ステロイド剤で治らなかった皮膚炎がオロナイン軟膏で治った!(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

わたしの長年の悩みであり、30年以上ステロイド剤を塗り続けても完治しなかった右耳の皮膚炎が、オロナインH軟膏を塗って改善するとは!

驚きつつも疑いのマナザシを向けるわたし。

ホントか?
これにもステロイドが入ってるんじゃ?

わたしの知りたかったことは、『オロナインお客様相談室(よくあるご質問)』にほとんど載っていた。

QオロナインH軟膏に副腎皮質ホルモン(ステロイド)は含有されていますか?
A副腎皮質ホルモン(ステロイド)は含有しておりません。
Q毎日つけても良いですか?
A毎日ご使用いただいて結構です。ただし、5~6日間使用しても症状がよくならない場合は、医師・薬剤師または登録販売者に相談してください。
Q防腐剤は使用していますか?
A防腐剤は使用しておりません。

ほほう、防腐剤も使っていないのね。
ダメ元で使い続けること一か月。

あろうことか、あっという間に完治しました。
しかも再発は、ない。

ウソでしょ?
現代医学のエースで万能薬と言われるステロイドをもってしても30年完治しなかった皮膚炎が、オロナインで?
じゃ、今までの悩みはなんだったの?

まるで性悪オンナに貢いできた男が、久し振りにまっとうで誠実な女に出会って目が覚めたような・・・。

ステラ(本名ステロイド)は、美人の受付嬢。
都会から移り住んできた魅力的な女で、いつも仕事をしているように見せかけてさぼっている。
飽きっぽく根氣がないが、自分の魅力を熟知していて笑顔を振りまき誘惑する。
化粧と自己アピールが上手で、氣のある素振りをし触れなば落ちん態度をとるが、しばらくすると冷たくなる。
また言いなりになり、お金をかけた付き合いをすると態度は戻る、の繰り返し。
長く付き合うとお金もかかるし肉体的にも精神的にも疲れ果てる、との噂が絶えない。
が、その魅力に負け仕方なく長いこと付き合っている人が多い。
社内では有力者との強力なコネが多く、バックアップ体制も万全で、失敗しても庇ってもらえる。
いつもチヤホヤされ数々の浮名を流している。

一方オロナ(本名オロナイン)は白いソックスを三つ折りにし、いつも地味なこげ茶色の制服を着ているが、古い家柄の良家の子女。
素直で優しく、昔から変わらない笑顔が可愛い。
控えめで清楚、出しゃばることは決してしないのだが、とても働き者で有能。
お年寄りに好かれ、一部コアなファンもいる。
そばに寄ると昭和のにおいがするのが難点と言えば難点。

いつ結果が見えるか分からないステラとの恋愛に疲れた男が、ふとした瞬間、真面目に黙々と地味な仕事をこなすオロナの化粧っ氣のない横顔の可愛らしさにやっと氣づいた・・・なんちゃって。

はっ、いかんいかん。
あらぬ妄想をしてしまった。

それはともかく。

今まで見過ごしてきたオロナインH軟膏に俄然興味がわき、いろいろ調べてみました。

『長年愛されてきたオロナイン軟膏は、徳島県鳴門市の大塚製薬から1953年に発売されました。
オロナインの原点はアメリカの製薬会社であるオロナイトケミカル社の殺菌消毒剤にあります。
この殺菌消毒剤を軟膏として発売し、その際にオロナイトケミカル社から名称を採用しオロナインとしました』

1953年発売というからすでに半世紀以上経っているということね。
発売当初から成分、パッケージはほとんど変わっていないんだそう。
そしてオロナイン軟膏のHは、ヘキシジンという成分が配合されていることに由来しているらしい。

成分表を見ると、興味深いことがわかった。
主成分のクロルヘキシジングルコン酸塩液は『皮膚に対する刺激が少なく、臭気がほとんどない生体消毒薬であり、適用時に殺菌力を発揮するのみならず、皮膚に残留して持続的な抗菌作用を発揮する』ものとのこと。

面白かったのが、その他の添加物。
『ラウロマクロゴール ポリソルベート80 硫酸Al/K マクロゴール グリセリン オリブ油 ステアリルアルコール サラシミツロウ ワセリン 自己乳化型ステアリン酸グリセリル 香料 精製水』

オリブ油や サラシミツロウ、 ワセリンが入っているなんて、知らなかった!
そしてなんだか安心した。

調べていくうちに面白い使い方をしている人達がいることを知った。

『『オロナインH軟膏』を使った「鼻の角栓とり」が本当にすごいと話題に!女性の間でその効果と手軽さに驚きの声が上がっています』
『美容マニアはスーパークリームと呼ぶ! 「オロナイン」最強美容法』

『お風呂上がりに化粧水で肌を整えたら、顔全体が白くなるくらいにタップリとオロナインを塗ります(目の周りは避けてくださいね)。タップリ入って1,000円以下で売られていますので、惜しまず使う事が出来ますね!
しばらくその白い状態で置いておくと、色が透明になってきます。そしたら、優しくマッサージをしながら顔全体に馴染ませるだけ。
少々ベタつくのが難点なのですが、でもその状態で寝て、朝顔を洗う時に驚くはずです。
もちもちとしている上にツルツルのお肌に。しかも、数日続けていると、毛穴の黒ずみも薄くなっていくのです』

『美容研究家の佐伯チズさんも肌のSOSにオロナインを活用しているそうです。佐伯チズさんの場合は、ニキビができたときではなく、肌の乾燥や肌荒れがひどいとき、肌が敏感になって何もつけられないときに オロナインに2~3滴の水を溶かした「水溶きオロナイン」を作って弱った肌に使っているそうです』

え?
鼻の角栓とり?
スーパークリーム?

オロナインのHPには「化粧品ではないので、化粧下に塗ることは不適切です」と書いてあるが。

こんなサイトもあった。
こんなに使える!オロナインh軟膏の裏ワザ活用法12選、毛穴パック・ニキビ対策だけじゃない

「ワキガにオロナイン」「足のニオイにオロナイン」「メイク落とし」「オロナインでおへそのゴマ掃除」とは!

まあ、主成分が刺激の少ない消毒薬なんだから、ありかもしれないよね。
確かに得体のしれない化粧品を使うよりいいかもしれない。

ここに書いてあるもので、わたしが実際にやっているのは「ガサガサかかとケアにオロナイン」。
間違いなく効きます!

あ、わたしが今回いろいろな使い方をご紹介したのは、決して医薬品以外の使い方を推奨するためではありませんので、誤解なきよう。
「やってみよう!」という方は自己責任でお願いしますね。

それはそうと。

ステロイドについて「医師の指示に従って使用すると非常に効果的で副作用も少ない」「正しい知識で使えば、皮膚の病気でこれほど頼りになる薬はない!」なんて書いてあるが、ちょっとした皮膚炎一つ30年も完治できない薬って、いかがなものか。

「患者さんの自己判断で使用を中止すると、抑えられていた病気の症状が悪化しかねません」なんて言って「治らないのはお前の使い方が悪いからだ」っていう言い方をするけど、それって本当なのか?

「過剰に副作用を恐れて薬を使わないことは、疾患を悪化させたり、長引かせてしまう結果となってしまいます」ってさあ。
聞き方によっては「副作用あるけどバンバン使ってね。でも、悪くなったり長引いたりするのは自分の責任だからね」と言ってるように聞こえるけど。
降圧剤と全く同じやり口に見える。

挙句の果ては「疾患部位だけに短期間の使用にとどめるという正しい使用方法で、副作用を起こさないような使い方をこころがけてください」とは・・。

誰も好き好んで長期使用してないよっ。
再発するから仕方なく使ってるだけじゃ!
偉そうに言うなら、完治させる薬を作れや!!
医療費ばかりバカスカ使ってからにっ。

はっ、いかんいかん。
また血圧が上がってしまった。

それにしてもステロイドってホントに医者孝行の薬だよね。
一時、劇的によくなり「あのお医者様のお陰だわ!」と思わせておいて、しばらくして再発させる。
また仕方なく医者に行くと「あなたの薬の使い方がよくなかったから再発したんですね。また通ってください。勝手に止めちゃダメですよ」と、延々と通わせることができる。
一か月過ぎるから初診料も何回もとれるしね。

30年前、皮膚科に行かずばあさんのオロナインH軟膏を付けていたらあっという間に治ってしまっていたかも、と思うとなんだかとっても悔しい。


題名「ステラとオロナ、そして氣付いた僕」ーーーーーーーーーーーーー

オロナへ
幼いころから知り合いだった君。
昔は仲良く遊んだけれど、成長してからは君が子どもっぽく思えて会うこともなくなったね。
でも、いつも薬箱の中から訴えるまなざしを送ってくれていたんだね。
真面目で誠実で一生懸命な君。
もっと早く君のよさに氣付けたらよかったよ。

君は僕の知らないいろいろな魅力にあふれていたんだね。
知れば知るほど君が好きになる。
何かあったらまた僕を支えてくれ。
君とともに歩いて行きたい。
もう君を放さないよ、オロナ。

ステラへ
出会った時、君がとても大人っぽく見えてまぶしかったよ。
僕の知らないことをたくさん知っているように思えたから。
でも、長年付き合って、君の嘘に僕は氣付いてしまった。
君の中に僕への愛が見つけられない。

僕のお金が目当てだったのかい?
僕に幸せになってほしくなかったのかい?
君に使った時間やお金、苦しみを返せとは言わない。
僕の無知が招いたことなのだから。

中には君との出会いで救われた人もいるだろう。
でも少なくとも僕は君に出会っちゃいけなかったんだ。
そんな人、たくさんいるんじゃないかな。

僕にとって君との出会いは無駄ではなかったと思いたい。
だってこの文章を書くことができたから。
もし君との泥沼に苦しんでいる人が、君との関係を見直すきっかけになれたらうれしいよ。

とにかく二度と僕の前に現れないでくれ。
さよなら、ステラ。

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安っぽいアニメ風作品にしてみました♡

つづく
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ステロイド剤で治らなかった皮膚炎がオロナイン軟膏で治った!(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

去年、わたしの体にいいことが一つあった。
それは30年来悩まされていた耳の後ろの皮膚炎が治ったこと。

そもそもは20代の頃、お洒落のために安物のイヤリングをしょっちゅうしていたのがいけなかったと思われる。

ある時、金属アレルギーのような症状が出た。
強い痒みがあり、掻いてしまうとグジュグジュと炎症を起こしてしまう。
しばらく様子を見ていたがなかなか治らなかったので、医者に行くとリンデロンVG軟膏を処方された。
リンデロンVG軟膏はステロイド塗り薬であり、ごく一般的な処方だ。

しばらく塗り続けるとあっという間にキレイに治ったので「さすが医者の処方は違う。もっと早く来ればよかった」と思った。
が、喜んだのもつかの間、一か月過ぎると、何故かまたもや皮膚炎の症状が出始めた。
同じ薬をまた塗る、治る、また再発する、を何年か繰り返した。

医者を変えてもやはり必ずステロイド剤が出る。
それはそうだ。
何といってもステロイドは現代医学では万能薬であり、常識的な処方なのだから。

近年、ステロイドの副作用を知り、自然療法で治らないものかと試行錯誤し出した。
シャンプー、リンスを止め、枇杷の葉エキスやドクダミエキスを塗ったり、ヨモギの葉を貼ったり。

が、世の中そうそううまくいくわけもない。
痒みが強くなったり、グジュグジュしたり、範囲が広くなったり小さくなったりと、皮膚炎は一進一退を繰り返すのみ。
むう、やはり自然療法では無理があるのか?

一昨年、駅前に評判のよい皮膚科があると聞き及び、一氣に治してみようと思い立ち行ってみた。
早朝に診察券を出したが、待合室は人で溢れている。
世の中はこんなにたくさん皮膚で悩んでいる人がいるのね。

でも、30年来の皮膚炎を治すべく、辛抱強く待つ。
診察を受けることができたのは午後。

親切そうなドクターは「ステロイド剤の副作用を心配し、弱いものを漫然と塗っても効果はないのです。強い種類のもので一氣に治してしまいましょう。一般に副作用を心配するあまり、塗る期間が不十分な場合が多いので、また皮膚の状態を診て次の治療方針を決めましょう」とおっしゃった。

おおー、流石人氣があるだけあって説得力のあるお言葉。
そっかー、強い薬で一氣呵成にやっつけるのね。
言うとおりにいたします。
付いていきますとも!
治してください、先生様!!

で、結果はというと。
薄々お察しかと思いますが。
・・・再発いたしました。

な、なんなんじゃあっ!
ステロイド剤のヤツめ!!

氣のあるそぶりをしつつお金を貢がせた挙句、モノになるまでもうチョイと見せかけて、陰で凶悪な含み笑いをする美人局のようじゃないですかあ!!

散々盛り上げておいて何年もお得意様を引き留める、凄腕の性悪女との腐れ縁のよう。

短期間の服用での劇的な症状の改善効果があるステロイドは、その分、長く使い続けることには大きなリスクが伴う。
ネットで見ると、皆長期使用に悩んでいる。

が、結局なんだかんだ言っても長期使用をしてしまっている様子が見てとれる。
治ると見せかけて完治はせず、そのうちそんなひどい仕打ちも当たり前に思えてしまう。

中には「ステロイド剤はとてもいいお薬です。わたしは30年も使っています。何故そんな酷い言われようをするのか分かりません!」なんてヒステリック氣味に書いている方も。
それって「マー君はいい人なんだからね!30年、結婚はしてくれないけど優しい時もあるし。ちょっとはお金の援助をしてるけどそれはわたしのためだし。知らないくせにヒドイこと言わないで!」と叫んでいるダメンズと同じじゃないですかあ!

そして非常に簡単に赤ちゃんや子どもにも処方されているステロイド剤。
ホントに大丈夫なのか?
安易に使い過ぎているんじゃないのか?

とはいえ、氣になる症状を何とかしたいというのも事実。

わたしもいろいろやってみた。
が、もう手立てがない。

すると鍼灸師のふんどし息子が「瀉血をしてみたら?」と言って、やり方を教えてくれた。
右耳の下に傷を付けると、驚くほど黒っぽい血がたくさん出た。
こういう血を東洋医学では「悪血(おけつ)」と言うんだそう。

おおー、なんか30年溜まっていた悪いものが一氣に出た感じ。
これで治ってくれるといいんだが。

が、残念ながら症状はそこまで変わらなかった。

「あー、もうなんでもいいや。これが原因で死ぬとも思えないし」とヤケクソになり薬箱をひっくり返していると、古いオロナイン軟膏が出てきた。

・・・懐かしい。
そういえば90歳で亡くなったばあさんは何かあるたびにいつもこれを塗っていたっけ。
ステロイドを塗るぐらいなら、これでも塗っとけ。
消費期限は過ぎていたが(常識人はマネしないように)塗ってみた。

翌朝。
何ということか、ばあさん愛用のオロナイン軟膏を塗った右耳は赤みが消え、症状がいつになく改善していたのであった。

オロナイン軟膏、いったい何者?!

つづく

ウソだらけの血圧、コレステロールにだまされるな!

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

わたしが降圧剤を止めて4年半になる。

主人が亡くなった後、血圧が高めの日が続き「お守り代わりに飲みましょう」と、医者に軽く言われるままに降圧剤を飲み始めたが、後で一生飲み続けなければならないことを知り、愕然とした。
後に、降圧剤は認知症の原因になりうると聞き及び、「脳梗塞よりボケ老人になる方がコワいわっ!」と、自己責任で止めた。

今にして、その判断は間違っていなかったと思う。

最近youtubeで武田邦彦教授のお話を聞いて、利権によって翻弄されるわたし達の愚かさがよく分かった。

かつては(といっても、わたしの若いころ)年齢+90が適正な血圧と言われた。
が、いつの間にか「血圧の正常値」は年齢に関係なく130以下となっていて、「低ければ低いほど良い」という常識がまかり通るようになった。

ところが、ホントは健康な日本人の平均は148とのこと。
実は、3年ほど前に人間ドッグ学会が「健康な人の血圧」を調べ、正常値はほぼ「150以下」ということを発表しているんだとか。

おい!
もっとTVや新聞を使って大々的に発表せんかいっ!!
わたしの周りでその事実を知っている人はほとんどいないぞ。

『現在の指導血圧(130ミリ)は年配者にとって健康を害するほどの「低い血圧」なのです。血圧は「低い方が良い」のではなく、「適度な血圧が望ましい」ものだからです。国民の約半分が「病気」になるという奇妙な基準なのです』
『今の基準のように130以上は高血圧とすると、50才以上の日本人の半分が「病気」ということになります。人間の体は自らが調整する力を持っており、必要も無いのに降圧剤を服用することは勧められることではありません』
『端的に言うと、今の「高血圧騒動」は「国民の健康」を犠牲にして「薬の販売」を優先するというお金中心の社会から出てきたものです』

基準を変えることによって、国民の半分に薬を処方できることになったとは。

あー、さもありなん。
怒りがふつふつと沸いてくる。

しかも「血圧を下げるために減塩をしろ」というのも、ほとんどウソ。
食塩を取ると血圧が上がる人は日本人で5人に1人なのに、誰もが減塩すれば血圧が下がると錯覚させた。
ちなみに食塩を摂る量では全国で上位である長野県の男性の平均寿命が日本の都道府県の中でもっとも長いんだそう。
塩、寿命に関係ないじゃん!

武田教授のyoutubeを観ていて一番あきれたのはコレステロール値のインチキさ加減。

現在厚労省が示している総コレステロールの制限値は、140から199。
(200と言わないところがセコい。これを決めたヤツの人柄がよく出ておる)

実はコレステロールのリスクが少ない数値は220~230くらい。
200以下では死亡確率が高くなり、特に180以下では死亡確率(ガンや血管障害が主)が2倍以上になっているんだそう。
要は、180を切るとガン、認知症のリスクが増え、260以上になると心疾患のリスクが増すんだとか。

『1990年にフィンランドのムルヅームが調査した例では、コレステロールを減らすと、心筋梗塞だけは少し減りますが、ガンになるのが43%も増え、自殺に至っては78%も増加しています』
『つまりコレステロールを下げると、死亡率は7%も増加するのです。コレステロールが低いとガンや精神病になるのは間違いないので、コレステロールをむやみに減らすのはとても危険です』

ではなぜ厚労省はそんな危険な数値を発表しているのか。

『コレステロールを200以下にすれば心臓疾患が減るので、心臓関係の医師が「ガンになっても俺の専門ではない」ということで200以下にしたのです。コレステロールが少ないと、脳や神経機能が上がらない、細胞が壊れやすいということが起こります』
『8年ほど前の厚労省内部の検討会では「コレステロールの基準を240にするべきではないか」との意見に対して、病院側から「薬が出せなくなり病院経営が破綻する」との反対意見が出ました』
特に動脈硬化学会からの強硬な反対で、結局直前でボツになってしまったんだとか。

ふ、ふざけんなあ!
病院経営が優先なのか?
人の健康はどうでもいいと?

金金って、人として恥ずかしくないのか?
それが医者と名乗る者のすることかあ!!

いかんいかん、また血圧が上がってしまった。

そもそも日本人はコレステロールが少ない民族なんだとか。
それなのに肉食でコレステロールが350などというヨーロッパの人の話をそのまま200以下の日本人に適応し基準にするという馬鹿なことをしたらしい。

しかもNHKに至っては「悪玉コレステロール」という造語まで作り、散々国民を脅かした。

『なぜコレステロールが体内で合成されるのかというと、「必要だから」に他なりません』
そりゃそうだ。
だから「悪玉コレステロール」などというものは、鼻っからないの。

実は2年前には厚労省が「コレステロールは食事によらない。卵や油っぽいものを食べてもコレステロールは変化しない」と発表したらしい。
コレステロールのほとんどは体内で合成され、食事によるものではないんだとか。
このことだって、ほとんどの人が知らないんじゃないか?

NHKは健康番組で何回も繰り返し「食事でコレステロールを減らすべき」と刷り込んだくせに「実は間違っていました」という番組は作らない。
いい加減にしろ、と言いたい。

体は人によって違う。
背の高い人もいれば低い人もいるし、太った人もいれば痩せた人もいる。
個人差があるのだから、その人に合った血圧やコレステロール値がある、というのが武田教授の意見。
ご説ごもっとも!

それはそうと。
この両問題、とってもやり口が似ている。

血圧にしてもコレステロール値にしても、下げる薬はあるけれど上げる薬はないんだそう。
認知症等になりやすい数値を発表し、マスコミを使って散々皆を脅し薬を飲ませた挙句、こっそりと「あの数値は間違っていました」と発表する。
(後で何か言われても「発表したもんね」と、言い訳ができる)
でもその時はすでに一般大衆の中に常識として定着していて、その事実は届かない。
国民は自分の健康を守るために、自分の意志で、毎日粛々と薬を飲み続けるって仕組み。

医者や薬メーカーの思惑や利権のために、わたし達の健康は損なわれている。

ひどい。
ひど過ぎるよう。

情報を民間に発表するまでにはかなりタイムラグがある筈だから、もしや薬を作ってから庶民の受け入れの下地を作ってるんじゃ?
詐欺まがい、というか詐欺なんじゃ?

これは決して穿った見方だと思わない。
本氣で皆に知らせるつもりであれば、新聞の一面やニュースに繰り返し載せるハズ。

道理で薬を飲んでる人だらけだと思ったよ。
薬を飲んでいないお年寄りはこの日本にいないんじゃないか、と思うくらい皆薬を飲んでいる。
認知症もものすごく増えてる実感がある。

町を見渡せば、薬局ばかり。
新しく大きなビルは薬品会社と病院だ。

利権がこの日本を仕切っているのね。
さらにその裏に、いろいろな思惑があるような氣配も。

経緯や事実を知っている人が(例えば武田教授とか)いくら叫んでも、小難しそうな話は聞こうとしない人がほとんどだ。
わたしだって以前からこのyoutubeの存在は知っていたが、面倒臭そうだからスルーしていた。

少し前まで武田教授はよくテレビでお見かけしたけれど、原発について意見を言ったら降板させられたらしい。
そしてあと10年もしたら、こういった経緯を知っている人もいなくなっちゃうワケで。

なんともはや、オソロシイ時代になったもんだ。

もうね、ホント、自分の健康は自分で守るしかない。
そして今までに刷り込まれた常識を疑わなければならない。

思った以上の日本のディストピアっぷりに、ため息が出る。

わたしの敬愛する作家、佐藤愛子先生は若いころから「薬は飲まないし医者にも行かない。死ぬときは死ぬ!」と公言してはばからなかった。
そして現在御年93歳。
今年上梓された『九十歳。何がめでたい』が100万部売れ、意氣軒高だ。

いいもんね。
我が師(勝手にそう思っている)に続け!

できるだけ病院には行かず、薬も飲まず、面白おかしく生きてやるもんねっ。

何といってもわたしの人生の目標は、息を引き取る時「あー、面白かった!」と言える生き方をすることなのだから。




(衝撃を受けました。長いので、よろしければ大掃除でもしながらでも聞いてくださいね)

つづく

デニス・バンクス氏を悼む(2)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

ワークショップで話している最中に、つかつかと真っすぐわたしの前に来て、横に座り肩を抱き、写真を撮れというポーズをしたデニス。
いったい何が起こっているのか分からず呆然とするわたし。

わたしが年若く魅力的だったり、人目を引くような美人というのなら分かる。
もしくは懐かしい知己であったのならば。
が、残念ながらわたしはデニスとは初対面の、どう贔屓目に見てもただのおばさん・・・。

帰宅して、早速今日あった謎の出来事を写真とともにFBに書き込んだ。
コメント欄にはデニスを知っている人達からの文章が並ぶ。

「単に好みの女性だったとか?」
「ポッ●ャリ系が好きなんですよ」
「素敵なハプニング♪きっと同じ波動を感じられたのでしょうね。魂友的なツーショット♪」
「凄い!きっと感じたんでしょうね、まきオカンさんの力強い波動。いいなぁ~。」
「 そりゃあ、美人さんだったのと、慈悲のオーラが見えたのでは。。笑。」
「そんなことが!!すごい^^ しかもカッコイイ♪ 大きな手だなあ~」
「凄い経験されましたね!」等々。

確かに、デニスは京マチ子の大ファンらしいですが。
そういえば京マチ子もポッ●ャリ系・・・。

それはともかく。

わたしにはネイティブアメリカン達が遭った民族存亡の危機が、今の日本人にかぶって見えて仕方がない。
わたし達が先祖から受け継いだ文化や祈りや哲学や信仰は、今や風前の灯だ。

違いといえば「囚われている鎖が見えるか見えないか」「強制されてると感じるか、自分の意志でしていると感じているか」だけ。

デニス達は自分たちが不当な扱いを受けていることを痛いほど知っていた。
先祖伝来の文化を継承できないことを心から悲しみ、力を合わせ合衆国権力に対抗するインディアンの運動組織の構想を練ることができた。

が、わたし達日本人の大多数は見えない鎖は「ないもの」として、認識している。

「ないもの」と戦えるはずもなく、また戦う必要などない。
もし近い将来、日本民族が消えたとしてもそれは自然の成り行きだ。
抗うことなどできない運命であり、じたばたしても仕方がない。

デニスは5歳の時、両親から引き離され、寄宿学校で米国の文化を強制された。
親たちは泣きながら見送らざるを得ず、子ども達は逃亡を企てたという。

今の日本の学校は、我が国の文化や哲学、信仰を教えることはない。
そんな学校に親たちは子ども達を無条件に嬉々として通わせる。
それが立派な社会人にすることだと信じて疑わない。
大多数の子ども達は、先生や学校の言うことは正しいことだと盲信し、教育によって、異議を唱えることはいけないことだと認識するようになる。
逃亡を企てた子どもは社会不適合者の烙印を押される。

わたし達はネイティブアメリカン達のように戦う必要などない。
だってわたし達は自由なのだから。
強制など、何もされていないのだから。
素晴らしい民主主義によって、すべて自分たちで選択してきたのだから。

果たしてそうだろうか。

我々の周りには目に見える鎖はない。
だから一見するとどこにでも自由に行け、好きなようにふるまえ、未来を選べると錯覚している。

平和的に自然と共生していた楽園で暮らしていたネイティブアメリカンのホピ族は、居留地の山からウラン鉱石が採取できることがわかると、いきなり欧州人に西部開拓の名目で武力占領された。
そして放射線被曝の危険を一切告げられず、鉱山で働かされ続けた。

一方、江戸時代、世界最高の生活水準で世界の奇跡といわれた日本は、広島、長崎に原爆を落とされ、氣がつくと54基もの原子力発電所に囲まれていた。
さらに東日本大震災により16000人近くが死亡し、福島で発生した炉心溶融など一連の放射性物質の放出をともなった原子力事故で炉内燃料のほぼ全量が溶解するという最悪の事故を経験をし、放射能汚染に苦しんでいる。

報道されない奇形児やガン、白血病などを発症しつつ、未だになす術もなく原発を動かし続けている日本。
しかもこれも自分たちの選択だという。

「我々は7代先の子ども達のために、今何をしなければならないか考えて行動する。今の日本は、マックなどファーストフード、化学物質いっぱいの食品、薬害、放射能を撒き散らす原発、遺伝子組み換え食品等々、我々インディアンよりも悲惨な状況になりつつあるのに、誰も立ち上がらない。」とデニスは言った。

そう、わたし達は立ち上がる術を知らない。
徐々に熱され、熱湯になった時にはもはや跳躍する力を失い、飛び上がることができずにゆで上がってしまう可哀そうなゆでガエルのように。

デニスの自伝と映画のタイトルの「死ぬには良い日」は、英語で“A GOOD DAY TO DIE”という。
73年2月6日、サウスダコタ州カスターで起こったインディアン殺害事件の抗議行動決議のときのデニスの有名なスピーチで発せられた言葉だ。
元々インディアンの言葉であり「悔いのないよう一日を精一杯生きていれば、今日が死ぬ日が良い日になる」という意味だという。

わたし達日本人は青空を見上げながら「死ぬには良い日だ」と呟けるだろうか。
戦いもせず、同胞達に悲しみの叫び声を上げさせてはいないだろうか。

デニスについて書こうと決め、娘に「(ワークショップ中のデニスの行動は)いったい何だったんだろう?」と話していたら「そういえばママ、前にブログで前世ネイティブアメリカンだったって言われたって書いてなかったっけ?」と言った。

あ、そういえばそんなことが。
Fukucha(福茶)のスピリチュアルカウンセリングに行ってきた(2)

Fukucha(福茶)さんという方のスピリチュアルカウンセリングを受けた際、マキオカネイチャークラブに「とてもいいオーラが集まっているのが見える」「木霊とか精霊が多い場所」と言われた。
さらに「(マキオカネイチャークラブは)土地の精霊とかと繋がる場所で聖地に近い」「元々ネイティブアメリカンの過去世を持った人達が集まっている」などと言われ、調子に乗ったわたしは「そんじゃ『マキオカネイティブアメリカンの集い』を作ってみるかっ!」と思い立ち、今年7月「マキオカネイティブアメリカンの集い」をマキオカネイチャークラブで開き、ティピィで楽しい一夜を過ごしたのだった。

ディジュリドゥと法螺貝が響く不思議な集いには蛍やミヤマクワガタが姿を現した。
この地に生まれ育った人が40年の間、ここで一度も蛍を見たことがないと言うのに。
「マキオカネイティブアメリカンの集い」の聖なる夜

でもデニスとお会いしたのは3年も前のことで、その時はもちろん自分がネイティブアメリカンと縁があるかも、などとは微塵も思わなかった。

もしかしたら、デニスはわたしからネイティブアメリカンの匂いを嗅いだのかもしれない。
今にして思えば、その不思議な能力で、この日が来ることを知っていたのかもしれない。
そんな現実離れした妄想をしてしまう。

デニスは何度も日本を訪れ、非常に多くの親しい友人知人がいるようだ。
たった一度しかお会いしたことのないわたしのようなものがデニスについて書くのは僭越のそしりを免れないか、とも思う。

だが、そのたった一度の出会いは、わたしに強烈な印象を残した。

なぜあの時、話の途中を遮ってわたしに写真を撮るように勧めてくれたか、デニスに聞くことはもう叶わない。
精一杯戦った伝説のネイティブアメリカンの戦士であり勇者のデニス・バンクスは、天国であの不敵な笑顔で言っているだろう。
“It's your turn!”と。

つづく

デニス・バンクス氏を悼む(1)

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

デニス・バンクスが亡くなった。

『【ニューヨーク共同】米先住民運動の指導者で、1973年にサウスダコタ州ウンデッドニー武装占拠を主導したデニス・バンクス氏が29日、米中西部ミネソタ州ロチェスターの病院で肺炎のため死去した。80歳。
米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が30日、報じた。
37年、ミネソタ州リーチレークの先住民居住区出身。
5歳で両親から引き離され、寄宿学校で米国の文化を強制された。
地元で就職できず米空軍に入隊し、日本駐留時に日本人女性と結婚したが、無許可欠勤で逮捕され帰国。強盗事件を起こし、服役した際に民族意識に目覚めた。
「聖なる魂」「死ぬには良い日だ」などの著書がある。』

わたしがデニスを知ったのはFBだった。
つながっているFBFの何人かがデニスの来日、活動を時々アップしていた。
とはいえ、それほど詳しく知っているわけでもなく「アメリカでのインディアン運動を創設した主要メンバーで、北米大陸を祈りと共に、ホピの予言や祈りや哲学や信仰など、ネイティブのメッセージを伝えながら歩いて横断した人」といった程度の認識。

そんな折、鎌倉で行われた『アメリカインディアンの生きる権利を守った伝説のインディアンDennis Banks のGathering 「自ら動き出す勇気!自分たちに何が出来るのか?“It's our turn!”」』というワークショップがあるというので、2014年12月、生デニスを見るべく、のこのこ出かけて行ったのだった。

ワークショップの会場は会議室だった。
部屋に入ると頼りになりそうな目力のあるかっこいいオヤジが座っていた。
それが伝説のインディアン、デニス・バンクスだった。
魅力ある不敵な面構えをしていた。

参加者は40名ほどいただろうか。
まずDennis Banks ドキュメンタリー映画Nowa Cumig / The drum will never stop(ナワカミッグ/インディアンドラムは鳴り止まず)を観た。

そこでわたしは知らなかったアメリカの暗い一側面を知ることとなる。

白人社会の人種差別と暴力にさらされ、ささいな理由で刑務所に送られ保留地の保留を打ち切られ、絶滅的危機にあった全米のインディアン部族。
インディアンたちは極貧の生活の中、路頭に迷うこととなった。
そして幼いインディアン達は無理やり親と引き離され、強制収容されたインディアン寄宿学校でインディアンとしての文化や祈りや哲学や信仰を奪われた。
1968年、インディアンとしてのアイディンティティーを取り戻そうという新しいインディアン権利運動団体の第一回結成式を開催した際、「今こそインディアンは立ち上がる時だ」との一時間にわたって演説を行い、会場が湧き返らせたのはデニスその人だった。

ミネソタ州のインディアン保留地での漁猟狩猟権利を巡って(当時、州ではインディアンにのみ「狩猟法」が適用され、「密猟罪」の対象とされる一方、白人は自由に狩りや釣りをすることができた)リーチレイク保留地からの「白人及び非インディアンの立ち退き」を要求して抗議行進を決行した。
1973年の「ウンデッド・ニー占拠事件では、AIMと支援者がウンデット・ニーの一角を占拠し、インディアン管理局、FBI、州政府、米軍、私兵組織を相手に、71日間にわたる武力攻防となって全米を震撼させる事件を起こす。
その時も100人近いインディアンが殺された。
まさにアメリカインディアンは、民族存亡の危機にあったのである。

デニス・バンクスはこの民族浄化の動きに対し、サンフランシスコのアルカトラズ島からワシントンD.C.まで、徒歩で大陸横断する「ロンゲスト・ウォーク」(最長の徒歩)を提案し、全会一致で採択された。
1978年2月実行された「ロンゲスト・ウォーク」(最長の徒歩)は、インディアンだけでなく黒人や白人、東洋人、世界中の民族、平和団体が参加した。
聖なるパイプを掲げ太鼓を携えた宗教的行進でもあったこの行進は5ヶ月に及び、4000人に参加者を増やした。
この平和的行進は全米の反響を呼び、多数の上下院議員らの賛同を得て、「インディアン絶滅法案」を廃絶に追い込んだ。

映画が終わり明かりが点くと、まさに命懸けでネイティブアメリカンの文化を守った英雄が、目の前で微笑んでいた。
生きてきた軌跡がその表情から窺えるような、皴のひとつひとつに生き様が滲み出ているような笑顔だった。

その後、わたし達は車座になって通訳を交えながらデニスの話を聞いた。
白人社会と戦ったネイティブの歴史、原子力の危険性、今の日本、福島のこと。

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デニスの声は魅力的だった。
正直言えば、わたしは話の内容よりも、目の前にいる英雄の表情を見逃すまいとしていた。

命懸けの戦いや「ロンゲスト・ウォーク」の後、懲役刑を言い渡され一年半の服役するなど、デニス・バンクスはまさに百戦錬磨のネイティブアメリカンの戦士だった。

と。
何を思ったか、デニスは話の途中で突然椅子から立ち上がり、車座の方に歩を進めた。
通訳を務めていた人も、話を聞き入っていた人も、一瞬何が起こったか分からず、デニスの行動に注視した。
デニスは、つかつかと真っすぐわたしの前に来て、隣に座ったかと思うと、肩を抱いて写真を撮れというポーズをしたのだった。

「ど、どうしたんだ、Dennis!」という皆のドン引きの表情。
デニス以外の人たちの頭に「???」が浮かんでいる。
もちろんわたしの頭にも。

一瞬何が起こったか、理解できないでいたわたし。

はっ!
このチャンスを逃しちゃイカン!!

慌てて隣のお姉さんにカメラを渡し、写真を撮ってもらった。

                        IMG_3395_convert_20171107104859.jpg


デニスは満足氣に元の席に戻っていった。

わたしの頭は今起こった謎の出来事で、グルグルと渦巻いていた。

あれはいったいなんだったのだろう?
もしや死んだばーさんに似てたとか?
それとも、わたしの後ろにアメリカインディアンの霊でも見えたのか?

そうなのか?!Dennis。

つづく
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Author:マキおかん
気が付いたらキャンプ場をやっていたマキおかんです。

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