の動きで見るというのもおばさんの特徴。

そしておばさんはとっても疑り深い。


でももしそうだったとしたら、あまりにも罰当たりで歴史も伝承も無視したひどい話。

本当のことはわからないけど、どっちにしても五頭竜様と奥方の弁天様に申し訳ない気持ちでいっぱいなわたしなのでした。

つづく

田舎暮らし考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

マキオカに関わるようになってもう20年以上。
今まで色々なことがあったし、たくさんの人と知り合ってきた。

そうした中で思ったこと。

都会の人は田舎の人に幻想を持ち過ぎじゃないですか?

田舎暮らしの本を読んでみると、田舎はいい人がいっぱい。
農作業をただで教えてくれ(自分の仕事も山ほどあるのに)、留守の時は管理(めんどくさいんじゃ)。
気が向いて立ち寄れば笑顔で漬物や煮物でお茶の接待(そんな暇じゃないっつうの)。
都会の家に帰るときは、畑で作った野菜を山ほど持たせてくれる(野菜だってできるまで肥料代や種代、手間暇かかってるんだよ)。

どう考えたって、そんなにいい顔ばっかりできるわけがない。

それを裏付けるように田舎暮らしをしてそのまま定住できる人はとても少ないらしい。
ただ表に出るのはたまたま上手くいった運がいい人たちだけ。

そりゃそうです。
誰だって挫折した話なんてできるだけしたくないもの。
近所のじじいが土地の境のことで陰口をきいていたとか、プライバシーなんて言葉生まれてこの方聞いたこともないんじゃないかってくらい好奇心の強いばあさんがやたら親切ごかしに家にしょっちゅう上がり込んできた話なんて思い出したくもないでしょう。

大体から土台無理な話。
わたしの見たところ、田舎のご老人たちはとっても気骨がある。一国一城の主の風格というか。
一家言あるんですね。
語らせるとすごい。いつも聞いてくれる人がいない分だけ、一旦聞いてくれる人ができると、とにかく語りたい。
そして依怙地というか、頑固なヒトが多い。

一方、田舎暮らしに憧れるだけでなく実行に移しちゃう人っていうのも、わたし達のように、夢見がちで(モノはいいよう)現実感に乏しくちょっと個性的な人が多いと思われる。
(自分を基準に考えると、ですが。単なるお金持ちは除く)

そんな人たちが一緒に近くに住んでうまく行く訳がないですよね。
じいさん達は都会に憧れる孫にも邪険にされているのに。
都会の人たちは昔気質の姑ともうまくそりが合わないのに。

都会から来た人たちは知らないんです。
田舎に住むっていうことがどういうことなのか、という事を。(わたしも未だにそこまで知っているわけではないが)

県道はともかく集落の道やいつも使っている道路は自分たちでお金を出し合って作り、清掃、草刈は自分たちで日にちを決めてやる。
都会なら区役所に電話すればやってくれるスズメバチの巣の駆除も自分たちで。
年寄りだらけだから、六十代でも「若い衆」なんて言われて、JAの役員や地区の委員会や寺の総代など、仕事はてんこ盛り。自分の畑の仕事も後回しにしなきゃならない、とか。

そこに都会から急にやってきて、我が物顔で道路は走るわ、無農薬で野菜を作ると言っては害虫を量産するわじゃ文句の一つも言いたくなろうというもの。
しかも「わたし達って都会暮らしもエンジョイして、田舎のじいさん達とも仲良くできる、懐の深い豊かなヒトなんだもんね。人生、楽しんでるんだもんね。自然、バンザイ。」
なんて能天気ないいとこ取りなこといわれたら、そりゃむかつくわ。

逆に自分の家の隣にじいさんが引っ越してきて、「よくわかんないからいろいろ手取り足取り教えてください。」とか「ちょっと田舎に帰るから、ゴミ捨てよろしくね。あと、防犯も。」とか「暇だからお茶、飲みに来た。」なんて言われたら、どんだけうざったいことか。

でも都会の人はそれを田舎の人たちに当たり前のように求めるんですよね。

人は期待されると、つい応えたくなる生き物。
求められるとそのように振舞おうとするけど、そんなに長くは続けられません。

そして軋轢が生まれ、せっかく大枚をはたいて求めた田舎暮らしのためのあれこれが水泡と帰す。

むぅ、自戒の意味も込め書いてきましたが、あんまり心が痛むのでこの辺にしておきます。

ほんと、若いって恥ずかしい。
そして分かったような顔をしている今だって、後から思い出すとなんかいろいろあるんだろうなぁ、とうなだれるわたしなのでした。

つづく




虎男レクイエム

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日は「キャンプ場の作り方」でよくご登場願っている虎男(仮名)の命日。

以前にも書きましたが、虎男は裸一貫から一代で事業を起こしたオトコ。
山梨だけでなく他県にも大きな工場を持ち、相続税だけでもかなりのものだったらしい。

そんなヒトだからもちろん武勇伝も山ほど。

中学2年生の頃、学校の備品の机や椅子を燃しちゃったりだとか。
(寒くて木材がなかったから壊れた備品をストーブで燃しちゃったらしい)

中国マフィアに監禁されて命からがら逃げてきたとか。

ロシアや北朝鮮にも行って貿易をして、かなり怖い目にも遭ってきたりとか。

世界情勢にもやたら詳しく、歴史、経済にも精通していて、彼女もあっちこっちにいたらしい。

せっかちで頭の回転が速く、人の倍のスピードで仕事をする人だから、周りはずいぶん苦労していたように見受けられる。
人の思いつかない発想をし、お金儲けも上手。最初ホラ話だと思っていた事業を軌道に乗せてしまう。

ブルドーザーのようにパワフルな虎男。
大雑把かと思うと驚くほど繊細な所がある虎男。
お金をたくさん稼いで敵もいっぱいいたらしい虎男。
まだ外車が珍しかった頃、黄色いスポーツカーを得意げに乗っていた虎男。

そんな虎男が病に倒れた。
すい臓癌だった。

でもわたしが虎男が只者ではないと思うのはここから。

虎男は余命を宣告されても、動じなかった。
事業の撤退も一切考えなかった。
土地の売買、外国への買い付けもどんどんやりまくった。

入院中は医者の言うことは無視。
夜、病院を抜け出し焼肉やラーメンをたらふく食べた。
でもお医者様に宣告された余命よりずっと長く生きた。

そしていよいよ駄目だ、と観念した時、虎男は言ったらしい。
「葬儀に参列した人全員に美味しい物を振舞ってくれ。」

普通、山梨では通夜振舞いを立食で出すことが多く、初七日の御精進上げ膳は親族やごく親しい人に用意する。
それをお焼香に来ただけの人にもきちんとした食事を用意しろ、と。

そして通夜、お葬式には驚くほどたくさんの人が弔問に来てくれ、泣いてくださった。
葬儀の後もたくさんの方が、お線香をあげに来て下さったらしい。

虎男は仕事の鬼で、周りはみんな敵だらけだと思っていたのに。

虎男はお金に関してかなりシビアな人だったと聞いている。
でも、とんでもなく大変なマキオカの造成をただでやってくれたように、ここぞという時は人の為に損得勘定関係なく尽くしてくれる人だった。

とにかく魅力的な人だった、と思う。

あなたに逢えてよかったよ。

ありがとう、虎男。


あなたの生きざまを見て、絶対に真似したいと思ったこと。

もしわたしが不治の病になって食事制限を受けても、絶対に好きなものをたらふく食べるっ!


つづく

好奇心考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日は昨日と打って変わってどんよりとした曇り。
まるで落選した皆さんの心の内のよう。

久しぶりにテレビをつけ、人間ウォッチャーに余念のないわたしなのでした。
この際、イデオロギーはさておいて、「管さんの選挙カーの事故の時のできた傷の絆創膏、ちょっとリボンに見える。」とか、「小泉進次郎さんの目の下の隅、紫になっちゃって、髪形をちょんまげにすると四谷怪談の伊右衛門のような人相に。どうした?」などと、興味深く楽しませて頂きました。

それはともかく。
かようにわたしが好奇心が強いというのは、自他共に認めるところ。

自分に興味が湧けばフットワークも軽く、いろいろな所に首を突っ込む。

それで今まで痛い目にもあってきた。
面白いこともいっぱいあった。

でもね。昔からやっちゃいけないって言われていることは、しません。

夜、口笛を吹くとか。
一つのおかずを二人でお箸でつかむとか。
枕を踏むとか。

たとえば「鶴の恩返し」。
じいさん(もしくはばあさん、または若者)は「決して覗かないでください。」と言われていたにもかかわらず好奇心に負けて覗いてしまう。

わたしならそんなこと、絶対にしない。

気になったらせいぜい耳を襖にくっつけて(日本の民家は構造上ほとんど音が筒抜け)様子を見る。そしてやたら話しかける。
「つう、お茶、入ったよ。」とか「つう、厠あんまり我慢してると膀胱炎になっちゃうよ。」とか。
つうがイラッとして「だからぁ、静かにしてくださいっ。」と言ったら、「でも覗いてはないもんね。」と言い抜ける。

何故覗かない自信があるかと言えば、それは楳図かずお世代だから。

いやー、怖かったですな。
「へび少女」「紅蜘蛛少女」「赤んぼ少女」。

わたしが小さいころまだ貸本屋さんがあって、線香臭い本を10円くらいで借りて読みました。

あまりの怖さに夜、トイレに行けなかった。
天井の節穴を見ていると、その中に目があって、じっとこちらを見ているような気が。

恐怖漫画の分野では、やっちゃいけないと言われていることをやってしまい、痛い目を見るケースがほとんど。
それも半端なく酷い目に遭う。

幼い時に学習したことって多分すっごい刷り込みになっている、と思われる。

だから禁忌にはとっても敏感。
考えようによっては、この歳になるまで大きな災厄もなく無事これたのも、そのお蔭かも。

ありがとう、楳図かずおさん。

当時はあんなぶっ飛んだヒトだと夢にも思わなかったけど。
あなたは本当の奇才です。

長生きしてください。

つづく



選挙考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日はいいお天気。
昨日までの喧騒が嘘のよう。

いつも選挙の度に思うのだけれど、スピーカーを大音量にして住宅街を手を振りながら走り回るのって、何か効果はあるのだろうか?

「じゃ、他にどんな方法があるっていうんだ。お前、やってみろ。」と言われても思いつかないが。
でも誰か頭のいい人が考えればあるんじゃないかな。

たとえばネットでまことしやかに虚像を作り上げるとか。

わたしが思うくらいだから、ちょっとはしっこい人はやってるね。きっと。
自分から発信していないと見せかけて、他の信用のある人から言わせる。

そう、たとえば小学生の学級委員の選挙。
これはある意味クラスの人気投票。
かっこ良かったり、可愛かったり、勉強ができたり、スポーツができたりする、クラスで目立っている人が黒板に名前を書かれ、その下に、正の字が。
たいして目立たないのに、「あそこに名前が書かれて、皆にちやほやされたいっ。」と思った自己顕示欲の芽生えだした普通の子は、同じグループの友達皆に学級委員をやりたいと匂わせて周囲にも何気なく言いふらしてもらって根回し。
自分の名前が黒板に書かれると、ちょっとドキドキ。
でも、自分で自分に入れた1票しか入らず、友情にはヒビが入るし、却って恥をかいてしまったりとか。

あ、これは虚像を作る以前の問題ですね。
やっぱ、身近な人は駄目。いろいろバレちゃうから。
「あのヒト、カンニングするのよね。」とか、「たまに横入りするしな。」とか。
実態がわからないところでやらないと効果なし。

それはともかく。

わたしはイデオロギーとかいろいろあるけど、議員になる人は「罰が当たる」という事を真剣に信じている人」がいいと思う。

因果応報。
天罰覿面。

いくら真面目にマニフェストを穴の空くほど見て熟考を重ねても、選挙が終わって「あ、そんなこと言ったっけ?忘れちゃったもんね。しかも無理に決まってるし。」とか言われちゃったらそれでおしまい。

それが「一回皆さんに約束したことを守らなかったら、マジ死ぬ。そして地獄に落ちる。」と信じている人がやれば、そりゃ死ぬ気で頑張ります。
いや、血眼になって這ってでもやるね。きっと。

だって、地獄、やだもん。

わたしが小さいころ「大臣」ってすごい人、というイメージがあった。
もう、普通の人はご尊顔も拝めないほど、凄い人。
国の命運を握る、他所の国と渡り合える我が国最高級の優秀な人。

今やそれがまるで町内会の集まりのような有様に。

そういや、幼い頃「百万長者」という言葉があって「そうか、百万円あれば、長者なのか。」と思っていたな。
今百万円でできることと言ったら、軽自動車を一台買えるか、買えないか。

同じくらい議員さん方の権威も失墜しているような気がする。

とか何とか言ってても。
選挙、大事ですよね。

誰が「罰が当たる」って信じているか、わからないし。
(いや、一人もいないんじゃ?)

まさかオーリングで決める訳にはいかないし。

とにかく。

選挙、行ってきます。


つづく

ケチ考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日は寒い。しかも雨。
こういう日はお家でゆっくりお茶でも飲んでいるに限ります。

人からもらったアップルティをマグカップに入れ湯気のシュンシュン出ている熱湯を注ぐ。
さらにティバックをもう一つのマグカップにお湯を入れ、薄いアップルティを作っておく。

ん?ケチですか?
だってティバック一個でマグカップ一杯で捨てちゃうって、なんかもったいなくないですか?
いいんです。不味くっても。
だって自分が飲むんだもん。

そう、こういう時わたしってケチだなぁ、と思う。
もちろんお客様にはそんなこと、しません。

大事なお客様にはウェッジウッドのカップに上等の茶葉でおもてなしします。

あと、わたしは駐車場のお金を払うのが嫌い。
だからデパートに行ったら、必ず買い物をして駐車代が無料になる時間内に出庫するべく努力をする。
時間ギリギリだったりすると、目を血走らせ髪ふり乱し走ってでも、なんとかただのうちに車を出そうとする。
金銭感覚の違うヒトと一緒だったりすると、「たかが200円やそこらのことでなんでそこまで・・。」と呆れられてしまったりするかも。

それから冷蔵庫の中の物を捨てるのも嫌い。
何としても、大根の尻尾に至るまで使い果たそうとする。
だから常に冷蔵庫の中のチェックは怠りなく目を光らせ、たまに捨てざるを得なくなった食材を見つけると、なんだか勝負に(なんの勝負だ?)負けたような気になり、とってもくやしい。

ことほどかようにケチなわたしですが、同じケチでも許せないケチがある。

たとえば自分はケチケチしてお金を出し渋るくせに、人がお金を出してくれる時にはやたら贅沢をしようとするヒト。
こういうのはケチというよりさもしい、というやつですな。
ケチの風上にもおけません。

まっとうなケチは(なんじゃ、そりゃ)人が無駄なことをするのも嫌う、と思う。
自分の財布が痛むわけじゃなくても誰かが明らかに無駄なお金の使い方をしようとすると、必死になって止めアドバイス。
そして相手が損をしなくなると、とっても嬉しい。そして自分まで得をしたような気持ちに。

それからお金を使うべきところにまでお金を出し渋るヒト。
特に顕著なのは慶弔の時。
かなりの出費になり痛いところですが、顔で笑って心で泣きながら、人並みには何とか出す。
友達とランチに行くのを断ってでも絞り出す。

まぁ、これはわたしがあまり人づきあいがないから言えることかもしれません。
友人、知人が多かったらまた違うかも。

こうして考えていくと、わたしは無駄が嫌いなんだな、というのが分かる。

ただ振り返ってみると、そんなケチなわたしが世間一般からは理解されないお金の使い方をする時がある。

そう、マキオカです。

あんな山の中に膨大なお金を(うちにとっては、です)つぎ込み、あまつさえ井戸なんか掘っちゃって。

いったい何を考えているのでしょう。
今やケチって新聞さえ取っていないというのに。

どうすんだ、老後。


いいんです。
わたしにとっては面白い、というのは何を置いてでも優先するべきこと。

わたしはいつも通る道よりちょっと遠回りでも、今まで通ったことのない道をわくわくしながら通るタイプ。
その道の先が突き当りになっていて、また戻ることになっても周囲の景色をきょろきょろ見回しながら面白がる。
ある程度美味しいとわかっているファミレスのメニューより、一度も入ったことのない個人経営の定食屋に行きたい。
不味かったとしても、「これは好奇心代。」と納得できます。

なんちゃって。
これにはかなりの負け惜しみが入っています。

もう一度タイムマシンで過去に戻ったとしたら、わたしはマキオカを作るでしょうか。

うーん、今一つ作れる自信はないな。

だって老後、心配だもん。


つづく













オーブ顛末記

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

わたしが10月16日にブログを始め出してちょうど二か月余り。
その頃仕事で毎週木曜日5時頃、鎌倉高校前を車で通ることになり、だんだん日も短くなってくるし、毎週写真を撮ってその変化を実感しよう、と思いつきました。

10月25日、車の中から撮った写真をブログにアップしました。

                     10月25日初オーブ

由比ヶ浜でもパチリ。

10月25日由比ヶ浜オーブ


ところがこの写真の左上にオーブがあるのを発見。
なんだ、これは。

ま、まさかのオーブ?

この時は、なんか素直に「やっだ、わたし、オーブなんてスピリチュアルなもん、写しちゃったかもしれない。」と、少し気味悪く、ちょっと面白がる感じ。

オーブって多くの場合、空気中を漂うホコリに強い光が当たると微小な光源になり、それを奥にピントがあっているカメラで撮影すると手前のホコリはピンボケになりにじみ、いわゆるオーブ状に写る、と解釈されているらしい。

ま、解釈なんてわたしにとってはどうでもいいんです。
こういうものは、自分にとってなんなのか、という事が大事。

激しく面白がりなわたし。

もちろん翌週も撮りました。
まあ、まさか今週は撮れないだろうね。

                      11月1日鎌高前

撮れてたーっ。それもいっぱい。

でも、この時はまず常識人のわたしは当然カメラの性能を疑いました。
そしてまさかと思いつつ、何枚も写真を撮ってみました。

が、やっぱり海岸沿いで撮ったものはかなりたくさんオーブが写る。
海岸を離れて内陸に入ると全く写らない。
水蒸気のせい?ほこり?でもすっきりした天気だし。

11月2日、FBで知った「小桜姫神社」に一人でお参りに行き、写真をFBにアップ。
FB友達、姫(仮名)から連絡があり彼女が小桜姫物語を著した浅野和三郎さんの直系のお孫さんだという事が判明。

11月8日、ちょっとドキドキしながら撮ってみる。

               11月8日鎌高前

ぐわっ。やっぱりたくさんのオーブが。
じゃ、じゃ由比ガ浜では?

                11月8日由比ヶ浜


何じゃ、これは?
巨大なオーブが!

晴天で湿気もあまりない。車も停めて撮っているのに。

いや、冷静にならねば。こんなことで騒いでいたら、大人として、どうなの?
単なる自己顕示欲の強いスピリチュアルおばさんになってしまうじゃないか。
また子ども達におこられるーっ!

翌11月15日。

           11月15日鎌高前

                   
ふーん、また写ってる。
飽きっぽいわたしはもはや興奮する時期が過ぎ、冷静を通り過ぎ「へー。」ぐらいにしか思わない状態に。
馴れってこわい。
やっぱ「ブスは三日で慣れる。美人は三日で飽きる」ってほんとかも。

11月22日。

                11月22日由比ヶ浜

うん、写ってるね。
しかも由比ガ浜のなんか、真っ白だね。
いいや、もう。
そろそろどうでもよくなってきた。
なんとなく惰性で「ま、撮っとくか。」ぐらいになっている。
あの驚き、ドーパミンはどこ行ったの?

11月29日。

                  11月29日鎌高前

これでは分かりにくいけど左上に巨大なオーブ。
拡大すると勾玉のような模様が。
面白い!!
この頃になるとオーブに対して何やら親しみのような感情が。

実はこの頃姫とほかのFBで知り合った人たちと小桜姫神社に行く約束をしています。
わたしの中では「もしやそのことと関係があるのでは?」という気持ちが湧いてきています。

そして12月6日小桜姫神社に参拝。

もしかしてオーブ、出てないかも。そうだったらいいな。
そしたらあれは小桜姫様の何かのご縁で出たことと考えることもできるし。

そう思いつつ翌日の7日撮ってみました。
おお、ない!オーブ、ないじゃないか。

                   12月7日鎌高前


やっぱ、わたしの考えは合ってたんだね。
うん、うん。浅野和三郎さんと小桜姫があのオーブ達を舞わしていたんだね。
と、思いながら由比ヶ浜で撮ってみると。

                    12月7日由比ヶ浜

・・あるじゃん、オーブ。
やっぱ思い込みだったんだね。
そりゃそうだよね。そんな美しい話の訳、ないよね。

はー、由比ガ浜は昔処刑場だったっていうからきっと武士の霊かなんかが彷徨ってる・・わけないだろっ。
カメラがなんかおかしいんだよ。
もういいや。
やめとこ。

さわらぬ神に祟りなし。

ま、それより飽きた、とかめんどくさくなった、というのが正直なところ。

初めのうちこそちょっとわくわくしましたが、慣れって恐ろしい。
そのうち撮れて当たり前、という感覚が。

そして昨日。
最後に撮っておくか、という軽い気持ちで撮ってみると。
妙にすっきり。

                12月13日鎌高前

では、由比ガ浜は?
                      由比ヶ浜 12月13日
おー、これも今までになくすっきり!

なんか、うれしい。
やっぱり小桜姫様が!もしくは浅野和三郎さんが!

ま、それはともかくとして。
たかがこんなほこりの粒を見て大騒ぎをするなんて、いい歳をして恥ずかしい奴だ、と思われる向きもあろうかと思いますが。
私自身はそんな自分が嫌いではありません。

それにしても、ほんとにオーブ、もう出てこないのかな?
それはそれでちょっぴり淋しいと思うわたしなのでした。

つづく

リス考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日、鎌倉の自宅にリスが遊びに来ました。

カーテン越しに何か動くものがあると思い、気を付けてみているとリスがいつものごとくお隣の柚子の木によじ登って実を取って逃げるところ。
                   
                     リス

この後、リスは欲張り過ぎて大きな柚子を狙い過ぎたのか、ポロリと落としてしまい、残念そうに立ち止まっていましたが、しぶしぶ立ち去りました。

鎌倉に来た当初、初めてリスを見て「かわいい!」と言うと、普段お上品だった姑が「ちっとも可愛くないわよ。」と、憎々しげに言うのが不思議だったのですが。

確かに鎌倉に住んでいるとその気持ちがよくわかる。

夏の爽やかな朝、気持ちよくまどろんでいると外から何やら昔聞いたクラッカ-(紐の先にプラスチックの玉が2つ付いていて、紐の先を持って思い切り玉を打ちつけ合う遊具。出来るまでには腕が青あざだらけになる)のような音が。
よく見ると木によじ登ったリスが尻尾を機械的に動かしながら「ガチャガチャ」とも「ゲッゲッゲ」とも形容のしがたい奇声を発生させている。
これは天敵が近づいた時には、警戒音を出して仲間に知らせ合うためらしい。
朝の目覚め方としては、あまりよろしくない。

散歩をしていても、電線をスルスルと器用に伝っていくリスとしょっちゅう遭遇。
その姿は天敵があまりいないせいか、どこか図太い感じ。
人なんてちっとも恐れていません。
道路だって何かくわえて走って横切ってるし。

このリスの困る所は木の皮を食べてしまうところ。
聞くところによるとリスにかじられて皮を剥がされてしまった木は枯れてしまうんだとか。

江ノ島で1951年に伊豆大島から連れてきた54匹のタイワンリスを江ノ島植物園で飼育したところ、台風で飼育小屋が壊れたことで逃げ出し、弁天橋を渡って鎌倉市内に入り込んで繁殖するようになったと言われているらしい。
今や、駆除の対象になっており、ペットとして飼うことも禁止となっているとのこと。(え、そうだったんですか?)

いつものごとく、やっちゃった感じですね。
目先のことを考えてやってたら、思ってもいなかったとんでもないことに発展しちゃうっていう、よくある、あれ。

職場にパートで入ってきたおばさんが慣れないだろうからと親切にしてあげていたら、気があるんだろうと誤解されて言い寄られ、丁寧にお断りしたら逆切れされ、職場に居づらくなっちゃった、とか。

子どもの勉強ため買ってあげたパソコンで、子どもは勉強なんかせずに怪しげなサイトにばっかり行くようになってしまい、受験は失敗。さらにワンクリック詐欺にあってしまい大損しちゃった、とか。

うちの場合だと安い土地を買って楽しく遊ぶつもりが、老後のお金も体力も全部つぎ込むこととなり、挙句は未亡人になってしまい、暇つぶしにブログを書いちゃぁ子供に叱られる、とか。

人間の浅知恵を笑うのは簡単ですが、それは結果論。
その時は一番いい方法だと信じ込んでしまうものですよね。

そして愕然とさせられるのが思い込みの力。

以前はあんなに可愛いと思っていたリスが、ネズミ目で同じ齧歯目と知ると、なんとも可愛くなくなってきてしまったのが不思議。

まるで付き合う前は「ほんっとにカワイイ!」と信じ込んでた彼女が、ふとした瞬間からただの小太りのぶりっ子に見えてしまい、恋の魔法って、本当にあるんだなぁ、と魔法が解けた瞬間、実感して遠い目をしちゃうのと同じ。

ただこの思い込みの力、悪いことばっかりとも思えません。

第一これがなければ人口の増加もなければ、事業の発展もないかも。

わたし達は目先のことしか見えない目を思い切り見開いて、なんとか先を知ろうとし、思い込みの力で困難を突破しながら、なんとかここまで来れたような気がします。


そうそう、知らなかったけどアメリカ合衆国のいくつかの地域では、近年までリスの肉は食肉として捉えられ、好まれていたらしい。
可愛く見えないって嘆かれていた方が、美味しそうって思われるより、リスにとってはいいことかもしれない、とぼんやり考えるわたしなのでした。

つづく





おじさん考(3 )

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

続いておじさん考。

何故わたしがかようにおじさんに拘り、おじさんをかばってしまうか、というとその成育歴にあるかもしれない。

わたしは父が歳をとってからの子どもです。
だからよそのヒトより大分昔風に育てられたかも。

わたし達が子供だった頃、今のようにリモコンはなかった。
で、代わりに子供リモコンが使われていた。

茶の間で父がごろっと横になり「はちっ。」というとテレビの横にいるわたしがチャンネルを8に合わす。
わたしよりテレビの近くに父がいても「ろくっ。」というと飛んで行ってチャンネルを6に。

さらに今考えると「何で?」と思うが、うちは親の入れ歯まで子供に洗わせてたね。

そりゃ、子供心に「気持ち悪い。」とか「やだな。」と思わないでもなかったけど、絶対権力者であり保護者である父の言うことは絶対だった。

それに「気持ち悪い。」なんて言うと申し訳ない、というか可哀想、って思っていたな。

ま、それがいい事かどうかは別にして、家族というものは家長に対する礼儀が必要、と思っていたのは間違いないと思う。
大人になるとその関係はもちろん変わってくるのだが。

大体からいって、実は男のヒトは女性より精神的に華奢。
ほんとは女のヒトより泣き虫だし、怖がりだし、繊細、だと思う。

だからといって、それをいいことに女性はいい気になって自分の方が強いんだ、と出しゃばったり、その面目を潰すようなことをしては絶対にダメ。

だって男のヒトは普段はしょうもなく見えても、守るべきものができたと認識すると、凄い力を発揮するんだから。

元寇を見よ。

先の大戦を見よ。

その時男たちは本気で「俺がやらなきゃ誰がこの国の女子供を守る!」と思ってくれたんだと思う。
もちろん中には嫌々行った人もいると思うけど、実はけっこうな数の人たちが、わが国家と自分の愛する人たちを守らねば、と決死の思いで行ってくれたのではないか、と。

もし勘違いした女性が「わたしの方が強いんだよ。」なんて普段から出しゃばっててごらんなさい。
「やっぱ、怖いっ。」と女性の後ろでこっそり息を潜めているような男ばかりになってしまうではないですか。

先人達は賢かった。

男性の強さも弱さも熟知した上で、最も力の出しやすいやり方で社会を作っていたのではないか。
そして賢い女性たちもしっかり手綱を締め、上手に男たちを鼓舞していたのではないか、と思うのです。

それから「ハゲ」を気にするおじさん達が多いようだけど、なあに、気にすることはありません。

今やおばさんの中にも薄毛を気にするようなヒトもたっくさんいる。
でもおばさんには「ハゲ」って言えないでしょ。
それはホントに傷つけてしまい取り返しがつかなくなるようなダメージを与えてしまいそうだから。

まぁ、むしろ言われているうちは大丈夫、という事なんですね。

それに、今の子ども達。

ヤンキーのお母さんたちは平気で子供の髪を脱色したり染めたりする。
そんな小さいころからやってて頭皮がもつわけないでしょ。

今の若い子も含めてそのうちみんなハゲてくるから大丈夫。

「だからどうした。」といってやればいいんです!


ところで、わたしが実際に男性方を立てているかどうか、という事ですが。
わたしの主人は生前、皆さんに「奥さんにしっかり尻に敷かれている。」という評価を戴いておりました。

言行不一致とはこのことです。

すみませんでしたっ。




つづく

おじさん考(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日はつい興奮してしまい、失礼しました。

娘にも叱られました。
何をそんなに怒っているのか、と。

いかん、いかん。齢をとるとつい怒りっぽくなってしまう。
血圧が上がってしまうじゃないか。気を付けねば。
ここでおじさんに代わって怒りまくってぽっくり逝ってしまっても、誰も褒めてくれないもんね。

で、後半「姑考」になりかかってしまいましたが、ここで気を取り直し「おじさん考」。

おじさんて、よく「臭い」「キモい」なんて言われて、気にしてないフリして実はお家でリステリンで口をゆすいだり、加齢臭の発生元と言われえる首の後ろを親の敵のように洗っている方がいるようですが、そんな必要があるのでしょうか?

エチケットとして人を不快にしないだけの清潔さを保つのはもちろん大切ですが、あまり過敏に反応するのもいかがなものか、と。

大体から、臭いなんて、誰にでもあるもの。

娘と一緒にお父さんの悪口をいってるお母さんだって、当然加齢臭があります。
女性だからないなんてことはないらしい。
歳をとって凄いくしゃみをすれば、「あれ、昔じいさんがこんな臭いさせてたな。」なんて思うことも、ある。
ただ女性は誤魔化し方がうまいだけ。

それに、おじさんがいくらフローラルな匂いをさせたって、今度は「キモい。」って言われるだけなんだから、もう相手にしないのがよろしい。

「だからどうした。」それでいいんです。

だって考えてみてください。
愛犬のポチが臭くたってみんな嫌ったりしないでしょ?
「お風呂入れてあげなきゃ。」とか「でもこの臭い、嫌いじゃないんだよね。」とか言ってもらえる。
あまつさえ「この臭い嗅ぐと落ち着く。」なんて声も。

臭いと云われるドリアンやクサヤ。
好きだと思うといい匂いに感じる。

要するに、臭いの問題ではないのです。
家族の中のポジション、もしくは愛情に問題の根源があると思う。
(あ、目をつむっていた部分に指突っ込んじゃったらごめんね)

とにかくっ!

おじさんだって誰だって、「臭い」「キモい」なんて言われれば不愉快だし、傷つくのです。
大人だからといって、平気な顔してるからといって、何を言ってもいいというものではない。

特に男性なんて見栄っ張りで、繊細で傷つきやすい生き物。

権太な女性たちよ。
もうちょっとだけ労わってあげて欲しい、と思うのはもうすでにわたしが歳をとって中性化してしまいつつある証拠。

おじさんのようなおばさんや、おばさんのようなおじさん、いるよね。

まずい、気を付けねば。

鼻毛が伸びっぱなしになったら要注意だっ!


つづく



おじさん考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

友達のお家の中学生は、お父さんの後にはお風呂に入らないという。
そしてひどい家になると洗濯もお父さんのと一緒じゃいや、なんて言うらしい。

自分がどんだけきれいだと思ってるんですかね。

そればかりか、世の中のおじさん達によく若い子達はひどいこと言ったりするけど、あれ、どういうこと?
おじさんはもっと怒っていいと思う。

何故もっとしっかり怒らない。自虐ネタなんか言ってる場合じゃないだろ!
女子供をつけあがらせてどうするっ!
(あ、血圧が上がった、かも。いかん、いかん)

まともに相手をしたら沽券にかかわる、とか、かっこ悪い、とか考えてるんだろうけど、そこが底意地の悪い若い女の子たちに付け入る隙を与えてしまうんだよ。

社会の根幹を支えている人間に対する礼をもっとわきまえさせる責任があるのではないか、と。

大体からいって、男の人は優しい方が多い。

これはみんな思うことだと思うけど、大人になってみると人間って意外とそんなに変わっていないもの。
大体中学生ぐらいから、そんなに中身や感性は変わってないのではないか、と思われる。

だから子供の時を見てみると、本質が分かりやすいというもの。

男の子と女の子を育ててみると、その性差は歴然。
男の子の方が、幼く優しい。そしてお母さん好き。

いつまでたっても「お母さん」「お母さん」。
たぶん大人になっても心の中で「お母さん」「お母さん」。

でも、それって悪いこと?

誰だ、マザコンなんて身も蓋もない言い方を考えたのは。
わたしが子供の頃はひとくくりに「親孝行」と言ったもんです。
母親を大切にする発言をするとすぐ陰で「マザコン」と言われる。

男の子なんてもともと激しくかっこつけたがる生き物。
人から後ろ指を指されるなんて一番耐え難いもの。
だから本当はお母さんという一番大切にしたい人を邪険な言い方で貶める言い方をせざるを得なくなる。

よく考えてみてください。

若い女の子達が「あの人、マザコンなのよね。」という時は、その裏に「そんなバーさん大事にしてないで、若く魅力的なわたしを一番に考えて!」という意味が潜んでいる、と思う。

でも、若い女の子にも言いたい。
母親を大事にできない男は歳をとった妻のことも大事にできないよ。
だからちょっとさみしくなる時もあるかもしれないけど、自分の親も大切にしたかったら、そして自分の老後も楽しく過ごしたかったら、親を大事にする人を選んだ方がいいと思うよ。

女の人はいざ結婚となると、当たり前のことだがとたんに計算高くなる。

そりゃ、そうです。人生がかかってるんだから。

何にも考えていないふりをしていても、純粋に愛に生きているように見えてもしっかり考えている。
いや、考えなきゃいかんだろ。

たとえば「東京ラブストーリー」のさとみ。

なにかっちゃあ、カンチを呼びつけリカとの恋路を邪魔する。三上君という玉の輿を蹴って、最終的にカンチを選んだあたり、女子の鑑と言えましょう。
実家はラブホテルを経営しているから三上君のハイソな家庭とはそりが合わなさそうだし、下に見られる。何か気に入らないことでもしようものなら「やっぱりお育ちが・・。」なんて言われちゃう。
三上君はお金持ちでモテ男だから結婚後は明らかに浮気および捨てられるの心配をせにゃならん。
そこに自分の安全パイだったオトコのはずだったカンチがなにやら可愛い女の子にもてている。
むぅ、よくみるとなかなかなタマ。もったいない・・。

と考えたかどうかは知らないけど、まあ一生を決めるとき女子は素早くいろいろ計算するもんです。

そこいくと男は計算が下手。

きれい、だとか優しい、なんか一緒にいると寛げる、とか基準がとっても曖昧なものに人生を委ねてしまう。
駄目だよ。ホント。
結婚前から掃除の仕方、料理に取り組む態度(味はやってるうちに何とかなる。やってみよう、という気持ちがあるかどうか)ぐらいは見ておかなきゃ。
毎日買ったお惣菜や保存料だらけのコンビニ弁当食べたくないでしょ?
あと、金銭感覚のしっかりした人。
でもがめつい人はやだな。

って、あれー?「おじさん考」を書こうとしているうちになんだか「姑考」に。


なんてこったーっ!


つづく



子ども達のマキオカ

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

子ども達が小さかった頃、マキオカの遊びで最も人気があったのは水遊びでした。
二人ともシャツ一枚に着替えさせ、自転車で走らせ、主人がホースで勢いよく照射。

遊び自転車
                   シャワー自転車遊び 

あと、水鉄砲も人気がありました。勢いのある水鉄砲で撃ち合い。なかなかスリルのある遊び。

これは今お客様に貸し出している水鉄砲に生かされています。(お客様がイベントで使い終わった水鉄砲を置いていってくれたのを活用。どこまでもケチくさい。でも意外と高いんだよ)

水鉄砲

おおー、楽しそうじゃないか。

これをご覧の皆さん。
なんか、いい子育てしてるって思ったでしょ(思ってない、の声あり)。

ところがそれは勘違い。

だって考えても見てください。わたしたち大人はやることが山ほどある。
木を切ったり、草むしりしたり、食事の支度をしたり、ケンカしたり。
子どもは親に振り回されて一緒に山の中に連れてこられて、たまーに遊んでもらうだけ。

写真に写っているのはそのたまたまな日、を写しただけなんですね。

それが証拠にうちの子ども達は二人ともどうも人づきあいが下手。
確かにいい子達だと思うけれども(親馬鹿)手抜きの気配もありあり。

わたしも最近ネットを見るようになり、その中に書いてある内容に、すごいなぁ、とか素晴らしいなぁ、とか感心することしきり。
でも、ちと待てよ。これはリアルになるとどういう風になるんだ?

うちだって、ネットで見れば「キャンプ場持ってて、鎌倉住んでてなんかお金持ちそう。」とありがたい誤解をされることがよくある。
しかしてその実態は、この有様。

推して知るべし。

世間なんてどう考えてもそんなもの、という事はちょっと長く生きた今ならわかる。

ネットで見る素敵なご家族も、蓋を開ければ嫁、姑問題や子どものいじめ問題、ローンの支払いに四苦八苦する日々、という可能性も、ある。
ブログですっごくいいことを言ってるおじ様も、実はパートのおばちゃんの色香に参ってる、なんてこともあるに違いないっと邪推するわたしなのでした。


つづく

ご縁ってすごい(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

FBで知り合った姫、お嬢、素敵ママとわたし達親子を乗せ、車は横須賀に向かいます。

実は直前、やはりFBのお友達から横須賀にすごい神社があるという情報をもらい、独断でちょっと立ち寄ることにしたのです。
その神社は「安房口神社」といい、社殿はなく磐座(いわくら)のみが礼拝対称であり、全国的に誠に珍しい、とのこと。
もう一つの神社はそこからほど近くにあるらしい「走水神社」。
東征中の日本武尊が、古代東海道をたどって来り走水から船で上総(千葉県)へ渡ろうとしたが、暴風雨に阻まれ、立ち往生してしまった時、同行していた弟橘媛が入水して海神の怒りを鎮め、後悔の安全を図ったという伝説にちなみ、創建されたらしい。

まず「安房口神社」に行こう!
小さな神社とのことだったので、住所を調べておいてナビに入力。番地までは出なかってけど、近くまでは連れて行ってくれるはず。

あー、いい時代になった。方向音痴でもナビちゃんが連れて行ってくれるもんね。

車は順調に横須賀まで進んでいきます。そして住宅街に入ったところで車をいったん停めました。
この辺のはず。息子が携帯で調べ指示の通り進みますが、どうも違う。

わたしだけだったら、いつもはおばさんのやり方、そう、人の迷惑をまったく顧みず、そこらに歩いている人をひっつかまえてやたら聞きまわる、という方式をとるのですが、初めて会った人たちの前でそれをやるのはちと恥ずかしい。

そしていつもだったら息子のアイフォンの機能の不備をあげつらい、調べ方がおかしいんじゃ!と罵り合いになるところですがそれは人間性を疑われる、と自制。

これは神様が先に「走水神社」に行けって言っている!そう勝手に判断し「走水神社」に向かったのでした。
まずお嬢と素敵ママが参拝。

走水神社 みわちゃん

ここは海を望み、とっても気持ちがいい所。神社の横に道があり、そこを上っていくと古いお社が。

走水神社 古い社

なんとも趣のあるところ。お参りを済ませまた車に乗り込みました。

とにかくこんどこそ、「安房口神社」に行かねば。時間もないし、皆さんお疲れのよう。
ナビがあてにならないので、息子のアイフォンの指示に従って車を進めます。

が、なんかおかしい。

そうだった!
みんなの手前、息子の顔をつぶすわけにもいかなかったが、こいつの言うとおりに動いて順調にどこかにたどり着いたことなんかなかったんだぁ!

時間もないのでしかたなく「安房口神社」はあきらめました。
ま、きっと今日は「安房口神社」とはご縁がなかったんですね。

無理はいかん。無理は。
そう、わたしのポリシーは「無理をしない」「流れに乗る」。

そんなわけで、急遽そのまま「小桜姫神社」に向かったのでした。

「小桜姫神社」は海のすぐそばにある、質素で清々しい神社。
姫がお花をあげます。

小桜姫神社


感動の、対面。

ぅう、ごめんなさい。和三郎さん、小桜姫様。
早くお会いしたかったんですね。

それをわたしがふらふらしていたもんだから、きっとイラッとされたんですね。

わたしは深く頭を垂れたのでした。

          ドンの前の海

弟橘媛の入水の際の辞世の句

さねさし 相模(さがむ)の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも

(訳)これも、あの相模の国の野で燃える火の中で、わたしの名を呼んでくださった愛するあなたのためですもの

つづく

ご縁ってすごい

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ネットとかFBとか、ほんと凄いと思います。

と、まるでネットを熟知している物言いですが、このブログを読んでいる皆さんはもうお分かりだと思いますが、おばさんは機械に弱い。
そのおばさん達の中でもわたしは飛び抜けて物わかりが悪い、というか、とにかくちんぷんかんぷん。

そのせいで何度子供たちに罵詈雑言を浴びせかけられたことか・・。
なんで老体に鞭打って働いて食べさせている子供からそんな仕打ちを受けにゃならんのじゃ!と思っても、そこは物を教えてもらうつらさ。
我慢しますよ。
口で笑ってるけど、目は怒ってる、そんな状態が続きました。

それはともかく。
おばさんは寺社仏閣巡りが大好き。わたしもご多分にもれず暇があると好奇心に身を任せ、あっちこっちふらついております。
そんな時ネットやFBってほんとに便利。面白そうなところがすぐ出てくる。

先日やはりネットで「小桜姫物語」を知り、読んでみました。
おおー、面白いじゃないか!ここ、行ってみたい。
思ったらすぐ行動に移したくなる動物的なわたし。早速行ってFBにアップしました。

ここからです。怒涛のようなご縁を感じることになるのは。

アップしてすぐFB友達の姫(仮名)からメッセージがありました。
「わたしは浅野和三郎の直系の孫にあたります。」と書いてあるではありませんか。

浅野和三郎さん。日本のスピリチュアリズム研究の先駆者で、「小桜姫物語」は夫人を霊媒として、実在した小桜姫が語った言葉を和三郎さんがまとめたものです。

どっしゃー!!な、何ですか?このシンクロ。
あるんですね。こういうことが。
ほんとびっくり。

これも何かのご縁とばかり、FBで知り合った方たちと小桜姫神社に一緒に行くことになり、昨日行ってきました。
あんた、おとといも江の島ふらついていたんじゃないの?と暇なおばさんを蔑むような目で見てるそこのあなた。
ちがーうっ。
おばさんは暇に任せて行っているのでは、断じて、ない。
なんか、こう行かねばならない衝動に突き動かされているだけっ!
いや、かえって危ない気が・・・。

とにかく昨日初めてFBで知り合った方々と会う約束をして、急に行きたいと言い出した息子を連れ鎌倉駅で待ち合わせをしました。

わたしがFBに入るきっかけを作ってくれ、お逢いするのは2度目の御嬢(仮名)とFBで楽しいコメントをしてくれる素敵ママ(仮名)がいました。お二人とも笑い顔がとってもチャーミング。
その後、姫を郵便ポスト前で発見!
おお、さすが姫。優雅な中にさっぱりした男らしさが。

ご挨拶の後、小さな車にぎゅうぎゅう乗りでちょっと小さな旅行気分で出発したのでした。

※参照
日本の霊界通信 「小桜姫物語」
http://blog.goo.ne.jp/photon1122/e/b36aa3ddb8863ff1d2ef1a39472bde0e


つづく

江の島ってすごい

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。


今はマキオカはオフシーズン。実質休業中です。

わたしは普段鎌倉に住んでいます。
ですので、鎌倉のお話も時々交えていきたいと思います。

今日は久しぶりに江の島に行ってきました。

江の島には伝説があります。

昔、五つの頭を持つ龍が悪行を重ねていたところ、弁財天が天から舞い降り、五頭龍を諭し悪行をやめさせます。五頭龍は天女に恋をし、天女は結婚を約束したといい、天女の天下りとともに出現した島が江の島と伝わっています。

いや、初めて気が付いたけど、江の島ってなんだか凄いわ。
   
江の島入り口

辺津宮にお参りするため階段を上り中津宮へ。
さらに上っていくとサムエル・コッキング苑があります。
でもここは有料なので、もちろんパス。

いい景色を見た後、今度は下り坂。

しばらくすると龍宮大神がの鳥居が。

あれ?なんだ?
・・・・・
なんなんですかーっ、この竜は!

このチープな感じ。この竜の像、有り難味も何にもないんですけど。
                     
                     龍宮大神
                           
はー、びっくりした。ドラゴンボールの出演者かと思った。

気を取り直して、さらに下っていくと、奥津宮に到着。
ここはなんだかやたら亀グッズが多い。

手水屋にも亀。
                   奥津宮 手水屋

亀石も、ある。
でも極めつけはお宮の天井画。

                      奥津宮 天井の亀


なんなんですかーっ、やたら目つき、悪いじゃないですかーっ!
こわいよ、ちょっと。

ま、まぁ、気を取り直してさらに下っていくと、海が見えてきます。

おー、気持ちいい!

岩屋って、自然にできた洞窟です。

かつては、島全体が神仏混淆の霊地として信仰を集め、江戸時代には弁天信仰が盛んになり賑わいをみせていたそうです。

あー、すごいんだろうな。神聖な感じで。
って厳かな空気を期待して行ったら。

                      江の島 岩屋 クリスマス

おいっ、何だこれは。

ク、クリスマスのイルミネーション?

ちょっとぉ、誰が考えたの?このしょうもない飾り付け。
空気読めないにもほどがあるよ。
誰一人、こんなものは喜ばないし、期待していないよ。

なんだって季節を取り入れればいいってもんじゃないんだっ!

神仏を冒涜するにもほどがあるだろっ。

古くから信仰の対象にもされてきた岩屋。弘法大師が訪れた際には弁財天がその姿を現し、また源頼朝が戦勝祈願に訪れたとも言われています。

なぜこんな情けない姿に?

でも、極めつけは、これ。

                  江の島 岩屋 龍

なんなの?この闇に潜むしょうもない龍。そして龍の鳴き声までスピーカーで流すバカバカしさ。

まあ、ここまでやってくれるといっそのこと、清々しいとさえ思う。

侮れないぞ、江の島。


つづく


大人になって知ること

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。


子供の頃、大人って何でも知っている、と思いませんでしたか?

わたしは思っていました。

それがいつの間にか、「あれ?意外とそうでもないらしい。」と思うようになり、そのうち「むぅ、かなりものを知らない人も多いかもしれない。」と知ることとなる。

わたしだって、つい最近「果報は寝て待て」と思っていたのが、実は「果報は練って待て」から始まった、とか「酒は百薬の長」と思っていたのが、実はその後に「されど万病の元」という言葉が続く、なんてことを知ったばかり。

いやいや、そんな高尚(?)なことより、劇という字の書き順は縦の線から、という事も、完璧の璧と壁の字が違うこともかなり大人になって気が付いたな。

でも、何でも知ればいいことばっかりじゃないってことも知りました。
知らなくていいことも、世の中には、ある。

例えば血液型が自分のお父さんから生まれることはどう考えても無理、とか。
陰謀論とか。

いやいや、そんなすごいことより、子供のころから口うるさくマナーを言って来た母親が、実は時々肘をついて物を食べてる、とか。
妻が実は美味しいところはいつもわからないように自分の方に来るようにしてる、とか。
いつも行っているレストランのコックさんはトイレに入って手を洗わない、とか。

ね、想像してみてください。
どう考えても、知らない方が幸せですよね。

とにかく人間死ぬまで勉強、っていうのは本当です。

大人はみんな見栄を張って知っているような顔をしているだけなんですよ。
よい子の皆さんは騙されないようにしましょう。


なので、あんまり子供に焦って勉強やらせなくても、大丈夫。
と、もう子育てがほとんど終わっている立場だからこそ言えるのでした。


つづく

おばさん考 (2 )

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。


今日もおばさんについて書きたいと思います。

なんせバリバリのおばさん。わたしにおばさんを語らせたら右にでるものはいないっ。(たぶん)


最近の多くのおばさんは、いろいろ勘違いしてるヒトが大変多い。

わたしもおばさんになって分かったのですが、人間の中身なんて、十代の頃と大して変わりゃしないのです。一応世間に合わせてそれらしく振舞っているだけ、ということなんですね。

だから、昔モテたおばさんはちょっと錯覚するわけです。

「やだ、あの男のヒト、わたしの事、意識してる!こっちばっか見て。」
何のことはない、後ろにいるきれいな御嬢さんを見ているだけだったりするんですね。

そして痩せればたちどころにきれいになれると思っている。
わたしは断言できますが、歳をとって痩せてきれいになれる人はほとんどいません。
痩せてきれいになれるのは三十代前半まで。そこから先はやつれるだけです。

芸能人で痩せてきれいになった写真を出している人がいますが、ライトや化粧でごまかしているに違いない。だってお肌はすっごく正直。おばさんのお肌はくすみやすいんです。

一般のヒトなんか、下手をすると体を壊し、きれいになるどころかシワが増えて、なにやら不幸そうな所帯窶れの影が、なんてことになりかねない。


そしてそれで収まらず整形に走る人もいるらしい。
止めた方がいいよ。ほんとに。

私、整形した人の写真見ると、失敗したお料理思い出す。
塩を入れ過ぎて、何とかしなきゃ、と思い、砂糖を入れ、あれ、これじゃ何か物足りない、と思ってケチャップを入れているうち、何が何だかわからない料理になっちゃう、あの感じ。
後戻りするにも、どうにもならず、もっともっとと足していかざるを得ない。
もう、いいじゃん。生の人参に塩つけて食べれば、と思う。

さらに今時浮気に走っているおバカなおばさんも多いと聞く。でも、これもマスコミ報道だから、本当のところはわからないけど。

そのマスコミに踊らされて、「みんながやってるなら、わたしもやっていいんだわ。」と勘違いして、単なる意地汚い中年のおっさんや、頭がエロいことでいっぱいな若いお兄ちゃんをたぶらかしてしまう、勘違いおばさん。

やめとこう。ね、わたしは道徳的な見地からより、美的な見地から訴えたい。
あなたの頭で感知している映像は、かなり現実と違います。修正されまくりです。

わたしはかなりの近眼です(今は老眼もひどいが)。昔、コンタクトに変え、初めて自分の顔をじっくり見ました。
ぐわっ。そこにはわたしの知らないおばさんが。

あれ、わたし、こんなシワがあったっけ?
こんなとこにシミが・・。なんちゅうこっちゃ。知らなかった・・。

まぁ、こんなもんです。頭の中で、知らず知らず美化して思い込んでいたのです。

だから、浮気して裸になっている自分の真の姿を確認したら、とてもじゃないけど常識的な感覚のある人なら許せたもんじゃないと思う。

夫ならいいんです。不細工でも。何故ならそこには明るさがある。おおらかさがある。

浮気は隠微な美しさがなきゃね。

だから、その一点だけでも、おばさんは浮気なんかしちゃいかんのですっ!



こういうヒト、特に若かった頃、美人で周りの殿方にちやほやされた人に多いと思われる。

あー、よかった。美人じゃなくて。



つづく



おばさん考

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。


いつも自分のことをおばさんって書いてるわたし。
若い子は、それって自分の事を卑下しているの?と思うかもしれません。

でもそれは、ちがーうっ。

わたしは若いってことはそんなにいいことだとは思っていません。
もし神様が十代に戻してくれるっておっしゃったら、即座に断ります。(いや、ちょっとは考えるか)

あのね、若ければ美しいなんて、幻想です。

周りの中学生や、高校生を見てごらんなさい。
そんなにきれいな子、たくさんいますか?
きれいな中年のおばさんと確率的には大して変わらないように思うでしょ?
ばばっちい高校生より、清楚なおば様の方がずっとすてき、ということも、ある。

それはともかく。

わたしは、日本がこんな情けない状態になったのは、正しいおばさんがいなくなったからだ、と思っています。
わたしが若いころは、正しいおばさんがいっぱいいた。

おせっかいで、人の事も放っておけなくて、世話好きで、世知に富んでいる。噂話が好きで、残りものでそこそこ美味しい料理を作って、人にも食べさせてあげたがる。ケチでもったいながり屋で、人情もろくて押しつけがましい。

そんな愛すべきおばさん達。

わたしも若いころ、自分がおばさんになるなんて頭では分かっていたけれど、感覚ではまったくわかっていなかった。

そしておばさんの悪口を言っていたものです。

「あのおばさん、もう嫌になっちゃう。もうお腹いっぱいなのに、食べろ、食べろってさぁ。」
今ならわかる。
有難いことです。人は「食べれません。」と言う事はたやすいですが、「もう一つ、食べたいです。」とは言えないもの。遠慮させないテクニックだったんですね。

「もぉ、あのおばさん、道の真ん中で、子供を叱りとばしてるんだよ。恥ずかしいったらありゃしない。」
今ならわかる。
若いお母さんに育てられたしつけの行き届かない子供たちを、社会という枠組みの中でしつけていてくれたんですね。

「おばさん達、またあそこで噂話してるよ。暇だねぇ。」
今ならわかる。
おばさん達は、社会の目として世間を見張ってくれていた。もし虐待や、家庭内暴力なんかがあったら、噂という抑止力を行使してくれていた。

そして世話好きなおばさんは、仲人話にも積極的にかかわってくれた。プライドばかり高く、がっついてると思われたくないあまり自分からは動けないモテない一人身の男の人に、いやいや見合いしてやるぞ、というポーズをとらせてあげ、丁度家柄も器量もお似合いの働き者の女の子を見繕ってきてくれた。

今の日本の少子化は、正しいおばさんを全否定してしまい、スマートで、おしゃれで、人の事には口を出さない気取ったおばさんがかっこいい、と勘違いさせてしまったことにも原因がある、とわたしは思う。

でも、おばさんの魂は不滅です。気取っているおばさんも、ちょっと話してみると昔のおばさん達のおせっかいだったり、世話好きだったり、という気質はそのまま。

単にかっこつけてるだけなんですね。

だから社会が昔のおばさんに対する評価を変えるとあっという間に、おばさん達はその本性を現し始めると思うのです。

もちろんわたしもその一人。

いや、昔のおばさんの、ですけど。


つづく
プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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