大嶽山那賀都神社と差出磯大嶽山神社との驚きの関係とは

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日はふんどし息子とともに大嶽山那賀都神社の大掃除に伺ってきました。
宮司の日原先生ご夫妻を含めた12名によって、社殿はお正月にいらっしゃる善男善女をお迎えする準備が整えられました。

以前も大嶽山那賀都神社との出会い等について書かせて頂きましたが、本当に素晴らしい神社です。
大嶽山那賀都神社ってすごい(2)

奥様手作りの昼食を戴いている最中に電話が鳴り、先生が対応されているお言葉を聞いていると、どうやらお札を受けた方がお子さんを授かったらしい。
とても喜ばれていて、漏れ聞いているわたし達も嬉しくなる。
さすが霊験あらたかな大嶽山那賀都神社、と改めて崇敬の念が湧きあがる。

大嶽山那賀都神社は、その昔、山岳信仰として至るところにこの神社の講社組織があり、山を越えて毎日のように沢山の信者が訪れ、拝殿や本殿に寝て帰ったという。。
春の例大祭には18キロほどある塩山までの道が人の途切れることがなかったといい、山梨県人で大嶽山を知らないのはモグリなんて言われた大嶽山。

丁度いい機会だったので、以前からわたしが疑問に思っていた、山梨市にある差出磯大嶽山神社との関係について質問をしてみた。

差出磯大嶽山神社は「大嶽山」という名前を使い、神社の御印まで同じものを使っている。
山梨市の差出磯大嶽山神社は、古今和歌集・関東の富士見百景「差出の磯」を謳っているが、その佇まい、雰囲気が三富村にある大嶽山那賀都神社とは全く異質なものでとても奇異に感じていた。

大嶽山那賀都神社のホームページには「※当神社(宗教法人)は、山梨市万力の大嶽山(個人)とは関係ありません。」との文言があるが、いったいどういうことなのか。
何も知らなかった頃は「山宮」と「里宮」の関係なのか、とか「本社」と「末社」「分社」の関係なのか、と思っていた。

日原先生に伺ってみたが「うちとは一切関係ありません」「とても迷惑している」というお言葉しか返ってこない。
どうやらこの件についてあまり語りたくないご様子。

そこで一緒にお掃除をしていた地元の情報に詳しい古老の方にお話を伺ってみた。
すると驚きのお話が。

山梨全土にその名をとどろかせた大嶽山は山梨県中に講社組織があり、大祭の際には当番制の世話人が代表で神社に来て、地域に持ち帰ったんだそう。
その頃山梨県下の多くの氏神様には、一角に大嶽山の碑やシンボルマークの剣、社が建てられており、大事にお祀りされていたが、時代が進むにつれ信仰心がすたれ、今では講社組織も数えるほどしかなくなってしまった。

昭和初期にある事件が起きた。
地域の信者さんに声をかけ皆を連れてくる今の山梨市の先達の一人が、神社に納めるべきお金を着服するということが起き、神社側はその先達を辞めさせた。

ところが昭和50年代に、信者さんから「山梨市に『大嶽山那賀都神社』という大きな看板を掲げ、神社のような振る舞いをしているところがある」というの知らせがあり、調べたところ無断で名前を騙っていることがわかり、申し入れをしてその看板を下ろさせた。
それが今の差出磯大嶽山神社とのこと。

しかし60年代に、再び同じ看板を掲げていることが判明し、怒った大嶽山那賀都神社が差出磯大嶽山神社側と話し合いをしたが、生活のたつきにしていると泣きつかれ、温情の処置として「大嶽山」という名前を使うのは仕方がないが「那賀都神社」という名前を使っては困るとしてその場は収まったのだという。

意外なことに差出磯大嶽山神社は宗教法人ではなく、全くの個人経営なのだそう。
(「神社」と名乗っても法律的には問題ないらしい)

まさかこんな関係だったとはだれが思うだろうか。
思ってもみなかった話に驚愕するわたし。

そんなバカなことってあるんだろうか?
まさに「なりすまし」。

先生がそういった経緯はを仰らないのは、神社という信仰の場において、このような不愉快なお話を皆さんの耳に触れさせたくないという神社を預かる者としての矜持なのか、とも推察された。
素晴らしい大人の対応だし、宗教者としてはかくあるべし、とも思う。

でも、本当にそれでいいのだろうか、と浅薄なわたしは考える。
今では山梨市の中では「大嶽山」というと「差出磯大嶽山神社」と信じられているという。

そしていろいろな公共施設にも差出磯大嶽山神社のイベントのチラシが置かれ、何も知らない善男善女が足を運んでいるらしい。
こんないきさつも知っている人はほとんどいない今、時代が進むにつれ全く違う歴史が語られるようになってしまうに違いない。

一時の情けや温情が歴史を変えてしまう可能性があるとは・・。
「ウソも百回言えば本当になる」は、ある意味真実だ。
恐るべし、時間の流れ。

「なりすまし」があらゆるところで跋扈するこの時代、情報の爪痕だけでも残しておくのは次世代に対するわたし達の責務だと思う。

幸いにも(?)わたしは宗教者でもなければ、体は老婆だが精神的には大人じゃない、ただのおばさん。
こ、これは書いておかなければっ!

そういった経緯から、わたしの独断でこのお話をブログに載せさせて頂くことに決めました。
これはあくまでも伝聞ですので、確かな証拠はありません。
もし「それは事実と違う」とか「こんな話を聞いた」という方がいらっしゃいましたら、是非ご一報くださいませ。

それはそうと。

昨日とても面白い話を聞いた。

大嶽山那賀都神社の社伝に「天武天皇の頃、役行者小角が当山の霊験あらたかなるをもって修験道場として開山。昼夜連日鳴動したことから当山を「大嶽山鳴渡ヶ崎」と呼び、さらに元正天皇養老元年(717)に奥宮から遷座をおこなった際にも鳴動したといわれている。」とある。

この「昼夜連日鳴動」が、あの3・11の前後続いたという。
下から突き上げるような鳴動が3・11の当日はピタリと納まったのは不思議だったと皆さん口をそろえた。

うーむ、「甲斐の御用」の「鳴門の仕組み」なのか?

とにかく凄いぞ、大嶽山那賀都神社!!

※追加情報頂きました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ご存知かと思いますが、差出磯は古くから景勝地として有名でした。
私は幼稚園時代は、バスがちょうど亀甲橋を渡って差出磯にぶつかり、万力公園方面に曲がるとすぐ、みずやという風情のあるお宿がありました。(明治時代のものだったでしょうか)
みずやが老朽化でなくなった…と思ったら、派手な建物が?!?!
1990年代?にひょっこりできたものです。
10年ほど前でしょうか、「なにこれ、こんなものあった?」と、親戚一同から言われるもので、私が近隣の友人知人・文献に調査を入れました。
文献に至っては何もなし。歴史もないことが証明されました。
差出磯大嶽山にも行ってみましたが、看板には差出磯自体の歴史しか書いてなく、肝心の神社の説明は何もないという意味のないものでした。

やはり最近は、あれが本気で歴史的神社だと思っている方は非常に多いですし、場所も目立ちますし、様々なイベントを行っているので勘違いされている方も多いです。
観光案内やパンフレットにもちゃっかり載っている有様です。
ホームページにも看板にも説明書きにも、ウィキペディ○から貼り付けたような差出磯」の説明しかなく、肝心の神社の由来は一言もなし。
呆れました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あの「お宮」ができたのは、私は1990年代前後と記憶しています(記憶が曖昧で申し訳ありません)。
バブルでお金でも入ったのでしょうか?!
以前は、本当に磯と、1980年代に解体されたみずや(亀甲亭)しかなく、まさか崖になっていると思っていた磯の上に登れるとは思っていなかった・しかも神社ができるとは!と驚きました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
わたしの知人が、直接ご夫婦に伺ったお話です。

あるご夫婦が、山梨県では昔から有名な「大嶽山」に参拝したいと思い、差出磯大嶽山神社にお参りし始めた。
熱心に何回か通ったある日。
神殿に向かい手を合わせていると頭の中で「ここじゃないっ!」という怒気を含んだ声が聞こえた。
不思議に思ったご夫婦がその声を信じていろいろ調べ、三富村に大嶽山那賀都神社があるのを知った。
初めて大嶽山那賀都神社に参拝した時「わたし達が探していたのはここだった!」という確信に満ちた氣持ちが湧きあがり、以来熱心な信者になったという。

つづく
スポンサーサイト

勝沼朝市に行ってきた。

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

昨日は第一日曜日。
そう、以前から噂に聞いていた「勝沼朝市」の開催日です。

「勝沼朝市」はその成り立ちからして面白い。

『平成15年4月、地元の有志4人が地域の野菜をかき集めて市を開いたのが最初。
住民が勝手にはじめてしまった朝市なんです。
それがどんどん広がり今や200店ほどの規模に。
朝市のイメージにある野菜や果物だけが並んでいるのではありません。車もあります。マッサージもあります。
芸を披露している人もいます。』

『行政や企業からの資金援助はゼロ。
自給自足です。運営者はボランティアです。
ですから苦労ばかりですと続かないので“自分達がやっていて楽しい朝市”を目指しています。』

ふーむ、行ってみたい。
しかしキャンプ場を経営している身としては日曜日の早朝に朝市に行くことはなかなか難しく、今まで行くチャンスがなかった。

が、だんだん寒くなりお客様のご予約が少なくなり、朝市に行けるチャンスがやってきた。
(ちょっと悲しい。)

楽しそうなことには目がないわたし。
早速、早起きして行ってきました。

鎌倉を5時15分に出たので、勝沼朝市に着いたのは8時半ごろ。
でも、もう車はたくさん停まっているし、すでに辺りは朝市の様相を呈している。

思ったより寒く、上着を忘れたわたしは仕方なくひざ掛けをストールのように肩に羽織った。

無農薬野菜やお惣菜あり、家具や小物や骨とう品あり、ワインやパフォーマンスありの賑やかなラインナップ。
名前だけは知っているけれど、行ったことのないお店も出店していて、とっても興味深い。

IMG_0877_convert_20151102190713.jpg


人が並んでいるのを見ると、つい一緒に並びたくなるミーハーなわたし。
既に長い行列ができていたのは、アウトレットのワイン。

もう一つの行列は手作りの餃子屋さん。
並んでいる女の人に聞いてみると、野菜がたっぷりで美味しいんだとか。

花より団子。
ワインより餃子。(なんのこっちゃ)
そのまま女の人の後ろに並ぶことにする。

が、なんとしたことか、その女の人の直前で餃子は売り切れてしまった。
それならば、と卵焼きにギョウザのタネを仕込んだオムギョウザなるものを買ってみる。
でもそのオムギョウザもわたしのすぐ後ろで売り切れてしまった。

そうか。
人氣のあるモノは9時を待たずして売り切れてしまうのね。
だから目端の利く人は早く来るワケね。

その後、わたしは無農薬りんごや野菜、ベーグル、50円で買った大きな籠を二つぶら下げ、タコスを立ち食いしたりしながら1時間近くほっつき歩いたのでした。

ひとりでうきうきと歩く、大荷物を持ち、ひざ掛けを羽織ったおばさん。
傍から見たらちょっとイタイ人だったかもしれないけど、いいのっ。
だってここは『楽しい朝市』なんだから。

それにしても。

これを素人がボランティアで維持していくのは大変だろうなぁ。
規模が大きくなればなるほどコントロールは難しくなるだろうし、トラブルも多くなる。
責任も大きくなって、しんどくなってしまうメンバーも出てきてしまいそう。

でも市民が何の縛りもなく、社会を動かしていけるって、とってもスゴイこと。
是非頑張って頂きたい!

そして場所を提供しているシャトレーゼもえらいっ。(わたしゃ何様だ?)
そりゃ知名度が上がったり、会社のイメージアップにつながったり、社会貢献になったりと、メリットもあるんだろう。
けど、最初からこんな規模の市になると分かっていたわけでもないのに、ポンと無償で場所を提供してあげるなんて、できそうでなかなかできないこと。

わたしゃ、あの大勢の人がトイレに行列する様を見てそれを痛感したね。
水道代も結構かかるんだろうな。(まさにおばさんの発想)

なんて太っ腹なんだ!
かっこいいぞ、シャトレーゼ。

これからの山梨を、日本を頼んだぞ!有志の若者たち。
おばさんだって、老体に鞭打ち頑張るからねっ!!

つづく

大嶽山那賀都神社の元宮(奥宮)に行ってきた(3)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

国師岳から西沢渓谷方面に歩を進める。
しばらく行くと「大嶽山 天狗尾根」の案内が見える。
                              
                                 IMG_0408_convert_20150808123846.jpg

初めてここを通った時は、何も知らずに姪とその娘の3人で恐る恐る通ったのだった。
二度目はふんどし息子に乞われ渋々と、怖さを知っているだけにビクビクしながら歩いた。

今回は総勢9人で、しかも宮司の日原先生を始め、ほとんどが何回も来たことのある人達ばかりなのでとても心強い。
何人かは熊避けの鈴を付け、しっかりした足取りで山道を下って行く。

以前と同じ道とは思えない程、安心感を持って歩くことができた。
とはいえ巨石を乗り越え滑り降りながらの道のりは簡単ではない。

IMG_0410_convert_20150808123935.jpg


熊笹やシャクナゲをかき分け細い山道を歩いていくと天狗尾根が見渡せる場所に出る。
岩の先がオベリスクのように尖っているように見えるのは、剣が鎮座しているからだ。

IMG_0411_convert_20150808124000.jpg


天狗尾根を目指して巨石をよじ登る。
 
           IMG_0412_convert_20150808124025.jpg

飛び越える。

天氣がよく、天狗尾根と富士山の姿が美しく望むことができた。

                             IMG_0414_convert_20150808124053.jpg


国師岳から40分ほどで大嶽山の元宮に到着。

ここは今まで2回来てどうしても見つけることができなかった祠だ。
今回3回目にしてようやく来させて頂くことができた。

IMG_0417_convert_20150808124126.jpg


明治時代に折れてしまったという剣が祠の上に刺さっている。

                          IMG_0420_convert_20150808124203.jpg

磐の隙間に作られた祠は畳3畳ほど。
入ってみるとカマクラのような風情。

前回先生がご祈祷された時に奉納したという木の板には平成12年とあった。
ということは15年振りの御神事ということになる。
そんな時に来させて頂けるとは、なんと光栄なこと。
ありがたし!!

平成9年に奉納された幕を新調し祠の整備をしようと所沢の講の方々が思い立って下さったのが、今回元宮に来るきっかけとなった。
幕を付け替え、お供物を捧げる。

IMG_0421_convert_20150808124243.jpg


酒、塩、水、卵、ミカン、講のKさんが作られたというスイカ等。
そしてわたし達の朝食にしようと思い持って来ていたバナナと、白くて丸かったが潰れて餡子がはみ出たお饅頭もお供えさせて頂いた。

日原先生がスッといなくなったと思うと、あっという間に何本かのモミの枝を携えて帰ってきた。
なんて身軽なんだ!
天狗が乗り移ったか?

そのモミの枝に紙垂(しで)を付け玉串を作り、皆に渡して下さり、日原先生の先導の元、全員で心を込めてご神事を行う。

その後祠の巨石の上で直会をする。
動物が来るといけないので、お供えした食べ物は皆で戴いた。
こんな場所でスイカを戴けるなんて、すっごく贅沢。

15年前、お供物として卵を持ってきた時、狭い祠の中で転がった卵をどうしても見つけることができなかったんだとか。
「もしかしたら神様が召し上がったのかもしれません。」などという不思議なお話を、ゆで卵とお饅頭を頬張りながら伺う。
やっぱり神様は卵がお好きなんだろうか・・。

そうこうしているうちに、帰る時間が近づいてきた。

登りたい人だけ、そそり立つ剣のある場所までよじ登ることに。
かなり危ないし、コワい。
が、この機会を逃すともうこの場に立つことは一生不可能な氣がして、恐怖心を乗り越えわたしも登ってみた。

こ、怖い。
もし足を滑らせでもしたら一巻の終わり・・。
恥ずかしながら這いつくばるふんどし息子とわたし。

その高さゆえ、コワくて立ち上がることができない。

                            IMG_0428_convert_20150808124333.jpg


そんな中、Kさんは雄々しく凛々しくすっくと立つ。

                          IMG_0429_convert_20150808124400.jpg

あー、他人事ながらお腹がワキワキする!

ふと横を見ると、Iさんが避雷針のアースと思われるナイロンコードをザイル替わりに摑まりながら降りようとしている。

きゃー、やめてっ!!
そんなものに全体重をかけたら、下手をすると外れちゃうかもしれないじゃないですかぁ!!

心臓がバクバクする。
こんなとこ、救助隊は来ませんよ!

こちらを見ると6歳の先生のお孫さんが岩の切れ目があるのに平氣で歩いている。
あ、ぁ、ぁ・・もしそこに落っこちたら・・。

怖いよう。
見ているだけでお腹がヒュッとする。

お願いだから氣をつけて!
ホント、命にかかわるからね。

それにしてもよくこんなところにこの剣を立てたなあ。
どうやってこれらの資材を持って来たんだろ。

大嶽山の由緒にはこのようにある。

『人皇十二代景行【けいこう】天皇の御代、日本武尊【やまとたけるのみこと】東夷御征定【とういごせいてい】の砌【みぎり】、甲武信の国境を越えさせ給う時神助【しんじょ】を蒙り、神恩奉謝の印として国司ヶ岳の天狗尾根(2,159M)に佩剣【はいけん】を留め置き三神を斎【いつ】き祀る。(現・奥宮)

 第四十代天武【てんむ】天皇の御代、役行者小角【えんのぎょうじゃおずみ】当山(現・社地)の霊験なるを以て修験道場として開山、不思議にも昼夜連日鳴動して止まず、以来当山を「大嶽山鳴渡【なると】ヶ崎」と呼ぶ。
第四十四代元正【げんしょう】天皇養老元丁巳【ひのとみ】年(717年)三月十八日奥宮より遷座【せんざ】す。』

ふーむ、あの剣は日本武尊が東夷御征定の時に祀ったものが受け継がれてきたのね。
凄いなあ。

今となってはその艱難辛苦を想像するしかないが、先人方の努力と信仰心に頭が下がります。

もしここに来てみようと思い立った方、清浄な氣を乱さぬようにお願いします。
神様は必ずご覧になっていらっしゃいます(と思う)。

危ないですからくれぐれもお氣を付けてくださいね。
そして自己責任でお願いします。

ホント、お腹がワキワキするほど危ない場所がいっぱいですからね!
なめちゃイカンよ。

あ、できたら「白くて丸いもの」を忘れずに。

つづく

大嶽山那賀都神社の元宮(奥宮)に行ってきた(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

8月2日、お客様がチェックアウトをされた後、大嶽山那賀都神社の大祓に行ってきました。

大祓は、我々日本人の伝統的な考え方に基づくもので、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、自らの心身の穢れ、そのほか、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的としているという。

「それでなくても邪なことを考えがちなわたしのようなタイプは、なんとしても穢れを払って頂かなければっ!」と清流の流れる参道を一人急ぐ。

やっとのことでたどり着くと随神門には茅の輪ができており、すでに御神事が始まっていた。
茅の輪をくぐり終えるとまず宮司さんが大嶽山を流れる渓流に人型やヒノキの幣を流す。

                              IMG_0493_convert_20150804143125.jpg

IMG_0496_convert_20150804143353.jpg


その後善男善女がそれぞれの罪穢れのついた幣を投げ入れる。

昔ながらのやり方で、「川が汚れる」だの「環境汚染が!」などとしゃらくさいことを言わないのも好もしい。

大祓の御神事の後、オカリナ奏者佐藤一美さんの奉納コンサートが行われた。
演奏者の頭上にはまばゆい天蓋ならぬブルーシートが張られ、観客は丸太の上に置かれた材木やゴザに座り、しばしの現世の憂さを忘れる。

                           IMG_0497_convert_20150804143442.jpg


川のせせらぎと共に森に響き渡るオカリナの澄んだ音色・・。
「あぁ・・穢れがオカリナの音色と共に浄化されていく(ような氣がする)」と感動すること、しばし。

んが!
今回わたしが一番驚き感動したのがこのコンサート中に出されたおやつ。

オカリナの美しい調べを聴きながら、それぞれお弁当を食べたり木陰で居眠りをしたりしている中を、神社のお手伝いの方が何かを配り始めた。

IMG_0499_convert_20150804143524.jpg

「神社が手作りしたジャガイモの素揚げです。よかったら召し上がってください。」

お皿の上には素揚げされ爪楊枝のささった美味しそうなジャガイモが大量に並んでいる。

凄いなあ。
こんなことをしている神社って、他にあるだろうか。

しばらくすると、またまた何か配り始めている。

                                       IMG_0498_convert_20150804143606.jpg

「よろしかったら一つずつ取ってください。煮物です。」
今度は小さな袋に入れられた煮物が配られた。

皆、嬉しそうにつまんで頬張っている。

こ、こんなことまでしてくださるとは。

いいんですか?
こんなに美味しいもの、タダで戴いちゃって。
大丈夫なんですか?

まったくもっていつもながら大嶽山の心のこもった対応に感動させられる。
むしろこの世知辛い世の中、こんな神社が存在すること自体、奇跡のような氣もする。

ネットで調べていたら「この近くでは秩父の三峰神社が有名ですが、 最近超絶パワースポットとして有名になりつつある大嶽山那賀都神社は隠れ家的な最強パワースポット です。」という文章付きの動画があった。

そんなスゴイ神社というのに、全く偉ぶることもないこの「おもてなし」の精神。
頭が下がります。

あたしゃ、声を大にして言いたいよ。

みんな、是非一度「大嶽山那賀都神社」に行ってみろし!
そんでもって是非ご祈祷を受けてみろし!!

霊験あらたか、大好きになること間違いなしっ。

はっ!
いかん、いかん。

「大嶽山那賀都神社の元宮に行ってきた」を書こうとしていたんだった。

ふんどし息子の法螺貝の音を後に、大嶽山那賀都神社の元宮に向け出発したわたし達。
なんとか順調に「国師ヶ岳」 に到着しました。

富士山も見え、覗き込むと左下に大嶽山那賀都神社の元宮の剣が見える。

                          IMG_0401_convert_20150804143657.jpg

そのまま行くと『お知らせ  西沢渓谷方面へ至る森林軌道跡の歩道が崩落し危険なため通行を禁止染ます。三富山岳救助隊』という恐ろしげな看板が立っているが、取りあえず無視して進む。

IMG_0405_convert_20150804143730.jpg


しばらく行くと腐りかけた標識があるので西沢渓谷方面に熊笹をかき分け進んでいく。。

IMG_0406_convert_20150804143752.jpg


ここが人のほとんど訪れることのない大嶽山那賀都神社の元宮への入り口なのでした。


つづく

大嶽山那賀都神社の元宮(奥宮)に行ってきた(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

いや、暑い。
「いくらなんでもおかしいだろ」と突っ込みを入れたくなるほど暑い。

「裸の王様」に出てくる村人のように、こんなにも異様に暑いのにマスコミは「暑い」とはいっても「おかしい」とはあまり言わない(ような氣がする。最近ほとんどテレビを観ていないから分からないけど。)

わたしが小学生だった頃、30度を超える日なんかほとんどなかったと記憶している。
たまに30度を超える日があると皆「今日は體がおかしくなるほど暑いですね。」などと挨拶したものだった。

今でも覚えているが「体温より暑くなったら人は生きていけるんだろうか。」と思っていた時、ラジオの「子ども電話相談室」で同じような質問が出た。
その時の回答者の答えは「そんなことになったら、大変なことになります。」というものだった。

そう、今って「大変なことに」なっているんですね、きっと。

それはともかく。

以前「大嶽山那賀都神社」についてブログに書かせて頂いた。

大嶽山那賀都神社ってすごい(1)

あれ以来、何かにつけて大嶽山那賀都神社に伺わせて頂いている。

宮司をされている日原先生がいつもふんどし息子のことを氣にかけて下さるので、先日息子に電話を掛けてお礼を申し上げるように言った。
聞くともなしにそばで聞いていると、電話口に出られた先生と会話をしていたふんどし息子の声が、急に一オクターブ上がった。
「え?そうなんですか?それでは是非ご一緒させてください!」と直立不動になっている。

電話をし終わったふんどし息子に聞いてみると、日原先生は来週の月曜日に元宮に数人で登ることになっており、以前から元宮に登りたいと切望していた息子はその一行にご一緒させて欲しいとお願いしたらしい。

大嶽山の元宮といえば、大弛峠(標高2450m)から 「国師ヶ岳」 (2592m) に登り、そこから道なき道をピンクのリボンを目印に、「もしここで遭難したら命はないな」とか「熊か蜂に遭遇したらどうしよう」という恐怖と闘いながら深い原生林をかいくぐり、巨大な花崗岩群をよじ登って進まなければ辿り着かないすっごいところ。

わたしが初めて行った時は、詳しいことを何も知らずにうかうかと登ってしまい、一切人を寄せ付けない神域の凄まじい様子に同行した親戚の女の子が気持ち悪くなってしまい、とてもビビった。

大嶽山那賀都神社ってすごい(4)


その後、話を聞いたふんどし息子がどうしても行ってみたいというので、怖かったけど渋々連れて行った。
が、ヤツめ、「今度は元宮の祠で一夜を明かしてみたい」などと言い出した。
「絶対ヤダ」というと「じゃ、一人で行く」と言い出す始末。

アホか、と言いたい。
方向オンチで粗忽者の我がふんどし息子。
この間なんていつも行っている美容院に自転車で向かい迷子になっていた。
安全安心な町中を歩いていても迷ったり怪我をするタイプのヤツが、一人であんなところに行ったら遭難することは必定。
捜索費用がどれだけかかるか、想像するだけでも身の毛がよだつ。

そんなやり取りをしょっちゅうしていたものだから、今回の電話でのお話には一も二もなく飛びついたようだ。

27日の朝8時「まきおか」の道の駅に集合。
メンバーは日原先生ご夫婦と6歳のお孫さん、先生の奥様の妹さんご夫婦、今回の山行のきっかけを作って下さった埼玉の大嶽山の講の方二名とわたし達の9名。

先生のワゴン車に全員乗り込み、大弛峠に向かったが、車中で先生の奥様から不思議なお話を伺う。

10数年前に元宮に行く前夜、奥様は「卵を持ってくるように」という夢を見たんだそう。
不思議なことに一緒に元宮に行く女性も「白い丸い物を持ってくるように」という夢を見たんだとか。
そして奥様はゆで卵を、女性はお団子を元宮にお供えしたらしい。

ふーむ、白い丸いものね。
ん?そういえば・・。

昨夜のこと。
マキオカの飲み仲間のK君が恵林寺で売っている草団子と白い餡子入りのお団子を3個ずつ持って来てくれた。
なんでもそのお団子は人氣があり、なかなか手に入らないモノらしい。
一緒にお酒を飲みつつ「美味しいうちに食べちゃわないとね。」と、ふんどし息子と草団子を一つずつ美味しく戴いたのだった。

だからわたしのリュックの中には残りの草団子1個と白くて丸いお団子が3個入っている・・。

これ、もしやお供えをしろってことですかね?
やっぱ、神様はご覧になっているってことですかね?

嬉しいような怖いような氣持ちのわたしを乗せたワゴン車は、大弛峠に到着。

青空に響き渡るふんどし息子の法螺貝の音を後に、大嶽山那賀都神社の元宮に向け出発したのでした。

                                     IMG_0398_convert_20150731174157.jpg



つづく
プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR