酒の失敗(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

酒を過ごした時の症状にはいろいろなパターンがある。
やたらと愚痴っぽくなる人や、感情の起伏が激しくなり大声を張り上げたり泣き出したりする人、トイレで便器を抱え込む人など、傍で見ていると面白いことこの上ない。

が、お酒の席でのそういった症状を聞かされるのは、醜態をさらした本人としては臍を噛んで死にたくなるほどイヤなもの。
情けを持った大人として、嗤いモノにするのは止めましょう。
・・・ホント、止めてくださいねっ!!(涙目)

最近のわたしの症状は「声が大きくなり(自分の話を聞いて欲しくなる)」「同じ話を繰り返すようになり(何を話したか忘れてしまう)」「やたらゲラゲラ笑い、言いたいことをいい散らし(頭のネジがゆるくなると思われる)」「酒量がある一線を越えるとバタッと寝てしまう」というパターンらしい。

態度がデカくなって、腹を突き出し始めたら要注意。
今後、わたしと一緒にお酒を飲む機会ができてしまった方、ご注意くださいね。
そして広い心でのご対応、よろしくお願いします。

それはそうと。

酒の席での失態は多々あるわたしだが、幸いなことに加齢とともに忘却の彼方へと消え去ってくれている。
ある意味、年を取るってありがたいとしみじみ思う。

が、去年のあの失態だけはまだ生々しく記憶に残っている。

わたしは去年の夏、甲府市で行われたある勉強会に参加した。
会場となったのは、以前お寺として使われていたものに手を入れた趣のある建物。
当然クーラーなどなく、扇風機で涼を取っていた。

勉強会が終わり、そのまま懇親会となった。
その夜はその会場に泊まることにしてあったので安心してお酒を飲むことができる。

美味しいお酒とお食事、そして楽しい仲間。
当然のことながらお酒が進む。

夜も更け、宴会に参加している者は3人の男性とわたしだけになっていた。

この3人の男性、それぞれにとっても魅力的だ。
綾野剛似のAさん、西城秀樹似のBさん、伊勢正三似のCさんだ。
あ、若い頃ね。

3人ともそれぞれ独自の世界でご活躍されている。
(以下、剛・秀樹・正三【敬称略】)

若かりし頃は皆さんさぞかしオモテになっただろうという風貌。
そしてその外見以上に「ここに至るまで人生のしょっぱい水をたくさん味わってこられたのだろうなあ」と思わせる含蓄のある言葉や引き出しが、さらにそれぞれの魅力に磨きをかけている。

この3人を相手に、ゲラゲラ腹を突き出して笑っていた所までは覚えている。
氣が付くと、朝になっていた。

ここってどこだっけ?

一瞬状況が分からず辺りを見回す。
わたしは座布団の上に寝ており、誰かがかけてくれたらしい毛布がかけられている。
扇風機が回り、周囲からは静かな寝息が聞こえてくる。

あれ?足元がスースーする。

不審に思い下半身に手をやると。
・・・履いていない。

わたしはその日、白いズボンを履いていたはず。
なのに下着の感触しか、ない。

慌てて周りを見回すと、脱ぎ散らしたズボンが足元にあった。

額から脂汗が出る。
かすかな記憶の糸を手繰り寄せてみる。

そういえば。
連日暑い日が続いていたが、我が家では扇風機を駆使し、できるだけクーラーを使わないでいた。
熱帯夜の時はベッドも熱いのでコルクの床に下りて横になり、それでも暑い場合は足をベッドの上に持ち上げてできるだけ身体を床に接しないようにして、扇風機にあたって寝ることが多かった。

昨夜も夢うつつの中で、寝室で「暑いんじゃ!」と叫び、汗で肌に張り付いたズボンを脱ぎ棄て、足をベッドに乗せて寝たような・・・。

実際は自宅寝室ではなく、懇親会会場で。
ベッドではなくテーブルに足を乗せ。
3人の素敵な殿方の前で。
しかもパンツ姿になって。

心の底からぞっとした。
わたしはいわゆる「怖い話」は大好きだが、そこら辺にある怖い話よりよっぽどコワい。

いったいどうしたもんか。
誰か、夢だと言ってくれ。
悪寒が走るのは二日酔いのせいなんかでは、ない。

一瞬、口封じのために3人をねらった完全犯罪を目論み、その場で自害して果てる自分を妄想する。

殺気を感じたのか、秀樹が起きたようだ。
ここは酔っぱらい仲間の秀樹にそっと様子を聞くしかあるまい。

絶望を氣取られぬよう、できるだけ明るい声で昨夜の様子を聞いてみる。

秀樹によると、お酒を飲みながら機嫌よく話をしていたわたしは、突然ごろっと横になったと思うと、やにわにズボンを脱ぎ出したらしい。
そしてテーブルの上に足を載せ、グーグーと寝てしまったんだとか。

「オレ、目のやり場に困ってドキドキしちゃったよ」と、心優しい秀樹は言う。

目の前が暗くなり、絶望感に襲われるわたし。
その「ドキドキ」は、コワいものを見た時のドキドキだよね?

妙齢のそそとした女性の寝乱れた姿ならともかく、酔っぱらったおばさんのトドのような寝姿を見たら確かにドキドキしちゃうかも。

しばらくして剛と正三も起きてきた。
剛はわたしに慈悲深いマナザシを向けると「昨夜のことはなかったことにしましょう」と、優しくおっしゃった。

そう。
なかったことにしなくちゃいけないほど、醜態をお見せしちゃったのね。
うな垂れるわたし。

正三はイエスのような哀れみと悲しみに満ちた微笑みを浮かべている。
わたしとはほぼ初対面の彼は、おばさんの所業にさぞかし驚いたに違いない。

うっうっう。
自分が情けないよう。
久し振りに死にたくなったよう。

わたしの心の傷を癒すためか、自分たちのPTSDを癒すためか、ダンディ3人組はわたしを温泉に誘ってくれた。

「いいもんね。こうなったらもうコワいモノなんかないもんねっ。温泉のお湯で記憶と涙を洗い流すもんねっ!!」と、剛の言葉に従い昨夜のことはなかったことにして、皆で温泉に向かったのだった。

その後。
温泉効果か、心の傷も癒え、すっかり開き直ったわたし。

時間が経つにつれ「このオモシロイ話を誰かに聞かせたいっ。そして一緒に笑い合いたいっ!!」という欲望がムクムクと湧きあがり、手近なふんどし息子に話したところ、意に反して、笑い合うどころかしこたま怒られましたとさ。

めでたしめでたし(?)

つづく


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酒の失敗(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ご無沙汰しております。
昨日、一週間ぶりに帰宅しました。

夏に入り、キャンプシーズン真っ盛り。
マキオカに行ったり来たりの生活になりますので、不定期なブログになりますが、よろしくお付き合いくださいませ。

先日、あるイベントでお会いした方から言われました。
「マキおかんさんとは、実は先日マキオカで、夜お会いしているんですよ。お酒をご一緒させて頂きましたが、昼と夜のイメージは全然違うんですね。昼は上品なイメージですが、夜はバンカラな感じですもんね」

「・・え?あの、そ、そうですか?は、ははは・・・」
わたしの乾いた笑い声が、力なく響く。

おい、わたし。
いったい何をしたっ。

「それよりわたしって昼は上品な感じなの?」と、ダメージの回復を図るわたし。
アホですな。

さらに、一昨日来られたお客様に「ブログを時々読んでいますが、マキおかんさんっていつも酔っぱらってますよね」と言われました。

そうでもないけど。
いや、そうでもなくないか。

・・・はい、仰る通りです。
人生にも酔っております。

すっかり恥じ入るわたし。

近頃、ことほどかように、お酒とわたしのイメージは一体化しているようだ。
もちろん人後に落ちぬほど「お酒の上での失敗」は、ある。

せっかくなので(なにがだ?)ここはひとつ暑氣払いを兼ねて(?)誰にも語らなかったわたしの「お酒の上での失敗談」を、恥ずかしながら披瀝したいと思う。

あれは今を去ること7~8年前。
ある中央公官庁の部署の集まりで、マキオカに50人近くの優秀そうな公務員の方々にご利用いただいた時のこと。
いろいろな企画がなされ「ああ、我が日本はこうした方々の影の努力で日々回っているのだなあ」と感心している間に夕暮れ時になり、いよいよ打ち上げの時間になった。

時と共にお酒が進み、無礼講になった席にランタンを持って行ったわたしに、その部署のお偉方と思しき方が「オーナーも一緒に飲みましょう」と、お声をかけてくださった。

言い訳しておくが、ほとんどの場合、お声をかけて頂いてもお酒をご一緒することはない。
だが、この時は昼の企画を進める際の整然とした様子や手際の良さ、その時と打って変わった和やかで楽しそうな様子に、ついグラスを手にしてしまったのだった。

わたしは知らなかったのだ。
ああいった方々は、お酒を勧めるのも異様に上手なことを。

楽しく盛り上がっているうち、ふと氣が付くと周りは酔い潰れた新人と思しき男女がサイトの砂利の上にゴロゴロ転がって寝ている。

こ、これはいかん。
わたしも飲み過ぎてしまっている。
帰らねば。

お礼を申し上げ、転がった新人をまたぎ、よろよろと自室のあるセンターハウスに向かう。
が、酔いに足を取られ転んでしまい、アスファルト舗装の道にしたたかに頭をぶつけてしまった。

経験されている方もいらっしゃると思うが、酔っていると痛みはさほど感じない。
ふらふらとセンターハウスのトイレにしゃがみ込み、下を向いていると。

ん?
床に赤いモノが落ちている。

・・・?

な、なんじゃこりゃー!
血じゃー!!

先程、頭を打ったところから流血し、床に点々と血が滴り落ちていたのだった。
わたしは、寝室に寝ていたふんどし息子を起こし、脱脂綿で止血してもらいながら説教をくらった。

ああ、母の威厳失墜す。

翌朝、二日酔いの頭に絆創膏を貼り、皆さんを見送った後、じっと身動きしないわたしを心配したふんどし息子が声をかけてきた。

「大丈夫かよ」
「・・大丈夫じゃない。氣持ち悪い。昨日頭を打ったし、もしかしたら病院に行った方がいいかも」

驚き慌てたふんどし息子は「今、車を回すから!」と、緊張した面持ちで車にエンジンをかけ、ギアをバックに入れた。

ガコッ!
慌て過ぎたふんどし息子は、愛車の後ろのバンパーを思い切りブロックにぶつけた。

普段なら文句をいう所だが、そういう状況ではない。
ぐったりと助手席に乗り込み、目を瞑るわたし。

一番近い救急センターに駆け込み事情を話し、MRIを受ける。

待合室に張り詰めた空氣が漂う。
やっと結果が出たようで、診察室に呼ばれる。

緊張した面持ちのふんどし息子とわたしを眺めながら、診察した医師がニヤッと笑って言った。

「二日酔いですね」

一瞬で緊張が崩れ落ち、隣のふんどし息子の肩から力が抜けたのが分かる。
わたしを見るふんどし息子の冷たい視線が痛い。

病院を出る際「ホッとしちゃったよー。心配かけてごめんね。あははは」と笑ってごまかそうとしたが、もちろんふんどし息子の怒りは納まらず、ひとしきりガミガミと叱られ、バンパーのひしゃげた愛車で帰りましたとさ。

めでたしめでたし。

つづく





「東国三社巡り」に行ってきた(6)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

こうして無事、「鹿島神宮」「香取神宮」「息栖神社」の三社にお礼を申し上げる旅を終えることができた。
「本当に日本をお守りいただき、ありがとうございます」という感謝の氣持ちを込めて。

それにしても、と思う。
あの3月11日に起きた大震災は、わたしにとってそれまでの人生観をひっくり返すものだった。
たぶん多くの日本人にとっても同様だったに違いない。

騒然とした日々の中で、不安に苛まれながらネットから情報を求めている時に出会ったのが日月神示だった。
その中に出てきた「神一厘の仕組み」という言葉は、絶望的で混沌とした世情の中で、わたしの心に一筋の光を差し込んだ。

『「東国三社巡り」に行ってきた(2)』で、震災の一ヶ月ちょうど後に、鹿島の海岸に諏訪大明神と書かれたお札がたどり着いたという話を書いた。
そのお札の大元である諏訪大社で、筒粥神事という儀式が毎年1月14~15日に行われる。

春宮の筒粥殿で米と小豆と葦の筒を大釜に入れて一晩中粥を炊き、十五日未明に筒を割り中の粥の状態で豊凶を占うという神事であり、1年の世相や農作物の豊凶を占う。

2011年の「世相」の結果は五分満点の「三分五厘」という数字。
神事を終えた権宮司が「今年は怖い1年。過去20年間で最も悪い結果が出たのです。春は早めに訪れるが途中で予想外のことが起き、足をすくわれる相」と語り、地元紙などに掲載されたという。

「三分五厘」という言葉は、「三行半(みくだりはん)」を意味し、「神から絶たれる」ことを示すらしい。
この2か月後に東日本大震災が起きた。

2012年、2013年では、「三分六厘」という結果。

そう、一厘増えている。
日常生活ではほとんど使われなくなった一厘という言葉がこんなところに。

この一厘は『日月神示』にいう「神一厘」、つまり、土壇場での大逆転をもたらす一厘という見方ができるという。

ちなみに今年の「世相」の結果は、またしても「三分六厘」。

今日、6月15日午前7時46分に共謀罪も可決されたと聞くし、何かと世情が騒がしい。
(そういえば3・11の起きた時間も14時46分だった)
もしかしたら、日本の歴史の潮目として、3・11と同じくらい大変な出来事が起きているのかもしれない。

「神一厘」というのは日本を救う最後の手段ということだから、とにかく堕ちるところまで堕ちるしかない、とある人は言う。
我々は果たしてこの艱難辛苦を乗り切れるのだろうか。

いや、人知の及ばない神の計画があると信じたい。

それはともかく。

「東国三社巡り」の帰りに、一度も行ったことのなかった「三井アウトレットパーク 木更津」に寄ることにする。
目的はアウトレットパーク にあるという「松戸富田製麺」。

『今や日本一並ばないと食べられないお店、との噂すら流れる松戸の名店、中華蕎麦 とみ田。最近は、行列が問題視されたことや、並ぶお客さんのストレスを軽減させるために、事前に整理券配布を行う予約制が導入されています。ですが、この予約整理券を手にしたとしても、食べられるのは整理券をもらってから数時間後が当たり前。』という「中華蕎麦 とみ田」が運営するお店があるという。

「なかなか来れないところだから是非行ってみよう」と、いそいそと向かうラーメン好きのわたし達親子。

うおー、アウトレットなのに行列ができている!
15分ほど待って、特製つけ麺ができたことを知らせるベルが鳴った。

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むっ、柚子胡椒の効いたパンチのあるお味。

お腹が満たされたわたし達は、近くの大観覧車に乗ることに。
36個のうち4個だけあるという、床も壁も透明なスケルトンのゴンドラを選ぶ。

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こ、怖いっ!!
顔が引きつるわたし。

わたしはこれでも若い頃はジェットコースター大好き人間で、怖いもの知らずだった。
なのにこの湧き上がってくる恐怖心・・。
ふんどし息子は全然怖くないという。

年齢とともに死が近づいて来た故のものか。
いやいや、年を取って経験値が上がったせいと思いたい。

わたし達大人は、このまま突き進むととんでもない場所に行ってしまうことを経験値から分かっている。
世界の方向を変えるのは、その恐ろしさを知っている大人達の役目だ。

これから日本はどこに向かうのだろう。
そして未来は。

遠くに光る東京湾アクアラインに、闇のとばりが静かに下りて来る。

つづく

「東国三社巡り」に行ってきた(5)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

息栖神社を後に、いよいよ伊勢女さんの予知夢の中で『フッツのカミでなければもはや止められない』という言葉で登場した、経津主大神(フツヌシノオオカミ)を祀っている香取神宮に向かう。

香取神宮の神様である経津主神(ふつぬしのかみ)のお名前の由来は、太刀でフツと斬る偉大な力をたたえた神名とのこと。
「フツ」って、確かに物を切る擬音としてはすごくリアル。
心の邪心を切り裂いてくれそうで、有り難いと同時に、なんだかコワい。
是非とも日本にはびこる邪なもの達をフッツと斬り倒して欲しい。

平日だというのに香取神宮の駐車場はいっぱいだった。
何とか車を停め、参道に向かう。

参道は左右にお店が並び、客寄せの人もいて、江ノ島や浅草を彷彿とさせる。
鹿島神宮と比べにぎにぎしい感じだが、境内に入ると一転、静かな佇まいになる。

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香取神宮は、鹿島神宮と共に関東の東を護る地域全体の守護神で、仕事・人生に総合的な開運力がある千葉県最強のパワースポットなんだそう。

鳥居を入ってすぐ左手に「要石・奥宮」の木の札があるのでそちらに向かう。
木に囲まれた小さな空き地に、石の柵に囲まれて要石があった。

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鹿島神宮の要石は凹形、香取神宮の要石は凸形だと言われているが、確かに丸い形をしている。
この要石がナマズの尾を押さえてくださっているのね。
ありがたし!

やはり要石はパワースポットとして人氣があるらしく、人が途切れることがない。
震災の際、お守りいただいたお礼を申し上げ、本殿に向かう。

朱色の楼門をくぐると本殿が現れる。
檜皮葺(ひわだぶき)のどっしりとした屋根に、黒を基調とした豪奢な作り。
彩色も鮮やかで重厚感があり、美しいだけでなく力強さを強調している。

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鹿島神宮を静とすれば、香取神宮は動、墨絵と彩色画、簡素と豪華、陰と陽という言葉で表せようか。

本殿の辺りを歩くと、蝶が群れをなして飛んでいる。
「おお、わたし達を歓迎してくれているのね!」と、いつものように自分の都合のいいように考えるわたし。

些細なこと(別々にお参りした結果、お互い迷子状態になった)で喧嘩したふんどし息子の氣を宥めるべく、境内裏にある茶店“寒香亭”に入る。

おっ、なんか昭和のいい雰囲氣。
明治25(1892)年創業という老舗で、ひなびた佇まい。
窓の外にアゲハ蝶が舞い、時おり店内にも紛れ込んできたりするのを眺めながら、のんびり団子が出てくるのを待つ。

その間、店主のおじさんが香取神宮のレクチャーをしてくれたが、なかなか面白い。
しばらくすると名物のよもぎで作る“草だんご”が出てきた。

名物と言われるだけあって、とても美味しい。
甘いものを食べ機嫌の直ったふんどし息子。

ふっふっふ、まだまだ子どもよのう。
もうすぐ28歳だけど。

その後、奥宮へ向かう。
奥宮は少し分かりにくいところにあるので、訪れる人が少ないようだ。
だが、ここは経津主大神さまの荒御魂が祀られている場所。
絶対に外せない。

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やっとたどり着いた奥宮は、御神氣に満ちていた。
人の氣配は少なく、静まり返っている。

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香取神宮の御祭神、経津主大神の根源となるお力を感じる。
こちらでも心を込めてお礼を申し上げる。

ここは不思議な場所だった。
手のひら、足の裏全体がジンジンして、体が下から持ち上げられるような感覚がする。

・・いや、思い込みとかじゃなくて、物理的に感じるから。
しいて言えば、電氣風呂のような?

多分、とても御神氣が強いのだろう。
鈍感なわたしがそうなのだから、感覚が鋭い人は大変かもしれない。

とてつもなく強い存在感のある神様がおわす神聖な場所。
それが香取神宮の奥宮だった。

それはそうと。

昔、香取神宮に参拝するには、船路を表口としていた。
船の着く場所は津宮といって、香取神宮の奥宮から真北に2キロほど進むと利根川の川岸に木の大きな鳥居が建っているというので、ものはついでと車を走らせた。

利根川沿いの土手に、唐突に鳥居が現れた。

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「香取宮」と彫られた常夜灯があり、かつてここが香取神宮の参拝入口だったことをうかがわせる。
氣持ちのよい風が吹きわたり、モーターボートが白い波を立てて走っている。

鳥居は祭神がここから上陸したことに由来すると伝えられ、この鳥居からの道がかつての表参道であったという。
鹿島神宮と香取神宮はこの利根川を挟んで並んでいるらしい。

ふんどし息子がこの地におわす神々に感謝を込め、高らかに法螺貝を吹いた。

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つづく



「東国三社巡り」に行ってきた(4)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

清々しい氣持ちで鹿島神宮を後にしたわたし達。
次は鹿島神宮、香取神宮とともに東国三社と呼ばれている息栖(いきす)神社に向かう。
(最初に息栖神社、次に鹿島神宮で最後に香取神宮の順番が正しいという説もある)

東国三社をそれぞれ結ぶと直角三角形になるといい、この三社はいずれも富士山とも繋がっているらしい。、
鹿島神宮を出て、車を20分ぐらい走らせると息栖神社に着く。

鹿島神宮に比べこじんまりとしていて、参拝者は少ないようだが、落ち着いた雰囲氣だ。
本殿の手前に茅の輪がしつらえてある。

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茅の輪は、くぐることで禊をして邪悪な穢れを祓い、災難を予防する為のものだという。
そういえば、今は6月。
夏越の祓(なごしのはらえ)のためのものなんですね。

ここ息栖神社の祭神の岐神(くなどのかみ)は、鹿島大神・香取大神の先導にあたった神様。
「天浮舟(アマノウキフネ)」と縁が深い息栖神社は、本殿から見て正面がまっすぐ富士山に向かっているそうだ。

鹿島、香取神宮の祭神が武神であり神剣なのに、息栖神社は武神の乗り物「天鳥舟」であり、両神宮の神体は要石で息栖神社は井戸だという。

何故、息栖神社が皇室直轄の両神宮と一緒に「東国三社」とされるようになったのか。
「息栖神社の御祭神が武神たちを乗せた船の神様だったから」という説があるというが、きっと深い意味があるに違いない。

茅の輪をくぐり、本殿にお参りさせて頂くと、柔らかい空氣が伝わってくる。

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ふんどし息子がおみくじを引くと「大吉」と出た。
「きっと神様が喜んでくださっているに違いない」と、またしても自分の都合のいいように解釈するわたし。

一の鳥居の先には河口が広がり、その近くにご神体といわれる「忍潮井(おしおい)」がある。
鳥居に向かうと、右の家に「猿田」という表札が。
氣を付けて見ていると、この周辺はこの名字が多いようだ。
岐神(くなどのかみ)は先導の神であることから、猿田彦と同一だという説があるというのだが、もしや猿田彦のご子孫の方々なのか?

日本三霊水に数えられているという忍潮井は、人が入らないよう柵に囲まれていた。
利根川の河口の手前に作られており、井戸の中はびっしりと藻が生えていて、魚が泳いでいる。

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『忍潮井は男瓶・女瓶と呼ばれる二つの井戸で あり神功皇后の三年(一九四年)に造られた ものと云われ、あたり一面海水におゝわれていた頃、真水淡水の水脈を発見しこれを噴出させ 住民の生活の水としたもので、海水をおしのけ て清水が湧出しているところから、忍潮井の 名が付けられたと伝えられている。』

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左右の鳥居の下の水中には「男瓶」「女瓶」と呼ばれる井戸があり、「男瓶」は銚子の形、「女瓶」はやや小振りで土器の形をしているんだそう。
覗き込んでみたが、よく分からない。

この「忍潮井(おしおい)」には伝説が残されている。

『その昔(平城天皇の御宇大同二年四月(八0九年)数キロ下流の日川地区より息栖神社が此の地に移された際、とり残されてしまった男女二つの瓶はあとを慕って三日三晩哭き続けたが、とうとう自力で川を遡ぼり、一の鳥居の下にヒタリ据え付いたと云う。この地に定着して後もときどき日川を恋しがり、二つの瓶は泣いたと云われる。日川地区には瓶の泣き声をそのまゝの「ボウボウ川」と瓶との別れを惜んで名付けた「瓶立ち川」の地名が今も残されている。』

ふーむ、後を慕って三日三晩哭き続けたとは、情の深い瓶よのう。
でも、移ったら移ったで元いたところを恋しがって泣いたとは。
可愛いヤツめ。

ネットを漁っていたら、この二つの瓶の伝承にある日川(にっかわ)に、息栖神社の元宮と思われる「蚕霊神社」(さんれいじんじゃ)と呼ばれる神社があり、この蚕霊神社を息栖神社に置き換えて、鹿島神宮・香取神宮を線を結ぶと、正三角形が浮かび上がるという記事を見つけた。

正三角形とな?!
面白い!

東国三社 息栖神社

さらに蚕霊神社の由来に関係する、利根川沿いに下った河口付近の舎利浜(しゃりはま)という場所があるのだが、そこに着いた丸木舟は、なんとあの「うつろ舟」だったというのだ!

うつろ舟についてのまとめ

うわー、確かに『1803年(享和3年)、常陸国の海岸にUFO(未確認飛行物体)のような奇妙な物体と1人の女性が漂着したという江戸時代の伝説「うつろ舟奇談」に関する新史料に、漂着地の実在地名が記されていた。地名は「常陸原舎り濱」(現在の神栖市波崎舎利浜)』と書いてある!!

『「うつろ船」は、江戸時代、今の茨城県の太平洋沖に出現したとされる伝説的な未確認物体。
同時代からの文献にはたびたび記されていることで有名な話。
話は、ほぼ全ての資料で同じような内容であり「1803年、不思議な船に乗った、外国人女性が漂着し、船には見た事もないような文字がかかれ、女性は箱のような物を持っていてそれを大事にしているが、漁師達は気味が悪くなり、その女性を船に戻し、漂流させてしまった。」というもの』

「天浮舟(アマノウキフネ)」と「うつろ舟」。
どちらもUFOに関係が深いと言われている。

まさかこんな展開になろうとは!
なんという面白さ!!

やはり息栖神社が、鹿島神宮、香取神宮とともに東国三社と呼ばれているのには深い意味があったのだ。
妄想はどんどん広がる。

広大なネットの大海原では、時としてこんな面白いカケラを拾い集めることができるのだ。

これだから人生オモシロイ!!

つづく

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マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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