「マキオカネイティブアメリカンの集い」の聖なる夜

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

梅雨の合間を縫って、4月に立ち上げた「マキオカネイティブアメリカンの集い」をやりました。

そもそもこの集いを作ろうと思ったきっかけは、Fukucha(福茶)さんという方のスピリチュアルカウンセリングを受けた際、マキオカネイチャークラブに「とてもいいオーラが集まっているのが見える」「木霊とか精霊が多い場所」と言われたこと。

Fukucha(福茶)のスピリチュアルカウンセリングに行ってきた(1)

さらに「(マキオカネイチャークラブは)土地の精霊とかと繋がる場所で聖地に近い」「元々ネイティブアメリカンの過去世を持った人達が集まっている」などと言われ、調子に乗ったわたしは「そんじゃ『マキオカネイティブアメリカンの集い』を作ってみるかっ!」と、前世がネイティブアメリカンっぽい人たち(?)にお声がけをしたのでした。

前日まで梅雨空だったのに当日は氣持ちよく晴れ、中央高速も順調に流れていたとのことで、予定より早い昼過ぎには到着し出した「マキオカネイティブアメリカンの集い」のメンバーの面々。

最初にいらしたのは、秋田犬「もみじ」とゴールデンレトリーバーの「はるお」をこよなく愛するYさんご夫妻。
心優しく寡黙なご主人は大工さんで、以前いらした時、あちこちを修理してくださった。
奥様は不思議な感覚をお持ちで、以前はよく幽体離脱をしていたらしい。
黒髪のストレートヘアで、ネイティブアメリカンの代表的髪型の三つ編みにしたら、似合いすぎてコワいぐらいだと思う。

次に到着したのはOさんとKさん。
とある会社の副社長のOさんは、前世がネイティブアメリカンのシャーマンだったらしい。
スピリチュアルに造詣が深く、いろいろな場所に行ったり面白い体験をされていて、楽しい話題に事欠かない。
パソコンの講師をされているKさんは、ふんどし息子もわたしも名刺やパンフレットを作って頂いたりと、大変お世話になっている。
今回の集まりの最年長者で、一見古老の雰囲気だが、実はとっても好奇心旺盛で稚気に溢れ、一番子どもに近いかも。

しばらくしてレンタカーが到着した。
運転をしてきたEさんは長身の鍼灸師で、自然療法によるがん治療をするため、日本中を飛び回っている。
「アナスタシア」の読書会を主宰しているが、ヘアバンドをしてパイプをくわえたら似合うだろうなあ。
Uさんはヨガのインストラクターをされていて、セドナに行ったりダンスをされたりと、バイタリティ溢れる女性。
端正な顔立ちのMさんは陶芸家で、ヒーラーもされている。
素直で繊細な感覚の持ち主で、ジャンべの演奏が趣味の素敵な女性だ。
今回はきなこちゃんという愛犬も一緒だ。
個性的な服装がとてもよく似合うTさんは、海外から来るヒーラーやスピリチュアル・ティチャ―、チャネラーの通訳をしている。
素敵な声のチャーミングな女性だ。

わたし、ふんどし息子と、総勢10名のメンバーが全員揃い、ふんどし息子が法螺貝を吹いて「マキオカネイティブアメリカンの集い」が幕を開けた。
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まずは再会を祝しビールで乾杯。
ぷはー、うまい!!

Oさんが冷えたオリジナルビールを出してきたので、さらに盛り上がる。
ワンコ達もうれしそうだ。
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その後、マキオカのメンテナンスで1時間ほど汗をかく。

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皷川温泉で汗を流しワイワイと賑やかに裸の付き合いをしてから、流しそうめんで炭水化物を胃に入れ、夜のお酒に備える。

皆が持ち寄った食材をテーブルに並べ、前世がネイティブアメリカンのシャーマンのOさんが乾杯の音頭をとったあと、それぞれが思い思いにおしゃべりを始め、笑い声がマキオカに響く。

周囲に響くセミの声を聴き、Oさんが「これはエゾハルゼミだ」と皆に教えてくれた。
ちょっと蛙に似たエゾハルゼミの大合唱が、わたし達をなんとも懐かしい氣持ちにさせる。

美しい夕暮れ雲が空に浮かび、もうすぐ日が暮れようとしている。
テーブルに置かれた灯油のランタンの灯が、優しく揺らめく。

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ふんどし息子が持参したこだわりの日本酒の一升瓶を持ち、皆に注いで回っている。
あちらではYさんが焼く美味しそうな焼き鳥の匂いが漂い、こちらではワインを開ける音がする。
遊び疲れたワンコ達は大人しく横になり、涼しさを満喫しているようだ。

いよいよOさんがディジュリドゥの演奏を始め、宴はいやがうえにも盛り上がる。

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原始的で不思議な倍音が辺りに響く。

その時誰かが「あ、蛍!」と小さく叫んだ。
皆、一斉に暗闇を見つめると。

本当だ。
小さな光が一つ、心もとなげに白樺の辺りを漂っている。

これって、すごいことだ。
わたしはマキオカに来るようになってすでに25年近く経っているが、今までに蛍を見たのは1度だけ。
その日はたまたま主人の命日だった。

ちょうどその時、同じ集落のSさんが自転車で遊びに来た。
「面白い人たちが来るから、もし時間があったら来て」と声をかけておいたのだ。

「今、蛍が出たんだよ」と伝えると、「それは珍しいですね」と、驚きを隠せない。
この地に生まれ育ったSさんは40年の間、ここで一度も蛍を見たことがないと言うのだ。

「あ、あそこにいる!」と、誰かが声をあげた。
蛍はしばらく空を漂っていたが、皆に挨拶を済ませ満足したのか、幻想的な光は静かに闇に消えていった。

やはりFukuchaさんが仰った通り、木霊や精霊が何か合図をしてくれたのだろうか?

「そろそろティピィに移ろう」という声に促され、皆がそれぞれティピィに入っていく。
Oさんがディジュリドゥを吹き、ふんどし息子が法螺貝を吹く。

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前回はMさんはジャンべを、Eさんがハープを持ってきて一緒に演奏したのだが、今回は持ってこれなかったので、発泡スチロールやポップコーンのお皿や段ボール等をそれぞれ手にし、思い思いに叩き出した。

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皆が笑顔になる。
余計な言葉はいらない。

マキオカの夜空に、単純で楽しい音が響く。
ネイティブアメリカンのシンプルで力強い生き方を象徴するかのような。

ネイティブアメリカンの自然観・宇宙観がわかる名言がある。
彼らの叡智溢れる言葉は味わい深い。

『真の思いやりがあればたくさんの言葉はいらない。』【アラバホ族】
『笑顔が神聖なものであり、みんなと分け合うべきものであることをいかなるときも忘れてはならない。』【チェロキー族】

演奏がひと段落し、それぞれ外に星を見に行ったり、飲み直したりしていると。
SさんがMさんの腕を見て「これ、ミヤマですよ!」と叫んだ。

なんと、Mさんのウィンドブレーカーにミヤマクワガタが止まっていたのだ。

皆が驚いてわらわらと見にやって来た。
「ホントだ!」「すごい!!」と、口々に言う。

わたしも写真を撮ろうとするが、酔っぱらっているせいもあり、なかなかうまく撮れない。

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でも、本当にここにミヤマクワガタがいるのだ!

これが神様からのサインでなくて、なんであろう。
生まれて初めて見るミヤマクワガタに、興奮するわたし。

こんなことって、ホントにあるんだ。

『分かち合えば分かち合うほど、神はわしらに分かち合うものを与えてくれる。わしらは他人と分かち合うとき、本当は神と分かち合っているんだ。』【ラコタ族長老ノーブル・レッド・マン】

わたし達のそばにはやはり精霊や妖精がいて、たくさんのサインを送ってくれているに違いない。
見ようと思えば見え、触れようと思えば触れるほど近くに。

『日と夜、季節、星、太陽。その移ろいを見れば、ひとより偉大な何かの存在を思わずにはいられない。』【チェロキー族】

「マキオカネイティブアメリカンの集い」の宴は楽しい笑い声と共に続き、神様からの恩寵のような聖なる夜は更けていったのでした。

『そこに辿り着こうと焦ってはいけない。「そこ」などどこにもないのだから。本当にあるのは「ここ」だけ。今という時に留まれ。体験を慈しめ。一瞬一瞬の不思議に集中せよ。それは美しい風景の中を旅するようなもの。日没ばかり求めていては夜明けを見逃す。』【ブラックウルフ・ジョーンズの言葉】

つづく





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地元の集落の女子会が開かれました

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

本格的な秋の訪れを前にマキオカはコスモスが咲き乱れています。
そんな中、先日地元の集落の女子会がマキオカで初めて開かれました。

まあ、女子会といっても70代から40代の氣の合う方たちが一泊し、日頃の家事からちょっぴり解放されて憂さ晴らしをするだけなんですが。

今までわたしは親戚の熊男の家以外とはあまりお付き合いがありませんでした。
わたしって見た目より人見知りだし(ホントですってば)、田舎の方とのお付き合いの仕方も正直わからないし、なんといっても髪振り乱して働いていたので物理的に時間もなかった。

反対に地元の方からしてみれば、「変な余所者があんなとこで何やってんだ?アヤシイ・・・。」と胡散臭く思われていたに違いない。

が、機が熟したというか、天のお導きというか。
今年の5月に山梨県民のお付き合いの基本というべき「無尽」がマキオカで執り行われました。

※無尽
山梨県には「無尽(むじん)」という独特の習慣がある。
「無尽」は、鎌倉時代に始まった庶民同士の融資制度が始まり。
冠婚葬祭などまとまったお金が必要になった時、お互いに助け合うために作られたという。

金融が発達した現代では、無尽とは月1回程度、特定のメンバーで集まって食事や飲み会をすることらしい。
そして、その時に食事代とは別にお金を出し合って積み立て、メンバーが順番に使ったり、グループの目的のために役立てたりすることをいう。

それなりの頻度で集まり、しかもお金が絡んでくるとなると、メンバー同士の信頼が必要になる。
その点、山梨県は昔から住民同士のつながりが強く、このような独特の習慣が発展したとのこと。

そのマキオカでの無尽中に皆さんから「どこかに泊まりで皆で出かけたい」「時間を氣にせずお酒を飲んだりおしゃべりをしたい」という話が出たので、わたしが「それではうちにいらしたらいかがですか?」と冗談で言ったところ、あれよあれよという間に9月に泊まりに来ていただけることになったのでした。

なんといっても皆さんの家から車で5分かからない距離。
歩いて5分で来られる方もいる。

「ほ、本当に泊まりに来ちゃうワケ?」と思っていましたが、これが思っていたよりも、いい。

農作業や夫の食事の支度を終え、三々五々暗くなりかけた6時過ぎに集まり出す。
それぞれが自慢の料理だの漬物だの、ワインやお酒等を持ち寄る。
バーベキューなんて手間も片づけも面倒なことはやらず、お寿司やケーキを買ってくる。

「お寿司?ここ、せっかくキャンプ場なんだしい。」と心配していたけど、余計なお世話でした。
皆さん、とっても楽しそう。

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夜が更けて、宴もたけなわになってくると、ティピィに河岸を移す。

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余所者ながらわたしも端っこで参加させて頂きましたが、皆さんのお話がとても面白い。
大豆の植えつけの話だの、鹿害の話だの、夫のワルグチだの、料理の仕方だの。

中でもわたしが一番面白かったのは、余所からお嫁に来た人たちの話。

都会から初めてマキオカに親と挨拶に来た時、親が「あー、ここは無理だ。」と言ったとか、何度も泣いた話とか。
「何も知らないからお嫁に来ちゃった!」と明るく笑い飛ばす皆さん。
そして一様に「今はここが一番。」とおっしゃり、とっても幸せそう。

夜更けまで語り明かし、翌朝朝食を終わらせた皆さんは8時頃にはご家族の待つご自宅に帰って行かれたのでした。

いいなあ、こういう老後。
野菜を育てる土があって、家族がいて、氣の合う仲間がいて。

普段は黙々と一人で農作業をして。
週に一回くらいはカラオケだのサークルだの、いろいろな集まりがあって。
仕事の後温泉に行くと顔見知りがいて、おしゃべりして。

それはもちろんいいことばかりではなく嫌なこともあるだろうし、面倒なこともたくさんあるだろうけど、それは人間関係が希薄といわれる都会だって同じ。
もともとヒトってお互い肩を寄せ合って群れて生きる生き物なんだから。

「老後」というとすぐ「老人ホーム」だの「ケアハウス」なんかを思い浮かべちゃう昨今、周りの仲間と繋がりながら野菜を作り、死ぬまで一人で暮らしていくのも一つの理想だよなあ、としみじみ実感したわたしなのでした。

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つづく

虎男レクイエム

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

今日は「キャンプ場の作り方」でよくご登場願っている虎男(仮名)の命日。

以前にも書きましたが、虎男は裸一貫から一代で事業を起こしたオトコ。
山梨だけでなく他県にも大きな工場を持ち、相続税だけでもかなりのものだったらしい。

そんなヒトだからもちろん武勇伝も山ほど。

中学2年生の頃、学校の備品の机や椅子を燃しちゃったりだとか。
(寒くて木材がなかったから壊れた備品をストーブで燃しちゃったらしい)

中国マフィアに監禁されて命からがら逃げてきたとか。

ロシアや北朝鮮にも行って貿易をして、かなり怖い目にも遭ってきたりとか。

世界情勢にもやたら詳しく、歴史、経済にも精通していて、彼女もあっちこっちにいたらしい。

せっかちで頭の回転が速く、人の倍のスピードで仕事をする人だから、周りはずいぶん苦労していたように見受けられる。
人の思いつかない発想をし、お金儲けも上手。最初ホラ話だと思っていた事業を軌道に乗せてしまう。

ブルドーザーのようにパワフルな虎男。
大雑把かと思うと驚くほど繊細な所がある虎男。
お金をたくさん稼いで敵もいっぱいいたらしい虎男。
まだ外車が珍しかった頃、黄色いスポーツカーを得意げに乗っていた虎男。

そんな虎男が病に倒れた。
すい臓癌だった。

でもわたしが虎男が只者ではないと思うのはここから。

虎男は余命を宣告されても、動じなかった。
事業の撤退も一切考えなかった。
土地の売買、外国への買い付けもどんどんやりまくった。

入院中は医者の言うことは無視。
夜、病院を抜け出し焼肉やラーメンをたらふく食べた。
でもお医者様に宣告された余命よりずっと長く生きた。

そしていよいよ駄目だ、と観念した時、虎男は言ったらしい。
「葬儀に参列した人全員に美味しい物を振舞ってくれ。」

普通、山梨では通夜振舞いを立食で出すことが多く、初七日の御精進上げ膳は親族やごく親しい人に用意する。
それをお焼香に来ただけの人にもきちんとした食事を用意しろ、と。

そして通夜、お葬式には驚くほどたくさんの人が弔問に来てくれ、泣いてくださった。
葬儀の後もたくさんの方が、お線香をあげに来て下さったらしい。

虎男は仕事の鬼で、周りはみんな敵だらけだと思っていたのに。

虎男はお金に関してかなりシビアな人だったと聞いている。
でも、とんでもなく大変なマキオカの造成をただでやってくれたように、ここぞという時は人の為に損得勘定関係なく尽くしてくれる人だった。

とにかく魅力的な人だった、と思う。

あなたに逢えてよかったよ。

ありがとう、虎男。


あなたの生きざまを見て、絶対に真似したいと思ったこと。

もしわたしが不治の病になって食事制限を受けても、絶対に好きなものをたらふく食べるっ!


つづく

熊正、結婚おめでとう!

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。


先週マキオカに行ってきました。

山もすっかり色づいて、きれい。

        マキオカ秋景色

実は熊男の息子、熊正(仮名)の結婚式に列席するために行って来たのでした。

いやー、おめでたっていいですね。

にぎにぎしい、というか、晴れやか、というか。

今、結婚式をお金がかかるからしない、なんていう方もいるようですが、おばさんに言わせるとそんな発想は、だめ。人生の美味しい所をぶちゃってる(捨ててしまっている)ようなもの。

いつも言っているように、小金をけちっていいことなし!

それなりの人生になってしまうような気がする。(そのわりに学習せずいつも痛い目を見ているが)
いや、痛い目にあってきたわたし達おばさんだから言えるんですっ。

一度だけの人生、そういう時にお金を使わなくていつ使うんですか?
歳をとって、臨終の間際に「あぁぁ、やっておけばよかった・・(ガクッ)」ってなっても遅いんですよっ。
お金なんてそんなにかけなくていいから、人生を彩るイベント、けじめとしてやっておくべきだ、と思います。

ま、それはそうと。

親族が集まる場って、祝儀か不祝儀。
もちろん祝儀で集まる場の方が、場が華やいで楽しい。
ああいう場って、いろいろな人間関係が出て面白いし、わたしは好き。
是非、観察をお勧めします。人生が出るよ。
スタートがほぼ同じなのに、顔も環境も人によって、本当に違ってしまう。
人生の悲喜こもごもが出る場所、それが結婚式場の控室だったりするんですね。

ちがーう!そんなことを書こうと思ったんじゃない。

そうそう、結婚式、です。

今回の結婚式はレストランウエディングでした。甲府市内で行われたので、熊男は温泉をやっている友達からバスをチャーターして皆で乗り合わせて会場入りしました。

新郎の熊正は以前より15キロくらい痩せたんじゃないか、と思われる。
すっかり男っぷりを上げて、まるで少しぽっちゃりした郷ひろみのよう。
そして新婦は、若い時の相原勇のように(え?知りませんか?)チャーミングで可愛らしい。

とっても幸せそうな二人を見ていると、こちらまで幸せな気持ちになってくるのでした。

留袖を着たおばあさんが転んでしまったり、わたしが突然のご指名でスピーチを頼まれ、あわあわしてしまったり(あの時笑ったヒト、覚えてるからねっ)、といろいろありましたが、それもご愛嬌。

お食事も美味しかったし、皆で楽しんで、よかった、よかった。

和正結婚式 グラス

お式が終わって、またバスで熊男の家に帰ってからまた宴会。

新郎、新婦の父親同士ががっちり握手し合って、また酒盛り。


こうしてマキオカの幸せな夜は更けていくのでした。



つづく



熊男とジェイソン

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

このブログにたびたび登場している熊男。
わたしが人生であった人たちの中で、一二を争ういい人です。

わたしはマキオカで熊男とお付き合いをするようになって、驚かされたことがあります。

マキオカにはわたしがジェイソンと呼んでいる方がいます。

初対面で名前もわからなかったとき、物陰からこちらをじっと見ていて、この人がチェンソー持って遊びに来たら、怖いだろうなー、と思って、そう呼ばせてもらってます。(もちろん本人には内緒)
たぶん、町でこの人とすれ違ったら、みんな目をそらしたり、遠回りするんじゃないか、と思われる方です。

ジェイソンは器用で仕事も丁寧なのですが、時として激高したり、一切反応しなくなったりするらしく定職にはつけないようです。

そんなジェイソンに、熊男は草刈りや、畑の作業をなど、集落や自分の仕事を頼みます。
ジェイソンの機嫌や体調を見ながら、仕事の量や内容を変えているようです。
そして、仕事が終わると必ず「ありがとなぁ。よくやってくれたなぁ。ま、こっちこうし。」と言って熊男手作りのほうとうや煮物をご馳走してねぎらいます。
すると、普段は誰に対しても、無表情のジェイソンがちょっと嬉しそうに表情を緩めるのです。

熊男はいいます。
「わしはあいつが可愛いんだ。あいつがにこっと笑うと、わしも嬉しくなる。」

六十代で、親もいず、兄弟も寄り付かないジェイソンのことを「可愛い。」と言ってあげるのは、たぶん今世界中で熊男だけです。
ジェイソンは町に住んでいたら、ご近所とも、誰とも付き合わず、周りに敵意を向け暮らしていくのではないか。
警察や、福祉と称する冷たい行政の中で、ただ迷惑がられて息を殺して生きていくのではないか。


わたしは二人を見て、かつての日本の村々の福祉の姿に思いを馳せるのです。
人々の結びつきが今よりもっと強く、気持ちが通じ合っていた頃。
村の人々は助け合い、さらに世話役や寺がきめ細かいサポートをしていたのではないでしょうか。

精神が病むと、すぐ医者に行き薬を処方してもらうなんていう選択肢がなかった時代。
ある意味、幸せな時代だったのではないか、と思う。


わたしは主人が亡くなって精神的につらかった時代、心療内科に行ったことがあります。
たぶん一昔前なら、行かなかったと思います。何故ならわたしが子供の頃、精神科はほんとに特殊な場所、というイメージがあった。

でも、今の時代は違います。
苦しくて、うつの症状があったら、誰でも行って構わない。
だって、苦しいなら、楽になれる薬があるから。

で、わたしも行きました。
診察室で、症状と今までのいきさつを話しました。
そしたら、ぽっちゃり太った若いお医者様が言いました。
「そうですか。大変でしたね。僕はあなたの事が心配です。」

なんか、むかっ。
「若造。お前に何がわかる。」

とりあえず一番軽い薬をもらって、その日は帰りました。
好奇心の人一倍強いわたしは、ちょっと楽しみにしていました。
「薬で気持ちが楽になるって、どんななんだろ。」
(ま、こんなことを思っている時点で、薬を飲む資格はない気もするが。)

夜になって、処方箋に書いてある通り、就寝前に一錠その薬を飲んでみる。
ちょっと、頭に血が上った感じがして、トイレに行きました。
座っていると、腕の皮膚に違和感が。
まるで肌の下に虫がいて這い回っているような、奇妙な感触。

こ、これが一番弱い薬?
楽になるどころか、これ、なんかに浸食されちゃう感じがする。
頭の中でハザードランプが点滅しています。


それ以来、心療内科には一切足を踏み入れていません。
症状や人によるとも思いますが、わたしの場合、薬は合いませんでした。
わたしは、楽をして苦しさを乗り越えようとしちゃ駄目なんじゃないか、と思いました。

のた打ち回って、泣き喚いて、引きこもって、やっと人に話せるようになった頃、また泣いて・・。
というような、人生の修羅場を時間をかけてかいくぐって、やっと人として一人前になれるのではないか。
でも。
土砂降りの雨の中、崖っぷちをたったひとりで歩いていくのは、あまりにも心細い。
そんな絶望的と思えるとき、人生の酸いも甘いも乗り越えた、信頼できる先達がいたら、どんなに安心だろう。

わたしの意見が暴論だというのはわかっています。本当に医療によって救われる方がたくさんいることも。

でも、わたしのように、昔であれば薬を飲むなんていう選択肢をしない人間まで、安易に薬に頼ろうとさせてしまう状況があるのではないか。


現代よりもっと病や死が身近だったころ、もっと闇の色が濃かったころ、そういった困難を乗り越えたり、生かしていく社会としてのノウハウや仕組みが、村社会においてできていたのではないか、と思えるのです。
そして、本当にサポートの必要な人たちもスポイルせず、自分も役に立っている、という自信やプライドを持てるようにケアしていく理想の福祉の形があったにちがいない、と熊男とジェイソンをみていると思えてくるのでした。


つづく

あ、熊男を見てると、「グーニーズ」のフラッテリー家のスロースと仲良くなったチャンクも思い出すけどね。





プロフィール

マキおかん

Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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